学位論文要旨



No 114553
著者(漢字) 楊,宏偉
著者(英字)
著者(カナ) ヨウ,コウイ
標題(和) 小児悪性固形腫瘍におけるp73遺伝子の解析
標題(洋) Analysis of p73 Gene in Childhood Malignant Solid Tumors
報告番号 114553
報告番号 甲14553
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1473号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 吉川,裕之
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 助教授 加藤,賢朗
内容要旨

 近年、RB,p53,WT1,NF1,p16INK4a等のがん抑制遺伝子が単離され、これらの遺伝子と細胞周期との関係や、腫瘍の病態生理や臨床像との関係が注目されている。これらのがん抑制遺伝子の不活化はがんの発生や進展に関与することが分かっているが、その不活化のメカニズムとして染色体の両方のアリルの欠失や、片方のアリルの欠失やと他方のアリル再構成や遺伝子の変異などが考えられている。これらの遺伝子の異常は小児腫瘍では肉腫では比較的高頻度にみられるが、神経芽腫ではまれである。神経芽腫は小児がんのなかで白血病、脳腫瘍についで三番目に頻度が高く、腹部固形腫瘍では最も頻度高い。これまでの神経芽腫に関する分子生物学的研究により、N-myc遺伝子の増幅が見られる例があり、この増幅の有無は予後と密接な関係があることが判明している。また1番染色体短腕(1p)の欠失が高頻度にみられ、1pの欠失は神経芽腫の予後と相関することが判明した。さらに、ヘテロ接合体の消失(LOH)の検討により1pの欠失の地図が作成され、1p36にがん抑制遺伝子が存在することが推定されている。最近、1p36領域に座位するp73遺伝子が単離された。この遺伝子には二つのsplicing variantが存在し、それぞれ、p73,p73と命名され、636アミノ酸、494アミノ酸のタンパク質をコードする。p73とp73タンパク質はいずれもp53に特徴的な転写調節領域、DNA結合領域、複合体形成領域をすべて有している。p73はp53応答性DNA配列を介した転写調節能を通して、p21waflなどを誘導し、細胞にG1期停止やapoptosisを引き起こす機能を有し、p53との機能的類似性も高いことが判明した。これらのことからp73遺伝子は神経芽腫に関与しているがん抑制遺伝子であることが示唆された。我々は神経芽腫、および小児の代表的な肉腫であるEwing肉腫と横紋筋肉腫におけるp73遺伝子の解析を行った。

研究方法

 1.神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍30例、Ewing肉腫細胞株5株、新鮮腫瘍8例、横紋筋肉腫細胞株6株、新鮮腫瘍11例からtotal RNAを抽出し、p73遺伝子の転写産物のp73とp73を同時に検出するため、p73cDNA上にプライマーを設定し、reverse-transcriptase(RT)-polymerase chain reaction(PCR)法でp73遺伝子の発現を検討した。

 2.神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍44例、Ewing肉腫細胞株5株、横紋筋肉腫細胞株6株からDNAを抽出し、Bam HIで消化し、p73遺伝子のhomozygous deletionと再構成を検討するため、二種類のP73cDNAのプローブを用いてSouthern Blot解析を行った。

 3.p73遺伝子の機能領域の突然変異を検討するため、p73遺伝子の一部のエクソンとイントロン境界の塩基配列を決定し、神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍88例を用いてPCR-single strand conformation polymorphism(SSCP)を行った。エクソンとイントロンの境界の塩基配列が報告されてない領域については、神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍30例を用いてRT-PCR-SSCPを行った。

 4.既に報告されていたマイクロサテライトマーカーとp73遺伝子のエクソン2にある多型を利用して、33例の神経芽腫とそれらに対応する正常の末梢血リンパ球を用いてp73遺伝子のヘテロ接合性の消失(LOH)の検討を行った。

 5.DNAライブラリーからfluoresense in situ hybridization(FISH)用のp73遺伝子のエクソン1とエクソン2を含むプローブを単離し、これらを用いて神経芽腫細胞株13株におけるFISHの検討を行った。

結果と考案

 p73遺伝子の転写産物p73とp73はいずれもほんとんどの臓器で発現がみられることから、p73遺伝子の転写産物p73かp73のいずれかが発現しないことを発現異常と定義した。神経芽腫細胞株22株中3株で発現異常が認められ、このうち2株はp73のみを発現し、1株はp73とp73のいずれの発現もみられなかった。神経芽腫新鮮腫瘍30例中14例で発現異常が認められ、このうち7例はp73のみの発現が、4例はp73のみの発現がみられ、3例はp73とp73のいずれの発現もみられなかった。p73遺伝子の発現異常の頻度は神経芽腫の病期IVの方が病期I,II,IIIおよびIVSより、また臨床発症の神経芽腫患者の方がマスクリーニング法で発見された患者よりも有意に高かった。これらの発現パターンの解析より73遺伝子は神経芽腫の進展に関与することが示唆された。

 FISH法で検索した全ての細胞株で、p73遺伝子の片方のアルリの欠失が認められた。p73遺伝子のLOHはPCR-LOH法では33例中5例(15%)に認められた。PCR-SSCPおよびRT-PCR-SSCP法による変異の検討では、神経芽腫細胞株と新鮮腫瘍のいずれにおいても変異はみられなかった。我々は二種類のp73cDNAのプローブを作成してSouthern Blot解析を行ったが、p73遺伝子のホモ接合体欠失と再構成は認められなかった。これらの結果からp73遺伝子は進展例では片側のアリルの欠失があるものの、古典的Knudson理論に合致する神経芽腫抑制遺伝子とは考えにくいと思われた。

 Ewing肉腫細胞株5株中4株にp73遺伝子の発現減弱が、新鮮腫瘍8例中1例にp73遺伝子の発現減弱が、4例消失が認められた。横紋筋肉腫細胞株6株中の2株、新鮮腫瘍11例中5例にp73遺伝子の発現の消失が、3例にp73遺伝子の発現の減弱が認められた。Southern blotting法でp73遺伝子のホモ接合体欠失と再構成は認められなかった。今回の結果は73遺伝子はEwing肉腫および横紋筋肉腫の発症または進展にも関与することが示唆された。

審査要旨

 最近、1p36領域に座位するp73遺伝子が単離された。p73蛋白はp53蛋白との構造と機能の高い相同性があるため,p73遺伝子が癌抑制遺伝子と考えられた。本研究は小児悪性固形腫瘍におけるp73遺伝子の役割を明らかにするため、小児悪性腫瘍の細胞株および新鮮検体を用いて、p73遺伝子の発現、突然変異、ヘテロ接合性の消失の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍30例、Ewing肉腫細胞株5株、新鮮腫瘍8例、横紋筋肉腫細胞株6株、新鮮腫瘍11例からtotal RNAを抽出し、p73遺伝子の転写産物のp73とp73を同時に検出するため、p73cDNA上にプライマーを設定し、reverse-transcriptase(RT)-polymerase chain reaction(PCR)法でp73遺伝子の発現を検討した。p73遺伝子の転写産物p73とp73はいずれもほんとんどの臓器で発現がみられることから、p73遺伝子の転写産物p73かp73のいずれかが発現しないことを発現異常と定義した。神経芽腫細胞株22株中3株で発現異常が認められ、このうち2株はp73のみを発現し、1株はp73とp73のいずれの発現もみられなかった。神経芽腫新鮮腫瘍30例中14例で発現異常が認められ、このうち7例はp73のみの発現が、4例はp73のみの発現がみられ、3例はp73とp73のいずれの発現もみられなかった。p73遺伝子の発現異常の頻度は神経芽腫の病期IVの方が病期I,II,IIIおよびIVSより、また臨床発症の神経芽腫患者の方がマスクリーニング法で発見された患者よりも有意に高かった。これらの発現パターンの解析よりp73遺伝子は神経芽腫の進展に関与することが示唆された。Ewing肉腫細胞株5株中4株にp73遺伝子の発現減弱が、新鮮腫瘍8例中1例にp73遺伝子の発現減弱が、4例消失が認められた。横紋筋肉腫細胞株6株中の2株、新鮮腫瘍11例中5例にp73遺伝子の発現の消失が、3例にp73遺伝子の発現の減弱が認められた。p73遺伝子はEwing肉腫および横紋筋肉腫の発症または進展にも関与することが示唆された。

 2.神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍44例、Ewing肉腫細胞株5株、横紋筋肉腫細胞株6株からDNAを抽出し、Bam HIで消化し、p73遺伝子のhomozygous deletionと再構成を検討するため、二種類のP73cDNAのプローブを用いてSouthern Blot解析を行った。p73遺伝子のホモ接合体欠失と再構成は認められなかった。

 3.p73遺伝子の機能領域の突然変異を検討するため、p73遺伝子の一部のエクソンとイントロン境界の塩基配列を決定し、神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍88例を用いてPCR-single strand conformation polymorphism(SSCP)を行った。エクソンとイントロンの境界の塩基配列が報告されてない領域については、神経芽腫細胞株22株、新鮮腫瘍30例を用いてRT-PCR-SSCPを行った。PCR-SSCPおよびRT-PCR-SSCP法による変異の検討では、神経芽腫細胞株と新鮮腫瘍のいずれにおいても変異はみられなかった。

 4.既に報告されていたマイクロサテライトマーカーとp73遺伝子のエクソン2にある多型を利用して、33例の神経芽腫とそれらに対応する正常の末梢血リンパ球を用いてp73遺伝子のヘテロ接合性の消失(LOH)の検討を行った。p73遺伝子のLOHはPCR-LOH法では33例中5例(15%)に認められた。

 5.DNAライブラリーからfluoresense in situ hybridization(FISH)用のp73遺伝子のエクソン1とエクソン2を含むプローブを単離し、これらを用いて神経芽腫細胞株13株におけるFISHの検討を行った。FISH法で検索した全ての細胞株で、p73遺伝子の片方のアルリの欠失が認められた。

 以上、本論文は小児悪性固形腫瘍におけるp73遺伝子の解析から、p73遺伝子は神経芽腫の進展に関与すること、また、Ewing肉腫および横紋筋肉腫の発症または進展にも関与することが示唆された。小児悪性固形腫瘍におけるp73遺伝子の役割の解明に重要な貢献をなすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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