緒言 I型アレルギー反応の遅発型反応(late phase reaction:LPR)は局所への好酸球の集簇を特徴とする。またLPRの局所では好塩基球も集積してヒスタミン等を遊離しており、LPRにおける好塩基球の重要性も認識されている。近年、LPRの病態の理解が進み、アレルギー性疾患は炎症性疾患として理解されるようになった。好塩基球、そして特に好酸球は、mediatorの遊離を通じてLPRを演出する最も重要な炎症細胞であり、アレルギー性炎症の病態形成に深く関与している。 アレルギー性炎症局所においては種々のサイトカインの産生遊離が認められるが、これらは好酸球をはじめとした炎症細胞の生物学的機能の調節、局所への動員などの多様な細胞機能を制御し、アレルギー性炎症の病態に関与している。特に、炎症細胞の血管内皮への接着反応や遊走反応には、いわゆる走化性因子が主要な役割を果たしており、中でもケモカイン(chemokine)はその強力な一方向性の遊走活性により炎症細胞の局所への集積を誘導するのみならず、アレルギー性炎症細胞を活性化し、炎症の進展と病態形成に関与していることが明らかとなってきた。例えば、CCケモカインのプロトタイプであるMCP-1は、単球の走化性因子であるが、好塩基球に対しては脱顆粒を強力に惹起し、IgE非依存性ヒスタミン遊離因子の本態と考えられている。アレルギー性炎症のLPR局所には好酸球、好塩基球が集簇しており、局所で活性化を受けた好酸球がMCP-1を産生し、局所の好塩基球よヒスタミン遊離を惹起してアレルギー性炎症を増悪させているparacrine機構が考えられた。本論文の第一章では、好酸球のMCP-1産生能を、蛋白レベル、mRNAレベルで検討した。 また、好酸球、好塩基球の遊走に関してはCCケモカイン受容体(CCR)3結合性のケモカインが主として統御していることが知られる。CCR3はアレルギー性炎症局所に選択的に集積している好酸球、好塩基球とTh2細胞にのみ発現されており、その高親和性リガンドであるエオタキシンは、局所におけるこれら細胞の選択的集積の責任分子として注目されている。エオタキシンは他のCCR3リガンドとは異なり、CCR3以外の受容体とは結合せず、標的細胞特異性が高い。これらはエオタキシン-CCR3がアレルギー性炎症の病態に重要な役割を果たしていることを強く示唆しており、そのinterventionは新しい治療戦略である。本論文の第二章では、エオタキシンによるヒト好酸球の細胞内チロシンリン酸化反応と、好酸球の機能発現における同反応の役割について検討した。 好酸球のMCP-1産生統御機構 健常人末血より精製した好酸球、好中球、単球を刺激し18時間培養後、上清中のMCP-1およびIL-8蛋白を測定し、その産生量を細胞間で比較した。ionomycinは好酸球よりMCP-1、IL-8産生を誘導した。また、生理的刺激であるC5a、FMLPといった走化性因子による刺激では、濃度依存的にMCP-1産生が誘導された。走化性因子は好中球活性化刺激であるが、IL-8産生を誘導するもののMCP-1産生を誘導しなかった。ただionomycinは好中球よりMCP-1産生を誘導したが、その量は好酸球の約1/150と少量であった。また、好酸球のMCP-1蛋白の産生は免疫染色により個々の細胞単位で確認された。 走化性因子による好酸球MCP-1産生を経時的に検討したところ、上清中には6時間後MCP-1蛋白が認められ、以後時間依存的に増加傾向を示し、18時間後までは比較的急速な産生増加を認めたが、それ以後は緩徐な増加傾向が42時間後まで観察された。 C5a、ionomycinによる好酸球MCP-1産生の誘導はactinomycin Dにより完全に抑制され、好酸球のMCP-1産生には、mRNAの新たな誘導が必須であると考えられた。C5a、FMLPによる好酸球MCP-1mRNA誘導を検討したところ、分離直後の好酸球にはMCP-1mRNAは認められなかったが、刺激により急速に誘導され、3時間以内に最大に達した。以後急速に減衰し、18時間後までに元のレベルに復した。 好酸球特異的な活性化因子であるIL-5が好酸球MCP-1蛋白産生に及ぼす影響についても検討を加えた。IL-5自体はMCP-1産生を誘導しなかったが、好酸球をIL-5で前処理することにより、特にC5aによるMCP-1産生を著明に増強した。さらにmRNAレベルでの検討では、IL-5単独では有意なMCP-1mRNAの発現を認めなかったが、C5aに誘導されるMCP-1mRNAの発現を顕著に増幅し、その効果は翻訳以前の段階で調節されており、MCP-1mRNA転写の増強およびmRNAの安定性増強によるものと思われた。 また、C-CケモカインであるRANTES、エオタキシンは好酸球の遊走や活性化を惹起することが知られるが、IL-5の前処理にも関わらずMCP-1産生を誘導しなかった。 エオタキシン・レセプターのシグナル伝達機構 エオタキシンとCCR3の結合から、それによって好酸球に惹起される細胞機能の発現までの情報伝達経路について解析を行った。好酸球CCR3にエオタキシンが結合することにより、急速で且つ一過性に細胞内蛋白のチロシン残基がリン酸化を受けた。中でも、分子量42kDaの蛋白質のリン酸化反応が強かったが、これがERK2であり、ERK1共々10nM以上の濃度のエオタキシン刺激でリン酸化を受け、活性化されていることも明らかとなった。 このERKの活性化反応は、PTK活性の特異的阻害剤であるgenisteinによっても部分的に抑制されるにとどまり、CCR3の一部はGq蛋白質と共役しているものと考えられた。またこの活性化反応は、ERK kinaseの特異的阻害剤であるPD98059によりほぼ完全に抑制された。 さらに、エオタキシンによる好酸球の細胞機能発現における、ERK活性化反応の関与について検討した。エオタキシンにより惹起される好酸球の遊走反応は、genistein、またはPD98059による影響を受けなかった。一方、対照としたC5aによる好酸球の遊走反応は、genistein、PD98059に抑制された。また、エオタキシンによる好酸球のsuperoxide産生能は、genisteinにより完全に抑制されたが、PD98059による影響を受けなかった。対照としたC5aも同様であった。 まとめ 走化性因子は、白血球に作用してその遊走を誘導する他、細胞を活性化する。好酸球に対してもO2-産生や、mediator遊離を惹起する。本研究を通じ、走化性因子のような生理的刺激、特にC5aが、好中球に比べより大量のMCP-1産生を好酸球に誘導しうることが示された。好酸球が生理的な刺激によりMCP-1を産生することが明らかとなり、好酸球がアレルギー性炎症局所において、好塩基球の活性化および炎症性mediatorの遊離を介したparacrine(傍分泌)の機序をもって、炎症を統御している可能性が示された。 エオタキシンは、アレルギー性炎症局所における炎症細胞の選択的集簇の責任分子の一つとして注目されているが、その受容体を介したシグナル伝達の詳細は不明であった。エオタキシンが好酸球CCR3に結合することで、急速かつ一過性の細胞内蛋白のチロシンリン酸化が生じた。特にERK1/2のリン酸化反応が強く、これらがエオタキシン刺激で活性化を受けていることが明らかとなった。 エオタキシンにより惹起される好酸球の遊走反応は、ERK、PTKの両者に非依存性であった。一方、C5a刺激による好酸球の遊走反応は、ERK、PTKの両者に依存的であった。刺激の差違によりそれぞれ異なる情報伝達経路が活性化を受け、さらにそれらが遊走反応という同一の細胞機能を惹起するという、新しい知見が本研究を通じ得られた。さらに、エオタキシンによる好酸球のsuperoxide産生能は、完全にPTK依存性であったが、ERK非依存性であった。これらの結果より、エオタキシンとCCR3の結合により、MEK/ERK経路をも含む互いに独立した複数のシグナル伝達経路が活性化を受け、好酸球の細胞機能が発現されることが想定された。 近年の研究により、ケモカインが種々の炎症性疾患の病態に深く関与することが次第に判明してきており、炎症の各時相で作用するケモカインをターゲットにすることにより、急性炎症ならびに慢性炎症をコントロールできる可能性が示されている。以上のようなアレルギー性炎症における好酸球とケモカインの機能の検討は、アレルギー性炎症の病態解明、ひいては新たな治療戦略の基礎を形作るものと考えられる。 |