学位論文要旨



No 114533
著者(漢字) 石川,敏夫
著者(英字)
著者(カナ) イシカワ,トシオ
標題(和) ストレスによるc-fos発現亢進の機序
標題(洋) The mechanism whereby c-fos is induced by stresses
報告番号 114533
報告番号 甲14533
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1453号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 助教授 竹島,浩
 東京大学 講師 小室,一成
内容要旨 [背景]

 哺乳類培養細胞において、protooncogeneのひとつであるc-fosは、熱ショック・重金属・亜砒酸等のストレスにより、mRNA発現が亢進することが知られている。また、in vivoにおいては虚血・再灌流というストレスによりc-fos発現が亢進するという、数多くの報告がなされている。これらのストレスはheat shock element(HSE)を介して、このエレメントをプロモーター領域に持つ遺伝子(熱ショック蛋白(HSP’s)など)の転写を促進することが知られているため、c-fos遺伝子上流域にもHSEが存在する可能性がある。ところが、これまでの研究では「c-fos遺伝子上流域にはHSEはない」というのが通説となっており、ストレスによるc-fos mRNA増加は、mRNAの安定性が高まるためか、ないしは転写亢進によるものとしても、c-fos遺伝子プロモーター領域にあるserum response element(SRE)によるものであると考えられてきた。しかし、従来の報告では、多くはコンピューターサーチに頼って「HSEはない」と結論しており、c-fos遺伝子上流域塩基配列を徹底的には調べてはいないという印象が持たれた。

[方法]

 細胞は、ノザンブロットおよびレポータージーンアッセイではヒト乳癌細胞株MCF-7細胞を用いた。ゲルシフトアッセイでは他の細胞(HeLa・HepG2・BHK(baby hamster kidney)・NIH-3T3・L・LLC(mouse Lewis lung carcinoma)細胞)も用いた。

 ノザンブロットでは、MCF-7細胞に各刺激を加えた後に回収した総RNA10gを用いて、ヒトc-fos cDNAをプローブとしてc-fos mRNA量を定量した。

 ゲルシフトアッセイでは、各細胞に熱ショックを加えた後に核蛋白を抽出し、この核蛋白がc-fos遺伝子上流のHSEと思われる部位の配列と、特異的な複合体を形成するか否かを調べた。また、抗HSF-1抗体を用いてスーパーシフトアッセイを行った。

 レポータージーンアッセイでは、各レポータージーンを、ウミシイタケルシフェラーゼを発現する内部標準プラスミドと共にMCF-7細胞に導入した直後に、トリプシン処理して数枚の培養皿に均等に分け、各培養皿のトランスフェクション効率が等しくなるようにした。2日後に各刺激を加えて、回収し、ルシフェラーゼ活性を測定した。ホタルルシフェラーゼ活性の補正は、ウミシイタケルシフェラーゼ活性ないしは細胞抽出液の蛋白量で是正した。

[結果]

 従来の他の細胞を用いた報告同様、ヒト乳癌細胞株MCF-7においても、HSEを介した転写を促進するストレスとして知られている、熱ショック(43℃,1時間の後37℃で培養)・50M亜砒酸・100Mカドミウムによって、c-fos mRNA発現が亢進することが確認された。この際、細胞を収穫する8時間前に予め43℃,1時間の熱ショックを加えておくと、上記の刺激によるc-fos mRNA発現亢進が抑制される傾向が観察された。HSP70ないしHSP90が細胞内に多く存在している状態ではHSEを介した転写が起こりにくいと言われている。したがって、この結果は、最初の熱ショックによって蓄積したHSP70ないしHSP90が次のストレスによるHSEを介したc-fosの転写亢進に対して、抑制的に働いたと考えれば説明がつき、c-fos遺伝子の上流にHSEがあるかもしれないという仮説に矛盾しない結果であった。この結果より、やはりc-fosプロモーター領域にHSEが本当にないのか、改めて確認する必要があると思われた。

 そこで、ヒト・ラット・マウスのc-fos遺伝子上流を調べたところ、転写開始点より-450塩基付近に、HSEに特徴的と言われるGAA/TTCのブロック(GAAnnTTCnnNNNnnTTCnnNNNnnTTC)を見いだした。ヒト・ラット・マウスでGAA/TTCのブロックは完全に保たれており、ラット・マウスではGAA/TTC以外の塩基も全て一致していた。ヒトの同部位の配列をhHSEfos、ラット・マウスの配列をmHSEfosと名付けて、ゲルシフトアッセイを行ったところ、両者とも熱ショック(43℃,30分)を与えた種々の細胞(HeLa・HepG2・MCF-7・BHK・NIH-3T3・L・LLC)の核蛋白と、HSEに特異的なコンプレックスを形成することが確認された。さらに、HSEと結合する転写因子であるHSF-1に対する抗体を用いたスーパーシフトアッセイにより、確かに両者にはHSF-1が結合することが確かめられた。これらの結果は、hHSEfosおよびmHSEfosがHSEとして働いている可能性を示唆した。

 最終的に、hHSEfosおよびmHSEfosの機能を確認するためにレポータージーンアッセイを行った。レポータージーンとしては、ホタルルシフェラーゼ遺伝子上流にヒトのc-fosプロモーターをつないだもの(HF456、HF443、mHF456)ないしはSV40プロモーターをつないだもの(HF-GL、MF-GL、GL)を用意した。HF456はヒトc-fosプロモーターをちょうどhHSEfosの部分まで含むが、HF443はhHSEfosを半ばまで欠失させており、またmHF456はhHSEfosの3つのGAA/TTCブロックに変異を導入したものである。HF-GLおよびMF-GLは親プラスミド(GL)のSV40プロモーターの上流に各々hHSEfosあるいはmHSEfosを挿入したものである。これらのレポータージーンを内部標準プラスミドとともにMCF-7細胞に導入し、2日後にストレス(43℃,1時間の熱ショックの後37℃で2時間培養、ないしは50M亜砒酸,6時間、ないしは100Mカドミウム,6時間)を加えて、加えなかった場合に比してホタルルシフェラーゼ活性が何倍上昇するかを調べた。その結果、intactなhHSEfosないしはmHSEfosを有するレポータージーン(HF456、HF-GL、MF-GL)では、著しい上昇が見られ、有さないレポーター(HF443、mHF456、GL)に比べて明らかに有意差があった。これらの結果によりhHSEfosおよびmHSEfosはHSEとして機能していることが確実となった。

[考察および結論]

 本研究の結果によって、ストレスによるc-fos発現に関する様々な事象が説明できるようになる。また、c-Fos発現が亢進すれば、AP-1の活性が高まる可能性がある。従って、この結果より、HSEに働きかける様々な刺激が、AP-1活性をも高めるものとして再認識されるかもしれない。一方で、これまで単なる「c-fos発現を促進するもの」として認識されていた多くの物質や刺激のうちいくつかは、実はHSEに働きかけるストレスであったということが判明するかもしれない。

 c-fos上流にはSREのみならずHSEも存在するために、非常に多くの刺激に対して容易に発現が誘導されると考えられる。刺激の中には、c-fos mRNA分解を抑制すると考えられているものもある。また、HSEに働きかけるストレスは、やはりHSEをその遺伝子の上流に持つ、ユビキチンの発現も亢進させる。c-Fosはユビキチン依存性に分解されるため、これらのストレスはc-fos発現を高めると同時に、その分解経路も活性化していることになる。このような様々な特徴によって、c-fosは、多くの刺激に対して急速に発現を亢進し、急速に元のレベルに戻るというimmediate-early geneとして適した性質を備えているのかもしれない。

 これまでに、様々な刺激によるc-fos発現亢進について多数の報告がなされているが、その中のいくつかは「c-fos遺伝子上流にHSEが存在する」という本研究結果によって説明可能であると思われる。今後は、本報告はc-fos・AP-1やストレスの研究に大いに役立つものと思われる。

審査要旨

 本研究は、c-fos遺伝子のプロモーター領域に、従来存在しないというのが定説になっていた、heat shock element(HSE)が確かに存在し、様々なストレスがこのDNA elementを介してc-fos遺伝子の転写を亢進させていることを明らかにするために、ノザンブロット・ゲルシフトアッセイ・レポータージーンアッセイを行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1. 従来の他の細胞を用いた報告同様、ヒト乳癌細胞株MCF-7においても、HSEを介した転写を促進するストレスとして知られている、熱ショック(43℃,1時間の後37℃で培養)・50M亜砒酸・100Mカドミウムによって、c-fos mRNA発現が亢進することが確認された。この際、細胞を収穫する8時間前に予め43℃,1時間の熱ショックを加えておくと、上記の刺激によるc-fos mRNA発現亢進が抑制される傾向が観察された。HSP70ないしHSP90が細胞内に多く存在している状態ではHSEを介した転写が起こりにくいと言われている。したがって、この結果は、最初の熱ショックによって蓄積したHSP70ないしHSP90が次のストレスによるHSEを介したc-fosの転写亢進に対して、抑制的に働いたと考えれば説明がつき、c-fos遺伝子の上流にHSEがあるかもしれないという仮説に矛盾しない結果であった。

 2. ヒト・ラット・マウスのc-fos遺伝子上流を調べたところ、転写開始点より-450塩基付近に、HSEに特徴的と言われるGAA/TTCのブロック(GAAnnTTCnnNNNnnTTCnnNNNnnTTC)を見いだした。ヒト・ラット・マウスでGAA/TTCのブロックは完全に保たれており、ラット・マウスではGAA/TTC以外の塩基も全て一致していた。ヒトの同部位の配列をhHSEfos、ラット・マウスの配列をmHSEfosと名付けて、ゲルシフトアッセイを行ったところ、両者とも熱ショック(43℃,30分)を与えた種々の細胞の核蛋白と、HSEに特異的なコンプレックスを形成することが確認された。さらに、HSEと結合する転写因子であるHSF-1に対する抗体を用いたスーパーシフトアッセイにより、確かに両者にはHSF-1が結合することが確かめられた。これらの結果は、hHSEfosおよびmHSEfosがHSEとして働いている可能性を示唆した。

 3.最終的に、hHSEfosおよびmHSEfosの機能を確認するためにレポータージーンアッセイを行った。レポータージーンとしては、ホタルルシフェラーゼ遺伝子上流にヒトのc-fosプロモーターをつないだもの(HF456、HF443、mHF456)ないしはSV40プロモーターをつないだもの(HF-GL、MF-GL、GL)を用意した。HF456はヒトc-fosプロモーターをちょうどhHSEfosの部分まで含むが、HF443はhHSEfosを半ばまで欠失させており、またmHF456はhHSEfosの3つのGAA/TTCブロックに変異を導入したものである。HF-GLおよびMF-GLは親プラスミド(GL)のSV40プロモーターの上流に各々hHSEfosあるいはmHSEfosを挿入したものである。これらのレポータージーンを内部標準プラスミドとともにMCF-7細胞に導入し、2日後にストレス(43℃,1時間の熱ショックの後37℃で2時間培養、ないしは50M亜砒酸,6時間、ないしは100Mカドミウム,6時間)を加えて、加えなかった場合に比してホタルルシフェラーゼ活性が何倍上昇するかを調べた。その結果、intactなhHSEfosないしはmHSEfosを有するレポータージーン(HF456、HF-GL、MF-GL)では、著しい上昇が見られ、有さないレポーター(HF443、mHF456、GL)に比べて明らかに有意差があった。これらの結果によりhHSEfosおよびmHSEfosはHSEとして機能していることが確実となった。

 以上、本論文は、これまでの定説を覆して、c-fos遺伝子上流に確かにHSEが存在することを証明した。HSEは本研究で用いられたストレス以外にも、多くの刺激(虚血・再灌流、酸化ストレス、低酸素など)に反応して転写を亢進させることが知られているため、本研究は様々な生理的・病的な状態におけるc-fos発現亢進の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク