最近、1p36領域に座位するp73遺伝子が単離された。p73蛋白はp53蛋白との構造と機能の高い相同性があるため,p73遺伝子が癌抑制遺伝子と考えられた。本研究は小児悪性固形腫瘍におけるp73遺伝子の役割を明らかにするため、小児悪性腫瘍の細胞株および新鮮検体を用いて、p73遺伝子の発現、突然変異、ヘテロ接合性の消失の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍30例、Ewing肉腫細胞株5株、新鮮腫瘍8例、横紋筋肉腫細胞株6株、新鮮腫瘍11例からtotal RNAを抽出し、p73遺伝子の転写産物のp73とp73を同時に検出するため、p73cDNA上にプライマーを設定し、reverse-transcriptase(RT)-polymerase chain reaction(PCR)法でp73遺伝子の発現を検討した。p73遺伝子の転写産物p73とp73はいずれもほんとんどの臓器で発現がみられることから、p73遺伝子の転写産物p73かp73のいずれかが発現しないことを発現異常と定義した。神経芽腫細胞株22株中3株で発現異常が認められ、このうち2株はp73のみを発現し、1株はp73とp73のいずれの発現もみられなかった。神経芽腫新鮮腫瘍30例中14例で発現異常が認められ、このうち7例はp73のみの発現が、4例はp73のみの発現がみられ、3例はp73とp73のいずれの発現もみられなかった。p73遺伝子の発現異常の頻度は神経芽腫の病期IVの方が病期I,II,IIIおよびIVSより、また臨床発症の神経芽腫患者の方がマスクリーニング法で発見された患者よりも有意に高かった。これらの発現パターンの解析よりp73遺伝子は神経芽腫の進展に関与することが示唆された。Ewing肉腫細胞株5株中4株にp73遺伝子の発現減弱が、新鮮腫瘍8例中1例にp73遺伝子の発現減弱が、4例消失が認められた。横紋筋肉腫細胞株6株中の2株、新鮮腫瘍11例中5例にp73遺伝子の発現の消失が、3例にp73遺伝子の発現の減弱が認められた。p73遺伝子はEwing肉腫および横紋筋肉腫の発症または進展にも関与することが示唆された。 2.神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍44例、Ewing肉腫細胞株5株、横紋筋肉腫細胞株6株からDNAを抽出し、Bam HIで消化し、p73遺伝子のhomozygous deletionと再構成を検討するため、二種類のP73cDNAのプローブを用いてSouthern Blot解析を行った。p73遺伝子のホモ接合体欠失と再構成は認められなかった。 3.p73遺伝子の機能領域の突然変異を検討するため、p73遺伝子の一部のエクソンとイントロン境界の塩基配列を決定し、神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍88例を用いてPCR-single strand conformation polymorphism(SSCP)を行った。エクソンとイントロンの境界の塩基配列が報告されてない領域については、神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍30例を用いてRT-PCR-SSCPを行った。PCR-SSCPおよびRT-PCR-SSCP法による変異の検討では、神経芽腫細胞株と新鮮腫瘍のいずれにおいても変異はみられなかった。 4.既に報告されていたマイクロサテライトマーカーとp73遺伝子のエクソン2にある多型を利用して、33例の神経芽腫とそれらに対応する正常の末梢血リンパ球を用いてp73遺伝子のヘテロ接合性の消失(LOH)の検討を行った。p73遺伝子のLOHはPCR-LOH法では33例中5例(15%)に認められた。 5.DNAライブラリーからfluoresense in situ hybridization(FISH)用のp73遺伝子のエクソン1とエクソン2を含むプローブを単離し、これらを用いて神経芽腫細胞株13株におけるFISHの検討を行った。FISH法で検索した全ての細胞株で、p73遺伝子の片方のアルリの欠失が認められた。 以上、本論文は小児悪性固形腫瘍におけるp73遺伝子の解析から、p73遺伝子は神経芽腫の進展に関与すること、また、Ewing肉腫および横紋筋肉腫の発症または進展にも関与することが示唆された。小児悪性固形腫瘍におけるp73遺伝子の役割の解明に重要な貢献をなすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |