学位論文要旨



No 114543
著者(漢字) 松井,利浩
著者(英字)
著者(カナ) マツイ,トシヒロ
標題(和) 全身性自己免疫疾患におけるT細胞共刺激分子に対する自己抗体の検討
標題(洋) Autoantibodies to T cell co-stimulatory molecules in systemic autoimmune diseases
報告番号 114543
報告番号 甲14543
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1463号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 金井,芳之
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 土屋,尚之
内容要旨 【本研究の背景及び目的】

 リンパ球表面分子に対する自己抗体(抗リンパ球抗体)は、全身性エリテマトーデス(以下SLE)をはじめとする自己免疫疾患、感染症、輸血、妊娠などで出現することが報告されている。抗リンパ球抗体の出現は、SLEにおいて、疾患活動性、リンパ球減少、種々のリンパ球機能異常と相関するという報告があり、病因論的な役割を担っている可能性が示唆されているが、そのメカニズムはほとんど解明されていない。その原因として、従来の検出法では抗体の標的分子まで同定できないため、十分な機能解析が不可能であることが考えられる。これまでに、標的分子として報告されたものは、CD45、ミクログロブリン、HLA class I分子などわずかであり、未知の標的分子の存在が予想される。

 リンパ球表面に発現する分子は種々あるが、リンパ球の活性化に必要な共刺激シグナルを伝達する共刺激分子もそのひとつである。T細胞上に発現するCTLA-4(CD152)、CD28と抗原提示細胞上に発現するB7-1(CD80)、B7-2(CD86)の分子群は、特に重要な共刺激シグナル系として知られており、B7-1或いはB7-2と、CD28との結合はT細胞の活性化に対して正の制御を、CTLA-4との結合は負の制御を行うと考えられている。最近、これら共刺激シグナル系の異常が自己免疫疾患の病態に関与している可能性が示唆されている。

 我々は、T細胞の活性化に重要な共刺激分子(CTLA-4、CD28、B7-1、B7-2)が抗リンパ球抗体の標的となり、それがリンパ球機能を修飾し、ひいては自己免疫疾患の病態形成に重要な役割を担っている可能性を考えた。それを証明する第一歩として、全身性自己免疫疾患患者において、これらの分子に対する自己抗体が存在するかどうかの検索を行った。

【研究の対象および方法】1.対象.

 全身性自己免疫疾患患者162人[SLE49人、慢性関節リウマチ(以下RA)48人、全身性強皮症(以下SSc)32人、Behcet病22人、Sjogren症候群(以下Sjs)15人、RA+Sjs合併症例4例はRA、Sjsいずれにも含めて検討]とそれに性、年齢の適合した健常人82人の血清を用意した。

2.方法.

 抗体検索のための抗原蛋白(CTLA-4、CD28、B7-1、B7-2)をコードするDNAをPCR法を用いて増幅し、蛋白発現ベクター(pTEX7)に挿入し、大腸菌にてガラクトシダーゼとの融合蛋白を発現させ、精製した。組み換え融合蛋白が目的とした蛋白であることをimmunoblottingで確認した後、これらを抗原として、希釈した血清を用いてenzyme-linked immunosorbent assay (ELISA)を行い、IgGタイプの抗体を検索した。それぞれの解析において、性と年齢の適合した健常人の平均値+3SDをカットオフ値と設定し、それ以上を陽性と判定した。(ELISAにて、CTLA-4に対する自己抗体のみが高率に検出されたため、以下の検討はCTLA-4についてのみ行った。)次に、ELISAで陽性と判定した検体について、その反応性をさらに確認するために、immunoblottingを行った。また、これらの自己抗体が、哺乳動物細胞上に発現された本来の立体構造を有するCTLA-4と結合するかをみるために、CTLA-4をコードするDNAを導入した細胞を作製し、患者血清より精製した抗CTLA-4抗体との結合をフローサイトメーターを用いて検討した。次に、CTLA-4分子上のエピトープ解析のために、制限酵素を用いて組み換えCTLA-4分子を3つの断片(N末側からF1,F2,F3と命名)に分割し、各々の断片に対する反応性をELISAにて検討した。最後に、抗CTLA-4抗体の有無と患者の検査所見、臨床症状を比較検討した。

【結果】1.組み換え融合蛋白の発現の確認.

 大腸菌にて発現させた4種の融合蛋白に対し、各々の蛋白に特異的な抗体を用いてimmunoblottingを行い、いずれも目的の蛋白であることが確認された。

2.ELISAによるCTLA-4、CD28、B7-1、B7-2に対する自己抗体の検索.

 4種の融合蛋白を抗原としてELISAを行い、血清の反応性を検討したところ、患者162症例中、抗CTLA-4抗体は21例(13.0%)で陽性であったが、抗B7-2抗体は3例(1.9%)のみ陽性であり、抗CD28抗体、抗B7-1抗体陽性者は認められなかった。上記の結果から、抗CTLA-4抗体に焦点を絞り、詳細に検討した。

3.抗CTLA-4抗体の疾患特異性の検討.

 疾患別に抗CTLA-4抗体の陽性率を検討したところ、SLEで49例中4例(8.2%)、RAで48例中9例(18.8%)、SScで32例中1例(3.1%)、Bechet病で22例中7例(31.8%)、Sjsで15例中2例(13.3%)が陽性となり、検討した疾患の中ではBehcet病に高率に検出された。

4.Immunoblottingによる抗CTLA-4抗体の確認.

 ELISAにて抗CTLA-4抗体陽性と判定された症例を対象にimmunoblottingを行い、21例中19例で陽性反応が確認された。

5.哺乳動物細胞上に発現されたCTLA-4分子に対する抗CTLA-4抗体の反応.

 抗CTLA-4抗体を患者血清より精製し、CTLA-4分子を発現したP815細胞との結合をフローサイトメーターを用いて検討した。その結果、抗CTLA-4抗体は動物細胞上に発現された、すなわち本来の立体構造を有すると考えられるCTLA-4分子に結合することが確認された。

6.CTLA-4分子上のエピトープの解析.

 F1、F2、F3の各フラグメントに対する反応性は、F1で77.8%、F2で83.3%、F3で77.8%に陽性が認められ、少なくとも3箇所以上のエピトープがCTLA-4分子上に存在することが示唆された。疾患別にエピトープを比較検討したが、疾患特異的なエピトープは認められなかった。

7.抗CTLA-4抗体と検査データ、臨床症状の比較.

 Behcet病において、抗CTLA-4抗体陽性者と陰性者において、検査所見(血沈、リンパ球数、免疫グロブリン)の比較を行ったところ、両者間に有意な差異は認められなかった。また、同様に、Behcet病の診断基準に挙げられている臨床症状の比較を行ったところ、ブドウ膜炎の罹患(既往を含む)と抗CTLA-4抗体の存在の間に、有意な負の相関が認められた。

【考察】

 本研究により、全身性自己免疫疾患患者血清中に、T細胞の活性化に重要な役割を担う共刺激分子であるCTLA-4に対する自己抗体が存在することが初めて示された。組み換え融合蛋白を用いたELISA、及びimmunoblottingで検出された抗CTLA-4抗体が、哺乳動物細胞上に発現された本来の立体構造を有するCTLA-4分子に結合することも証明された。これは、この自己抗体が生体内において、T細胞の活性化などの免疫応答に影響を与えている可能性を示唆している。また、CTLA-4分子上にはIgGタイプの抗体が認識するエピトープが少なくとも3箇所以上存在することが示唆されたことより、抗CTLA-4抗体は多くの抗核抗体と同様に、antigen-drivenの機序により産生されたと考えられた。

 抗CTLA-4抗体の陽性率は、疾患別では特にBehcet病で頻度が高く、一般に自己抗体、抗リンパ球抗体の出現が多いとされているSLEで低かったのは予想に反した結果であった。Behcet病の病因は未だ不明な点が多いが、その病態形成には、好中球機能異常の他、病変局所へのT細胞浸潤などT細胞の関与が注目されている。Behcet病において抗CTLA-4抗体陽性者にブドウ膜炎が有意に少ないことが示された点から考えた場合、抗CTLA-4抗体がブドウ膜炎を惹起するようなT細胞に対して、抑制的に働いている可能性がある。しかし、今回の検討では、臨床症状は過去の既往も含めて比較しており、血清採取時にはすべてのブドウ膜炎は非活動性であったことから、両者の関係を明らかにするためには、さらに症例を増やし、症状の活動性と抗体価の比較を行うような検討が必要と考えられる。また、他の疾患においては、抗体と臨床症状、検査所見との間に有意な相関が認められなかった。一人の患者が有する抗リンパ球抗体が一種類でない可能性を考えると、全血清でなく、精製した抗CTLA-4自己抗体を用いてリンパ球の増殖やサイトカイン産生に与える影響などを検討し、この抗体の病態形成への関与を検討していく必要がある。

 最近、いくつかの報告から、CTLA-4分子を介したシグナル異常と自己免疫疾患の関連が示唆されている。すなわち、CTLA-4ノックアウトマウスでは諸臓器へのリンパ球浸潤など自己免疫疾患様の所見が認められる。また、抗CTLA-4抗体の投与で、モデルマウスにおける自己免疫性脳脊髄炎の悪化がみられる。さらに、ヒトにおいてもGraves病や自己免疫性糖尿病でCTLA-4遺伝子の偏った多型性が報告されている。全身性自己免疫疾患患者における抗CTLA-4自己抗体の存在が本研究で初めて示されたことは、抗CTLA-4抗体がCTLA-4分子を介したシグナル異常を生み出す可能性を示唆する重要な知見と考えられる。今後、この自己抗体の機能的な側面の解析を進めていく必要があると考えられる。

審査要旨

 本研究は、T細胞の活性化に重要な役割を果たしている共刺激シグナルの異常が自己免疫疾患の病態形成に関与している可能性の一つの因子として、T細胞共刺激分子に対する自己抗体の存在を考え、全身性自己免疫疾患患者においてT細胞共刺激分子に対する自己抗体の検索を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.T細胞共刺激分子である、CTLA-4(CD152)、CD28、B7-1(CD80)、B7-2(CD86)分子を、大腸菌にて組み換え融合蛋白として作製し、これらを抗原として血清を用いてELISAにてIgGタイプの抗体の検索を行った結果、患者162症例中、抗CTLA-4抗体が21例(13.0%)で陽性であった。抗B7-2抗体は3例(1.9%)のみで陽性であり、抗CD28抗体、抗B7-1抗体陽性者は認められなかった。

 2.疾患別に抗CTLA-4抗体の陽性率を検討したところ、SLEで49例中4例(8.2%)、RAで48例中9例(18.8%)、SScで32例中1例(3.1%)、Bechet病で22例中7例(31.8%)、Sjsで15例中2例(13.3%)が陽性となり、検討した疾患の中ではBehcet病に高率に検出された。また、抗CTLA-4抗体の反応性は、immunoblottingでも確認された。

 3.フローサイトメーターを用いた検討より、患者から精製した抗CTLA-4自己抗体が、動物細胞上に発現させたCTLA-4分子にも結合することが示されたことより、抗CTLA-4自己抗体は、本来の立体構造を有すると考えられるCTLA-4分子に結合することが確認された。

 4.断片化したCTLA-4分子を用いて、CTLA-4分子上のエピトープを解析した結果、IgGタイプの抗CTLA-4抗体が認識するエピトープがCTLA-4分子上に少なくとも3箇所以上存在することが示されたことより、抗CTLA-4自己抗体は多くの抗核抗体と同様に、antigen-drivenの機序により産生されていると考えられた。また、疾患別にエピトープを比較検討したが、疾患特異的なエピトープは認められなかった。

 5.Behcet病において、抗CTLA-4抗体陽性者と陰性者において、検査所見(血沈、リンパ球数、免疫グロブリン)の比較を行った結果、両者間に有意な差異は認められなかった。また、同様に、Behcet病の診断基準に挙げられている臨床症状の比較を行ったところ、ブドウ膜炎の罹患(既往を含む)と抗CTLA-4抗体の存在の間に、有意な負の相関が認められた。

 以上、本論文は、全身性自己免疫疾患におけるT細胞共刺激分子に対する自己抗体の検索の結果、CTLA-4分子に対する自己抗体の存在を明らかにした。CTLA-4分子をはじめとする共刺激シグナルの異常が自己免疫疾患の病態形成に関与する可能性が示唆されているが、本研究は、CTLA-4分子に対する自己抗体が、CTLA-4分子を介したシグナルに異常を生み出す可能性を示唆しており、自己免疫疾患の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク