学位論文要旨



No 114559
著者(漢字) 比企,直樹
著者(英字)
著者(カナ) ヒキ,ナオキ
標題(和) 単球による循環性endotoxinの排除機構の解明 : 敗血症時に減少したmembrane CD14の役割を代償するsoluble CD14の意義
標題(洋)
報告番号 114559
報告番号 甲14559
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1479号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,和彦
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 斉藤,英昭
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 助教授 三村,芳和
内容要旨 内容の要旨背景:

 循環性のendotoxinの排除はhigh density lipoprotein,bactericidal permeability increasing-protein,抗endotoxin抗体,transferrinなどの液性,そして肝臓などの臓器細胞,循環血液細胞などの細胞性といった2つの因子が協調することでなされる.このうち,単球によるendotoxin排除については未解決な部分が多い.

 数多い単球表面のendotoxin receptorの中でもmembrane CD14(mCD14)は単球によるendotoxin結合・取り込み,endotoxin刺激伝達における中心的receptorであると考えられている.敗血症時には健常時に比べてmCD14の発現が低下するが,その一方で,血清に存在するsoluble CD14(sCD14)は増加する.また,単球表面のmCD14を発現しない病態として発作性夜間血色素尿症(PNH)が知られている.

 この研究の目的は,1)単球上にmCD14を発現している健常人,発現が減少していると推測される敗血症患者,全く発現のないPNH患者の細胞性endotoxin排除能(Endotoxin Elimination Capacity:EEC)をex vivoにて明らかにすること;2)EECとendotoxin結合・取り込み能,endotoxinによるcytokine分泌能の関係を評価すること;3)単球より分泌されるsCD14のEECに与える影響を調べることである.

材料と方法:

 13人の敗血症患者(APACHE IIscore:17.3±1),1人のPNH患者(敗血症時,急性胆嚢炎時,健常時に観察)を対象とし,コントロールとして15人の健康成人を用いた.末梢血単核球(PBMCs)をこれらの対象より分離後,PBMCsのEEC,endotoxin結合・取り込み能,cytokine刺激分泌能を調べた.EEC:2X106個のPBMCsに1ng/mlのEndotoxin(E.coli055:B5)を加え,経時的に上清中のendotoxin値の変化をLimulus Amebocyte Lysate-testによって測定した.Negative controlとして膵癌,大腸癌,肝芽腫培養細胞を用いた.EECにおけるCD14の役割を抗CD14抗体(MEM18)を用いて調べた.上清中cytokineおよびsCD14値の測定:IL-6,TNF-,sCD14値はELISAキットにて測定した.endotoxin結合・取り込み能:FITC-labeled LPS(E.coli 055:B5)の単球結合・取り込み能をFACScanにて解析した.単球表面のHLA-DRおよびCD14は発現の評価:RPE標識抗CD14抗体,FITC標識HLA-DR抗体でPBMCsの染色をおこない,FACScanで細胞表面receptorの発現を評価した.データはmeans±SEにて表した.統計解析はStudent’s t-testにて行った.p<0.05をもって統計学的有意とした.

結果:

 EEC:PBMCsは細胞数,時間依存性に1ng/mlのLPSを排除した(図1).Negative controlではEECはほとんど認められなかった.敗血症患者のEECは健康成人のそれと同じ程度であり,抗CD14抗体は健常者と敗血症患者の区別なくEECを抑制した(表1).PNH患者のEEC:敗血症をともなった時期のPNH患者のEECは健常者および他の敗血症患者と変わりはなかった(図2).これに反して,同じPNH患者の健康な時期のEECはわずか5.1%であり,胆嚢炎回復期では24.6%であった.FITC endotoxin結合・取り込み能:敗血症患者と健常者では結合・取り込み能に差はなかった(表1).抗CD14抗体はこれらの結合・取り込み能を全て低下させた.Negative controlのendotoxin結合・取り込み能はほとんど認められなかった.PNH患者単球のFITC endotoxin結合・取り込み能:PNH患者のendotoxin結合・取り込み能は炎症の重症度と比例して上昇した.Cytokine分泌能:PBMCsはendotoxin刺激でTNF-,IL-6を時間依存性に分泌し,敗血症患者と健常者に分泌の差はなかった.MEM18はこれらの分泌をほぼ完全に抑制した.sCD14分泌能:endotoxin刺激によるPBMCsによるsCD14分泌は健常人では4.5±0.4ng/mlであるのに対して,敗血症患者では20.1±2ng/mlであった.

単球表面のmCD14の発現:

 mCD14は,敗血症では53.5±7%,PNH患者では0.32%と健康成人の93.6±1%と比べて著明に減少した.

図1.Specificity and time scale of the endotoxin elimination capacity (EEC)of PBMCs from healthy volunteers.Different numbers of PBMCs were incubated with the 1 ng/ml of smooth LPS and the changes of EEC determined by the LAL-test are expressed with % EEC on the ordinate,whereas the abscissa represents the time scale in h.(O)2x106 of PBMCs from 15 healthy volunteers,(◆)2x105PBMCs from 10 healthy volunteers,(●)2x104PBMCs from 7 healthy volunteers,(▽)2x106of pancreatic cancer cell line:SW1116(n=3),(▲)2x106of colorectal cancer cell line(n=3):HT29,(◇)2x106of hepatoblastoma cell line (n=3):Hep G2.図2.EEC of a patient suffering from paroxysmal noctumal hemoglobinuria (PNH)with different clinical states.2x106of PBMCs from a patient suffering from PNH with different clinical status were incubated with the 1 ng/ml of smooth LPS(E.coli,055:B5).The changes of EEC determined by the LAL-test are expressed with % EEC on the ordinate,whereas the abscissa represents the time scale in h.(O)2x106of PBMCs from 15 healthy volunteers,(▲)2x106of PBMCs from PNH patient with septic state,(△)2x106of PBMCs from PNH patient with recovery state from acute cholecystitis.(◆)2x106PBMCs from PNH patient with healthy state.表1.Conparison of EEC of PBMCs and FITC-LPS binding by human monocytes between healthy and septic states

 検討:mCD14receptorは,単球のendotoxin結合・取り込みやendotoxin細胞刺激伝達系に最も重要なreceptorである.本研究で明らかにしたように,敗血症患者の単球表面のmCD14の発現は有意に減少していた.それにもかかわらず健常者と敗血症患者間ではEEC,およびendotoxin結合・取り込み,cytokine分泌能に差はなかった.一方,sおよびmCD14の抗体であるMEM18はこれらのすべてのendotoxin-細胞間反応を敗血症,健常人の両群で完全に阻害した.そして,PNH患者はmCD14を発現しないにもかかわらず敗血症の時期は,健常人や,他の敗血症患者と同等のEECを示した.敗血症患者PBMCsのsCD14分泌は健常人と比較して増加しており,敗血症時のPNH患者血清中のsCD14も同患者の健常時に比較して高値を示した.

 まとめ:EECをはじめとするendotoxin-単核球間の反応には少なくとも2つの機構が関与している:1)健康状態ではmCD14がendotoxin排除に中心的なreceptorである;2)敗血症では(敗血症時のPNHを含む),sCD14が分泌増加することでmCD14の役割を代償する.

審査要旨

 本研究は敗血症時の単球による循環性endotoxinの排除機構におけるCD14の役割を明らかにするために,敗血症患者のヒト単核球(PBMCs)を用いて,下記の結果を得ている.

 1.健常人のヒト単核球は細胞数,時間依存性に1ng/mlのendotoxinを排除し,著者はこれを健常人のEEC(Endotoxin elimination capacity)と名付けた.敗血症患者のEECは健常人のEECのそれと同程度であることが示された.両グループにおけるFITC endotoxin結合・取り込み能,サイトカイン産生能に差はなく,何れの反応も抗CD14抗体によって抑制された.抗CD14抗体は健常人と敗血症患者の区別なくEEC,FITC endotoxin結合・取り込み能,サイトカイン産生能を抑制したことで,両グループのendotoxin-単核球反応におけるCD14 receptorの重要性が示された.

 2.敗血症患者の単球上membrane CD14(mCD14)の発現は健常人に比べて減少していることが示された.したがって,ここまでの結果よりendotoxin-単核球反応における機構は以下の2つとなると考察される;1)減少したCD14が十分な機能を持っているためにEECなどが敗血症でも変わらない,もしくは2)mCD14以外の物質がmCD14様の働きを持って、この働きを代償する.

 3.以上を確かめる為に著者はmCD14をはじめとする血球表面のGPI anchor蛋白を全く持たない発作性夜間血色素尿症(PNH)患者血球のEEC,FITC endotoxin結合・取り込み能を調べた.PNH患者のEEC,FITC endotoxin結合・取り込み能は炎症の重症度に比例して上昇したことから,mCD14以外の物質の分泌が炎症によって惹起されることが示された.

 4.敗血症という病態によってsCD14分泌が健常人に比して約5倍の分泌増加が成されることが示された.また,MEM18とういう抗CD14抗体はmCD14のみらず,sCD14の働きも阻害する特徴をもつことから,炎症によって分泌され,mCD14の役割を代償した物質がsCD14であることが示された.

 以上,本論文はEECをはじめとするendotoxin-単核球間の反応には少なくとも2つの機構が関与することが示された;1)健康状態ではmCD14がendotoxin排除などのendotoxin-単核球間の反応に中心的receptorであること,2)敗血症では(敗血症のPNHも含めた)sCD14が分泌増加することでmCD14の役割を代償する.本研究ではこれまであまり研究の成されていなかった敗血症時のendotoxin-PBMCs反応の機構解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54719