学位論文要旨



No 114561
著者(漢字) 阿部,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ヒデキ
標題(和) Insulin receptor substrate-1欠損マウスにおける血圧・脂質代謝に関する研究
標題(洋)
報告番号 114561
報告番号 甲14561
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1481号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 講師 堀江,重郎
 東京大学 講師 宮田,哲郎
内容要旨

 本研究は、インスリン抵抗性の動物モデルであるIRS-1欠損マウスを用い、インスリン抵抗性を中心とする病態において粥状動脈硬化症に対する複数の危険因子の重積を認めるか否かを明らかにした。既に報告されているように、本マウスを野性型と比較すると、グルコース負荷試験では負荷前・負荷後の血漿インスリン値が二倍程度で有意に高い。またインスリン負荷試験は、負荷後の血糖値低下が有意に軽度で、インスリン感受性の低下を認める。なお、肥満及び耐糖能異常は認められない。

 無麻酔・拘束下に、尾動脈において測定した収縮期血圧の値は、homozygous群がwild-type群より有意に高値であった(147±11vs123±24mmHg,p<0.01)。一方、無麻酔・非拘束下の収縮期・拡張期血圧、ならびに平均血圧の値は、すべてhomozygous群がwild-type群より有意に高値であった。つまり、収縮期/拡張期の値は、homozygous群が132±14/89±16mmHg、wild-type群の値が119±15/79±12mmHgであった。平均血圧はhomozygous群の値が110±12mmHgで、wild-type群の値99±10mmHgより有意に高値であった(p<0.01)。

 動脈血圧上昇のメカニズムを明らかにする目的でIRS-1欠損マウスの大動脈における血管内皮依存性弛緩反応を検討したところ、homozygous群における反応が、wild-type群の反応より有意に減弱していた(p<0.01ないしp<0.05,図1)。一方、内皮非依存性に血管平滑筋に弛緩反応の効果を示す、sodium nitroprusside(SNP)による弛緩反応において、両群間で有意差は認められなかった。

 絶食6時間後のhomozygous・群の血漿中性脂肪値は、各時期においてwild-type群に比べ有意に高値であった。homozygous群の値はwild-type群の、生後2-3カ月が1.6倍(homozygous/wild-type;51.2±23.8/33.1±19.8mg/dl)、生後4-5カ月が1.7倍(homozygous/wild-type:47.9±19.3/28.4±8.0mg/dl)、生後6-12カ月が1.6倍(homozygous/wild-type;53.1±22.5/33.8±6.7mg/dl)であった。血漿総コレステロール値・血漿遊離脂肪酸値は、両群の間で有意な差は認められなかった。リポ蛋白のHPLC分析により測定されたHDLコレステロールの値は、homozygous群がwild-type群に比べ有意に低値であった(homozygous/wild-type:54.7±7.6/68.9±8.5mg/dl)。

 脂肪負荷試験を行ったところ、homozygous群の血漿中性脂肪値の上昇は、負荷前ならびに負荷後1,2,3,5時間においていずれも有意に高値であった。負荷前値を1として各時間の値をfoldで示すと、負荷2,3時間後においてhomozygous群はwild-type群に比べ有意に高値であった(p<0.02,図2)。

 絶食6時間後にヘパリンを静注したのち、血漿におけるリポ蛋白リパーゼ活性値は、homozygous群がwild-type群より有意に低値であった(p<0.01)。また、脂肪組織中におけるリポ蛋白リパーゼの活性値は、血漿と同様にhomozygous群がwild-type群より有意に低値であった(p<0.05)。

 大動脈壁中のコレステロールエステル量は、homozygous群とwild-type群の間に有意差が認められなかった。また、高コレステロール食を3カ月間負荷した後の比較においても、両群のコレステロールエステル量は、homozygous群、wild-type群間に有意差は認められなかった

 本研究で得られた結果によれば、インスリン抵抗性を有する動物モデルは、血管内皮依存性弛緩反応が減弱する病態を基本的に有すると考えられた。血管内皮依存性弛緩反応の減弱など血管内皮機能の障害は、高血圧の発症など粥状動脈硬化症発症に緊密に関係するはずで、実際今回の動物モデルにおいて血圧の上昇が認められた。

 また主にリポ蛋白リパーゼ活性の低下に起因して、血漿中性脂肪値の上昇及びHDLコレステロール値の低下が認められた。従来よりインスリン抵抗性は、冠血管障害に対する危険因子を複数重積させることが知られており、このうち高中性脂肪血症や低HDLコレステロール血症がインスリン抵抗性に関与していることが明らかとなった。

 インスリン抵抗性は、血漿中性脂肪値を上昇させ、血漿HDLコレステロール値を低下させるとともに血管内皮機能を障害し、インスリン抵抗性患者における粥状動脈硬化症に対する危険因子に関与すると考えられた。

図1 血管内皮依存性弛緩反応図2 脂肪負荷試験
審査要旨

 本研究は、インスリン抵抗性の動物モデルであるIRS-1欠損マウスを用い、インスリン抵抗性を中心とする病態において粥状動脈硬化症に対する複数の危険因子の重積を認めるか否かを明らかにする目的で行われ、下記の結果を得ている。

 1.無麻酔・拘束下に、尾動脈において測定した収縮期血圧の値は、homozygous群がwild-type群より有意に高値であった(147±11vs123±24mmHg,p<0.01)。一方、無麻酔・非拘束下の収縮期・拡張期血圧、ならびに平均血圧の値は、すべてhomozygous群がwild-type群より有意に高値であった。つまり、収縮期/拡張期の値は、homozygous群が132±14/89±16mmHg、wild-type群の値が119±15/79±12mmHgであった。平均血圧はhomozygous群の値が110±12mmHgで、wild-type群の値99±10mmHgより有意に高値であった(p<0.01)。

 2.動脈血圧上昇のメカニズムを明らかにする目的でIRS-1欠損マウスの大動脈における血管内皮依存性弛緩反応を検討したところ、homozygous群における反応が、wild-type群の反応より有意に減弱していた(p<0.01ないしp<0.05)。一方、内皮非依存性に血管平滑筋に弛緩反応の効果を示す、sodium nitroprusside(SNP)による弛緩反応において、両群間で有意差は認められなかった。

 3.絶食6時間後のhomozygous群の血漿中性脂肪値は、各時期においてwild-type群に比べ有意に高値であった。homozygous群の値はwild-type群の、生後2-3カ月が1.6倍(homozygous/wild-type;51.2±23.8/33.1±19.8mg/dl)、生後4-5カ月が1.7倍(homozygous/wild-type:47.9±19.3/28.4±8.0mg/dl)、生後6-12カ月が1.6倍(homozygous/wild-type;53.1±22.5/33.8±6.7mg/dl)であった。血漿総コレステロール値・血漿遊離脂肪酸値は、両群の間で有意な差は認められなかった。リポ蛋白のHPLC分析により測定されたHDLコレステロールの値は、homozygous群がwild-type群に比べ有意に低値であった(homozygous/wild-type:54.7±7.6/68.9±8.5mg/dl)。

 4.脂肪負荷試験を行ったところ、homozygous群の血漿中性脂肪値の上昇は、負荷前ならびに負荷後1,2,3,5時間においていずれも有意に高値であった。負荷前値を1として各時間の値をfoldで示すと、負荷2,3時間後においてhomozygous群はwild-type群に比べ有意に高値であった(p<0.02,図2)。

 5.絶食6時間後にヘパリンを静注したのち、血漿におけるリポ蛋白リパーゼ活性値は、homozygous群がwild-type群より有意に低値であった(p<0.01)。また、脂肪組織中におけるリポ蛋白リパーゼの活性値は、血漿と同様にhomozygous群がwild-type群より有意に低値であった(p<0.05)。

 6.大動脈壁中のコレステロールエステル量は、homozygous群とwild-type群の間に有意差が認められなかった。また、高コレステロール食を3カ月間負荷した後の比較においても、両群のコレステロールエステル量は、homozygous群、wild-type群間に有意差は認められなかった。

 以上、本論文はインスリン抵抗性を有する動物モデルが血管内皮依存性弛緩反応が減弱する病態を基本的に有し、血圧が上昇することを明らかにした。また主にリポ蛋白リパーゼ活性の低下に起因して、血漿中性脂肪値の上昇及びHDLコレステロール値の低下が認められ、インスリン抵抗性を中心とする病態において重積する冠血管障害に対する危険因子のうち、これらがインスリン抵抗性に関与していることが明らかとなった。本研究はこれまで病態生理に至るまで言及されていなかった、インスリン抵抗性を中心とする症候群の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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