慢性関節リウマチ(RA)や全身性エリテマトーデス(SLE)をはじめ多くの膠原病が、女性に多く発症し、その極端な男女差から、これらの自己免疫疾患の発症に性ホルモンが関与していることは想像に難くない。生理学的に極端な男女差を示す種々のホルモンの中で、特にプロラクチン(以下PRL)は、その免疫調節作用からも注目すべき疾患感受性因子の候補であろう。 ヒトのPRLは、主に下垂体前葉に分布するlactotrophから分泌され、視床下部由来のドーパミンにより、その分泌を抑制的に支配されている。一般に、授乳、睡眠、ストレス、乳房刺激(産褥期以外)、妊娠、運動、甲状腺機能低下、さらにいくつかの薬剤がPRL分泌促進刺激効果をもつことが知られており、PRLは日常生活の環境因子により、血中濃度が変化しやすいホルモンでもある。 一方、PRLの標的器官として、近年免疫系が注目されるようになりつつある。 RussellらによりヒトのT細胞やB細胞にPRLレセプターが見出されて以後、in vitroにて、IL-2等によるリンパ球の増殖反応に対する増強効果、さらにIL-2、INF-産生増強効果、IL-2レセプター発現誘導能なども報告され、様々な免疫調節効果が証明されている。また、PRLが正常人リンパ球の免疫グロブリン産生を誘導し、IgM型RFや抗dsDNA抗体の産生を誘導するという報告もある。 実験動物レベルでは、アジュバント関節炎(以下AA)で、発症前の神経・内分泌変化の一部として、PRLの産生増加が認められ、また、脳下垂体を摘除されたラットで、腎臓莢膜下に脳下垂体組織を移植するとAAが進行するという。NZB/NZWF1(B/W)マウスや、タイプIIコラーゲン誘発関節炎マウスが、PRL投与により増悪することも報告されており、免疫系に対するPRLの役割が、主に自己免疫現象との関連から論じられることが多い。 臨床面でも、SLE患者では、正常人に比べて血中PRLレベルが高く、血中PRLレベルは疾患活動性と相関するという報告があり、RAにおいては、TRH負荷に対するPRLの過剰反応や、血中PRLレベルの上昇と疾患活動性の相関も報告されている。また、自己抗体との関わりに関する報告も散見し、高PRL血症と抗核抗体(FANA)の高い陽性率との関係も報告されている。 一方、CD69分子は、活性化T細胞やB細胞、活性化マクロファージの細胞表面に発現する早期活性化抗原で、休止期の末梢血リンパ球には発現していないことが知られている。CD69分子と自己免疫疾患の関連については、慢性関節リウマチの関節液中のリンパ球でCD69分子の発現量が有意に増加しており、SLEでは末梢血単核球上のCD69/CD3比が、疾患活動性の評価基準として有用であると報告されている。 さらなる細胞増殖をも誘導しうるこのCD69分子の発現に、PRLがどのような影響を与えるのかを正常人で観察することは、今後、様々な自己免疫疾患にて、その病態におけるPRLの役割を考える上で、重要な指標になると考えて今回の実験を行った。 実験は健常人女性16人(20〜62歳:平均38.9±15.4歳)を対象に行った。 ヘパリン採血した静脈血から、Ficoll Hypaque法にて末梢血単核球(以下PBMC)を分離し、10%FBS+RPMI液に再浮遊させて1×106個/mlに調整した後、様々な濃度のPRLとともに5%CO2、37℃にて24、(48、72)時間培養した。また、補助刺激物質としてPHA(Difco社)を用い、PBMCの培養開始時からPRLとともに添加した(1/5000、1/10000v/v最終濃度)。さらに、培養上清中のステロイドホルモンによる影響を取り除くためにステロイド除去FBSを作成し、同様の実験を行った。 細胞表面マーカー(CD69等)の解析は、培養したPBMCをPEラベルされた抗CD69抗体と、FITCラベルされた抗CD3,4,8抗体で二重染色し、フローサイトメトリーにて行った。データの評価は主にMFI(平均蛍光強度のアイソタイプコントロールのとの差)で行い、陽性細胞の割合(%)をも参考にした。 細胞増殖の分析はMTT法で行った。1×105または2×105個/mlの細胞浮遊液に各濃度のPRLを加え、PHA存在下に37℃にて48時間培養した後、Tetra Color ONE試薬(生化学社)を加えて5時間インキュベーションし、マイクロプレートリーダーにて吸光度を測定して検量線から細胞数を算出した。 PBMCをPHA存在下に24時間培養すると、無刺激ではPBMC上のCD69分子がほとんど発現していない(MFI=0.036±0.055)のに対して、1/10000、1/5000v/v濃度のPHAにて有意にCD69分子発現が増強された(それぞれMFI=0.85±0.17、MFI=1.22±0.26)。ともにp<0.01(Welch’s t-test)。また、PHAによるCD69分子発現増強効果は、培養時間と共に増加し、24時間でピークを示した。 PBMC上のCD69分子発現に対するPRLの影響については、PHA非存在下ではPRLによるCD69発現への影響は観察されなかったが、1/5000v/v濃度のPHA存在下で、PRL(final 2000ng/ml)を添加し、24時間培養すると(MFI=1.20±0.34,positive%=29.5±17.1)、PRLを加えない系に比べて(MFI=0.98±0.30,positive%=21.9±16.5)、PBMC上のCD69分子発現が有意に増加した。P<0.05(paired t-test)(MFI) また、次にPRLの濃度による影響をみるために、1000,2000,4000ng/mlのPRLについても同様に実験を行ったところ(PHA存在下)、PRL2000ng/mlにてPRLによるCD69発現増強効果は最大であり、それ以上の濃度では、むしろCD69発現を抑制してしまうことがわかった。(not significant) 経時的変化を観察するために、同様の実験系で0,6,12,24,36,48時間培養すると、PRLによるCD69分子発現増強効果は、培養開始後6時間ですでに認められ、24時間をピークに以後減退し、48時間後にはほとんど増強効果がなくなった。 リンパ球サブセットによる、PRLに対する反応の違いに関しては、MFI、陽性細胞の割合ともに、CD8陽性細胞群でPRLによるCD69発現増強が観察されたのに対して、CD4陽性細胞群ではCD69発現増強は観察されなかった。(not significant) ステロイドホルモンによる影響を取り除く目的で、FBS中からステロイドホルモンを除去して行った実験については、PRL(0)(PHA存在下)で既にCD69の発現状態に差異が予想されたため、データをMFIの変化率(%)として標準化した。 ステロイド除去FBS(19.89±17.08%)と非除去FBS(29.96±32.53%)の実験間でPRLによるCD69発現増強効果に有意差はなかった。P=0.616>0.05(Student’s t-test) PBMC上のCD25分子発現に対するPRLの影響については、1/10000v/v濃度のPHA存在下で、PRL(final 1000ng/ml)を添加して72時間培養すると(MFI=4.45±2.77)、統計学的に有意とはいえないものの、PRLを加えない系(MFI=1.88±1.32)に比べて、PBMC上のCD25分子発現が増加した。P=0.069(paired t-test) 次にPRLの濃度による影響をみるために、1/10000v/v濃度のPHA存在下で、200,1000,2000ng/mlのPRLについても同様に実験を行ったところ、PRL1000ng/mlにてPRLによるCD25発現増強効果は最大であり、それ以上の濃度では、むしろCD25発現を抑制してしまうことがわかった。(not significant) 細胞増殖については、PBMCを様々な濃度のPRLとともに、PHA(1/5000v/v)存在下に48時間培養して、MTTアッセイで測定したところ、1×105、2×105個/mlいずれの系においても、PRLを加えることで細胞増殖は抑制され、抑制効果は加えたPRLの濃度に依存した。p<0.01[PRL1000,4000ng/ml],p<0.05[PRL2000ng/ml](paired t-test) 今回の実験で我々は、まず非特異的にリンパ球系細胞(主にT細胞)を刺激するPHAによるCD69分子発現増強を確認した。また細胞表面のCD69分子発現量は刺激後24時間で最高であり、Biselliらの報告と一致する結果となった。 また、PRLは低濃度のPHA存在下にて、ヒトPBMC上のCD69分子発現を増強することがわかった。今回用いた濃度のPRLは単独では、CD69分子発現増強効果を示さず、PRLがCD69分子発現増強作用を発揮するには、何らかの補助刺激物質が必要であることが示唆された。 PRLによる、PBMC上のCD69,CD25分子発現増強効果には、PRL濃度に最適濃度が存在し、それ以上の濃度では効果が減弱することが明らかとなったが、これまでのin vitroの実験の報告でも、最適濃度以上ではPRLの効果が減弱することが示されており、特にCD69分子やCD25分子のように、それ自体がさらなる自己増殖を誘導するような分子では、危険な自己増殖が持続しないようにネガティブフィードバック機構が備わっているのではないかと考えられた。 リンパ球サブセットによる反応の違いに関しては、CD8陽性細胞群でPRLによるCD69発現増強が観察され、CD4陽性細胞群ではCD69発現増強は認められず、リンパ球のサブセットによりPRLに対する反応性が異なることがわかった。 細胞増殖については、PRLが細胞増殖抑制効果をもつことが観察されたが、実験で用いたCD69分子の発現誘導に最適なPRLとPHAの濃度が、細胞増殖にとってはやや高すぎたためではないかと推測している。 もともと過剰なPRLは免疫抑制効果をもたらし得るとされており、モデルマウスにおいてもそれを示唆する報告がいくつかある。 また、ステロイド除去FBSを作成して行った実験でも同様に、PRLはPHA存在下にCD69分子発現増強効果を示し、ステロイド非除去で行った実験結果と大きな違いもなく、ステロイドホルモンを除去せずに行った一連の実験結果の信頼性が保たれることがわかった。 今回の実験によりCD69分子の発現レベルを観察することは、PRLがリンパ球に与える影響を考えるにあたって、重要なマーカーとなることが明らかとなった。 今回の実験結果と、これまでの報告をまとめて考察すると、PRLが免疫系に刺激効果を発揮するには、"適当な濃度のPRL"、"PRLレベルの変動"、"同時に存在するその他のサイトカインやホルモンの状態"など、いくつかの条件が必要であることが推察される。SLEやRAをはじめとする自己免疫疾患にPRLがどのようにかかわているかを考えるにあたって、このような条件を解明していくことが重要であり、今回の実験で明らかとなったPRLのもつCD69分子発現増強作用は、その条件を解明するために有用な指標になると思われた。 |