妊娠中毒症発症過程において、妊娠初期の母児間免疫応答異常は重要な役割を演じていると考えられている.本研究は、正常妊娠胎盤では認められず妊娠中毒症胎盤に認められるIL-2に注目し、IL-2が絨毛細胞増殖や胎盤血管系発達にどのような影響を及ぼすか検討したものであり、以下の結果を得ている. 1.妊娠後期に妊娠中毒症を発症した例において、母児間免疫応答異常が、妊娠初期から既に起こっているか検討するため、妊娠初期血清中IL-2およびTNF-濃度を測定した. 妊娠中毒症例の妊娠初期血清中IL-2濃度は0.725±0.22U/mlで、正常妊娠例の0.175±0.13U/mlに比べて有意に上昇していた.また、妊娠中毒症例の妊娠初期TNF-濃度は9.5±6.3pg/mlで、正常例の4.5±2.6pg/mlに比べて有意に上昇していた. IL-2濃度のカットオフ値を0.4U/mlに設定すると、妊娠中毒症発症に対する検出率、感度、特異性は81.3%で、偽陽性率、偽陰性率は9.4%であった.TNF-濃度のカットオフ値を7pg/mlに設定すると妊娠中毒症発症に対する検出率、感度、特異性は75%で、偽陽性率、偽陰性率は12.5%であった. 妊娠中毒症例の血清中IL-2、TNF-濃度は、妊娠中毒症を発症する以前の妊娠初期より上昇しており、母児間免疫応答異常は妊娠初期から既に起こっていると考えられた.また、妊娠初期血清中のIL-2、TNF-濃度を測定することにより、妊娠中毒症発症予知が可能であると思われた. 2.妊娠中毒症胎盤において認められるIL-2の異常な出現、およびHLA-Gの発現減弱がどのように妊娠中毒症発症に結びついていくのかにつき、特に絨毛細胞の増殖にIL-2とHLA-Gがいかに関与しているのか検討した. 絨毛癌細胞株において、HLA-G発現細胞株(JAR-G1、JEG-3、BeWo)ではIL-2添加、非添加培養液間で生存細胞数に差はなかったのに対して、HLA-G非発現細胞株(JAR)では、IL-2添加培養液における生存細胞数がIL-2非添加培養液における生存細胞数に比べて有意に減少していた. また、リンパ芽球細胞株においては、HLA-G発現細胞株(721.221-G1)ではIL-2添加、非添加培養液間で生存細胞数に差はなかったのに対して、HLA-G非発現細胞株(721.221)では、IL-2添加培養液における生存細胞数がIL-2非添加培養液における生存細胞数に比べて有意に増加していた. HLA-G非発現絨毛癌細胞株にIL-2を添加することで細胞増殖が抑制されたのに対し、HLA-G発現絨毛癌細胞株はIL-2の影響を受けなかった.このことより、HLA-GはIL-2による絨毛細胞増殖抑制から絨毛細胞を防御していることがわかった.妊娠中毒症例ではHLA-Gの発現が減弱していると報告されており、同時に胎盤内に出現しているIL-2により、絨毛細胞増殖が障害されていると考えられた. また、HLA-G非発現リンパ芽球細胞株はIL-2を添加することで細胞増殖が促進されたのに対し、HLA-G発現リンパ芽球細胞株はIL-2の影響を受けなかった.こうしたことから、HLA-GはIL-2による細胞増殖調節機能を消失させると考えられた. 3.妊娠中毒症胎盤において認められるIL-2が、妊娠中毒症の発症の原因と考えられている妊娠初期胎盤血管系発達異常に、どう関与するのか検討した. IL-2添加培養液と非添加培養液、IL-2添加下に培養して得た絨毛細胞培養上清と非添加下に培養して得た絨毛細胞培養上清間では、その中で培養した生存血管内皮細胞数に有意差はなかった.しかし、IL-2により末梢血中または脱落膜中リンパ球から誘導したLAK細胞と絨毛細胞を共培養した後にその絨毛細胞をあらためて培養して得た培養上清は、非活性化リンパ球と絨毛細胞を共培養した後に得られた絨毛細胞培養上清に比べて、その中で培養した生存血管内皮細胞数が有意に減少していた. またこれらの絨毛細胞培養上清中のEstradiol、Progesterone、hCG、hPL濃度には差がなかった. IL-2は血管内皮細胞の増殖、および絨毛細胞の血管増殖促進作用に直接影響を与えることはなかったものの、IL-2により誘導されたLAK細胞で絨毛細胞を処理することにより、絨毛細胞培養上清のもつ血管増殖促進作用が有意に減少した.しかし、絨毛細胞のホルモン産生能はLAK細胞の処理で影響を受けなかったことから、LAK細胞は絨毛細胞の血管増殖促進作用を特異的に障害していると推定できた.以上より、妊娠中毒症例に認められたIL-2は、脱落膜リンパ球よりLAK細胞を誘導し、胎盤の血管系発達障害を引き起こしている可能性が示唆された. 以上、本論文は、免疫調節機構の破綻により胎盤に出現したIL-2が、HLA-G発現の減弱した絨毛細胞の増殖を抑制し、またさらに脱落膜リンパ球よりLAK細胞を誘導して絨毛細胞の血管増殖促進作用を減弱させ、これらにより胎盤形成障害を引き起こし、妊娠中毒症を発症させるという過程を明らかにした.こうした免疫調節機構の破綻は妊娠初期から既に認められ、母児間免疫応答の異常が、妊娠中毒症の結果ではなく病因であることが示唆された.本研究はこれまで未知に等しかった妊娠中毒症の原因を、妊娠初期の免疫学的観点から明らかにしたもので、妊娠中毒症の病因病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる. |