学位論文要旨



No 114549
著者(漢字) 松見,泰宇
著者(英字)
著者(カナ) マツミ,ヒロタカ
標題(和) 卵胞発育・閉鎖における一酸化炭素(NO)の関与
標題(洋) A Possible Role of Nitric Oxide in the Regulation of Developmental Status of Rat Ovarian Follicles
報告番号 114549
報告番号 甲14549
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1469号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 助教授 別所,文雄
 東京大学 講師 門脇,孝
 東京大学 講師 吉栖,正生
内容要旨 【緒言】

 ヒトでは、卵巣内の卵胞はゴナドトロピンの刺激により発育を開始するが、通常一つの卵胞が主席卵胞として選択され、他の卵胞は発育が遅延し、やがて卵胞閉鎖と呼ばれる変性に至る。この卵胞の選択的発育と閉鎖の誘導・調節機構は、卵巣内に存在する卵巣ステロイドホルモンやIGF-I、EGFなどのgrowth factor、サイトカインといった多彩な局所因子により精緻に制御されている。卵胞閉鎖は、形態学的には卵胞顆粒膜細胞の核濃縮から始まり、進行すると顆粒膜細胞の剥離と変性、基底膜の断片化に至る。近年、卵胞閉鎖は顆粒膜細胞のアポトーシスを介して起きることが明らかにされた。卵胞閉鎖は発育のあらゆる段階で認められるが、主席卵胞が選択的に発育し他の卵胞が閉鎖に至る機序については未だ明らかではない。

 一酸化窒素(Nitric Oxide;NO)は血管内皮細胞由来血管弛緩因子の本体として同定されたガス状分子で、血管拡張、血小板凝集抑制、細胞増殖、免疫反応、神経伝達、ホルモン分泌など多岐にわたる生理機能に関与している。NOは一酸化窒素合成酵素(Nitric Oxide Synthase;NOS)により合成される。NOSには現在までに、血管内皮型(endothelial NOS;eNOS)、神経型(neuronal NOS;nNOS)、誘導型(inducible NOS;iNOS)の3種類のisoformの存在が知られ、各々のisoformは血管内皮、神経組織、マクロファージなどの細胞において発現が確認されている。eNOSおよびnNOSは基本的には細胞特異的に構成的に発現されており構成型NOS(constitutive NOS;cNOS)と呼ばれる。通常、cNOSより合成されるNOは細胞内カルシウム濃度により酵素活性は調節されており、情報伝達物質として循環系の調節、神経伝達の調節などに関与している。一方、iNOSは、サイトカインなどにより遺伝子発現誘導が生じ、基本的には転写レベルで活性が決定されており、遺伝子発現が誘導されると大量のNOが合成される。iNOSより合成されるNOは多彩な細胞・組織において細胞増殖およびアポトーシスを制御している。例えば、iNOSより過剰に合成されたNOは膵臓において膵島細胞のアポトーシスを誘導する。しかし、一方でNOは抗癌剤による細胞死を抑制するとの報告もある。このようにNOのアポトーシスに対する作用は細胞の種類によって異なっていると推察される。更に、NOは細胞周期を停止させることにより神経細胞の増殖を停止する作用がある。また、DNA合成を抑制することによりDrosophilaの発生において増殖抑制物質として作用することも報告されている。

 近年、生殖内分泌領域においても、NOがさまざまな生理機能を制御していることが明らかになってきた。本研究ではラット卵巣におけるiNOSの発現および局在を明らかにすると同時に卵胞発育・閉鎖過程におけるNOの関与について検討した。

【方法と結果】実験1ラット卵巣における誘導型-酸化窒素合成酵素の発現および局在

 26日齢Wistar系幼若雌ラットに10IU pregnant mare serum gonadotropin(PMSG)を腹腔内投与し、卵胞発育刺激を行い、投与48時間後まで経時的に卵巣を摘出し、iNOS mRNAの発現をNorthern blot法にて解析した。iNOS mRNAは卵巣に恒常的に発現しており、その発現量はPMSG投与6時間後に一過性に低下したが48時間後に回復した。

 次に、PMSG投与前および投与48時間後の卵巣を摘出し、卵巣切片を作成し、iNOSの局在を免疫組織化学およびin situ hybridization法により蛋白およびmRNAレベルで解析した。iNOSの局在の解析に先立ち、ヘマトキシリン・エオジン染色により各々の卵巣において卵胞の形態を観察したところ、PMSG投与前の卵巣では主に未熟な卵胞が、投与48時間後の卵巣では主に成熟した健常卵胞が観察された。免疫組織化学はオートクレーブ処理による抗原性の賦活化を行ったのち、抗iNOS抗体を用いて施行した。in situ hybridizationは、紫外線照射によるT-T dirmer化によって標識したiNOS cDNA probeを用いた、non-radioactive in situ hybridization法にて施行した。蛋白およびmRNAレベルで、未熟な卵胞では顆粒膜細胞にiNOSの発現が認められるものが存在したが、成熟した卵胞ではすべての卵胞において顆粒膜細胞にiNOSの発現は認められなかった。卵や莢膜細胞などにはiNOSの発現は認められなかった。なおこのiNOSの局在のパターンはPMSG投与の有無と無関係であった。

 PMSG投与48時間後の卵巣より顆粒膜細胞を採取し単層培養した。24時間の前培養後、培養顆粒膜細胞にTNF-,IL-1,IFN-といった卵巣内に存在するサイトカインを添加し、iNOSの発現に対するサイトカインの作用をRT-PCR法およびNorthern blot法にて解析した。RT-PCR法によりサイトカイン非添加の顆粒膜細胞にiNOSの発現が認められた。2種類以上のサイトカインの同時添加により添加24時間後の培養顆粒膜細胞におけるiNOSの発現は相乗的に増加した。

 これらの結果より顆粒膜細胞にiNOSは存在し、iNOSより合成されるNOはゴナドトロピンの刺激による未熟な卵胞の選択的発育に関与することが示唆された。また、培養顆粒膜細胞において卵巣内に存在するサイトカインがiNOSの発現を制御していることが明らかとなった。

実験2ラット卵巣顆粒膜細胞のアポトーシスに対するNOの作用

 本研究では、顆粒膜細胞のアポトーシスに対するNOの作用について検討した。26日齢Wistar系幼若雌ラットに対しPMSG腹腔内投与による卵胞発育刺激を行い、48時間後に卵巣を摘出した。卵巣切片上においてアポトーシスの指標の一つであるDNA断片化を検出するためにterminal deoxynucleotidyl transferase-mediated dUTP-biotin nick end labeling(TUNEL)法を施行して顆粒膜細胞のアポトーシスの有無を検討した。

 TUNEL法によりアポトーシスの有無を判定した切片と連続する切片上で、抗iNOS抗体を用いた免疫組織化学を施行し、各卵胞においてアポトーシスの有無とiNOS発現の有無との相関を検討した。未熟な卵胞のうち、TUNEL陰性の健常なものは顆粒膜細胞にiNOSの発現が認められたが、逆にTUNEL陽性で、アポトーシスを起こし閉鎖に向かうと考えられるものはiNOSの発現が認められなかった。

 次に、卵胞発育刺激後48時間後の卵巣より採取した顆粒膜細胞を24時間前培養し、これにNO供与剤であるS-nitroso-N-acetyl-DL-penicillamine(SNAP)を添加し48時間後に培養顆粒膜細胞よりDNAを抽出した。電気泳動法によりラダー像で示すDNA断片化をアポトーシスの指標とし、培養顆粒膜細胞に自然に生じるアポトーシスに対するNOの作用を検討したところ、顆粒膜細胞培養系においてSNAPはアポトーシスによるDNA断片化を抑制した。これらの結果より未熟な卵胞の顆粒膜細胞において、iNOSにより合成されるNOはその顆粒膜細胞のアポトーシスを抑制し、卵胞閉鎖を阻止することが示唆された。

【考察】

 iNOSは未熟な健常卵胞に存在し、閉鎖卵胞に認められないこと、およびNOは培養顆粒膜細胞に生じるアポトーシスを抑制することから、未熟な卵胞においてiNOS遺伝子発現の低下が卵胞閉鎖を誘導することが示唆された。すなわち、iNOSは未熟な健常卵胞の閉鎖を抑制していると推測された。この結果は、卵胞器官培養系においてNOは培養卵胞中に存在する顆粒膜細胞に自然に生じるアポトーシスを抑制するという報告に一致した。一方、閉鎖卵胞の顆粒膜細胞にはFasが発現しているという報告がある。このように卵胞の発育・閉鎖は多彩な局所因子により相補的に制御されていると考えられる。

 NOは神経細胞や血管平滑筋細胞の増殖を細胞周期を停止することにより抑制するとの報告がある。本研究の結果から、NOは未熟な卵胞の顆粒膜細胞を静止状態に保ち、ゴナドトロピンによるiNOSの低下が卵胞発育の引き金となっている可能性が推測される。

【結論】

 iNOSは未熟な健常卵胞にのみ存在し、その他の閉鎖卵胞や成熟卵胞に認められないこと、およびNOは顆粒膜細胞のアポトーシスを抑制すること、さらに、ゴナドトロピンによる卵胞発育刺激に一致して卵巣のiNOSmRNAの発現量が一過性に低下することなどから、iNOSより合成されるNOが一過性に低下することが未熟な卵胞の発育および閉鎖(卵胞の選択的発育)を誘導していることが示唆された。すなわち、iNOSにより合成されるNOは未熟な卵胞の恒常性の維持に関わっていると考えられた。

審査要旨

 本研究は卵胞発育および閉鎖の調節機構に対するNO/iNOSの関与について検討したものであり,幼弱ラット過排卵モデルを実験系として用いて下記の結果を得ている.

 1.幼若雌ラットにゴナドトロピン(PMSG)を腹腔内投与し、卵胞発育刺激を行い、投与48時間後まで経時的に卵巣を摘出し、iNOS mRNAの発現をNorthern blot法にて解析した。iNOS mRNAは卵巣に恒常的に発現しており、その発現量はPMSG投与6時間後に一過性に低下したが48時間後に回復した。

 2.PMSG投与前および投与48時間後の卵巣を摘出し、卵巣切片を作成し、iNOSの局在を免疫組織化学およびin situ hybridization法により蛋白およびmRNAレベルで解析した。蛋白およびmRNAレベルで、iNOSは未熟な卵胞の顆粒膜細胞に発現していた。一方、成熟した卵胞の顆粒膜細胞にiNOSの発現は認められなかった。

 3.顆粒膜細胞培養系において卵巣内に存在するサイトカインを添加し、iNOSの発現に対するサイトカインの作用をRT-PCR法およびNorthern blot法にて解析した。2種類以上のサイトカインの同時添加により添加24時間後の培養顆粒膜細胞におけるiNOSの発現は相乗的に増加した。すなわち、生体内では卵巣内に存在するサイトカインが顆粒膜細胞におけるiNOSの遺伝子発現を制御していることが明らかとなった。

 4.次に、顆粒膜細胞のアポトーシスに対するNOの作用について検討した。PMSG投与48時間後の卵巣切片上においてTUNEL法を施行し、顆粒膜細胞のアポトーシスの有無を検討した。TUNEL法によりアポトーシスの有無を判定した切片と連続する切片上で、抗iNOS抗体を用いた免疫組織化学を施行し、各卵胞においてアポトーシスの有無とiNOS発現の有無との相関を検討した。未熟な卵胞のうち、TUNEL陰性の健常なものは顆粒膜細胞にiNOSの発現が認められたが、逆にTUNEL陽性で、アポトーシスを起こし閉鎖に向かうと考えられるものはiNOSの発現が認められなかった。

 5.さらに、顆粒膜細胞培養系においてNO供与剤を添加し、培養顆粒膜細胞に自然に生じるアポトーシスに対するNOの作用を検討したところ、アポトーシスにより顆粒膜細胞に生じるDNA断片化はNO供与剤により抑制された。これらの結果より未熟な卵胞の顆粒膜細胞において、iNOSにより合成されるNOはその顆粒膜細胞のアポトーシスを抑制し、卵胞閉鎖を阻止することが示唆された。

 以上,本論文はラット卵巣を用いて、iNOSより合成されるNOが未熟な卵胞の発育および閉鎖を抑制すること、すなわちNOは卵胞の恒常性の維持に関わっている可能性があることを明らかにした。本研究は卵胞の選択的発育および閉鎖の調節機構の解明に端緒を与えるものであり,学位の授与に値するものと考えられる.

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