本研究は、HLAクラスI欠損症患者の解析を行い、新たにTAP1遺伝子の変異を明らかにし、HLAクラスI欠損症患者由来の細胞内でのHLAクラスI分子複合体形成とHLAクラスI分子欠損細胞のNK細胞による認識を検討したものである。HLAクラスI分子の発現機構とその低下のNK細胞による認識が密接な関係にあることから、HLAクラスI欠損症患者由来のNK細胞の異常について、HLAクラスI分子発現がNK細胞の正常な機能的分化に関わっている可能性について考察を加えている。論文は簡潔に記述されており、研究方法も適切である。HLAクラスI分子の発現低下のNK細胞による認識機構は最近のトピックスであり、時期を得たテーマである。 論文の第1章は、HLAクラスI欠損症患者の解析を行い、TAP1遺伝子の変異を初めて明らかにし、HLAクラスI欠損症患者由来の細胞内でのHLAクラスI分子複合体形成を解析することにより、HLAクラスI分子複合体形成についての新たな情報を我々に与える内容である。TAP1欠損症患者由来の細胞内では、TAP1に加えてTAP2蛋白も認められず、TapasinとクラスI分子が正しい複合体形成をしていないことを明らかにした。 論文の第2章は、TAP1欠損症患者に見出された既知の配列と異なるTAPASIN遺伝子の変異の解析により、このAlleleが健常人中に高頻度に存在する多型であることを明らかにし、この変異がTAP1欠損症患者由来の細胞内でのクラスI分子複合体形成不全の直接の原因ではないことを示唆している。加えて、日本人におけるTAPASIN遺伝子とHLAクラスII遺伝子との連鎖不均衡を併せて報告している。 論文の第3章は、HLAクラスI欠損症患者のNK細胞の細胞障害活性とその特異性についての解析から、この患者のNK細胞はHLAクラスI欠損細胞に対して免疫学的寛容状態にある事を明らかにし、NK受容体発現の変化がこの寛容の直接の原因ではないことを示唆している。この結果はNK細胞の正常な機能的分化にHLAクラスI分子発現が必須である可能性を示している。 論文の第4章は、NK受容体発現解析系の構築過程において検出されたCD94の2種類の大きさのRT-PCR産物についての解析から、alternative splicingにより膜貫通部分の93塩基欠損を生じたCD94のtranscriptの存在を明らかにした。II型の膜蛋白質では膜貫通部分がER内面への発現に必須であるため、この膜欠損型のII型の膜蛋白質CD94は細胞質に留まると考えられ、この蛋白がNKG2分子の発現に影響を及ぼす可能性も示唆している。 以上、本論文は、HLAクラスI欠損症患者の解析を行い、新たにTAP1遺伝子の変異を明らかにするとともに、HLAクラスI欠損症患者由来の細胞内でのHLAクラスI分子複合体形成について生化学的に解析し、HLAクラスI欠損症患者由来のNK細胞の異常について明らかにした。本論文で得られた新知見は、HLAクラスI分子複合体形成の生化学的意義とHLAクラスI分子の発現低下のNK細胞による認識の解明に重要な貢献をなすと認められ、学位の授与に値するものと考えられる。 |