学位論文要旨



No 114551
著者(漢字) 水田,耕一
著者(英字)
著者(カナ) ミズタ,コウイチ
標題(和) 免疫抑制薬の胆汁分泌に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 114551
報告番号 甲14551
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1471号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 助教授 名川,弘一
 東京大学 講師 五十嵐,隆
 東京大学 講師 藤井,知行
内容要旨

 現在、肝移植などの臓器移植治療において、シクロスポリンやタクロリムスなどの免疫抑制薬は基盤となっている薬剤である。近年、これらの薬剤は免疫抑制作用の他に胆汁酸の動態(合成、代謝、排泄、吸収)に大きく影響していることが知られてきた。シクロスポリンについてはin vitroや、in situの実験における短期間の胆汁ドレナージモデルで、類洞側での胆汁酸の取り込み抑制作用や細胆管への胆汁酸排泄の抑制作用が報告されている。一方、タクロリムスについては、胆汁酸動態に及ぼす影響など、今だ明らかでない。これら免疫抑制薬の反復投与下に新生胆汁酸の動態がどのように変化するかを示すin vivoのデータが重要である。これまで小動物から胆汁を持続的にドレナージすることが容易でないため、腸肝循環の影響を除いた状態での新生胆汁の変化をみることができなかった。しかし、免疫抑制薬投与下における胆汁分泌の変化を基礎的に検討することは、臨床の肝移植においても拒絶反応、感染症、さらに薬剤性肝障害などの鑑別診断に利用できる可能性がある。

 本研究の目的はシクロスポリンやタクロリムスの反復投与がin vivoにおける胆汁の生成、分泌に与える影響をより明確にすることにある。著者は、1)ラット持続胆汁ドレナージモデルにおける生理食塩水経口投与の重要性を確認し、本モデルを用いて、2)新生する胆汁流量や胆汁成分の変化をシクロスポリンおよびタクロリムス投与下で検討した。さらに、3)肝内での胆汁酸構成成分の変化を測定することで、これらの薬剤が胆汁酸の合成と排泄に与える影響を明らかにした。

1.ラット持続胆汁ドレナージモデルにおける生理食塩水経口投与の重要性

 方法:ラットを蒸留水投与群、生理食塩水投与群に分け、総胆管から持続胆汁ドレナージを施行し、蒸留水投与群には、術後に蒸留水を投与、生理食塩水群には生理食塩水を与え管理した。術後の体重、経口飲水量、および胆汁量の変化を測定し、ドレナージ3日目に血液を採取し解析した。

 結果:蒸留水投与群は、術直後より経口水分量が少なく著明な体重減少を呈し全例が術後8日以内に死亡した。一方、蒸留水投与群は、経口量減少や体重減少はみられず全例が14日以上生存した。また、蒸留水投与群では、胆汁流量が次第に減少していくのに対し、生理食塩水投与群では良好に保たれた。血液検査では、蒸留水投与群は、術後、低ナトリウム、低クロール血症とともに急性腎不全の所見を呈し、著明な高カリウム血症を認めた。一方、生理食塩水投与群ではこれらの値は全て正常範囲内であった。

 考察:永久胆汁瘻を持つラットは、蒸留水による通常の管理では良好な胆汁流量を維持することができず、血清電解質バランスの不均衡による急性腎不全で死亡し、またそれは、経口水を生理食塩水に変更するだけで防げることが判明した。ラット持続胆汁ドレナージモデルを用いた実験は過去にも少数報告があるが、生理食塩水の投与については強調されておらず、このことは極めて重要な情報であった。

2.シクロスポリン、タクロリムスの胆汁分泌に及ぼす影響

 方法:雄性Wistarラットに、シクロスポリン群の動物にはシクロスポリン2.5、10、25mg/kg/dayまたは、オリーブ油を、タクロリムス群の動物にはタクロリムス0.4、1.0、4.0mg/kg/dayまたは、賦形剤(対照)を筋肉内に10日間注射した。投与7日目に全てのラットに前述の方法による持続胆汁ドレナージ術を施行し、ドレナージ3日目の新生胆汁を用いて、胆汁流量、総胆汁酸、胆汁酸分画、コレステロール、リン脂質を測定した。さらに、実験終了時に血液を採取、総胆汁酸、脂質濃度、肝機能を測定した。

 結果:シクロスポリン投与群と対照群の間で、血清AST、ALT、胆汁酸の値に有意な差は認めなかったが、シクロスポリンは胆汁流量や胆汁酸排泄を有意に減少させ、著明な胆汁うっ滞作用を示した。胆汁酸非依存性胆汁流量(BAIF)と胆汁酸依存性胆汁流量(BADF)はシクロスポリンによって共に減少し、胆汁酸分画ではケノデオキシコール酸(CDCA)の胆汁内排泄が用量依存性に減少した。シクロスポリンは血清コレステロール、リン脂質には影響を与えなかったが、コレステロール、リン脂質の胆汁内排泄を用量依存性に抑制した。

 タクロリムス群では、血清AST、ALT、胆汁酸の値に対照群との差は認めなかった。胆汁流量は減少することなく、シクロスポリンで観察された胆汁うっ滞効果は認めなかった。同薬によってBAIFは減少したが、胆汁酸排泄[主にコール酸(CA)成分]やBADFは逆に増加していた。またタクロリムス群は、血清脂質レベル及び胆汁への脂質排泄において、対照群との間に有為な差は認めなかった。

 考察:シクロスポリンは新生胆汁酸の排泄を用量依存性に減少させ、特にCDCAを特異的に抑制した。シクロスポリンが培養肝細胞内においてCDCAの合成を選択的に阻害することが報告されたが、本実験では、この現象をin vivoモデルで確認することができた。シクロスポリンが胆汁への脂質排泄を抑制した原因としては、胆汁酸の排泄抑制作用に伴う変化や、シクロスポリンの持つP糖蛋白阻害作用が関与していることが考えられた。

 一方、タクロリムスではシクロスポリンで観察された胆汁うっ滞作用は認めず、むしろ胆汁酸排泄を増加させる傾向を認めた。持続胆汁ドレナージ下におけるタクロリムスの反復投与は胆汁酸合成が増加する可能性があった。

3.シクロスポリン及びタクロリムスによる肝内における胆汁酸合成の変化

 前実験では、これらの薬剤が胆汁酸動態に及ぼす影響を誘導した新生胆汁を用いて解析したが、同薬剤の胆汁酸合成における影響をより明確にするため、肝組織中の胆汁酸構成成分の変化を検討した。

 方法:前実験と同様に、シクロスポリン群の動物にはシクロスポリンを2.5、25mg/kg/dayあるいはオリーブ油を、またタクロリムス群の動物には、タクロリムスを0.4、4.0mg/kg/dayまたはコントロール薬(賦形剤)を10日間筋肉内投与した。投与7日目より持続胆汁ドレナージを行い、実験終了時に肝を摘出し肝組織中の各胆汁酸濃度を測定した。また、ドレナージした胆汁も、前実験と同様にその分画の変化を再検討した。

 結果:シクロスポリンの投与によって胆汁への胆汁酸排泄は前検討と同様に用量依存性に減少した。胆汁酸分画ではCA,ムリコール酸(MCA)の排泄は対照群に比べ有意な差は認めなかったが、CDCAはシクロスポリンの用量依存性に排泄が抑制された。これに対し、肝内の胆汁酸濃度は対照群に比べてCA、MCAを中心に著明に増加していた。肝組織中のCDCAは用量依存性に減少していた。

 タクロリムス群の胆汁中の胆汁酸排泄は対照群に比し、前検討と同様に有意な差は認めなかった。また、胆汁中の胆汁酸分画では、先の検討と同様に対照群に比べCAの排泄が有意に増加していた。一方、肝内の総胆汁酸濃度は、低用量のタクロリムスでは、対照群のそれと同様な値であったが、高用量のタクロリムスでは著明に増加していた。肝内胆汁酸分画ではCA成分が用量依存性に増加していた。

 考察:シクロスポリンは、胆汁中の胆汁酸排泄を用量依存性に減少させた。しかし、肝内の胆汁酸濃度はシクロスポリンによって逆に有意に上昇しており、シクロスポリンは胆汁酸の排泄阻害により肝内うっ滞を誘導すると考えられた。しかし、高用量のシクロスポリン投与下では、肝内でのCDCA合成系が有意に減少しており、胆汁酸排泄の減少には、シクロスポリンが持つコレステロールからCDCAへの合成阻害作用も関与していることが考えられた。

 タクロリムス群における胆汁中胆汁酸排泄は、シクロスポリン群で確認された減少傾向は認めなかった。胆汁中の胆汁酸分画では、CAの排泄率が対照群に比し有意な増加を示しており、肝でのCA濃度もタクロリムスの用量依存性に増加していた。コレステロールから胆汁酸合成が亢進する状態においては、CDCAに比べCAの合成が有意に増加することが知られており、本実験のタクロリムス群にみられた胆汁内、肝内でのCA成分の増加は、循環している胆汁酸プールが消失した持続胆汁ドレナージラットにおいて、タクロリムスが胆汁酸合成を亢進させる作用を有しているためと考えられた。臨床例で、タクロリムスの方がシクロスポリンに比べ高コレステロール血症の頻度が少ないとする報告があるが、タクロリムスの持つ胆汁酸合成亢進作用(コレステロール代謝の亢進作用)が関係していることが考えられた。

 まとめ:ラット持続胆汁ドレナージモデル用いて、シクロスポリンやタクロリムスが胆汁流量や脂質分泌に与える影響、新生胆汁酸の合成や排泄に及ぼす影響を検討し以下の結果を得た。

 1.シクロスポリンは胆汁酸依存性胆汁及び胆汁酸非依存性胆汁の両者を減少させ、胆汁うっ滞作用を示した。一方、タクロリムスは、胆汁酸非依存性胆汁は減少させたが、胆汁酸依存性胆汁は増加させた。

 2.シクロスポリンは、胆汁中への胆汁酸排泄を抑制し、特にCDCAを有意に減少させた。肝内での胆汁酸濃度は増加しており、胆汁酸の排泄抑制が胆汁うっ滞の主な原因と考えられた。また、高用量では、胆汁酸(CDCA)合成阻害作用が胆汁流量の減少に関与しているものと考えられた。一方タクロリムスは、胆汁中への胆汁酸排泄を促進させ、特にCA成分を増加させた。肝内ではCA合成が増加しており、タクロリムスは胆汁酸合成亢進作用があるためと思われた。

 3.シクロスポリンは、胆汁内へのコレステロール、リン脂質の排泄を抑制したが、タクロリムスには、その作用は認められなかった。またシクロスポリンがコレステロール代謝阻害作用(胆汁酸合成阻害作用)を有したのに対し、タクロリムスには、コレステロール代謝促進作用(胆汁酸合成促進作用)があり、シクロスポリンに比べ高コレステロール血症や高脂血症の出現が少ない理由と考えられた。

審査要旨

 本研究は免疫抑制薬シクロスポリンおよびタクロリムスがin vivoにおける胆汁の生成、分泌に与える影響を明確にするために、長期生存可能なラット持続胆汁ドレナージモデルを確立させ、そのモデルを用いて、薬剤反復投与下での胆汁流量、胆汁成分、および肝組織中の胆汁酸構成成分の変化を解析し、下記の結果を得ている。

 1. 総胆管から胆汁を持続的にドレナージされたラットは、蒸留水投与による通常の管理では、胆汁ドレナージに伴う水分や電解質の喪失を補うことができず、血清電解質バランスの不均衡による急性腎不全で短期間で死亡することが判明した。しかし、経口水分を蒸留水から生理食塩水に変更するだけで、血清電解質バランスや腎機能を正常に保つことが可能であり、日内変動を伴う良好な胆汁流量を長期間観察できることが明らかになった。

 2. 本モデルを用いて、薬剤反復投与下で合成、排泄された新生胆汁を解析したところ、シクロスポリンは胆汁酸依存性胆汁流量と胆汁酸非依存性胆汁流量の両者を減少させ、著明な胆汁うっ滞作用を示した。胆汁中への胆汁酸排泄もシクロスポリンによって有意に抑制され、胆汁酸分画ではケノデオキシコール酸(CDCA)の胆汁内排泄が用量依存性に減少した。また、シクロスポリンは血清コレステロール、リン脂質には影響を与えなかったが、コレステロール、リン脂質の胆汁内排泄を用量依存性に抑制した。

 3. 一方、タクロリムスは胆汁酸非依存性胆汁流量は減少させたが、胆汁酸依存性胆汁流量は増加させ、シクロスポリンで観察された胆汁うっ滞効果は認めなかった。胆汁中への胆汁酸排泄は、タクロリムスによって促進しており、胆汁酸分画ではコール酸(CA)成分が増加していた。また、タクロリムスは、血清脂質レベル及び胆汁への脂質排泄において、対照群との間に有為な差は認めず、シクロスポリンで観察された脂質の胆汁内排泄抑制作用は認められなかった。

 4. さらに、これらの薬剤が胆汁酸の合成と排泄に与える影響を明確にするために、肝組織中の各種胆汁酸濃度を測定したところ、シクロスポリン群の肝組織中の総胆汁酸濃度は、胆汁中への胆汁酸排泄の減少に反して著明に増加しており、シクロスポリンは胆汁酸の排泄阻害により肝内うっ滞を誘導すると考えられた。肝組織中の胆汁酸分画ではCA,ムリコール酸(MCA)が有意に増加していたが、CDCAは用量依存性に減少しており、胆汁中CDCA成分の減少には、シクロスポリンによる肝でのCDCA合成阻害作用も関与していることが考えられた。

 5. 一方、タクロリムス群の肝内の総胆汁酸濃度は、低用量のタクロリムスでは、対照群と同様な値であったが、高用量のタクロリムスでは著明に増加しており、タクロリムスは、シクロスポリンと異なり、胆汁酸の排泄を阻害しないが、高用量では、胆汁酸の排泄を相対的に抑制する可能性があることが示唆された。また、肝内胆汁酸分画では胆汁中と同様にCA成分が用量依存性に増加しており、タクロリムスは肝内での胆汁酸(CA)合成を亢進させる作用があることが考えられた。

 以上、本論文はシクロスポリンの胆汁酸排泄抑制作用に加え、シクロスポリンが肝内でのCDCA合成を選択的に阻害する作用を有していることをin vivoモデルで初めて明らかにした。また、これまで実験的には報告されていなかったタクロリムスの胆汁酸動態に及ぼす影響についても、タクロリムスが胆汁酸の合成を増加させることを明らかにしており、これらの免疫抑制薬の胆汁分泌に及ぼす影響の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54077