学位論文要旨



No 114555
著者(漢字) 大賀,栄次郎
著者(英字)
著者(カナ) オオガ,エイジロウ
標題(和) 肺線維症におけるactivin Aの発現とその生物学的役割
標題(洋)
報告番号 114555
報告番号 甲14555
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1475号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 堤,治
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 講師 山下,英俊
 東京大学 講師 賀藤,均
内容要旨

 肺の線維化は傷害後の修復の過程で過修復が生じ、肺胞構造の改変(リモデリング)をきたすことによって生じる。その結果、肺胞隔壁の肥厚、細胞外マトリックスの蓄積より、蜂巣肺に示される肺胞構造の変化、肺の容量の減少を呈する。その病態には肺胞マクロファージより産生される、interleukin-1(IL-1)、tumor necrosis factor-(TNF-)、transforming gowth factor-(TGF-)、platelet derived growth factor(PDGF)といった様々なサイトカインや増殖因子が病態に関与している事が報告されている。また増殖因子は生体において、生殖器、および胎生期、成長期を通じて個々の細胞に働き、その増殖、分化、遊走などの生物学的役割を導くことにより、生体の器官形成や成長および、再生に深く関与している。

 Activin AはTGF- supergene familyに属する分子量24kDaの増殖因子であり、間葉系の誘導活性を有し、種々の細胞の分化誘導、増殖能を有するほか、多くの生物活性を持つことで最近、注目されている。Activin Aは活性化単球/マクロファージにて産生され、TGF-、granulocyte macrophage colony stim ulating factor(GMCSF)、IL-1、lipopolysaccharide(LPS)、interferon-、TNF-などの他のサイトカインにより、その産生が高まる。また、activin Aは単球の走化性を亢進させ、線維芽細胞や平滑筋細胞に対しては増殖を促す作用が報告されている。従って、activin Aは単球/マクロファージが関与する生理的および病的事象に何らかの役割を演じている可能性が考えられている。また最近では実際、炎症性腸疾患、動脈硬化症、肝臓の線維化にactivin Aの関与が報告されている。しかし、これまで、activin Aの肺組織における検討は生理的状態においても病的状態においても報告がない。本研究では肺胞マクロファージがその病態に重要な役割を担う肺線維症に着目し、activin Aの発現について検討し、また同時にパラクリンとしての肺線維芽細胞への生物学的役割について検討した。

 抗activin抗体を用いた、ヒト肺組織での免疫組織染色では、正常肺において、activin Aは細気管支上皮細胞を中心に弱く発現が認められた。またdiffuse alveolar damage(DAD)症例では、活性化した剥離した肺胞上皮細胞と肺胞マクロファージに強くアクチビンAの発現が認められた。さらに、特発性肺線維症を中心とした検討では蜂巣肺周囲の異形成細気管支上皮細胞と過形成の平滑筋細胞にactivin Aの発現が強く認められた。加えて、ICRマウスを用いたブレオマイシン(BLM)肺障害モデルでは、免疫組織染色の結果、ブレオマイシン投与後7、14日目の胸膜直下の線維化巣や肺胞腔内の線維化巣に浸潤した肺胞マクロファージを中心にactivin Aの発現が認められた。また、肺胞洗浄液中のactivin Aの生物活性を測定したところ、赤芽球誘導能を利用したErythroid differentiation factor(EDF)assayでの生物活性の上昇が認められた。線維化の始まる14日において採取した肺胞マクロファージの培養上清中より、activin Aが検出された。以上のヒトおよびマウスのactivin Aの発現の検討よりactivin Aが肺線維症において、強く発現していることが示唆されたため、さらにパラクリンとしてactivin Aが線維芽細胞に働き肺の線維化に関与するのではないかという仮説のもとで、in vitroにおいてヒト肺線維芽細胞(HFL-1:human fetal lung fibroblast)を用いて、activin Aの受容体の発現、増殖に対する影響、筋線維芽細胞への分化誘導能、遊走能および瘢痕収縮のモデルである肺線維芽細胞を含むコラーゲンゲルの收縮に対するactivin Aの影響を検討した。

 activin Aの作用の発現には他のTGF- supergene familyと同様に、標的細胞にI型およびII型の受容体の発現が必須で、2種の受容体とactivin Aがヘテロダイマーを形成することで燐酸化が生じ、次いで、情報が伝達され、その作用が発現する。肺線維芽細胞細胞においては、RT-PCR法および2種の抗activin受容体抗体を用いた免疫染色の結果、その発現が確認された。またその作用としては低い濃度で、増殖活性が亢進し、より高い濃度では、-SMアクチン陽性の筋線維芽細胞への分化誘導能が顕著となった。さらに、線維芽細胞の遊走活性はactivin Aでは認められなかったが、組織収縮のモデルとされる肺線維芽細胞を含んだ、コラーゲンゲルの収縮は濃度依存性に認められた。また、これらのactivin Aの肺線維芽細胞細胞への作用は何れも、その特異的な中和蛋白であるホリスタチンにて抑制され、activin Aに特異的な作用と考えられた。

 以上の検討にてactivin Aは肺線維症にて発現し、肺線維芽細胞にパラクリンとして働き、増殖および分化、組織収縮を促すことで、病態に関与している可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は呼吸器疾患である、肺線維症において、TGF- supergene familyに属するactivin Aの発現とその肺線維芽細胞に対する生物学的作用を検討したものである。方法としては、ヒト肺線維症組織標本およびブレオマイシン肺線維症モデルマウスを用いて、免疫組織染色とEDF-assayにて、activin Aの発現と肺胞マクロファージのactivin Aの産生を検討した。次にin vitroにおいて肺線維芽細胞(HFL-1)を使用して、activin受容体の発現の有無と、肺線維芽細胞の増殖、筋線維芽細胞への分化、遊走そしてコラーゲンゲルの収縮におよぼすactivin Aの作用を検討したものである。下記の結果を得ている。

 1.ヒト正常肺組織においては、細気管支上皮細胞および血管平滑筋細胞においてactivin Aの発現が認められた。

 2.DAD症例および肺線維症ではLN5抗体陽性の肺胞マクロファージおよび蜂巣肺周囲のmetaplastic epitheliumおよびhyperplasticな平滑筋細胞に強いactivin Aの産生が認められた。

 3.正常成熟マウス肺においては血管平滑筋および細気管支上皮細胞にactivin Aの発現が認められた。

 4.BLM肺傷害マウスではBLM処理後、7日目、14日目の肺組織において線維化病巣を中心にactivin A陽性細胞が認められ、その多くは、肺胞マクロファージであった。

 5.Activin A/EDF活性(Friend F5-5細胞の赤芽球分化誘導能)は14日目に採取した肺胞マクロファージ培養上清で有意に高値を示し、マクロファージにおけるbioactiveなactivin Aの産生の亢進が示された。

 6.activinのの受容体のtype I,type IIの発現が、肺線維芽細胞(HFL-1)にてRT-PCR法および免疫染色にて確認された。

 7.肺線維芽細胞(HFL-1)はactivin Aにて細胞数、およびDNA合成レベルにて増殖活性を示した。

 8.activin Aの肺線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化誘導は濃度依存性であった。

 9.activin Aにて、生理的濃度の範囲において、肺線維芽細胞の遊走は認められなかった。

 10.肺線維芽細胞を含むコラーゲンゲルは濃度依存性にアクチビンAにてコントロールと比較して有意な収縮が認められた。

 11.これらの肺線維芽細胞に対する生物学的効果は中和蛋白であるfollistatin添加により特異的に抑制された。

 以上、本論文は肺線維症においてactivin Aは独自に発現し、in vitroにおける作用より、その病態に深く関与している可能性が推測された。本研究はこれまで未知に等しかった、activin Aの肺線維症における発現とその役割をはじめて解明し、その病態の理解に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク