血液ガス分析検査は、現代の重症患者管理には必要不可欠である。日常臨床で用いられている方法は採血による間歇的検査であるが、予備力が少なく変化の著しい小児患者では患者容態の変化に追随できない場合もあり、連続的なデータが必要とされる場合が少なくない。 近年こうした必要性を満たすものとして、血管内血液ガス連続測定モニターが開発され、胸部外科麻酔を中心に臨床でも広く用いられはじめてきている。現在のところ、外径0.45mmの光ファイバーセンサーで、pH、PaCO2、PaO2温度のセンサーが組み込まれたパラトレンド7(PT7)(Biomedical Sensors,High Wycombe,UK)が、その径の細さから最も小児患者での実用に近いと考えられる。しかしこのPT7でさえも、臨床使用報告は成人の中枢血管(大腿動脈など)内留置に限られ、また出版された臨床評価文献にも小児症例の報告は限られている。 麻酔や集中治療を受けている新生児や乳児では、病状の突然の変化による血液ガスの急激な変化は特徴的である。パルスオキシメータやカプノメータの出現により、こうした病態の患者での連続的血液ガス検査による治療の重要性は益々認識されてきている。 小児の臨床では、主に感染に対する恐れと長期的な留置に伴う血行障害がもたらす成長障害への懸念から、専ら橈骨動脈を中心とした末梢動脈が動脈のモニター部位として用いられる。しかし末梢動脈は径が細いうえに表在性であり、流れている血流の温度が環境温度の変化に影響されやすい可能性がある。また血流自体が微弱であり、安定した状態で血液ガス測定を正確に行えるかどうかも問題として残る。そこで、小児でも安全に用いられる末梢動脈での、血管内センサー留置による連続測定の可能性を、体重10kg前後の仔豚を用い検討した。 実験1(センサーのin-vivo測定ドリフトに対する検討) 最初にセンサーのin-vivo測定ドリフトの程度を動物実験で検討した。 方法:仔豚3頭(平均体重10.1kg)。全身麻酔下に気管切開を行い、人工換気を行った。PT7のセンサーを20G(Insyte ,Beckton Dickinson,Salt Lake,UT,USA)の血管内留置カテーテルを通し大腿動脈に挿入、センサーの先端は腹腔内大動脈に位置するように進め留置した。8時間の連続測定を行い、実験の開始時と終了時の5ポイントずつでPT7と従来法によるサンプルを採取した。 結果:実験の開始時と終了時で、計30サンプルを得た。pH、PaCO2、PaO2の各測定値のPT7と従来法(Corning M248;Chiron,Tokyo,Japan)の両方法間のbiasとprecision(データの偏りと正確)を計算し、その測定ドリフトを(終了時のbias-開始時のbias)/時間として表示すると以下の通りであった。(PaCO2、PaO2はパーセントで表示した。) 図表 この実験により、PT7による血液ガス測定値と従来法の測定値のbiasとprecisionは8時間の連続測定において変化は極めて小さく、PT7センサーのin-vivo測定ドリフトは殆ど発生していなかったことがわかった。 実験2(温度変化に対する追随) 次に急激な温度変化に対するモニター精度の追随性を動物実験で検討した。 方法:仔豚3頭(平均体重9.8kg)。全身麻酔下に気管切開を行い、人工換気を行った。PT7のセンサーを20G(Insyte ,Beckton Dickinson,Salt Lake,UT,USA)の血管内留置カテーテルを通し大腿動脈に挿入、センサーの先端は腹腔内大動脈に位置するように進めた。体温は、環境温を変化させると同時に腹腔内に留置したビニール袋内の水温を変化させることにより、5分間に1℃の割合で変化させた(上限41℃、下限30℃)。体温が1℃変化するごとに3ポイントずつPT7と従来法によるサンプルを採取した。 結果:正常温(35-38℃)、低体温(30-34℃)、高体温(39-41℃)の3条件で、計99サンプルを得た。それぞれの温度でのpH、PaCO2、PaO2の測定値のPT7と従来法(Corning M248;Chiron,Tokyo,Japan)の両方法のbiasとprecision(データの偏りと正確)は以下の通りであった。 図表 この実験により、急激な体温変化の条件下でも、PT7による血液ガス測定値と従来の方法の測定値のbiasとprecisionはそれぞれの体温群間においても小さいかった。急激な体温変化においてもPT7センサーは生体の血液ガスを正確、安定に連続測定することができた。 実験3(細い血管での測定の検討) 血流が少ない表在性末梢動脈における、PT7センサーの測定精度と安定性を動物実験にて比較検討した。 方法:対象は、仔豚5頭(平均体重10.6kg)。全身麻酔下に気管切開を行い、人工換気を行った。後脛骨動脈に22Gの血管カニューレを入れ、後脛骨動脈に留置した。その後、人工換気の条件を変化させ、Normal,Hypocapnia,Hypercapnia,Hypoxemia,Hyperoxemiaの5つの状態を作り出した。各条件にて、10ポイントずつPT7と従来法による血液ガス(総頚動脈より採血)の値を比較した。 結果:5つの条件で、計250サンプルを得た。pH、PaCO2、PaO2の測定値におけるPT7と従来法の両方法間のbiasとprecisionは、以下の通りであった。 図表 pHとPaCO2は、種々の条件においてもPT7と従来法での測定値に差がなかった。一方、PaO2はhyperoxemiaの条件で二者の差のバラツキが大きくなったが、臨床使用では問題はならないと考えられた。細く血流が遅い末梢動脈においても、PT7の連続測定では、従来法のそれと比較したbiasとprecisionは小さいかった。 結論 被毛が少なく皮膚が薄い仔豚の末梢動脈は、ヒトの末梢動脈とは比較的相似していると考えられる。今回の三つの実験的検討から、径が細く血流が少ない小児の末梢動脈でも連続血液ガス測定が、精度や安定性に問題なく行える可能性が示唆された。このことは、血管内血液ガス連続測定モニターの小児患者での臨床使用の可能性を示唆すると同時に、成人や老人患者でもより安全で合併症の少ない末梢動脈利用の可能性を開くものである。 |