11q23を転座部位とする染色体転座(11q23転座)は、ヒトの白血病に見られる染色体転座のなかで最も高頻度に認められる。11q23にはMLL遺伝子が存在している。MLL遺伝子産物の機能はまだ完全に解明されていないが、N末端にAT-hook、中央部に2つのzinc finger domainをもつことから、転写調節因子としての機能を持つことが予想されている。11q23転座により、MLL遺伝子はAT-hookとzinc finger domainの間で分断され、様々なパートナー遺伝子と融合遺伝子を形成する。これまでにパートナー遺伝子として14の遺伝子が同定されているが、機能が分かっている遺伝子は19p13.1にあるMEN/ELL遺伝子、16p13.3のCBP、22q13のp300、6q27のAF6の4つのみであり、しかもこれらの融合遺伝子産物による白血病発症の分子機構に関しては未だ解明されていない。 われわれのグループは以前に急性骨髄性白血病に認められるt(11;19)(q23;p13.1)で形成されるMLL/MEN融合蛋白のcDNAをクローニングした。MLL/MEN蛋白では、MLL蛋白のN末端側1406アミノ酸とMEN蛋白のほぼ全長(N末端46アミノ酸を除く)が融合している。この転座のパートナー遺伝子産物であるMENはRNAポリメラーゼIIの転写反応の一時的停止を抑制することが示されており、RNAポリメラーゼIIの転写伸長因子である考えられている。この転写伸長活性はN末端側の領域にあることが示されているが、さらにN末の最末端領域にはRNAポリメラーゼIIとの相互作用領域があり、プロモーター特異的な転写開始反応を抑制的に制御する機能を持つことが知られている。MLL/MEN蛋白ではこのN最末端領域が失われているため、転写開始を抑制することができず、また転写伸長反応もMEN蛋白より高い活性を持つことが既に示されている。したがって、MLL/MEN蛋白による白血病発症において、この亢進した転写伸長活性が重要な役割を果たしている可能性があると考えられる。また、われわれのグループにより、Rat1細胞にMENを過剰発現させることによりコロニー形成能が高くなること、MENはFosの発現を介してAP-1活性を増強すること、これら2つの機能はC末端側にあるlysine-rich regionを欠くMEN変異体では失われていること、がすでに示されている。このことから、MENはAP-1活性化を介した腫瘍原性を持つ可能性があると考えられる。MENのほぼ全長を内包するMLL/MENがMENと同等、もしくはより強いAP-1活性をもつ可能性はあると考えられ、MENよりさらに強いAP-1活性をもつ場合には、この活性が白血病発症の原因となっている可能性も考えられる。 p53癌抑制遺伝子は、ヒトの悪性腫瘍に関与する遺伝子の中でもっとも重要なものの一つである。急性白血病、慢性骨髄性白血病の急性転化、骨髄異形成症候群などにおいてp53遺伝子の突然変異や欠失が高頻度に認められている。p53はp21(WAFl)などの遺伝子の発現を調節することにより、細胞周期を制御している。p53はまた、おそらくBaxの活性化を介して、DNA損傷後のアポトーシスの誘導にも関与していることがわかっている。 この論文では、細胞周期制御に対するMLL/MEN融合蛋白の影響を解析する目的で、この融合蛋白がp53の機能にどのような影響を及ぼすかを調べている。 まず、MLL/MENのp53-mediated transcriptionに対する影響を調べた。p53結合配列として知られる32bpのRGC(ribosomal gene lacuster)をtk-Lucの上流に挿入したplasmid(2x RGC-Luc)をreporterとして、Luciferase assayを行った。結果はFigure 1Aに示すとおり、MLL/MENはp53の転写活性を抑制することが示された。次に、MLL/MENのどの部分がこの転写抑制に関与しているかを調べるために、MEN,tMLL(MLL/MENのMLL由来の領域)についても同様のassayを施行したところ、tMLLはp53の転写活性を全く抑制できないのに対し、MENはMLL/MENとほぼ同程度まで抑制することが分かった(Figure 1A)。2x RGC-Lucの代わりにCyclin Gのnative promoter sequenceを挿入したpXP2-HH0.34をreporterとして使用した実験においても同様の結果が得られている(Figure 1B)。以上の結果から、MLL/MENはp53の転写活性を抑制すること、そしてその抑制はMEN由来の領域に依存していることが示された。なお、GAL4-Luc(GAL4結合領域をもつluciferase reporter)とGAL4-VP16(GAL4蛋白とVP16の融合蛋白)を用いて同様の実験を行ったところ、MLL/MENはGAL4-VP16の転写活性を全く抑制できなかった。このことより、前述のMLL/MENによる転写抑制が、p53の転写活性に特異的であることが示唆される。 次に、上記のMLL/MENのp53依存性の転写に対する抑制効果は、MLL/MENとp53の結合により発揮されるのではないかと考え、COS1細胞を用いた免疫沈降実験を行った。まず、MLL/MEN発現ベクター(pME18S-MLL/MEN(Flag))とp53発現ベクター(CMVp53)を同時にtransfectしたCOS1細胞のcell lysateにおいて、抗Flag抗体によりp53が共沈されることが示された(Figure 3A,lane1)。また、Luciferase assayの時と同様に、MLL/MENのどの部分がp53との結合に関与しているかを調べるために、MENの発現ベクター(pME18S-MEN(Flag))を用いて同様の実験を施行したところ、やはり、抗Flag抗体によりp53が共沈されることが示された(Figure 3B,lane1)。以上のことより、MLL/MENはMEN領域依存性にp53と結合することが免疫沈降実験により示された。ただし、免疫沈降による結果なので、この結合は必ずしも直接的な結合とは限らない。なお、MENに関しては、抗p53抗体によりMENが共沈されることも示されている(Figure 3C,lane1)。 以上より、MLL/MENがMEN領域依存性にp53と結合しp53の転写活性を抑制することが示されたが、さらにこれらの機能がMEN内部のどの領域によるものかを調べるために、7種類のMENの欠失変異体dMEN1-7を作製した(Figure 4)。まず、これらの欠失変異体を用いて、上記の同様の方法でLuciferase assayを施行した。その結果、N末端の半分強を欠く変異体であるdMEN7と、逆にC末端の約半分を欠く変異体であるdMEN4がp53の転写活性を全く抑制できないことがわかった(Figure 5)。また、C末の狭い領域の欠失変異体であるdMEN5はMENと比較して不十分な抑制しかかけられないことも示された。次に免疫沈降実験を行ったところ、驚くことに抗p53抗体により共沈が認められなかったのはdMEN7のみであり、dMEN4を含むその他の欠失変異体は共沈されることがわかった(Figure 6)。また、dMEN1とdMEN2に関しては、他の変異体と比較して共沈される蛋白量がかなり少量であり、これらの変異体ではp53との結合領域の一部分が欠失していることが示唆された。以上の結果から、MENのN末領域にp53との結合領域が、C末領域にp53の転写活性の抑制領域があることが推測された。 最後に、Luciferase assayによりp53の転写を全く抑制できないことが示されたdMEN4とdMEN7の欠失変異体について、これらが細胞生物学的にどのような意義を持つか調べるためにRat1 transformation assayを施行した。われわれのグループは以前に、MENをoverexpressしたRat1細胞のコロニー形成能がMockと比較して有意高くなることをRat1 transformation assayにより示している。今回の実験の結果、dMEN4とdMEN7の両方の欠失変異体において、MENで見られたコロニー形成能がMockと同程度まで低下していた。この実験により、p53との結合領域およびp53の転写活性の抑制領域の両方がMENのtransforming abilityに必要であることが示された。 以上の実験により、MLL/MENのp53との結合能および転写抑制能、さらにそれぞれの機能の責任領域を明らかにすることができた。p53転写抑制に関しては、MENと同程度の抑制能しか示せなかったが、転座により発現プロモーターがMLLのプロモーターに代わったことで発現量・パターンが変わる可能性があること、MLL部分がついていることで生体内ではMENより安定して存在する可能性があることなどから、このMLL/MEN融合蛋白によるp53機能抑制が白血病発症の機構に重要な役割を果たしている可能性は十分にあると考えられる。 |