学位論文要旨



No 114546
著者(漢字) 濱井,葉子
著者(英字)
著者(カナ) ハマイ,ヨウコ
標題(和) 妊娠中毒症の病態生理におけるインターロイキン-2の役割
標題(洋) Roles of interleukin-2 in the pathophysiology of preeclampsia
報告番号 114546
報告番号 甲14546
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1466号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 助教授 馬場,一憲
内容要旨 [目的]

 近年、母児間免疫応答の異常が妊娠中毒症の原因に関わっていることが示唆されている.例えば、妊娠中毒症患者では夫に対する混合リンパ球反応が抑制されている、妊娠中毒症患者のナチュラルキラー活性は上昇している、妊娠中毒症例の胎盤においてHLA-Gの発現が低下している等の報告がある.なおHLA-Gは非古典的HLAクラスI抗原の一種で、多型性に乏しく、主として胎盤に発現することが知られており、母児間免疫応答機構の中で重要な役割を果たしていると考えられている抗原である.さらに、妊娠中毒症患者血清中のIL-2濃度が上昇している、あるいは妊娠中毒症例の胎盤において正常例では認められないIL-2が認められるという報告もある.IL-2は主に活性化ヘルパーT細胞から分泌され、ナチュラルキラー細胞をより攻撃性の強いLAK細胞に変化させ、また、ある種の癌細胞の増殖抑制に働くことが知られている.したがって、妊娠中毒症例の胎盤にIL-2が認められることは、妊娠中毒症患者の免疫系が活性化状態にあることを示している.

 一方、妊娠経過が正常であるためには、胎盤が正常に形成されることが重要であり、そのためには十分な胎盤血管系の発達が必要である.私は、妊娠初期絨毛細胞が血管増殖因子を分泌し、それらが実際に血管内皮細胞増殖を促進、さらに、主としてそれがbFGFであることを報告した.妊娠初期における免疫調節機構の異常は絨毛細胞を傷害し、胎盤血管系の発達が障害されることにより胎盤の虚血性変化が引き起こされ、血管作動物質が放出され、妊娠中毒症発症に至るという道筋が推測される.

 以上のことをもとに、私は、妊娠中毒症胎盤に認められるIL-2が、絨毛細胞増殖や胎盤血管系発達にどのような影響をおよぼすのか検討することにした.そこでまず、妊娠初期血清中のサイトカイン濃度(IL-2、TNF-)を測定することにより妊娠中毒症における免疫調節機構の破綻がいつから生じているのか検討した(研究1).次いでIL-2がHLA-G発現細胞、非発現細胞の増殖にどう影響するのか検討し(研究2)、さらにIL-2が絨毛細胞のもつ血管増殖促進作用にどう影響するのか検討した(研究3).

[方法]研究1:

 妊娠28週以降に妊娠中毒症を発症した症例および妊娠分娩経過に異常のなかった症例の、妊娠初期11〜13週血清中のIL-2、TNF-濃度をELISA法にて測定し比較検討した.

研究2:

 HLA-G非発現絨毛癌細胞株JAR、HLA-G非発現リンパ芽球細胞株721.221(.221)にHLA-G cDNAをトランスフェクトし、HLA-Gを発現する細胞株JAR-G1、.221-G1を作成した.HLA-G自然発現絨毛癌細胞株JEG-3、BeWoおよびJAR、JAR-G1、.221、.221-G1をIL-2100IU/ml添加培養液、IL-2非添加培養液で48時間培養し、生存細胞数をMTT assayを用いて比較検討した.

研究3:

 妊娠6〜11週の人工妊娠中絶時に同意を得て提供された絨毛組織より絨毛細胞を分離し、絨毛細胞をIL-2 200IU/ml添加培養液、IL-2非添加培養液で48時間培養した培養上清を採取した.また、絨毛細胞を末梢血リンパ球、脱落膜リンパ球、末梢血リンパ球より誘導したLAK細胞、脱落膜リンパ球より誘導したLAK細胞それぞれと5時間共培養した後、絨毛細胞のみを分離し、新たに48時間培養した培養上清を得た.ヒト鼻粘膜血管内皮細胞をIL-2 200IU/ml添加培養液、IL-2非添加培養液、および上記の絨毛細胞培養上清内で48時間培養し、生存細胞数をMTT assayを用いて比較検討した.また、これらの絨毛細胞培養上清中のE2、P4、hCG、hPL濃度をELISA法にて測定し比較検討した.

[結果]研究1:

 妊娠中毒症例の妊娠初期血清中IL-2濃度は0.725±0.22U/mlで、正常例の0.175±0.13U/mlに比べて有意に上昇していた.また、妊娠中毒症例の妊娠初期TNF-濃度は9.5±6.3pg/mlで、正常例の4.5±2.6pg/mlに比べて有意に上昇していた.

 IL-2濃度のカットオフ値を0.4U/mlに設定すると、妊娠中毒症発症に対する検出率、感度、特異性は81.3%で、偽陽性率、偽陰性率は9.4%であった.TNF-濃度のカットオフ値を7pg/mlに設定すると、妊娠中毒症発症に対する検出率、感度、特異性は75%で、偽陽性率、偽陰性率は12.5%であった.

研究2:

 私が作成したJAR-G1にHLA-Gが発現していることをPCR法およびフローサイトメトリーにて確認した.絨毛癌細胞株において、HLA-G発現細胞株(JAR-G1、JEG-3、BeWo)ではIL-2添加、非添加培養液間で生存細胞数に差はなかったのに対して、HLA-G非発現細胞株(JAR)では、IL-2添加培養液における生存細胞数がIL-2非添加培養液における生存細胞数に比べて有意に減少していた.

 また、リンパ芽球細胞株においては、HLA-G発現細胞株(.221-G1)ではIL-2添加、非添加培養液間で生存細胞数に差はなかったのに対して、HLA-G非発現細胞株(.221)では、IL-2添加培養液における生存細胞数がIL-2非添加培養液における生存細胞数に比べて有意に増加していた.

研究3:

 IL-2添加培養液と非添加培養液、IL-2添加下に培養して得た絨毛細胞培養上清と非添加下に培養して得た絨毛細胞培養上清間では、その中で培養した生存血管内皮細胞数に有意差はなかった.しかし、LAK細胞と絨毛細胞を共培養した後にその絨毛細胞をあらためて培養して得た培養上清は、非活性化リンパ球と絨毛細胞を共培養した後に得られた絨毛細胞培養上清に比べて、その中で培養した生存血管内皮細胞数が有意に減少していた.

 またこれらの絨毛細胞培養上清中のE2、P4、hCG、hPL濃度には差がなかった.

[考察]

 研究1では、後方視的研究ながら、妊娠中毒症例の血清中IL-2、TNF-濃度は、妊娠中毒症を発症する以前の妊娠初期より上昇しており、研究2、3で判明したIL-2による絨毛細胞増殖抑制、胎盤血管系発達障害は妊娠初期から既に起こっていると考えられた.また、妊娠初期血清中のIL-2、TNF-濃度を測定することにより、妊娠中毒症発症予知が可能であると思われた.妊娠中毒症発症予知に関して、IGFBP-1濃度が妊娠中毒症発症前の妊娠中期に既に減少していたという報告が存在するが、IGFBP-1濃度は妊娠中毒症を発症した後の妊娠後期では正常例と差がなくなっており、IL-2、TNF-といったサイトカインとIGFBP-1は、妊娠中毒症の病態成立において異なった役割を果たしていると考えられた.

 研究2では、HLA-G非発現絨毛癌細胞株にIL-2を添加することで細胞増殖が抑制されたのに対し、HLA-G発現絨毛癌細胞株はIL-2の影響を受けなかった.このことより、HLA-GはIL-2による絨毛細胞増殖抑制から絨毛細胞を防御していることがわかった.妊娠中毒症例ではHLA-Gの発現が減弱しており同時に胎盤内に出現しているIL-2により、絨毛細胞増殖が障害されていると考えられた.なお、HLA-Gの発現減弱と、IL-2出現の因果関係は不明である.IFN-はHLA-Gの発現を調節することが知られており、IL-2がHLA-Gの発現を減弱させている可能性も否定できない.また、HLA-G非発現リンパ芽球細胞株はIL-2を添加することで細胞増殖が促進されたのに対し、HLA-G発現リンパ芽球細胞株はIL-2の影響を受けなかった.こうしたことから、HLA-GはIL-2による細胞増殖調節機能を消失させると考えられた.リンパ球上のIL-2受容体がHLAクラスI抗原と結合しているとの報告があり、HLA-GはIL-2受容体に結合し作用することによりIL-2の機能を消失させている可能性が示唆された.

 研究3では、IL-2は血管内皮細胞の増殖、および絨毛細胞の血管増殖促進作用に直接影響を与えることはなかったものの、IL-2により誘導されたLAK細胞で絨毛細胞を処理することにより、絨毛細胞培養上清のもつ血管増殖促進作用が有意に減少した.しかし、絨毛細胞のホルモン産生能はLAK細胞の処理で影響を受けなかったことから、LAK細胞は絨毛細胞の血管増殖促進作用を特異的に障害している可能性が考えられた.以上より、妊娠中毒症例に認められたIL-2は、脱落膜リンパ球よりLAK細胞を誘導し、胎盤の血管系発達障害を引き起こしている可能性が示唆された.

[結論]

 免疫調節機構の破綻により胎盤に出現したIL-2は、HLA-G発現が減弱した絨毛細胞の増殖を抑制し、またさらに脱落膜リンパ球よりLAK細胞を誘導して絨毛細胞の血管増殖促進作用を減弱させ、これらにより胎盤形成障害を引き起こし、妊娠中毒症を発症させるという仮説が導出可能であった.こうした免疫調節機構の破綻は妊娠初期から既に認められ、母児間免疫応答の異常が、妊娠中毒症の結果ではなく病因であることが示唆された.

審査要旨

 妊娠中毒症発症過程において、妊娠初期の母児間免疫応答異常は重要な役割を演じていると考えられている.本研究は、正常妊娠胎盤では認められず妊娠中毒症胎盤に認められるIL-2に注目し、IL-2が絨毛細胞増殖や胎盤血管系発達にどのような影響を及ぼすか検討したものであり、以下の結果を得ている.

 1.妊娠後期に妊娠中毒症を発症した例において、母児間免疫応答異常が、妊娠初期から既に起こっているか検討するため、妊娠初期血清中IL-2およびTNF-濃度を測定した.

 妊娠中毒症例の妊娠初期血清中IL-2濃度は0.725±0.22U/mlで、正常妊娠例の0.175±0.13U/mlに比べて有意に上昇していた.また、妊娠中毒症例の妊娠初期TNF-濃度は9.5±6.3pg/mlで、正常例の4.5±2.6pg/mlに比べて有意に上昇していた.

 IL-2濃度のカットオフ値を0.4U/mlに設定すると、妊娠中毒症発症に対する検出率、感度、特異性は81.3%で、偽陽性率、偽陰性率は9.4%であった.TNF-濃度のカットオフ値を7pg/mlに設定すると妊娠中毒症発症に対する検出率、感度、特異性は75%で、偽陽性率、偽陰性率は12.5%であった.

 妊娠中毒症例の血清中IL-2、TNF-濃度は、妊娠中毒症を発症する以前の妊娠初期より上昇しており、母児間免疫応答異常は妊娠初期から既に起こっていると考えられた.また、妊娠初期血清中のIL-2、TNF-濃度を測定することにより、妊娠中毒症発症予知が可能であると思われた.

 2.妊娠中毒症胎盤において認められるIL-2の異常な出現、およびHLA-Gの発現減弱がどのように妊娠中毒症発症に結びついていくのかにつき、特に絨毛細胞の増殖にIL-2とHLA-Gがいかに関与しているのか検討した.

 絨毛癌細胞株において、HLA-G発現細胞株(JAR-G1、JEG-3、BeWo)ではIL-2添加、非添加培養液間で生存細胞数に差はなかったのに対して、HLA-G非発現細胞株(JAR)では、IL-2添加培養液における生存細胞数がIL-2非添加培養液における生存細胞数に比べて有意に減少していた.

 また、リンパ芽球細胞株においては、HLA-G発現細胞株(721.221-G1)ではIL-2添加、非添加培養液間で生存細胞数に差はなかったのに対して、HLA-G非発現細胞株(721.221)では、IL-2添加培養液における生存細胞数がIL-2非添加培養液における生存細胞数に比べて有意に増加していた.

 HLA-G非発現絨毛癌細胞株にIL-2を添加することで細胞増殖が抑制されたのに対し、HLA-G発現絨毛癌細胞株はIL-2の影響を受けなかった.このことより、HLA-GはIL-2による絨毛細胞増殖抑制から絨毛細胞を防御していることがわかった.妊娠中毒症例ではHLA-Gの発現が減弱していると報告されており、同時に胎盤内に出現しているIL-2により、絨毛細胞増殖が障害されていると考えられた.

 また、HLA-G非発現リンパ芽球細胞株はIL-2を添加することで細胞増殖が促進されたのに対し、HLA-G発現リンパ芽球細胞株はIL-2の影響を受けなかった.こうしたことから、HLA-GはIL-2による細胞増殖調節機能を消失させると考えられた.

 3.妊娠中毒症胎盤において認められるIL-2が、妊娠中毒症の発症の原因と考えられている妊娠初期胎盤血管系発達異常に、どう関与するのか検討した.

 IL-2添加培養液と非添加培養液、IL-2添加下に培養して得た絨毛細胞培養上清と非添加下に培養して得た絨毛細胞培養上清間では、その中で培養した生存血管内皮細胞数に有意差はなかった.しかし、IL-2により末梢血中または脱落膜中リンパ球から誘導したLAK細胞と絨毛細胞を共培養した後にその絨毛細胞をあらためて培養して得た培養上清は、非活性化リンパ球と絨毛細胞を共培養した後に得られた絨毛細胞培養上清に比べて、その中で培養した生存血管内皮細胞数が有意に減少していた.

 またこれらの絨毛細胞培養上清中のEstradiol、Progesterone、hCG、hPL濃度には差がなかった.

 IL-2は血管内皮細胞の増殖、および絨毛細胞の血管増殖促進作用に直接影響を与えることはなかったものの、IL-2により誘導されたLAK細胞で絨毛細胞を処理することにより、絨毛細胞培養上清のもつ血管増殖促進作用が有意に減少した.しかし、絨毛細胞のホルモン産生能はLAK細胞の処理で影響を受けなかったことから、LAK細胞は絨毛細胞の血管増殖促進作用を特異的に障害していると推定できた.以上より、妊娠中毒症例に認められたIL-2は、脱落膜リンパ球よりLAK細胞を誘導し、胎盤の血管系発達障害を引き起こしている可能性が示唆された.

 以上、本論文は、免疫調節機構の破綻により胎盤に出現したIL-2が、HLA-G発現の減弱した絨毛細胞の増殖を抑制し、またさらに脱落膜リンパ球よりLAK細胞を誘導して絨毛細胞の血管増殖促進作用を減弱させ、これらにより胎盤形成障害を引き起こし、妊娠中毒症を発症させるという過程を明らかにした.こうした免疫調節機構の破綻は妊娠初期から既に認められ、母児間免疫応答の異常が、妊娠中毒症の結果ではなく病因であることが示唆された.本研究はこれまで未知に等しかった妊娠中毒症の原因を、妊娠初期の免疫学的観点から明らかにしたもので、妊娠中毒症の病因病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる.

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