学位論文要旨



No 114542
著者(漢字) 古川,宏
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,ヒロシ
標題(和) HLAクラスI分子の細胞表面発現機構と認識
標題(洋) Cell Surface Expression Mechanisms and Recognition of the HLA Class Molecules
報告番号 114542
報告番号 甲14542
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1462号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 中村,晃一郎
内容要旨

 HLAとその認識についての研究は、細胞免疫学、移植および自己免疫におけるその重要な役割から、長い間科学的興味を持たれ続けてきた。HLAクラスIやクラスII分子による抗原提示がT細胞の免疫応答を引き起こすことがその中心をなしている。細胞障害性T細胞はHLAクラスI分子上のウイルスや腫瘍抗原を認識してウイルス感染細胞や腫瘍細胞を障害することが知られているが、一方、ウイルス感染細胞や腫瘍細胞は様々な方法でHLAクラスI分子の発現経路を妨害してT細胞の免疫応答から逃れている。しかし、T細胞の代わりにNK細胞がこの様なHLAクラスI分子の発現が低下した標的細胞を認識して障害すると考えられてきた。そこで、HLAクラスI分子の発現機構とHLAクラスI分子の発現低下のNK細胞による認識について研究した。

第1章HLAクラスI欠損症患者におけるTAP1遺伝子のsplice siteの変異

 HLAクラスI分子の細胞表面への発現はTAP1とTAP2の複合体に依存しており、この複合体が細胞内部のペプチドをHLAクラスI分子に載せる働きをしていることが知られている。このときに、HLAクラスI分子はTapasin,Calreticulinなどの様々な細胞内分子と結合することが必要であることが知られている。HLAクラスI欠損症(Bare lymphocyte syndrome type I)はSino-bronchial syndromeの症状を呈し、細胞表面にHLAクラスI分子を発現していないことを特徴とする。このほか、血管炎様の潰瘍を起こす症例が多く報告されている。これまでにTAP2蛋白の欠損がHLAクラスI欠損症の2家系(英国及び仏国)で報告されている。今回、国内のHLAクラスI欠損症患者の解析を行い、新たにTAP1遺伝子の変異を明らかにした。

 まず、HLA-A,B,C遺伝子のRT-PCRとcDNAシークエンスを行った。加えて、患者由来の細胞をHLA特異的ペプチドと共に培養して、HLAクラスI分子の細胞表面への発現の変化をフローサイトメトリー法により測定した。さらに、HLAクラスI分子発現に関わる分子の発現をウエスタンブロット法により測定し、発現していなかった分子のcDNAシークエンスを行った。最後に、HLAクラスI欠損症患者由来の細胞内でのHLAクラスI分子複合体形成について生化学的に解析した。

 まず、HLA-A,B,CのmRNAは発現されており、そのcDNAシークエンスに異常がないことが明らかになった。つぎに、患者の有するAlleleであるHLA-A24に特異的に結合するペプチドと共に培養することにより、HLAクラスI欠損症患者由来の細胞上のHLAクラスI分子の発現が上昇した。このことから、ペプチドを処理する機構か、ペプチドをHLAクラスI分子に載せる機構の異常が疑われた。ウエスタンブロット解析では、HLAクラスI欠損症患者由来の細胞のTAP蛋白の発現が認められなかった。DNAシークエンスを行い、TAP1遺伝子のsplice siteにおける変異を発見し、この結果正しいTAP1蛋白合成が出来ないことが明らかになった。さらに、TAP2欠損症患者の細胞ではTAP1蛋白の存在が認められるという報告に対し、このTAP1欠損症患者の細胞にはTAP1に加えてTAP2蛋白も認められず、細胞内のHLAクラスI分子の量も著明に減少していた。この現象はER内の調節機構によるものと考えられる。また、TAP1欠損症患者の細胞ではER内で、TAPとHLAクラスI分子を橋渡しすると考えられているTapasinとクラスI分子が正しい複合体形成をしていなかった。

第2章TAPASIN遺伝子の多型とHLAクラスII遺伝子との連鎖不均衡

 Tapasinは免疫グロブリンスーパーファミリーに属する膜蛋白質で、HLAクラスIとTAPとを橋渡しし、HLAクラスI分子上にペプチドを載せるための重要な役割を果たしていることが知られている。TAP1欠損症患者の細胞においてこのTapasinとクラスI分子が正しい複合体形成をしていないことが明らかになったが、ウエスタンブロット解析では、Tapasinは正常な分子量で検出された。そこで、cDNAシークエンスを行ったところ、既知の配列と異なる変異を見出した。しかし、その後の解析から、これは健常人中に高頻度に存在する多型であることが判明し、この変異がクラスI分子複合体形成不全の直接の原因ではないことが明らかになった。そこで、日本人におけるTAPASIN遺伝子とHLAクラスII遺伝子との連鎖不均衡を併せて報告する。

 健常人末梢血から抽出したゲノムDNAからTAPASIN exon4特異的プライマーの組を用いてPCRによって増幅し、この遺伝子の塩基配列を決定したところ、260番目のコドンにアミノ酸置換を起こす変異(AGA Arg-ACA Thr)が認められた。PCR-RFLP法(polymerase chain reaction-restriction fragment length polymorphism)にてこの新しいアリルの日本人における頻度を求めたところ、64%であることが分かった。また、TAPASINはHLA-DPと強い連鎖不均衡を示した。頻度の高い4-locus haplotypeはDRB1*0901-DQB1*0303-DPB1*0501-TAPASIN*02,DRB1*0901-DQB1*0303-DPB1*0201-TAPASIN*02and DRB1*1302-DQB1*0604-DPB1*0401-TAPASIN*02であった。この多型がHLAクラスI分子の発現やHLAクラスI分子による抗原提示に影響を及ぼし、何らかの疾患との関連が今後の検討課題と考えられる。

第3章HLAクラスI欠損症患者のNK細胞はクラスI分子陰性標的細胞を殺さない

 NK細胞はHLAクラスI分子を認識して抑制性シグナルを伝達する受容体により細胞障害性を制御しており、"Missing-self hypothesis"に従ってクラスI陰性の標的細胞を殺すと考えられている。もしHLAクラスI欠損症患者のNK細胞が同様な活性を持つと自己細胞に対する障害性を示す可能性がある。そこで患者のNK細胞の細胞障害活性とその特異性について解析を行った。さらに、NK受容体発現パターンのNK細胞の機能における影響を調べるために、HLAクラスI欠損症患者と健常人との間で末梢血NK細胞上のNK受容体の発現を比較検討した。

 HLAクラスI欠損症患者及び健常人より末梢血単核球を分離しNK感受性標的細胞K562,Molt4やクラスI欠損細胞株721.221,Daudiやその他の細胞を標的として細胞障害性試験を行った。さらにIL-2,IL-12,IL-15などのサイトカイン刺激によるLAK活性を測定した。加えて、HLAクラスI欠損症患者と健常人のNK細胞の頻度を測定し、NK細胞上のNK受容体の発現をフローサイトメトリーとRT-PCR法により測定解析した。

 患者末梢血単核球中のNK細胞の頻度は20-40%で正常範囲であったが、K562などの標的細胞を障害せず、いわゆるNK活性は示さなかった。またサイトカイン刺激によりMolt4,K562に対するLAK活性が検出された。一方、721.221およびDaudiに対する障害活性はサイトカイン刺激を行っても認められなかった。しかしながら、721.221HLA-A*2401transfectantに対してはLAK活性が検出された。また、末梢血単核球からT細胞やNK細胞を除去したeffector細胞のMolt4に対するLAK活性を測定したところ、この細胞障害性はおもにNK細胞によっていることが分かった。一方、患者末梢血単核球はレクチン型のCD94/NKG2の他に、免疫グロブリン型のKIRやpositive signalを伝達するKARも発現していた。このことから、患者ではクラスI陰性細胞に対してNK細胞が免疫学的寛容状態にある事と、NK受容体発現の変化がこの寛容の直接の原因ではないことが示唆された。

第4章ヒトCD94遺伝子のalternatively spliced form

 ヒトCD94はII型の膜蛋白質で、C型レクチンドメインを細胞外に持つレクチン型NK受容体である。レクチン型NK受容体NKG2と2量体を作り、標的細胞上のHLA-Eを認識して障害活性を抑制したり、活性化したりすることが知られている。ヒトCD94遺伝子は他のレクチン型受容体と共に12番染色体のNK gene complexにMapされたsingle copy geneである。TAP1欠損症患者のNK受容体解析過程においてCD94のRT-PCR産物に既知の大きさの産物と共にそれより短い大きさの産物が検出された。その後の解析により、健常人においても同様に2種類のPCR産物が増幅されることがわかった。そこでこの短いPCR産物を解析したところ、CD94においてalternative splicingにより膜貫通部分の93塩基欠損を生じたcDNAの塩基配列を発見した。

 健常人末梢血から抽出したcDNAからCD94特異的プライマーの組を用いてPCRによって増幅したバンドは2本あり、それぞれ、大きさは610塩基と527塩基であった。この遺伝子の塩基配列を決定したところ、一方は正常長のCD94であり、もう一方はCD94の膜貫通部分の93塩基を欠損した配列であった。これが、alternative splicingによる事を確かめるために、ゲノムDNAの構造決定を行った。CD94のエクソン1-3とその前後のイントロンの部分の塩基配列を決定したところ、塩基配列の欠損部分はエクソン2と同一であることがわかり、膜貫通部分の93塩基欠損を生じたcDNAの塩基配列はalternative splicingによると考えられた。II型の膜蛋白質では膜貫通部分がER内面への発現に必須であるため、この膜欠損型CD94は細胞質に留まると考えられ、NKG2分子の発現に影響を及ぼす可能性もありうる。

審査要旨

 本研究は、HLAクラスI欠損症患者の解析を行い、新たにTAP1遺伝子の変異を明らかにし、HLAクラスI欠損症患者由来の細胞内でのHLAクラスI分子複合体形成とHLAクラスI分子欠損細胞のNK細胞による認識を検討したものである。HLAクラスI分子の発現機構とその低下のNK細胞による認識が密接な関係にあることから、HLAクラスI欠損症患者由来のNK細胞の異常について、HLAクラスI分子発現がNK細胞の正常な機能的分化に関わっている可能性について考察を加えている。論文は簡潔に記述されており、研究方法も適切である。HLAクラスI分子の発現低下のNK細胞による認識機構は最近のトピックスであり、時期を得たテーマである。

 論文の第1章は、HLAクラスI欠損症患者の解析を行い、TAP1遺伝子の変異を初めて明らかにし、HLAクラスI欠損症患者由来の細胞内でのHLAクラスI分子複合体形成を解析することにより、HLAクラスI分子複合体形成についての新たな情報を我々に与える内容である。TAP1欠損症患者由来の細胞内では、TAP1に加えてTAP2蛋白も認められず、TapasinとクラスI分子が正しい複合体形成をしていないことを明らかにした。

 論文の第2章は、TAP1欠損症患者に見出された既知の配列と異なるTAPASIN遺伝子の変異の解析により、このAlleleが健常人中に高頻度に存在する多型であることを明らかにし、この変異がTAP1欠損症患者由来の細胞内でのクラスI分子複合体形成不全の直接の原因ではないことを示唆している。加えて、日本人におけるTAPASIN遺伝子とHLAクラスII遺伝子との連鎖不均衡を併せて報告している。

 論文の第3章は、HLAクラスI欠損症患者のNK細胞の細胞障害活性とその特異性についての解析から、この患者のNK細胞はHLAクラスI欠損細胞に対して免疫学的寛容状態にある事を明らかにし、NK受容体発現の変化がこの寛容の直接の原因ではないことを示唆している。この結果はNK細胞の正常な機能的分化にHLAクラスI分子発現が必須である可能性を示している。

 論文の第4章は、NK受容体発現解析系の構築過程において検出されたCD94の2種類の大きさのRT-PCR産物についての解析から、alternative splicingにより膜貫通部分の93塩基欠損を生じたCD94のtranscriptの存在を明らかにした。II型の膜蛋白質では膜貫通部分がER内面への発現に必須であるため、この膜欠損型のII型の膜蛋白質CD94は細胞質に留まると考えられ、この蛋白がNKG2分子の発現に影響を及ぼす可能性も示唆している。

 以上、本論文は、HLAクラスI欠損症患者の解析を行い、新たにTAP1遺伝子の変異を明らかにするとともに、HLAクラスI欠損症患者由来の細胞内でのHLAクラスI分子複合体形成について生化学的に解析し、HLAクラスI欠損症患者由来のNK細胞の異常について明らかにした。本論文で得られた新知見は、HLAクラスI分子複合体形成の生化学的意義とHLAクラスI分子の発現低下のNK細胞による認識の解明に重要な貢献をなすと認められ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク