本研究は後天性免疫不全症候群(AIDS)患者に高い頻度で合併する日和見感染症であるサイトメガロウイルス(CMV)感染症をより明確に把握するため、以下に述べる4つの臨床研究を施行し、AIDS患者のCMV感染症(CMV disease)の解析を試みたものであり下記の結果を得ている。 1.CMV抗原血症法(CMV-Ag法)を使用し、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染者のCMV diseaseの早期診断の指標あるいは維持療法中の再発診断の指標にできないか検討した。感度、特異度、陽性的中度、陰性的中度の算定より、CMV-Ag検査はCMV diseaseの早期診断には有用であるが、維持療法中の再発診断には有用ではないことが示された。特に全身維持療法中は局所維持療法中に比べ統計学的に有意にCMV-Ag値が陰性化することが示された。 2.30名のHIV感染者に対して副腎機能検査を施行した。そして、CMV副腎炎を起こすhigh risk groupはCMV網膜炎の既往者あるいはCMV-Ag検査陽性者であることを統計学的に初めて示した。また副腎皮質機能異常者の方がCMV-Ag値が統計学的に有意に高値であることを示した。また経過観察を施行し機能異常患者が時間経過とともに副腎皮質機能不全となることを示した。 3.61名のHIV感染者に対してCMV脳炎を早期診断する目的でプロトン磁気共鳴スペクトログラフィーを施行した。磁気共鳴画像で局所病変が存在した8例を除外し、53例について解析が施行されたが、そのうち8例にNAA/Cr値の異常低値を認めた。全例経過観察がなされたが、NAA/Cr値の異常を認めた7例は3ヶ月以内に神経学的異常を認めた。このうち4例は病理解剖で組織学的にCMV脳炎を示唆する所見を示していた。CMV脳炎のhigh risk groupはCMV網膜炎の既往者あるいはCMV-Ag検査陽性者であることを統計学的に示した。 4.抗CMV薬を導入量で投与しても病状およびCMV-Ag値が改善せず、病理解剖で全身性CMV感染症が検出された2例のHIV感染者は臨床的抗CMV薬耐性と考えられる。これらの患者より経時的に採取された血清と病理標本から抗CMV薬耐性に関連するCMVのUL97遺伝子とUL54遺伝子のDNAシークエンスを行った。 その結果抗CMV薬による導入療法施行時にCMV-Ag値が上昇する場合はUL97遺伝子やUL54遺伝子に変異が生じているが、維持療法施行時のCMV-Ag値の上昇は変異は生じていない事を見出した。 以上、本論文はAIDS患者におけるCMV diseaseにおいて、CMV-Ag検査が早期診断に使用できるが、経過観察には使用しにくいこと、CMV網膜炎やCMV-Ag検査陽性者はCMV副腎炎やCMV脳炎のriskが高くなること、導入療法中にCMV-Ag値が上昇する場合は薬剤耐性となっている可能性が高いことを明らかにした。本研究は今まで不可能に等しかったCMV副腎炎、CMV脳炎の早期診断法をはじめて示したばかりでなく、普及している検査方法であるCMV-Ag法がCMV diseaseの早期診断に使用できることを示した。また抗CMV薬の耐性検査としてCMV-Ag法を使用する簡便な方法を見出した。これらの知見は、HIV感染者のCMV diseaseの診断・治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 |