本研究は、女性の生殖発達機能や骨粗鬆症、動脈硬化、乳癌などの病態において重要な役割を演じているエストロゲンの多彩な作用機序を解明するために、新規エストロゲン受容体 (ER )、およびER の新しいアイソフォームであるER cxのクローニングを行って、各々の発現機能解析、ER間でのクロストークの可能性を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。 1.完全長のヒトER を同定し、従来報告されているものよりN末53アミノ酸が長いクローンであることが判明した。ヒト精巣cDNAライブラリーから、ラットER DNA結合領域をプローブに用いてスクリーニングを行った。その結果、3個の独立したクローンが得られた。そのうち最も長いクローンについて、その5’非翻訳領域と、ER 3’非翻訳領域各々にプライマーを設計し、ヒト精巣poly(A)RNAよりRT-PCRを行い、新たにN末53アミノ酸の加わった完全長ER をクローニングした。 2.ER とER との相互作用をin vivo,in vitroで確認し、両者のヘテロダイマーの形成が示唆された。ヒトER , 各々のdeletion mutant(ER 1-530,ER 1-481)が、いずれもER 、ER 両方に対してドミナントネガティブに作用することが明らかとなり、両者のクロストークの可能性が示された。 3.ヒトER cxがER のスプライシングアイソフォームとして同定された。上記スクリーニングで得られたクローンのうち、最も長いものの全塩基配列を決定した結果、このcDNAがコードする蛋白は495アミノ酸からなり、ER に対して48%の相同性を有していた。ER と比較すると、リガンド結合領域の一部や、転写活性化領域AF-2coreを含む61アミノ酸が、新規の26アミノ酸から成る配列に置き換わっている(C-terminal exchanged)、という構造上の特徴を有していることからER cxと命名した。ER cxのゲノム構造を明らかにするため、ER 、ER cxのC末端側の特異的な領域をプローブに用いて、ヒトゲノムDNAライブラリーからスクリーニングを行った結果、ER cxに特異的な領域、及びその3’非翻訳領域は新規の1つのエクソン(Lcx)内に存在することが見い出され、ER に特異的なC末端領域を含む8番目のエクソン(L4)の5kb下流に位置するsplicing variantであることが判明した。 4.ER cxは各種ヒト培養細胞において、mRNA、蛋白レベルで発現していることが確認された。ノーザンブロットにおいて、ER が精巣、卵巣で発現し、ER cxが精巣、卵巣、胸腺、前立腺で発現していることが確認された。ER cxの培養細胞における発現を、特異的プライマーを用いてRT-PCRで確認した結果、HOS-TE85、Saos2といった骨芽細胞系培養細胞で、ER のみならずER 、ER cxがともに発現していることが確認された。更に、ER cx特異的C末端部位に対するポリクローナル抗体を作成し、上記培養細胞においてER cxの蛋白レベルでの発現も確認した。 5.ER cxはエストロゲン結合能やリガンド依存的な転写活性化能を失っており、EREへの結合能をも失っていた。リガンド結合実験によってER cxのエストロゲン結合能を調べたところ、解離定数にしてER が0.2nM、ER が0.6nMと親和性を認めた。一方、ER cxではトリチウムラベルした17- estradiol(E2)量を増加させた場合でも、リガンド結合能はほとんど認められなかった。 また、ゲルシフトアッセイにてER ,ER ,ER cx各々の、EREへの結合能を測定したところ、ER ,ER はともにcold EREによって、そのバンドが薄くなっていくのに対し、ER cxについては、ゲルシフトの上では、EREへの結合を検出できなかった。また、ER cxのリガンド依存的な転写活性化能を調べたところ、ER ,ER とは対照的にその活性を認めなかった。転写活性化に関連して、ER cxの共役因子の1つであるTIF1(Chambon教授より分与)との結合の有無をGST pull-downアッセイにて調べたところ、E2存在、非存在いずれの条件下においても、その結合を認めなかった。 6.ER cxはER に対して選択的にドミナントネガティブ作用を発揮した。上述のように、C末端の置換された核内受容体アイソフォームは、野生型受容体に対してドミナントネガティブに作用する点でも共通性を有しているため、ER cxでも同様の可能性について検討を行った。その結果、興味深いことにER cxは、ER に対してでも、C末を欠失したER変異体であるER 1-530、ER 1-481に見られるようなER 、ER 双方に対してでもなく、ER に対して選択的にドミナントネガティブ作用を発揮することが明らかになった。同時に、ER /ER cx、ER /ER cxヘテロダイマーの形成の可能性についてGST-pull downアッセイにて調べたところ、ER cxはER とよりも、よりER と結合親和性を有することがわかった。ER cxのER に対するドミナントネガティブ作用のメカニズムとしては、ER /ER cxヘテロダイマーの形成によりER のEREへの結合が阻害され、その結果リガンド依存的なER を介した転写活性が抑制されると考えられる。 以上、本論文は新規エストロゲン受容体ER 、ER cxのクローニング、及び発現機能解析を行い、ER間でのクロストークの可能性を明らかにした。本研究は、従来考えられてきたリガンド依存的なon/offによる、ER を介したエストロゲン作用機序の他に、ER 、ER cxも含めたER間でのクロストークによる、より複雑なエストロゲン作用メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |