学位論文要旨



No 114556
著者(漢字) 小川,純人
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,スミト
標題(和) 新規エストロゲン受容体ERおよびERcxの同定とその機能
標題(洋) Molecular cloning and characterization of human estrogen receptor (ER)and ER cx
報告番号 114556
報告番号 甲14556
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1476号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 講師 五十嵐,隆
内容要旨 I.はじめに

 エストロゲンは、女性の生殖機能や発達に必要不可欠なステロイドホルモンである。一方、骨粗鬆症、動脈硬化、乳癌をはじめとするいくつかの病態において、エストロゲンは実に多様な作用を発揮することが明らかになってきた。こうしたエストロゲンの多彩な作用を説明するのに、従来知られていたエストロゲン受容体(ER)以外のサブタイプの存在を想定し、完全長のER、およびERの新しいアイソフォームであるERcxのクローニングを行った。また、骨由来培養細胞、ヒト組織におけるERの発現、ならびにリガンド応答性、転写活性の比較検討を含む、ER、ER、ERcxの発現機能解析を行った。更に、これらER間でのホモダイマー、ヘテロダイマー形成による相互作用、およびクロストークの可能性を明らかにした。

II.ER、ERcxの同定及び、ER間での構造的比較、クロストークの可能性

 1996年に、スウェーデン、オランダのグループより、相次いで新規ER(ER)がラット、ヒトで報告され、従来知られていたERはERと呼ばれ、区別されるようになった。中でもラットERは、主な核内受容体のDNA結合領域に対するdegenerate primerを作製しPCR(polymerase chain reaction)法により単離されたもので、485アミノ酸をコードしていた。

 これをERのアミノ酸構造と比較すると、ERでは、A/B領域が短くなっており、ホモロジーとしては、C領域で95%、E領域で54%と、従来知られている核内受容体のなかでも、一番よく保存されているものである。ラットERは前立腺や卵巣で多く発現しており、続いて膀胱、肺、子宮、脳でも発現していることが確認された。子宮、視床下部や下垂体など、ERが多く発現している部位での、ERの発現は必ずしも多くなく、逆にERは前立腺で多く発現している点が特徴的である。

 同時期、私はヒト精巣cDNAライブラリーから、ラットERDNA結合領域をプローブに用いてスクリーニングを行った。その結果、3個の独立したクローンが得られた。そのうち最も長いクローンについて、その5’非翻訳領域と、ER3’非翻訳領域各々にプライマーを設計し、ヒト精巣poly(A)RNAよりRT-PCRを行い、新たにN末53アミノ酸の加わった完全長ERをクローニングした。

 次に、ERとERとの相互作用をin vivo,in vitroで確認し、両者のヘテロダイマー形成の可能性が示された。また、ヒトER,各々のdeletion mutant(ER1-530,ER1-481)が、いずれもER、ER両方に対してドミナントネガティブに作用することを発見し、両者のクロストークの存在が考えられた。

 一方でまた、上記スクリーニングで得られたクローンのうち、最も長いものの全塩基配列を決定した結果、このcDNAがコードする蛋白は495アミノ酸からなり、ERに対して48%の相同性を有していた。ERと比較すると、リガンド結合領域の一部や、転写活性化領域AF-2 coreを含む61アミノ酸が、新規の26アミノ酸から成る配列に置き換わっている(C-terminal exchanged)、という構造上の特徴を有していることからERcxと命名した。FISH(fluolescence in situ hybridization)の結果からは、ERcxはERの染色体座(6q25.1)とは異なり、14q23-24.1に位置していた。

III.ERcxのゲノム構造及び、核内受容体アイソフォーム間での比較

 次に、ERcxのゲノム構造を明らかにするため、ER、ERcxのC末端側の特異的な領域をプローブに用いて、ヒトゲノムDNAライブラリーからスクリーニングを行った。その結果、ERcxに特異的な領域、及びその3’非翻訳領域は新規の1つのエクソン(Lcx)内に存在することが見い出され、ERに特異的なC末端領域を含む8番目のエクソン(L4)の5kb下流に位置するsplicing variantであることが判明した。すなわち、ERcxはERのスプライシングアイソフォームであるといえる。

 こうしたC末端側のエクソンが置換されたアイソフォームは、核内受容体間で保存されている。グルココルチコイド受容体(GR)、甲状腺ホルモン受容体2(TR2)の場合も、野生型受容体の最後のエクソンが置換されており、ビタミン受容体アイソフォーム(rVDR1)においては、intron retentionによって生じたものであることが報告されている。これらGR、TR2、rVDR1はすべて野生型受容体に対してドミナントネガティブに作用する点でも共通性を有している。また、ERcxも含めた、核内受容体アイソフォーム間で置換されている部分のアミノ酸配列を比較してみると、いずれもAF-2(activation function 2)coreを含むEF領域の一部を欠いていることがわかる。

IV.ERおよびERcxの発現

 ノーザンブロットにおいて、ERが精巣、卵巣で発現し、ERcxが精巣、卵巣、胸腺、前立腺で発現していることが確認された。ERcxの培養細胞における発現を、特異的プライマーを用いてRT-PCRで確認した結果、HOS-TE85、Saos2といった骨芽細胞系培養細胞で、ERのみならずER、ERcxがともに発現していることが確認された。更に、ERcx特異的C末端部位に対するポリクローナル抗体を作成し、上記培養細胞においてERcxの蛋白レベルでの発現も確認した。

V.ERcxのリガンド応答性及び転写活性

 次に、リガンド結合実験によってERcxのエストロゲン結合能を調べた。解離定数にしてERが0.2nM、ERが0.6nMと親和性を認めたのに対し、ERcxではトリチウムラベルした17- estradiol(E2)量を増加させた場合でも、リガンド結合能はほとんど認められなかった。

 また、ゲルシフトアッセイにてER,ER,ERcx各々の、EREへの結合能を測定したところ、ER,ERはともにcold EREによって、そのバンドが薄くなっていくのに対し、ERcxについては、ゲルシフトの上では、EREへの結合を検出できなかった。

 さらに、ERcxのリガンド依存的な転写活性化能を調べたところ、ER,ERとは対照的にその活性を認めなかった。転写活性化に関連して、ERcxの共役因子の1つであるTIF1(Chambon教授より分与)との結合の有無をGST pull-downアッセイにて調べたところ、E2存在、非存在いずれの条件下においても、その結合を認めなかった。

 先述のように、C末端の置換された核内受容体アイソフォームは、野生型受容体に対してドミナントネガティブに作用する点でも共通性を有しているため、ERcxでも同様の可能性について検討を行った。その結果、興味深いことにERcxは、ERに対してでも、C末を欠失したER変異体であるER1-530、ER1-481に見られるようなER、ER双方に対してでもなく、ERに対して選択的にドミナントネガティブ作用を発揮することが明らかになった。同時に、ER/ERcx、ER/ERcxヘテロダイマーの形成の可能性についてGST-pull downアッセイにて調べたところ、ERcxはERとよりも、よりERと結合親和性を有することがわかった。

 ERcxのERに対するドミナントネガティブ作用のメカニズムとしては、ER/ERcxヘテロダイマーの形成によりERのEREへの結合が阻害され、その結果リガンド依存的なERを介した転写活性が抑制されると考えられる。

 本研究での結論としては以下の事項が挙げられる。

 1.完全長のヒトERを同定し、従来報告されているものよりN末53アミノ酸が長いクローンであることが判明した。

 2.ERとERとの相互作用をin vivo,in vitroで確認し、両者のヘテロダイマーの形成が示唆された。

 3.ヒトER,各々のdeletion mutant(ER1-530,ER1-481)が、いずれもER、ER両方に対してドミナントネガティブに作用することが明らかとなり、両者のクロストークの可能性が示された。

 4.ヒトERcxがERのスプライシングアイソフォームとして同定された。

 5.ERcxは少なくとも骨芽細胞系培養細胞において、蛋白レベルで発現していることが確認された。

 6.ERcxはエストロゲン結合能やリガンド依存的な転写活性化能を失っており、EREへの結合能をも失っていた。

 7.ERcxはERに対して選択的にドミナントネガティブ作用を発揮した。

VI.おわりに

 本研究では新規エストロゲン受容体ER、ERcxのクローニング、及び発現機能解析を行った。これらの新たな受容体の同定により、従来考えられてきたリガンド依存的なon/offによる、ERを介したエストロゲン作用機序の他に、ER、ERcxも含めたER間でのクロストークによる、より複雑なメカニズムの存在が示唆される。また一方で、ER自体の生理作用、及びERとの協調作用などについては、発現臓器特異性、疾患特異性の観点からも注目されており、ひいては新たな創薬、幅広い臨床応用が期待される。

審査要旨

 本研究は、女性の生殖発達機能や骨粗鬆症、動脈硬化、乳癌などの病態において重要な役割を演じているエストロゲンの多彩な作用機序を解明するために、新規エストロゲン受容体(ER)、およびERの新しいアイソフォームであるERcxのクローニングを行って、各々の発現機能解析、ER間でのクロストークの可能性を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。

 1.完全長のヒトERを同定し、従来報告されているものよりN末53アミノ酸が長いクローンであることが判明した。ヒト精巣cDNAライブラリーから、ラットERDNA結合領域をプローブに用いてスクリーニングを行った。その結果、3個の独立したクローンが得られた。そのうち最も長いクローンについて、その5’非翻訳領域と、ER3’非翻訳領域各々にプライマーを設計し、ヒト精巣poly(A)RNAよりRT-PCRを行い、新たにN末53アミノ酸の加わった完全長ERをクローニングした。

 2.ERとERとの相互作用をin vivo,in vitroで確認し、両者のヘテロダイマーの形成が示唆された。ヒトER,各々のdeletion mutant(ER1-530,ER1-481)が、いずれもER、ER両方に対してドミナントネガティブに作用することが明らかとなり、両者のクロストークの可能性が示された。

 3.ヒトERcxがERのスプライシングアイソフォームとして同定された。上記スクリーニングで得られたクローンのうち、最も長いものの全塩基配列を決定した結果、このcDNAがコードする蛋白は495アミノ酸からなり、ERに対して48%の相同性を有していた。ERと比較すると、リガンド結合領域の一部や、転写活性化領域AF-2coreを含む61アミノ酸が、新規の26アミノ酸から成る配列に置き換わっている(C-terminal exchanged)、という構造上の特徴を有していることからERcxと命名した。ERcxのゲノム構造を明らかにするため、ER、ERcxのC末端側の特異的な領域をプローブに用いて、ヒトゲノムDNAライブラリーからスクリーニングを行った結果、ERcxに特異的な領域、及びその3’非翻訳領域は新規の1つのエクソン(Lcx)内に存在することが見い出され、ERに特異的なC末端領域を含む8番目のエクソン(L4)の5kb下流に位置するsplicing variantであることが判明した。

 4.ERcxは各種ヒト培養細胞において、mRNA、蛋白レベルで発現していることが確認された。ノーザンブロットにおいて、ERが精巣、卵巣で発現し、ERcxが精巣、卵巣、胸腺、前立腺で発現していることが確認された。ERcxの培養細胞における発現を、特異的プライマーを用いてRT-PCRで確認した結果、HOS-TE85、Saos2といった骨芽細胞系培養細胞で、ERのみならずER、ERcxがともに発現していることが確認された。更に、ERcx特異的C末端部位に対するポリクローナル抗体を作成し、上記培養細胞においてERcxの蛋白レベルでの発現も確認した。

 5.ERcxはエストロゲン結合能やリガンド依存的な転写活性化能を失っており、EREへの結合能をも失っていた。リガンド結合実験によってERcxのエストロゲン結合能を調べたところ、解離定数にしてERが0.2nM、ERが0.6nMと親和性を認めた。一方、ERcxではトリチウムラベルした17- estradiol(E2)量を増加させた場合でも、リガンド結合能はほとんど認められなかった。

 また、ゲルシフトアッセイにてER,ER,ERcx各々の、EREへの結合能を測定したところ、ER,ERはともにcold EREによって、そのバンドが薄くなっていくのに対し、ERcxについては、ゲルシフトの上では、EREへの結合を検出できなかった。また、ERcxのリガンド依存的な転写活性化能を調べたところ、ER,ERとは対照的にその活性を認めなかった。転写活性化に関連して、ERcxの共役因子の1つであるTIF1(Chambon教授より分与)との結合の有無をGST pull-downアッセイにて調べたところ、E2存在、非存在いずれの条件下においても、その結合を認めなかった。

 6.ERcxはERに対して選択的にドミナントネガティブ作用を発揮した。上述のように、C末端の置換された核内受容体アイソフォームは、野生型受容体に対してドミナントネガティブに作用する点でも共通性を有しているため、ERcxでも同様の可能性について検討を行った。その結果、興味深いことにERcxは、ERに対してでも、C末を欠失したER変異体であるER1-530、ER1-481に見られるようなER、ER双方に対してでもなく、ERに対して選択的にドミナントネガティブ作用を発揮することが明らかになった。同時に、ER/ERcx、ER/ERcxヘテロダイマーの形成の可能性についてGST-pull downアッセイにて調べたところ、ERcxはERとよりも、よりERと結合親和性を有することがわかった。ERcxのERに対するドミナントネガティブ作用のメカニズムとしては、ER/ERcxヘテロダイマーの形成によりERのEREへの結合が阻害され、その結果リガンド依存的なERを介した転写活性が抑制されると考えられる。

 以上、本論文は新規エストロゲン受容体ER、ERcxのクローニング、及び発現機能解析を行い、ER間でのクロストークの可能性を明らかにした。本研究は、従来考えられてきたリガンド依存的なon/offによる、ERを介したエストロゲン作用機序の他に、ER、ERcxも含めたER間でのクロストークによる、より複雑なエストロゲン作用メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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