学位論文要旨



No 114544
著者(漢字) 山田,浩和
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヒロカズ
標題(和) 好酸球走化性ケモカイン・エオタキシンの研究 : 好塩基球への作用と臨床検体におけるエオタキシン蛋白の発現
標題(洋)
報告番号 114544
報告番号 甲14544
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1464号
研究科 医学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,鋼治
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 講師 松瀬,健
内容要旨 緒言

 アレルギー性疾患の最大の特徴は、炎症局所への著しい好酸球浸潤である。この好酸球は末梢血では全白血球の数%を占めるに過ぎず、同じく0.5%を占める好塩基球に次いで稀少の細胞群に属している。末梢血や局所での好酸球増多がアレルギー性疾患にしばしば伴うことは古くより知られていたが、その働きが知られてきたのは比較的最近のことである。好酸球の含有する生理活性物質の多くは細胞傷害性あるいは向炎症性に働き、アレルギー性疾患や寄生虫疾患のいずれにも、エフェクター分子として機能している。

 アレルギー性疾患では、炎症局所への好酸球浸潤が病態形成に重要な役割を果たすことが明らかにされてきた。こうした一方で好塩基球もまたアレルギー性炎症の場へと集積している知見が集積されている。異染性、高親和性IgE受容体およびヒスタミンが好塩基球の3大特徴である。これらの特徴はマスト細胞と同じであるが、両者は骨髄での前駆細胞および主たる増殖因子を異にしている。意外なことに、好塩基球と前駆細胞を一にする類縁関係にある細胞は好酸球であることが実験的に示されている。

 本研究の対象となったエオタキシンは、モルモットの気管支肺胞洗浄液中より見出された好酸球に対してのみ強力な走化性を示すCCケモカインである。1996年にはヒトにおけるホモローグの存在が報告された。

 ケモカインとは走化性を示すサイトカインchemotactic cytokineを意味する言葉であり、分子量は8から10kDa、アミノ酸残基数にして100以下と比較的小型の分泌蛋白群である。ケモカインには4つのシステイン残基が保存されるが、構造の類似性から4つのサブファミリーに分類され、現在までに30種類以上が同定されている。生体内で免疫応答が行われるためには、これに関わる炎症細胞が局所へと特異的に浸潤することが必須である。ケモカインは、この細胞浸潤に走化性因子として、あるいは活性化因子としても重要な役割を果たしている。従来、炎症反応の統御機構については、隣接する細胞間のメッセンジャーとしてのサイトカインあるいはインターロイキンにより説明されることが多かったが、細胞浸潤という観点からケモカインをも加えた細胞間ネットワークの理解が今後は重要になるものと考えられている。

 本研究の第1章では、この好酸球走化性のエオタキシンが好塩基球に対して及ぼす作用について検討した。第2章では当研究室で樹立した抗ヒト・エオタキシン抗体を用い、臨床検体におけるエオタキシン発現を蛋白レベルで研究した。

第1章:エオタキシンのヒト好塩基球に及ぼす作用

 エオタキシンの好塩基球に対する遊走能とメディエーター遊離作用、ならびにエオタキシンのレセプターであるCCR3の発現をmRNAレベルで検討した。

 これらの実験により、遊走について、エオタキシンは好酸球だけでなく好塩基球においても強力な走化性を有し、しかもRANTESに比べて約10分の1という低濃度で同等の作用を示した。またチェッカーボード解析により、エオタキシンにより惹起される遊走は一方向性のケモタキシスであることが判明した。一方、メディエーター遊離作用については、好塩基球をIL-3でプライミングしてもエオタキシンはヒスタミン遊離もロイコトリエンC4遊離も認めなかった。さらに、エオタキシンのレセプターであるCCR3の好塩基球における発現をRT-nested PCR法を用いて検討した結果、好酸球と同様に好塩基球におけるCCR3の発現がmRNAレベルで確認された。以上の結果から、エオタキシンは好酸球と同様に好塩基球にも作用してケモタキシスを誘導したが、メディエーター遊離能は示さないことが明らかになった。(Yamada H et al.BBRC.231:365-368,1997.)

第2章:臨床検体におけるエオタキシン蛋白の発現

 第2章では、エオタキシンの生体内での蛋白レベルでの発現を研究するために、当研究で樹立したモノクローナル抗体を用いての免疫組織学的な検討を行い、またELISAを確立し喀痰と血清の測定を行った。

◆免疫組織化学:

 健常者末梢血から単核球、好塩基球、好中球および好酸球を含む各分画の白血球を得、免疫染色を行った。その結果、エオタキシンの標的細胞である好酸球自身が強く染色された。また、単球に弱い染色が見られることが判明した。好酸球に対しては細胞内での局在を確定するためにpost embedding法で免疫電顕を行い、特異顆粒のマトリックス上にエオタキシンが存在することを証明した。

 気道におけるエオタキシン蛋白発現の解析には、まず肺癌患者の手術切除肺の健常部肺実質組織を用いての検討を行った。続いて疾患との関連において、気管支喘息患者の気管支粘膜凍結切片ならびに対照としての健常者または肺癌患者の健側肺の気管支粘膜用いての免疫組織学的検討を行った。肺実質組織での検討では肺胞マクロファージが抗エオタキシン抗体に染色された。また、肺胞II型上皮と思われる細胞にも染色が見られたが、細胞種の同定には電顕を用いた解析がなお必要であると考えられた。気管支粘膜生検組織では、粘膜下の結合組織や平滑筋に強い染色を認めた。気道上皮にも弱い染色が見られた。気管支喘息患者では健常者に比べ、これらの細胞や組織で染色強度が増強していた。

◆喀痰中および血清中のエオタキシン蛋白の発現:

 喀痰中のエオタキシン蛋白濃度の定量は、気管支喘息患者35名と健常者6名を対象とした。喀痰中好酸球比率は、健常者の平均が0.25%、気管支喘息患者の平均が18.9%、喀痰中のエオタキシン濃度は、健常者の平均が14.9pg/ml、気管支喘息患者の平均が204.7pg/ml、また、喀痰中のECP濃度は健常者の平均が7.0mg/l、気管支喘息患者の平均が213.5mg/lといずれも患者の喀痰で有意に高値を示した。以上のようにして測定された3つのパラメーターの相関について解析したところ、気管支喘息患者における、喀痰中エオタキシン濃度は喀痰中ECP濃度と有意の正の相関を示した(r=0.334;p<0.05:Spearman)。一方、喀痰中のエオタキシン濃度と好酸球比率との間には有意な相関が認められなかった。

 血清中のエオタキシン蛋白の定量は、気管支喘息患者100名と健常者41名を対象に行った。その平均は健常者が70.7pg/ml、気管支喘息患者が74.2pg/mlであり、血清中のエオタキシン濃度は健常者と気管支喘息患者との間で有意差を認めなかった。一方、気管支喘息患者においてハウスダストの皮内反応度で区分して比較検討したところ、陰性者の平均が86.6pg/ml、陽性者は66.6pg/mlと両者の間に有意差を認めた。また、加齢に従いエオタキシンの血清中濃度が有意に上昇することが認められた。以上により、血清中のエオタキシン濃度は健常者と喘息患者で差を認めないこと。また、ハウスダストの皮内反応度が低くなるか、あるいは加齢に伴い上昇していることが認められた。

まとめに

 アレルギー性疾患である気管支喘息に対して、かつては可逆的気道狭窄という機能に基づいた定義がなされていた。しかし、その後の知見の集積により、好酸球あるいはリンパ球を中心とした慢性炎症性疾患として理解されている。こうした炎症の局所には好酸球だけでなく好塩基球もまた集積していることが明らかにされている。特に好塩基球は好酸球と同様に、I型アレルギー反応の遅発相において、エフェクター細胞として病態形成に働いていると考えられている。本研究の第1章では、好酸球特異的と考えられていたエオタキシンがまた、好塩基球にも強力な走化性因子として働くことが示された。すなわちアレルギー性炎症巣へのこれらの細胞の集積は、少なくともその一部がエオタキシンによるものであり、エオタキシンのアレルギー性炎症での重要性を示唆するとともに、好酸球と好塩基球が生体内で統一的な制御を受けていることを示している。

 このように好酸球と好塩基球の両者に働くエオタキシンは、アレルギー疾患の病態形成に働いていると考えられているが、生体内での局在や動態を示した報告は未だ少ない。第2章では、まず免疫組織学的な検討により、エオタキシンが標的細胞である好酸球自身の特異顆粒にあって脱顆粒により放出されうる事実が示された。これは集積した好酸球が自身の放出したエオタキシンにより、自己を脱感作することにより炎症局所につなぎ止められている可能性を示していると考えられた。肺組織でのエオタキシン蛋白発現の喘息患者での増強が証明されたこと。あるいは喀痰中エオタキシン濃度の喘息患者での有意な増加は、エオタキシンがアレルギー疾患の病態形成に重要な働きを持つことの証左の一つとなると考えられた。また、このエオタキシン濃度と喀痰中ECP濃度の間に相関を認めたことから、喀痰中のエオタキシン濃度が患者の重症度を表している可能性が示唆された。結合組織上にエオタキシンの染色が見られたことについては、エオタキシンが膠原線維上にヘパラン硫酸を介して固相化されて存在し、作用していることを示していると考えられた。また、血清中のエオタキシン濃度が健常者と喘息患者で差異を認めなかったことは、局所で働く走化因子であるエオタキシンは血清という全身的な表現はされないものと考えられた。また、加齢現象に伴う免疫系の変化により血中濃度が増加するものと考えられた。

 好酸球に対する走化性因子としては、これまで種々のサイトカインやあるいはケモカインが報告されてきたが、エオタキシンほどに強力な走化性と高い選択性を持つものはない。こうした性質は、その高親和性レセプターであるCCR3の性質に依存している。ケモカインとそのレセプターの関係は1対1対応にはないことがことが少なくない。こうしたなかで、エオタキシンは唯一CCR3をレセプターとしており、また、このCCR3の細胞種での分布自体もまた極めて限定されたものである。すなわち炎症細胞の中でCCR3を介した走化性を示す細胞は、アレルギー性炎症においてエフェクター細胞として病巣形成の中核をなす好酸球と好塩基球のみである。こうした事実は、このエオタキシン・CCR3の形成する枢軸が、これからのアレルギー疾患治療戦略の重要なターゲットとなりうることを示していると考えられた。

審査要旨

 本研究は、好酸球に対する選択的かつ強力な走化性によりアレルギー性疾患の重要な責任分子として機能していると考えられるCCケモカインであるエオタキシンのヒト好塩基球への作用と臨床検体における蛋白レベルでの発現を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.ヒト・エオタキシンは好酸球にのみ作用すると考えられていたが、好塩基球に対しても極めて強力な走化性因子として作用することが初めて明らかにされた。しかもその作用は一方向性のケモタキシスであった。

 2.エオタキシンはヒト好塩基球に対して脱顆粒ならびに新生メディエーター遊離作用をほとんど有していなかった。

 3.ヒト・好塩基球におけるエオタキシンのレセプターであるCCR3のmRNAならびに蛋白レベルでの発現を確認した。

 4.ヒト好酸球自身におけるエオタキシン蛋白の存在を光顕ならびに電顕を用いて免疫組織学的に証明した。エオタキシンは、その特異顆粒のマトリックス上に存在していた。

 5.ヒト肺組織におけるエオタキシン蛋白の局在を免疫組織学的に検討し、肺胞レベルの組織では肺胞マクロファージとII型肺胞上皮と思われる細胞にエオタキシン蛋白の発現が確認された。気管支粘膜では粘膜下の結合組織と平滑筋が強く染色され、一方、気道上皮における染色は弱いものであった。また、健常者(対照コントロール)と気管支喘息患者の気管支粘膜の比較では、患者において染色強度が著しく増強しており、より多量のエオタキシン蛋白の存在が確認された。

 6.気管支喘息患者と健常者の高張食塩水法による誘発痰中のエオタキシン蛋白の比較では、患者の喀痰中に有意に高濃度のエオタキシン蛋白が存在していた。また、この濃度は喀痰中のECP(eosinophil cationic protein)濃度と有意の相関を有していた。ECP好酸球の顆粒蛋白であり、エオタキシンも顆粒中に含まれるが、そのECPの量はエオタキシンの約106倍である。しかし、喀痰中での比は約103倍であり、エオタキシンの主要な産生源は好酸球以外の細胞であると考えられる。エオタキシンとECP濃度との相関関係は、下気道に存在するアレルギー性炎症の強さを反映していると考えられ、喀痰中のエオタキシン濃度が重症度を表現している可能性が示唆された。

 7.血清中のエオタキシン蛋白濃度を健常者と気管支喘息患者で比較したところ、両者に有意差は見られなかった。炎症局所で作用するエオタキシンは血清という全身を表す指標では、疾患を表現し得ないものと考えられた。また、高齢となるにつれ血清中のエオタキシン濃度が高値となることが示された。

 以上、本論分はエオタキシンは好酸球と並んでアレルギー疾患における重要なエフェクター細胞である好塩基球にも強力な走化性をもって作用することを初めて明らかにした。すなわち、これらの両者の細胞を炎症局所へと選択的に集積させるとした結果は、アレルギー性疾患の病態形成のメカニズムを理解する上で重要である。エオタキシンの標的細胞である好酸球自身お得意顆粒内にエオタキシンが存在し、脱顆粒により放出されるとした結果は、脱感作により好酸球が炎症局所に留められ、一層の炎症増強に作用していることを示しているものと考えられた。また、臨床検体におけるエオタキシンの動態を示した論文は少ないが、本論分の検討では気管支粘膜において、あるいは喀痰中において健常者に比べ気管支喘息患者でエオタキシン蛋白の発現が増強していることが示され、エオタキシンの気管支喘息への関与がより明らかなものとされた。本研究は、これまで知見の乏しかったヒト・エオタキシンについてアレルギー疾患の病態形成のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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