学位論文要旨



No 114535
著者(漢字) 谷口,俊恭
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,トシヤス
標題(和) 血液系細胞における細胞周期制御因子の発現解析
標題(洋) Expression of cell-cycle regulators in normal and neoplastic hematopoietic cells
報告番号 114535
報告番号 甲14535
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1455号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 北村,俊雄
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 平井,久丸
内容要旨

 真核細胞の細胞周期進行は、cyclin-dependent kinase(CDK)による蛋白のリン酸化によって制御されている。CDKの活性は、cyclinの結合、CDK inhibitorの結合、CDK自身のリン酸化・脱リン酸化などによって制御される。この制御が破綻することによって、腫瘍化がもたらされることが知られている。血液系腫瘍においては、cyclin D1/PRAD1/BCL1遺伝子がB細胞系腫瘍の一部、特にmantle cell lymphomaにおいて、t(11;14)(q13;q32)染色体転座によって過剰発現し、腫瘍化に関与している。

 一方、造血は、未分化な造血幹細胞が、様々な系統の成熟血球へと増殖・分化する過程である。終末分化において細胞は増殖能力を失い細胞周期は停止することが多い。したがって、造血の過程においてのcyclin,CDK,CDK inhibitorなどの細胞周期制御因子の発現様式を明らかにすることは、造血機構の解明にとって重要である。CDK inhibitorであるp21,p27は終末分化における細胞周期制御との関連が示唆されており、血液系細胞株の分化モデルにおいても、発現上昇が見られる。また、3つのD型cyclin(cyclin D1,D2,D3)は組織特異的に発現することが知られている。しかし現在まで、正常ヒト造血におけるD型cyclin及び、p21,p27の発現様式に関する知見は非常に限られている。

 そこで、ヒト血液系細胞におけるD型cyclinとp21,p27の発現様式を明らかにすることを目的に、以下の研究を行った。

1)D型cyclinの発現を比較定量するRT-PCR法によるヒトリンパ系腫瘍及び、正常ヒト造血コロニー、骨髄、末梢血血球の解析

 少量の検体を解析するため、D型cyclinの発現を比較定量するRT-PCR法を用いた。D型cyclin family遺伝子(cyclin D1,D2,D3)の塩基配列の相同な領域に設定した共通のsense primerと、それぞれに特異的な3本のantisense primerとを用いて、同時に3つの配列の増幅を行うことで、D型cyclin同志の相対的発現レベルを判定できるRT-PCRである。

 104例のヒトリンパ系腫瘍の臨床検体(リンパ節、骨髄、末梢血、胸水など)からRNAを抽出し、このRT-PCR法によりcyclin D1の過剰発現を検出し、臨床データとの比較を行った。また、外来及び病棟の患者連続103例の末梢血(100L)と、連続34例の骨髄(50L)からRNAを抽出し、同様の方法でスクリーニングを行った。また、正常ヒト末梢血血球(リンパ球、単球、顆粒球、血小板)、臍帯血CD34陽性細胞由来コロニーにおけるD型cyclinの発現を、このRT-PCRを応用した定量的RT-PCRで検討した。

 リンパ系腫瘍臨床検体の検討では104例中13例(非ホジキンリンパ腫72例中7例,多発性骨髄腫4例中3例、マクログロブリン血症2例中1例、前リンパ球性白血病2例中1例,慢性リンパ性白血病3例中1例)でcyclin D1過剰発現が認められた。陽性例はすべてB細胞腫瘍であった。検体の種類別では、リンパ節72例中2例、リンパ節以外(末梢血、骨髄、胸水)32例中11例が陽性であり、節外病変に陽性例が有意に多かった。t(11;14)(q13;q32)染色体転座の認められた7例はこのPCRでも全例cyclin D1の過剰発現が検出された。cyclin D1の過剰発現が認められた非ホジキンリンパ腫7例中、2例は典型的なmantle cell lymphomaであり、3例はdiffuse-large B-cell lymphomaであったが、うち2例はmantle cell lymphomaからの移行例と考えられた。M蛋白を伴うlymphoplasmacytoid lymphomaも2例認められた。末梢血のスクリーニングでは103例中2例がcyclin D1過剰発現と判定できた。これはbcl-1rearrangementの認められたlymphoplasmacytoid lymphomaの白血化例と、t(11;14)(q13;q32)染色体転座のあるmantle cell lymphomaの白血化例であった。骨髄のスクリーニングでは多発性骨髄腫1例のみが陽性であった。

 このRT-PCR法によってt(11;14)転座がなくてもcyclin D1過剰発現が検出された例があったが、これはRT-PCRが通常の染色体分析よりも感度が高いためと考えられる。cyclin D1過剰発現と判定されたB細胞腫瘍は、mantle cell lymphomaだけではなく、lymphoplasmacytoid lymphoma,多発性骨髄腫,前リンパ球性白血病,慢性リンパ性白血病が含まれており、cyclin D1過剰発現がmantle cell lymphomaに特異的ではないことが確認された。このRT-PCRは、リンパ系腫瘍の臨床検体において、迅速かつ確実にcyclin D1の過剰発現が検出でき、FISH法や、免疫組織染色を補う意味で、mantle cell lymphomaや、その他のB細胞系腫瘍の診断に有用である。

 また、正常末梢血リンパ球・単球ではcyclin D2mRNAが主に発現し、cyclin D3もある程度発現していたが、cyclin D1は非常に低レベルであった。顆粒球と血小板ではcyclin D3mRNAが主に発現していた。造血コロニーでは、すべてにcyclin D3が主に発現し、cyclin D2は顆粒球コロニー・マクロファージコロニー・巨核球コロニーの一部と全ての赤芽球バーストで発現していた。cyclin D1はマクロファージコロニー・巨核球コロニー・赤芽球バーストの一部でのみごく弱い発現が見られた。このように、正常血液系細胞ではcyclin D3mRNAが必ず発現し、cyclin D2も多くの場合発現する。しかし、cyclin D1はごく弱くしか発現せず、強く発現するのは上記のB細胞系腫瘍に限られることが判明した。

2)正常ヒト造血コロニー、骨髄、末梢血血球におけるp21,p27の発現解析

 正常血液細胞(臍帯血CD34陽性細胞由来コロニー、骨髄、末梢血)におけるp21とp27の発現を定量的RT-PCR法、免疫染色、Western blot analysisで解析した。

 まず、上記RT-PCR法と同様に少量の検体でp21とp27のmRNA発現を解析できる定量的RT-PCR法を考案した。この方法でCD34陽性細胞由来コロニーを解析したところ、全ての系統のコロニー(マクロファージコロニー、顆粒球コロニー、赤芽球バースト、巨核球コロニー)でp21mRNAは培養第15日まで経時的に増加した。一方、p27mRNAは赤芽球バーストでのみ経時的に上昇した。しかし、p21蛋白が検出できたのは、マクロファージコロニー、巨核球コロニー、末梢血単球、骨髄巨核球であった。p27蛋白は赤芽球バーストでは検出されず、巨核球コロニー、末梢血リンパ球、末梢血単球、骨髄巨核球、骨髄の形質細胞と血管内皮細胞で発現が見られた。よって、p21とp27のmRNAと蛋白発現は必ずしも一致せず、転写後の複雑な発現制御が系統特異的に関与していることが示唆された。

 さらに、連続切片を用いて、p21とp27の両者を発現する骨髄巨核球を解析したところ、p27の発現はKi-67の発現と明確に相反していた。また一部の巨核球では、p21とKi-67の発現にも相反する関係が見られた。これは、巨核球においてp21とp27蛋白は細胞周期停止時に発現することを示唆している。

審査要旨

 本研究は、細胞周期制御因子であるD-type cyclinとp21,p27cyclin-dependent kinase inhibitorsのヒト血液系細胞における発現を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.cyclin D1,D2,D3の発現量を比較するRT-PCR法を用いて、多数のリンパ系腫瘍臨床検体の解析を行い、cyclin D1過剰発現がみられるB細胞腫瘍の一群(mantle cell lymphoma、lymphoplasmacytoid lymphoma、原発性マクログロブリン血症、多発性骨髄腫、前リンパ球性白血病、慢性リンパ性白血病)を同定した。また、このRT-PCR法が、免疫染色やFISH法を補う意味で臨床的に有用であることを示した。

 2.正常血液細胞(末梢血リンパ球、単球、顆粒球、血小板、臍帯血CD34陽性細胞由来コロニー)ではcyclin D3 mRNAが必ず発現し、cyclin D2 mRNAも多くの場合発現する。しかし正常血液細胞ではcyclin D1 mRNAはごく弱くしか発現せず、強く発現するのは上記のB細胞系腫瘍に限られることが示された。

 3.正常血液細胞(臍帯血CD34陽性細胞由来コロニー、骨髄、末梢血)におけるp21とp27の発現を定量的RT-PCR法、免疫染色、Western blot analysisで解析した。臍帯血CD34陽性細胞由来コロニーでは、全ての系統のコロニー(マクロファージコロニー、顆粒球コロニー、赤芽球バースト、巨核球コロニー)でp21 mRNAは経時的に増加し、p27 mRNAは赤芽球バーストでのみ経時的に上昇することが示された。一方、p21蛋白が検出できたのは、マクロファージコロニー、巨核球コロニー、末梢血単球、骨髄巨核球であった。p27蛋白は赤芽球バーストでは検出されず、巨核球コロニー、末梢血リンパ球、末梢血単球、骨髄巨核球、骨髄の形質細胞と血管内皮細胞で発現が見られた。よって、正常血液細胞ではp21とp27のmRNAと蛋白発現は必ずしも一致せず、転写後の複雑な発現制御が関与していることが示唆された。

 4.骨髄連続切片を用いて骨髄巨核球におけるp21,p27,Ki-67の発現を解析した。p27の発現はKi-67の発現と明確に相反することが示された。また一部の巨核球では、p21とKi-67の発現にも相反する関係が見られることも示された。これは、巨核球においてはp21とp27蛋白は細胞周期停止時に発現すること示唆している。

 以上、本論文はヒト血液系細胞でのD型cyclin mRNAの発現と、正常ヒト血液系細胞におけるp21,p27 mRNA及び蛋白の発現を明らかにした。本研究は、血液細胞における細胞周期制御因子の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク