学位論文要旨



No 114550
著者(漢字) 三木,明徳
著者(英字)
著者(カナ) ミキ,アキノリ
標題(和) 母体子宮脱落膜リンパ球表面上でのNatural Killer (NK) Receptorの発現に関する研究
標題(洋)
報告番号 114550
報告番号 甲14550
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1470号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 馬場,一憲
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨

 通常,腎臓・心臓などの同種移植片は免疫反応により拒絶され排除される.同種移植片に対する拒絶反応を抑制するために免疫抑制剤などの投与が必要であることは移植免疫学上よく知られた事実である.しかし,胎児は母体の免疫系からの攻撃をうけることなく,むしろ,母体の免疫系に働きかけ自分の生存に有利な環境を作り出し,約10ヶ月間にわたり母体の中で成長を続ける.この妊娠維持機構が破綻した現象として流産があげられる.大多数の流産は胎児の染色体異常,およびそれに伴う胎児の死亡により惹起されると考えられている.一方,流産を繰り返す女性(習慣流産患者)ではこの免疫学的妊娠維持機構に障害があり,そのため流産を繰り返していると考えられている.習慣流産患者に対する免疫療法(夫リンパ球輸血療法),大量ガンマグロブリン投与など母体の免疫系を変化させることで習慣流産を治療する試みも行われており,一定の成果をあげてきている.

 胎児から母体の免疫系へ働きかけるシグナルとして,近年発見されたHuman Leukocyte Antigen(HLA)-Gが注目を浴びている.HLA-Gはnon-classical HLA class Iの一種でありclassical HLAと比較してきわめて限られた多型性しか示していないことが特徴としてあげられる.HLA-Gの発現場所は母体の免疫系と胎児抗原とが直接接触する胎盤の表面上のみに限られ,しかもこの場所にはほかのHLAはほとんど発現していないことが報告されている.Natural Killer(NK)細胞表面上に発現するImmunoglobulin-typeのNK receptorがこのHLA-Gと結合することが近年報告された.NK細胞はリンパ球の一分画であり,末梢血リンパ球(Peripheral Blood Mononuclear Cells,PBMC)の約10〜30%を占める.NK細胞はMajor Histocompatibility Complex(MHC)を発現していない細胞を認識しこれを攻撃する.NK細胞の攻撃性は対象となる細胞表面上に発現されている特定のMHC class I抗原により調節をうけている.近年,この抑制性のシグナルを伝えるNKレセプターが報告され,これらのNKレセプターを介してNK細胞は対象となる細胞表面上のMHC class I分子を認識し自らの攻撃性を調節している.

 Ig-SFに属するNKレセプターには抑制性のシグナルを伝えるKiller Inhibitory Receptor(KIR)の他に刺激性のシグナルを伝えるKiller Activatory Receptor(KAR)が存在することが知られている.この2種類のNKレセプターは細胞外構造が非常に類似しており,それぞれに特異的に反応する抗体はまだ作製されていない.

 胎盤が着床する子宮脱落膜中のリンパ球Uterine decidual mononuclear cells(UDMC)はPBMCとは異なっていることが報告されている.UDMCはPBMCと比較して T-cellが少なく,かわりに多数のNK細胞とPBMC中にはほとんど存在しないT-cellで構成されている.子宮内膜中に含まれるNK細胞は細胞表面上の抗原がPBMC中のNK細胞とは異なり,PBMC中に多く含まれるCD16+CD56-NK細胞は少なく,PBMC中にほとんど含まれないCD16-CD56brightNK細胞が大多数を占めている.また,胎盤表面上に発現されるHLA-GはKIR,KAR双方と結合しシグナルを伝えることが報告されている.しかし,胎盤表面上のHLA-Gと直接反応する母体子宮脱落膜中のリンパ球が発現しているNKレセプターに関して研究はされていない.今回,この点を明らかにするために子宮脱落膜リンパ球表面上に発現されているNKレセプターについて検討を加えた.

 対象として妊娠初期に人工妊娠中絶術を行った女性から文書による同意を得て手術中に子宮脱落膜を採取した.さらに,末梢血を術前に採取した.採取した子宮脱落膜から標準的な方法でリンパ球(UDMC)を採取し,末梢血からも標準的な方法でリンパ球(PBMC)を分離した.Flow cytometric analysisにてUDMCに特徴的なPBMC中にほとんど存在しないCD16-CD56brightであるNK細胞群が存在することを確認し,この特徴的な脱落膜中のNK細胞にNKレセプターの強い発現が認められた.NKレセプターCD158a,CD158bともにPBMC中のNK細胞と比較し強い発現を示していた.各個人におけるNKレセプターの発現頻度および発現の強さは一定の傾向は認められなかった.

 しかし,以上の検討では,抗体では識別できないNK receptorの変化,特に,KIR,KAR間の変化を識別することはできない.細胞外構造の類似性より抗体を用いてKAR,KIRを識別することは不可能であるため,今回,PCR-single strand conformation polymorphism(SSCP)法を用いたKIR,KARの識別法を考案した.PCR-SSCP法はDNA配列の微少な違いでも熱変性させたDNAの高次構造が大きく変化することを利用した解析法であり,簡便かつきわめて類似した塩基配列を識別するのに適した手法である.

 リンパ球から採取したcDNAを用いIgドメインを2個持っているタイプのNKレセプターの3’側Igドメインを増幅するようにプライマーを設定(Domain1)し,さらにシグナルを伝達する細胞膜内,細胞内部分を増幅するようにPCRプライマーを設定(Domain2)した.Igドメインを3個持っているタイプのNKレセプターでは,Domain1のプライマーセットでは3’側Igドメイン2個分を増幅し,Domain2のプライマーセットではシグナルを伝達する細胞膜内,細胞内部分を増幅する.目的の部分をPCR増幅していることを制限酵素切断法にて確認した後,PCR産物をSSCPゲルに泳動時の条件をいろいろと変化させ泳動することで代表的なNKレセプターNKAT-1,2,3,4,5,6,7,8,10を識別する手法を完成した.

 抗体では識別できないKIR,KARの発現を見るため,UDMC,PBMCからcDNAを採取しPCR-SSCP法にて解析を行った.解析の結果UDMCからKARに相当するSSCPバンドが検出された.このバンドがKAR由来であることは塩基配列を決定して確認した.各個人ではSSCPのバンドパターンは様々であったが,同一個人ではUDMC,PBMCで類似したSSCPバンドパターンを呈することが示された.

 ここで,子宮脱落膜中のリンパ球に刺激型のNKレセプターが存在することは奇妙に思えるかもしれない.しかし,同一リンパ球上にKIRとKARが発現している場合KIRの抑制性のシグナルが優先されるという報告もあり,KARを発現しているリンパ球がHLA-Gを発現している胎盤を攻撃することにはならない.Immunotrophismという考え方では胎児胎盤は母体の免疫系から自己を隠すことにより生き延びることをはかるのみでなく,むしろ積極的に母体の免疫系に働きかけることにより自己の成長に有利な免疫学的な状況を作り出していると考えられている.細胞性免疫が優位な状況下では胎盤の成長は阻害され,液性免疫が優位な状況下では胎盤の成長が促進されることが報告されている.妊娠状態では液性免疫が優位になるようにTh2 cytokineが積極的に分泌されている.KARはリンパ球の細胞障害性を高めるのではなく,cytokineの分泌状況をTh2方向に促進させることにより胎盤の成長を促進させている可能性が考えられる.また,同一個人ではUDMCとPBMCとの間にバンドパターンの大きな違いは認められなかった.このことより子宮脱落膜中のリンパ球とPBMCは同一個人においてはほぼ同じNKレセプターを発現していると考えられる.このことより次の2つの仮説が考えられる.子宮脱落膜中のNK細胞もPBMCと同様に教育を受けている可能性とNKレセプターの発現調節は翻訳以降の段階で行われており,それゆえにmRNAの段階で解析するRT-PCR-SSCP法ではPBMC,子宮脱落膜リンパ球間で違いが認められなかった可能性である.NKレセプターそれぞれを識別できる特異性の高い抗体が現在では存在しないため,現状ではこの点を明らかにすることはできない.NKレセプターはUDMCでも強く発現され,かつ,抑制型のレセプターのみならず刺激型のNKレセプターも発現されていることは,妊娠・着床の過程においてNKレセプターが強く関与していることが示唆される.NKレセプターが着床・習慣流産の機序にどのように関わっているのか今後検討を加える必要がある.

審査要旨

 妊娠維持機構において,胎児と母体との免疫学的な応答は重要な意味を持っていると考えられる.胎児からのシグナルとして胎盤に特異的に発現されているHuman Leukocyte Antigen(HLA)-Gが注目されてきたが,本研究はHLA-Gからのシグナルをうけるレセプターとして近年見つかったNatural Killer(NK)Receptorに注目し,特に母体と胎児が直接接する子宮脱落膜中のリンパ球におけるNK receptorの発現を検討したものであり,下記の結果を得ている.

 1.NK receptorは多くのsubtypeから成り立ち,識別する抗体はほんの数種類しか報告されていない.また同一の抗体に反応するreceptorの中にもプラスのシグナル,マイナスのシグナルを伝達するものがあり抗体による解析には限界がある.この事実を踏まえ,僅かな塩基配列の違いを検出できるreverse transcriptase(RT)-PCR-single strand conformation polymorphism(SSCP)法を開発し,mRNAのレベルではあるがNK receptorの識別を可能とした.

 2.胎児が実際に成長する子宮脱落膜という局所において,NK receptorが発現していることを証明し,子宮脱落膜に特徴的なリンパ球であるCD16-CD56brightNK cellにNK receptorが特に強く発現していることを示した.子宮脱落膜のCD16-CD56brightNK cellにおいて,NK receptorは末梢血単核球中の代表的なNK cellであるCD16+CD56- cellと比較してより強く発現していることが示された.

 3.子宮脱落膜中のリンパ球に発現しているNK receptorはマイナスのシグナルを伝えるタイプだけでなくプラスのシグナルを伝えるタイプも発現していることが,PT-PCR-SSCP法を用いて示された.胎児は母体免疫系を抑制して胎児への攻撃を抑制しているだけでなく,母体免疫系を選択的に活性化させることにより自己の成長に有利な環境を作り出している可能性が示唆された.

 以上,本論文は子宮脱落膜という局所に存在するリンパ球においてNK receptorが発現していることを明らかにし,胎児はHLA-Gを通じてプラスのシグナル,マイナスのシグナル双方を母体に伝えていることが推測された.NK receptorとHLA-Gが結合することは報告されていたが,実際に妊娠の成立する子宮という局所においてNK receptorの発現を証明したことは,妊娠における胎児と母体免疫系とのシグナル伝達機構の解明に端緒を与えるものであり,学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54717