学位論文要旨



No 114531
著者(漢字) 鈴木,純子
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ジュンコ
標題(和) Helicobacter pylori感染症における感染様式についての検討 : 成人夫婦間感染の検討
標題(洋)
報告番号 114531
報告番号 甲14531
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1451号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 講師 白鳥,康史
内容要旨 1.研究目的

 1983年にHelicobacter pylori(H.pylori)が分離培養されて以来,この感染症が全世界的な広がりを持ち,また,胃炎,消化性潰瘍,胃癌など多くの疾患と関係していることが基礎・臨床の両面から報告されている.本研究では,主に臨床的側面からH.pyloriについてその感染様式(危険度)について検討を行った.

 最近の報告によれば,H.pylori陽性の十二指腸潰瘍患者の配偶者であることはH.pylori感染の危険度を高めるとされている.これらの報告は成人でのH.pylori夫婦間感染の可能性を示唆するものである.しかし,消化性潰瘍を発症するH.pylori感染者はH.pylori陽性者の1部であり,その他の大多数のH.pylori陽性者は(慢性胃炎以外の)上部消化管疾患を有しない,あるいは無症状の人々であり,これらの人々の感染危険度や夫婦間感染の実際についての検討はまだない.したがって,H.pylori陽性無症候者とその配偶者のH.pylori感染危険度について検討することは,大多数のH.pylori感染者にとって有用であると考えられた.そこで,本研究では上部消化器症状を有しない,健常人夫婦の夫婦間H.pylori感染の可能性について検討した.

2.研究方法

 志願した140名,70組の夫婦(無症状健常)に対して上部内視鏡検査を実施し,胃生検組織よりH.pyloriを分離培養した.それらよりDNAを抽出し,夫婦間のureB,ureC領域を制限酵素(Hae III,Hha I,Mbo I,Acc II)で消化しPCR-RFLP法を用いて比較検討した.

3.結果

 70組の無症状健常者を検討し,そのうち21組の夫婦が配偶者両者ともH.pylori陽性であった.それら21組より分離された全ての株に対してureB,ureC遺伝子をPCR法を用いて増幅し,RFLP法により泳動パターンを検討した.その結果,21組中1組のみは夫婦ともに同一な泳動パターンを示したが,他は全て夫婦間で異なる泳動パターンを示した.また,消化性潰瘍の既往をもつ者とそうでない者に分けてその配偶者のH.pylori感染率を検討したが,消化性潰瘍患者の配偶者であることは,そうでない者に比べて特にH.pylori感染のリスクが高いとはいえなかった.

4.考察

 本研究では95%(20/21組)の夫婦が互いに異なるH.pylori株を有する事を示した.また,解析対象患者をこれまでの他の報告と同様にH.pylori陽性で,かつ,消化性潰瘍の既往をもつものに限定した場合でも,それらの配偶者のうち39%の人だけがH.pylori陽性であり,それらの誰一人として配偶者と同じ泳動パターンを示さなかった.本研究結果と欧米の研究者らとのデータの相違の原因として対象患者の相違(十二指腸患者のみと複数疾患),感染後のH.pylori株の変異などの可能性は否定できない.しかし,ここには国による生活習慣など地域による違いも原因として考えられる.台湾や日本の研究者による報告では,H.pyloriの夫婦間感染は認められず,むしろ幼児期に強く接する母子,兄弟姉妹間で関連を認めたとされる.したがってこれらの報告や今回の結果から,欧米とは異なり,日本においては成人健常者あるいは消化性潰瘍患者においても,夫婦間でのH.pylori感染の危険は高くないと考えられた.

審査要旨

 本研究は,胃癌・消化性潰瘍など上部消化管疾患の発症と強い関連があると考えられているHelicobacter pylori(H.pylori)において,その感染者での夫婦間感染の実際について,H.pylori陽性者とその配偶者のH.pylori分離株をPCR-RFLP法を用いて比較検討したものであり,下記の結果を得ている.

 1.70組の無症状健常者を検討し,うち21組の夫婦が配偶者ともH.pylori陽性であった.それら21組より分離された全てのH.pylori株についてureB,ureC遺伝子をPCR-RFLP法を用いて夫婦間で比較検討した.その結果,20組が異なる泳動パターンを示し,95%の夫婦が互いに異なるH.pylori株を有することを示した.

 2.70組の中で,消化性潰瘍の既往をもつものとそうでない者に分けてその配偶者のH.pylori感染率を検討し,消化性潰瘍患者の配偶者であることは,そうでない者に比べて特にH.pylori感染のリスクが高いとはいえないことを示した.

 以上,本論文は日本における成人健常者あるいは消化性潰瘍患者において,夫婦間でのH.pylori感染の危険が低いことを明らかにした.本研究は,これまで検討されていなかった,H.pylori感染者の多数を占めるH.pylori陽性無症候者での夫婦間感染について,その感染様式に新しい事実を付け加え,有意義な研究である.

 よって,本研究は学位の授与に値するものと考えられる.

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