学位論文要旨



No 114532
著者(漢字) 安原,進吾
著者(英字)
著者(カナ) ヤスハラ,シンゴ
標題(和) 熱傷誘起性骨格筋アポトーシスの解析
標題(洋) Analysis of burn-induced skeletal muscle apoptosis
報告番号 114532
報告番号 甲14532
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1452号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 講師 小室,一成
内容要旨 I.本研究の背景

 熱傷はインスリン抵抗性、蛋白、脂質代謝の異常を惹起する。特に蛋白代謝異常は骨格筋消耗と密接な関係を持ち、患者の予後を大きく左右する。従って、熱傷後の蛋白代謝異常、筋消耗の詳細なメカニズムの解析が必要とされている。

 アポトーシスは近年脚光を浴びている特異な細胞死のメカニズムであり、その詳細が明らかにされつつある。即ち、Caenorhab ditis elegansにおける細胞死遺伝子の発見、哺乳動物細胞におけるアポトーシスにほぼ必須の酵素caspase familyの同定と解析、Bc1-2様蛋白の機能解析、アポトーシス受容体であるFasなどのTNF受容体super familyの発見と解析、ミトコンドリアの関与の発見、cytochrome-cやApaf-1などからなるapoptosomeの発見と解析、そして1998年初頭にかけてのアポトーシス最終核酸分解酵素であるCAD(caspase activated deoxyribonuclease)の発見などが相次いだ。

 骨格筋のアポトーシスに関しては、これまで骨格筋は比較的アポトーシス抵抗性であるとされてきており、事実、骨格筋特異的なアポトーシス抵抗性物質ARCなどが同定されている。一方で、骨格筋、心筋の病態生理におけるアポトーシスの報告も徐々にではあるがされつつある。また、Fasなどのアポトーシス受容体が骨格筋で恒常的に発現されているにも拘らず、アポトーシスとのつながりは否定的とされ、骨格筋のアポトーシスのメカニズムに関してはまさに詳細な解析が待たれている。

 さて、カベオラの発見は1950年代に緒を発するが、近年、シグナル伝達の場としてのカベオラの役割が注目されている。即ち、各種の細胞膜受容体やG蛋白、チロシンキナーゼ等のシグナル伝達物質やセラマイドなどのセカンドメッセンジャーがカベオラに集約して存在又は産生されている事実、カベオラの主要構成成分であるカベオリンによるシグナル伝達物質の制御の発見などから、カベオラは単なる細胞膜の構成部分ではなくシグナル伝達を有効に処理し制御する場として認識され始めている(signal compartmentalization theory)。また、カベオラのアポトーシスへの関与も指摘されているがその詳細はまだ分かっていない。

II.本研究の目的

 (1)熱傷後の骨格筋疲労の原因として、アポトーシスの関与を検討する。(2)アポトーシスの機序に関して、上流のシグナル伝達を主に生化学的に解析する。即ち、(a)セラマイドの産生、(b)Fas,Fas ligand,FADDなどからなるDISC(death inducing signaling complex)のカベオラへのcompartmentaliztion、(c)ミトコンドリアの異常、(d)caspaseの活性化を解析する。

III.方法論

 (1)熱傷による筋疲労モデル:80℃の熱水槽に200g体重相当のラットを一定時間浸し、体表面積の40%、3度の熱傷を与える。対照群には室温水槽にて同等の処理を行う。(2)アポトーシスの検出:Ladder assay,in situ TUNEL,ELISAにより、熱傷後ラット腹筋でのアポトーシスを検出する。(3)セラマイド測定:骨格筋細胞C2C12を分化誘導した後に、[3H-]palmitateにてラベルし、55℃のヒートショックを与え、セラマイドの産生を見る。セラマイドはカベオラ分画、非カベオラ分画で産生されることが知られているため、sucrose gradient法により細胞分画をおこない、測定する。(4)DISCのカベオラtranslocation:熱傷後ラット腹筋をTriton X-100を含む溶液にてhomogenizeし、sucrose gradient法にてカベオラ分画、非カベオラ分画に分ける。western blot法によりDISCのカベオラへの細胞内移行を調べる。(5)SAPK測定:セラマイドの下流にあるSAPKの活性を、ラット腹筋を用いて検討する。活性型SAPKに対する特異的抗体、total SAPKに対する抗体にてwestern blotを行う。(6)ミトコンドリア機能異常:熱傷後ラット腹筋よりミトコンドリアンドリアを抽出し、(a)アポトーシス誘起生物質であるcytochrome-cの放出をwestern blotで検討する。(b)ミトコンドリア膜電位の異常を見るため、DiOC6にて染色し、FACSにて分析する。(c)ATP産生を見るため、腹筋のhomogenateをluciferase assayにてATP濃度測定する。(7)caspase活性測定:熱傷後ラット腹筋のhomogenate中のcaspase-1,3,8,9活性を測定するが、それぞれYVAD-AMC,DEVD-AMC,IETD-AFC,LEHD-AFCを用いて蛍光度測定する。(8)IL-1測定:caspase-1により特異的にprocessを受けるInterleukin-1を、熱傷後ラット腹筋のhomogenateを、抗IL-1抗体を用いたELISAにより測定する。

IV.結果

 アポトーシスの検出:Ladder assayにて、熱傷後12時間より7日までDNA fragmentationが検出された。ELISAによりLadder assayと同様の経時変化でDNA fragmentationが検出されたが、唯一より早期から(4時間)検出された。in situ TUNELにより、ladder assay,ELISAと同様の変化が認められ、組織中のアポトーシスは、主に骨格筋細胞由来であることが示された。セラマイド測定:骨格筋細胞C2C12にて熱処理後、早期に(30分)カベオラ分画特異的にセラマイドの産生が認められた。DISCのカベオラtranslocation:熱傷後ラット腹筋にて非カベオラ分画でのDISC成分(Fas,FasL,FADD)の総量は変化がなかった。一方、カベオラ分画においては非刺激下ではDISC成分は認められなかったが、熱傷後約2-4時間でDISCの移行が認められた。SAPK測定:ラット腹筋中の活性型SAPKが、熱傷後30分で上昇した。ミトコンドリア機能異常:熱傷後ラット腹筋より抽出したミトコンドリアにおいて、(a)アポトーシス誘起生物質であるcytochrome-cの細胞質中への放出が認められた。(b)ミトコンドリア膜電位の異常が約1時間後より認められ、12時間後まで持続した。(c)腹筋のhomogenate中のATP量は、熱傷直後より減少し4時間後に回復した後再び減少し細胞内ATPは枯渇した。caspase活性測定:熱傷後ラット腹筋のhomogenate中のcaspase-1は、4時間後にいったん上昇した後、basal levelまで戻り再度1日目より上昇した。IL-1は類似の傾向を示した。caspase-3は約6時間後より上昇し、caspase-8は4時間後、caspase-9は4時間後から上昇を示した。遠隔の筋に対する影響:熱傷による影響は、腹筋のみならず、下腿筋(tibialis anterior)にもアポトーシスを引き起こした。

V.考察

 熱傷後の筋消耗にアポトーシスが関与している可能性が示された。Ladder assay,in situ TUNEL,ELISAという独立の系により証明された点は意義深い。SAPKの活性上昇はセラマイドの産生を間接的に裏付けるものであるが、セラマイドの産生により、カベオラのcompartmentalizationが促進することが予想される。DISCがカベオラに移行することは、新しい発見であり、熱傷によるアポトーシスの分子スイッチとしての働きが示唆される。DISCの移行が非特異的のものでないことは、TNF-が移行を示さないこと、また、骨格筋細胞の膜蛋白であるdystrophinがcompartmentalizeされないことから予想される。また、この移行が、単なる現象論ではなく、functionalなものであることはcaspase-8が同時に活性化を受けている点から予想される。

 ミトコンドリアに関しては、cytochrome-cの放出と膜電位変化は独立しているという報告が多数あるが、この研究でも経時変化が一致しないことから、因果関係は弱いと予想される。cytochorme-cの放出後、4時間後のみにATP産生量が正常に回復するが、この時点でcaspase-9の活性が認められ、cytochrome-cとATPがcaspase-9の活性化を制御するというモデルに合致する。whole animal studyとして病態生理的にこの関係を示したのは当研究が始めてであり意義深い。caspase-9の後caspase-3も活性化を受けている。caspase-1に関しては、細胞実験系でFas剌激により極早期に活性化が認められると言う報告があるが、4時間後の活性上昇がFasによるものである可能性は高い。1日目以降のcaspase-1の活性は別のメカニズムによる可能性が高い。

 アポトーシスはある時点より不可逆的に細胞死が進行することが特徴である。従って、cytochrome-cやミトコンドリア膜電位の異常は下流の物質(caspase等)にシグナルを送り、スイッチをonにしさえすればよいと考えられる。我々の系でcytochrome-cや膜電位の異常、ATPといった因子がアポトーシスの後期まで持続的には上昇しないのは、このためと考えられる。

 当研究は、熱傷後の骨格筋消耗の解析として、今後の治療への応用として、分子メカニズムを示唆するものである点を強調したい。

審査要旨

 本研究は熱傷後患者の予後決定において重要である骨格筋消耗の機序を明らかにするため、ラット全身性の熱傷モデルを用い、骨格筋におけるアポトーシスの解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

 1.アポトーシスの検出:Ladder assayにて、熱傷後12時間より7日までDNA fragmentationが検出された。ELISAによりLadder assayと同様の経時変化でDNA fragmentationが検出されたが、唯一より早期から(4時間)検出された。in situ TUNELにより、ladder assay,ELISAと同様の変化が認められ、組織中のアポトーシスは、主に骨格筋細胞由来であることが示された。アポトーシスの存在がLadder assay,in situ TUNEL,ELISAという独立の系により証明された。

 2.熱傷後アポトーシスのシグナル伝達経路の研究:セラマイド測定:骨格筋細胞C2C12にて熱処理後、早期に(30分)カベオラ分画特異的にセラマイドの産生が認められた。SAPK測定:ラット腹筋中の活性型SAPKが、熱傷後30分で上昇した。SAPKの活性上昇はセラマイドの産生を間接的に裏付けるものである。ミトコンドリア機能異常:熱傷後ラット腹筋より抽出したミトコンドリアにおいて、(a)アポトーシス誘起生物質であるcytochrome-cの細胞質中への放出が認められた。(b)ミトコンドリア膜電位の異常が約1時間後より認められ、12時間後まで持続した。(c)腹筋のhomogenate中のATP量は、熱傷直後より減少し4時間後に回復した後再び減少し細胞内ATPは枯渇した。ミトコンドリアに関しては、cytochrome-cの放出と膜電位変化は独立しているという報告が多数あるが、この研究でも経時変化が一致しないことから、因果関係は弱いと予想されるが、cytochorme-cの放出後、4時間後のみにATP産生量が正常に回復するが、この時点でcaspase-9の活性が認められ、cytochrome-cとATPがcaspase-9の活性化を制御するというモデルに合致する。whole animal studyとして病態生理的にこの関係を示したのは当研究が始めてである。caspase活性測定:熱傷後ラット腹筋のhomogenate中のcaspase-1は、4時間後にいったん上昇した後、basal levelまで戻り再度1日目より上昇した。IL-1は類似の傾向を示した。caspase-3は約6時間後より上昇し、caspase-8は4時間後、caspase-9は4時間後から上昇を示した。caspase-9の後caspase-3が活性化を受けている。caspase-1に関しては、細胞実験系でFas剌激により極早期に活性化が認められると言う報告があるが、4時間後の活性上昇がFasによるものであるというモデルに合致する事が示された。

 3.DISCのカベオラtranslocation:熱傷後ラット腹筋にて非カベオラ分画でのDISC成分(Fas,FasL,FADD)の総量は変化がなかった。一方、カベオラ分画においては非刺激下ではDISC成分は認められなかったが、熱傷後約2-4時間でDISCの移行が認められた。DISCがカベオラに移行することは、新しい発見であり、熱傷によるアポトーシスの分子スイッチとしての働きが示唆される。DISCの移行が非特異的のものでないことは、TNF-が移行を示さないこと、また、骨格筋細胞の膜蛋白であるdystrophinがcompartmentalizeされないことから示された。また、この移行が、単なる現象論ではなく、functionalなものであることはcaspase-8が同時に活性化を受けている点から示された。

 4.遠隔の筋に対する影響:熱傷による影響は、腹筋のみならず、下腿筋(tibialis anterior)にもアポトーシスを引き起こした。熱傷によるsystemicな因子が影響を受け、作用していることが示された。

 以上、本研究は熱傷後の筋消耗にアポトーシスが関与している可能性を示す最初の報告である。アポトーシスはある時点より不可逆的に細胞死が進行することが特徴である。従って、cytochrome-cやミトコンドリア膜電位の異常は下流の物質(caspase等)にシグナルを送り、スイッチをonにしさえすればよいと考えられる。本研究の系でcytochrome-cや膜電位の異常、ATPといった因子がアポトーシスの後期まで持続的には上昇しないのは、このためと考えられる。本研究は、熱傷後の骨格筋消耗の解析として、今後の治療への応用として、分子メカニズムを示唆するものである点を強調したい。従って、学位の授与に値する、意義深い研究であることは疑いない。

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