骨組織は常に骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収とを繰り返すが(再構築;remodeling)、骨吸収と骨形成とのあいだに平衡状態が保たれる(吸収-形成連関;coupling)ことにより骨量を維持している。骨量は閉経後急速に減少し始めるが、閉経後の骨量の減少は骨量の減少率の大きい急速相と減少率の小さい緩徐相の2相性のパターンをとり、急速相は主として女性に起こり、閉経直後に起こることから、エストロゲン欠乏が主因と考えられている。 Gonadotropin-releasing hormone agonist(GnRHa)を投与すると、3-4週間後には下垂体のGnRHa受容体の脱感作減少が起こり、そのためゴナドトロピン分泌が抑制され、続いて卵巣ステロイドホルモンの産生が抑制されて低エストロゲン状態を誘導する。従って、エストロゲン依存性疾患と考えられている子宮筋腫、子宮内膜症に対して優れた治療効果を有するが、投与終了後も含めかなり長期の低エストロゲン状態を来すため、骨塩量に影響を及ぼすことが知られている。したがってGnRHa療法の施行に際し、将来的な骨塩減少の程度を予知するための簡便にして鋭敏な方法が求められている。 また、近年、GnRHa療法による低エストロゲン状態が原因の骨量減少に対して、低用量のエストロゲンやエストロゲン+プロゲストロン等をadd-backすることが提案されている。エストリオールは、子宮内膜の増殖や過形成をもたらさない点で、エストロンやエストラジオールにくらべより安全なエストロゲンと考えられているが、エストリオールの骨塩減少抑制作用に関しては、未確定であるのが現状である。 今回、研究I:GnRHa製剤を子宮筋腫症例の治療の目的で投与し、GnRHa製剤投与による骨塩減少の程度を予知する目的で、各種の骨代謝マーカーの有効性を検討した。 さらに、研究II:GnRHa製剤投与の際の骨塩減少を防止するためのいわゆるadd-back療法の確立のための検討の一環として、GnRHa製剤投与中にadd-back療法としてエストリオール(E3)製剤を投与した場合について、add-back療法を施行しなかった症例を対照に、検討をおこなった。 研究I:GnRHa製剤投与による骨塩減少の程度を予知する上での、各種の骨代謝マーカーの有効性の検討対象と方法 研究対象:子宮筋腫と診断された閉経前婦人12例 使用薬剤及び投与方法:GnRHa depot、3.75mg/4週間、計6回、皮下投与 検査項目骨密度(BMD):(L2-L4) 骨代謝パラメーター:骨形成マーカー;(1)血中骨型アルカリフォスフアターゼ(B-ALP)(2)血清オステオカルシン、骨吸収マーカー;(1)尿中ピリジノリン(2)尿中デオキシピリジノリン(3)尿中ヒドロキシプロリン(4)尿中CrossLaps 臨床経過について:(1)最大の子宮筋腫核の体積の変化(2):血中エストラジオール(E2) 研究成績 1.血清エストラジオール値:薬剤投与前値(月経周期第2-5日目)は44.6±9.7pg/mlで、治療1ヶ月目にはほぼ全例が<10pg/mlとなり、以後治療終了まで低値を続けた。 2.骨密度(BMD):治療前を100%として治療4ヶ月で95.0±2.3%(P<0.05)、治療終了時の6ヶ月では92.7±1.9%(P<0.01)。なお、治療終了後一年の時点では、96.1±2.4%(n.s.)と回復傾向を見せた。 3.骨代謝パラメータ:骨形成マーカー、骨吸収マーカーとも、治療終了時には治療前に比べて有意の増加が認められた。 4.骨塩量の変化率と各骨代謝マーカーの変化率との相関について (1)骨形成マーカー:オステオカルシンは、GnRHa治療初期の1ヶ月目および2ヶ月目において治療終了時のBMDの変化率とのあいだにそれぞれr=-0.67(p<0.05)およびr=-0.63(p<0.05)の、逆相関を認めた。 (2)骨吸収マーカー:尿中CrossLapsは、GnRHa治療初期の1ヶ月目および2ヶ月目において治療終了時のBMDの変化率とのあいだにそれぞれr=-0.73(p<0.01)ならびにr=-0.67(p<0.05)の、逆相関を認めた。 5.子宮筋腫の体積:治療の経過に伴って減少し、治療終了時点において治療開始時との筋腫の体積比は28.9±6.4%(p<0.001)。 研究II:GnRHa製剤投与の際の骨塩減少を防止するためのいわゆるadd-back療法の確立のための検討対象と方法 研究対象:add-backを施行しない症例(non add-back群)およびadd-backを施行した症例(add-back群)の検討:子宮筋腫と診断された閉経前婦人各6例。 使用薬剤及び投与方法:GnRHa製剤に関しては、研究Iと同様。 add-back群に対して、エストリオール 4mg/dayの経口投与を治療開始後2ヶ月の時点から、治療終了時まで併用。 検査項目骨密度(BMD):(L2-L4) 骨代謝パラメーター;骨形成マーカー:(1)血清骨型アルカリフォスフアターゼ(B-ALP)(2)血清オステオカルシン、骨吸収マーカー:(1)尿中デオキシピリジノリン (2)尿中CrossLaps 臨床経過について:(1)最大の子宮筋腫核の体積の変化および子宮内膜に及ぼす効果 (2)血中エストラジオール(E2) 研究成績 1.血清エストラジオール値:non add-back群では、薬剤投与前値(月経周期第2-5日目)の値は28.4±7.6pg/ml、add-back群では、27.8±5.0pg/ml(non add-back群との間に有意差なし)で、両群とも治療1ヶ月目にはほぼ全例が<10pg/mlとなり、以後治療終了まで低値を続けた。 2.骨密度(BMD):non add-back群では、治療前を100%とすると治療4ヶ月で96.5±3.7%(P<0.05)、治療終了時の6ヶ月では92.5±1.7%(P<0.01)。 add-back群においては、治療4ヶ月目で99.7±2.1%(n.s.)、治療終了時の6ヶ月では98.1±1.5%(n.s.)。 add-back群とnon add-back群との比較においては、治療終了時の6ヶ月で有意差を認めた(P<0.05)。 3.骨代謝パラメータ:骨形成マーカー、骨吸収マーカーとも、エストリオール 4mg/dayのadd-backにより、上昇が抑制され、治療終了時には治療前との有意差が認められなかった。 4.子宮筋腫の体積および子宮内膜の肥厚:non add-back群では、治療終了時点において治療前との筋腫の体積比は31.3±9.3%(p<0.001)。 add-backを施行した群では、add-back開始以降は子宮筋腫核体積減少せず、治療終了時点において治療前との筋腫の体積比は59.2±12.1%(p<0.05)。 子宮内膜に関しては、いずれの群に於いても、増殖は観察されなかった。 考察 今回の研究により、GnRHa療法による治療終了時のBMDの減少程度の著しい症例を治療初期に、選別・予知するための骨代謝マーカーの組み合わせとして、治療初期(1-2ヶ月時)のマーカーの変化率と治療終了時のBMDの変化率との間に有意な逆相関が認められることから、骨形成マーカーの血中オステオカルシンと、骨吸収マーカーの尿中CrossLapsを測定することが役立つことが示唆されたと考えられる。 GnRHa療法においては低エストロゲン値が原因の骨量減少が懸念されるために、低用量のエストロゲン等をadd-backすることが提案されているが、エストロゲンの併用がGnRHa製剤の子宮内膜症や子宮筋腫に対する治療効果を低減する可能性があることから、add-backに用いるエストロゲンとしては、レセプターへの結合親和性の低いあるいはレセプターへの結合の持続時間の短いエストロゲンが適当である。エストリオールは、肝で素早く抱合されるが故にshort-actingなエストロゲンであり、レセプターへの結合は比較的短い事から、add-back療法のさい使用するエストロゲンとしてもっとも求められる特性を備えたエストロゲンであると考えられる。 今回の研究では、GnRHaにエストリオール4mg/day経口投与を併用することで骨塩量が維持されることが示された。GnRHaによる骨塩減少は、高回転型の骨代謝によるものであることが知られているが、今回の研究において、GnRHa単独投与でみとめられた骨形成マーカーや骨吸収マーカーの上昇がエストリオール4mg/day経口投与によって抑制されたことから、エストリオールの骨塩量維持作用は、骨代謝の抑制によるものと考えられる。 エストリオール 4mg/dayによるadd-back療法により骨塩の有意な減少が認められなかったことから、外科手術の適応が無いがLong-termの(6カ月以上にわたる)GnRHa療法を必要とする症例(白血病、再生不良性貧血、重度の心機能障害など)への適用の可能性が示唆されたと考える。 一方、エストリオール4mg/dayのadd-backにより、子宮筋腫のさらなる腫大も認められなかったかわり、GnRHaによる子宮筋腫の縮小作用も抑制されてしまった。閉経後婦人に対しエストリオール2mg/dayの経口に乳酸カルシウムを併用して腰椎BMDにおいて有意な増加を認めたとする報告があることから、カルシウム製剤の併用により、add-backとしてのエストリオールの減量をはかることができるのかもしれない。 |