本研究は、好酸球に対する選択的かつ強力な走化性によりアレルギー性疾患の重要な責任分子として機能していると考えられるCCケモカインであるエオタキシンのヒト好塩基球への作用と臨床検体における蛋白レベルでの発現を検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.ヒト・エオタキシンは好酸球にのみ作用すると考えられていたが、好塩基球に対しても極めて強力な走化性因子として作用することが初めて明らかにされた。しかもその作用は一方向性のケモタキシスであった。 2.エオタキシンはヒト好塩基球に対して脱顆粒ならびに新生メディエーター遊離作用をほとんど有していなかった。 3.ヒト・好塩基球におけるエオタキシンのレセプターであるCCR3のmRNAならびに蛋白レベルでの発現を確認した。 4.ヒト好酸球自身におけるエオタキシン蛋白の存在を光顕ならびに電顕を用いて免疫組織学的に証明した。エオタキシンは、その特異顆粒のマトリックス上に存在していた。 5.ヒト肺組織におけるエオタキシン蛋白の局在を免疫組織学的に検討し、肺胞レベルの組織では肺胞マクロファージとII型肺胞上皮と思われる細胞にエオタキシン蛋白の発現が確認された。気管支粘膜では粘膜下の結合組織と平滑筋が強く染色され、一方、気道上皮における染色は弱いものであった。また、健常者(対照コントロール)と気管支喘息患者の気管支粘膜の比較では、患者において染色強度が著しく増強しており、より多量のエオタキシン蛋白の存在が確認された。 6.気管支喘息患者と健常者の高張食塩水法による誘発痰中のエオタキシン蛋白の比較では、患者の喀痰中に有意に高濃度のエオタキシン蛋白が存在していた。また、この濃度は喀痰中のECP(eosinophil cationic protein)濃度と有意の相関を有していた。ECP好酸球の顆粒蛋白であり、エオタキシンも顆粒中に含まれるが、そのECPの量はエオタキシンの約106倍である。しかし、喀痰中での比は約103倍であり、エオタキシンの主要な産生源は好酸球以外の細胞であると考えられる。エオタキシンとECP濃度との相関関係は、下気道に存在するアレルギー性炎症の強さを反映していると考えられ、喀痰中のエオタキシン濃度が重症度を表現している可能性が示唆された。 7.血清中のエオタキシン蛋白濃度を健常者と気管支喘息患者で比較したところ、両者に有意差は見られなかった。炎症局所で作用するエオタキシンは血清という全身を表す指標では、疾患を表現し得ないものと考えられた。また、高齢となるにつれ血清中のエオタキシン濃度が高値となることが示された。 以上、本論分はエオタキシンは好酸球と並んでアレルギー疾患における重要なエフェクター細胞である好塩基球にも強力な走化性をもって作用することを初めて明らかにした。すなわち、これらの両者の細胞を炎症局所へと選択的に集積させるとした結果は、アレルギー性疾患の病態形成のメカニズムを理解する上で重要である。エオタキシンの標的細胞である好酸球自身お得意顆粒内にエオタキシンが存在し、脱顆粒により放出されるとした結果は、脱感作により好酸球が炎症局所に留められ、一層の炎症増強に作用していることを示しているものと考えられた。また、臨床検体におけるエオタキシンの動態を示した論文は少ないが、本論分の検討では気管支粘膜において、あるいは喀痰中において健常者に比べ気管支喘息患者でエオタキシン蛋白の発現が増強していることが示され、エオタキシンの気管支喘息への関与がより明らかなものとされた。本研究は、これまで知見の乏しかったヒト・エオタキシンについてアレルギー疾患の病態形成のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |