本研究は卵胞発育および閉鎖の調節機構に対するNO/iNOSの関与について検討したものであり,幼弱ラット過排卵モデルを実験系として用いて下記の結果を得ている. 1.幼若雌ラットにゴナドトロピン(PMSG)を腹腔内投与し、卵胞発育刺激を行い、投与48時間後まで経時的に卵巣を摘出し、iNOS mRNAの発現をNorthern blot法にて解析した。iNOS mRNAは卵巣に恒常的に発現しており、その発現量はPMSG投与6時間後に一過性に低下したが48時間後に回復した。 2.PMSG投与前および投与48時間後の卵巣を摘出し、卵巣切片を作成し、iNOSの局在を免疫組織化学およびin situ hybridization法により蛋白およびmRNAレベルで解析した。蛋白およびmRNAレベルで、iNOSは未熟な卵胞の顆粒膜細胞に発現していた。一方、成熟した卵胞の顆粒膜細胞にiNOSの発現は認められなかった。 3.顆粒膜細胞培養系において卵巣内に存在するサイトカインを添加し、iNOSの発現に対するサイトカインの作用をRT-PCR法およびNorthern blot法にて解析した。2種類以上のサイトカインの同時添加により添加24時間後の培養顆粒膜細胞におけるiNOSの発現は相乗的に増加した。すなわち、生体内では卵巣内に存在するサイトカインが顆粒膜細胞におけるiNOSの遺伝子発現を制御していることが明らかとなった。 4.次に、顆粒膜細胞のアポトーシスに対するNOの作用について検討した。PMSG投与48時間後の卵巣切片上においてTUNEL法を施行し、顆粒膜細胞のアポトーシスの有無を検討した。TUNEL法によりアポトーシスの有無を判定した切片と連続する切片上で、抗iNOS抗体を用いた免疫組織化学を施行し、各卵胞においてアポトーシスの有無とiNOS発現の有無との相関を検討した。未熟な卵胞のうち、TUNEL陰性の健常なものは顆粒膜細胞にiNOSの発現が認められたが、逆にTUNEL陽性で、アポトーシスを起こし閉鎖に向かうと考えられるものはiNOSの発現が認められなかった。 5.さらに、顆粒膜細胞培養系においてNO供与剤を添加し、培養顆粒膜細胞に自然に生じるアポトーシスに対するNOの作用を検討したところ、アポトーシスにより顆粒膜細胞に生じるDNA断片化はNO供与剤により抑制された。これらの結果より未熟な卵胞の顆粒膜細胞において、iNOSにより合成されるNOはその顆粒膜細胞のアポトーシスを抑制し、卵胞閉鎖を阻止することが示唆された。 以上,本論文はラット卵巣を用いて、iNOSより合成されるNOが未熟な卵胞の発育および閉鎖を抑制すること、すなわちNOは卵胞の恒常性の維持に関わっている可能性があることを明らかにした。本研究は卵胞の選択的発育および閉鎖の調節機構の解明に端緒を与えるものであり,学位の授与に値するものと考えられる. |