学位論文要旨



No 114566
著者(漢字) 野澤,宏彰
著者(英字)
著者(カナ) ノザワ,ヒロアキ
標題(和) IRF-1の癌抑制機能の解析 : ヒト消化器癌における遺伝子解析、ならびにIRF-1,p53両遺伝子欠損マウスを用いたin vivo及びin vitro解析
標題(洋)
報告番号 114566
報告番号 甲14566
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1486号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 講師 高橋,悟
 東京大学 講師 真船,健一
内容要旨 背景、目的

 癌は、遺伝子レベルでの異常により発生すると考えられている。現在までに、癌化に関与する遺伝子が多数同定され、個々の癌遺伝子あるいは癌抑制遺伝子についてその機能の解析がなされてきた。しかしながら、これらの遺伝子産物がどのように相互に機能を分担、補足あるいは重複して、癌化を制御しているのかについて検討した研究は少ない。

 インターフェロン系の転写制御因子として同定されたIRF-1は、in vitroの実験から、トランスフォーメーションの抑制、アポトーシスの誘導、細胞周期の調節などに関与し、癌抑制因子としても機能することが明らかとなりつつある。ヒトの癌の発症への関与については、現在までのところ、骨髄異形成症候群や白血病などにおいてIRF-1の遺伝子欠失やmRNAのエクソンスキッピングなどの異常が認められているものの、他臓器の癌については解析はあまりなされていない。しかし最近、胃癌、食道癌などでIRF-1 locusでのヘテロ接合性の喪失(LOH)が高率に発見され、これらの癌の発症に関与する遺伝子の候補としてIRF-1が注目されるようになった。本論文の第1部では、ヒト胃癌9例でIRF-1遺伝子の解析を行い、うち1例で点突然変異を見出した。また同定された変異型IRF-1の機能について解析し、同定された変異が腫瘍の発生、進展に関与した可能性について検討した。

 またIRF-1欠損マウスの腫瘍発生については十分には解析されておらず、個体レベルでのIRF-1の腫瘍抑制における役割については長い間不明であった。一方で細胞レベルでは、上に述べたように多岐にわたる機能を有しており、p53の機能と重複する点も多く、協調的に機能することも明らかとなっている。そこで本論文の第2部では、IRF-1の生体内での機能を特にp53との関連において検討する目的で、IRF-1とp53を同時に欠損させたマウスを作成した。このマウスを用いて、IRF-1,p53両欠損による個体レベル、細胞レベルの異常を分析し、両因子による腫瘍の抑制機構をより詳細に検討した。

第1部胃癌におけるIRF-1遺伝子の解析方法と結果

 IRF-1 locusでのLOHが確認された分化型胃癌9例を対象とし、IRF-1遺伝子のエクソン2〜8についてSSCPおよびDNAシークエンス解析を行った。SSCP解析により、1例でIRF-1遺伝子のエクソン2に異常があることが推測された。そこで、その領域の塩基配列を解析したところ、腫瘍DNAに特異的にコドン8のATGからTTGへの点突然変異(アミノ酸でメチオニンからロイシンへの変異)が同定された。

 変異が、IRF-1の転写因子としての機能にどのような影響を及ぼすかを検討するために、野生型IRF-1と変異型IRF-1の発現ベクターを構築し、IRF-1の結合部位を含むプローモーターを上流に持つルシフェラーゼ遺伝子(p-125luc)をレポーター遺伝子としたトランスフェクション実験を行った。その結果、変異型IRF-1の転写活性化能は野生型IRF-1に比べて著明に低下していた。

 さらに増殖抑制機能について検討するため、野生型と変異型IRF-1をレトロウイルスによって発現させたNIH 3T3細胞の細胞周期を解析した。野生型IRF-1を発現した細胞では、コントロールに比べてS期が29.2%から17.6%に低下し、G2/M期は19.0%から31.4%に上昇していた。ところが変異型IRF-1を発現した細胞では、S期は23.2%にまでしか低下を示さず、G2/M期にある細胞の割合も26.5%にとどまっていた。

考察、結論

 分化型胃癌では、第5染色体長腕のLOHが30〜60%に認められるが、5q21.1にマップされる癌抑制遺伝子APCの変異の頻度は0〜7%にすぎず、その近傍に他の原因遺伝子の存在が示唆される。しかし最近マイクロサテライト解析で分化型胃癌の16%でIRF-1 locusでのLOHが認められることが明らかとなってきた。今回、分化型胃癌1例で同定されたコドン8におけるミスセンス変異は、転写活性化能を著しく低下させる変異であった。また変異型IRF-1による細胞増殖の抑制効果も野生型の約50%に減弱していることが明らかとなった。従って、同定された変異はこの症例での胃癌の発生、進展に関与している可能性が示された。残る8例については、IRF-1以外の遺伝子が関与していた可能性が高いと推察される。

第2部IRF-1,p53両欠損マウスにおける腫瘍発生機構の解析方法と結果

 1.IRF-1,p53両欠損マウスにおける腫瘍発生の促進

 はじめに、野生型、IRF-1欠損、p53欠損、IRF-1,p53両欠損マウスの、生後200日以内での腫瘍の自然発生率を比較した。野生型マウスでの腫瘍発生はなく、IRF-1欠損マウスでは、2%に悪性線維性組織球腫が特徴的に認められた。これに対して、p53欠損マウスでは56%に腫瘍の発生をみたが、IRF-1,p53両欠損マウスでは、96%が腫瘍により死亡した(図1)。

図1野生型、IRF-1欠損マウス、p53欠損マウスおよびIRF-1、p53両欠損マウスの生存曲線。

 次に、IRF-1,p53両欠損マウスの腫瘍の特徴をp53欠損マウスと比較した。1個体に複数の腫瘍が発生する頻度は、p53欠損マウスで7%であるのに対して、IRF-1,p53両欠損マウスでは49%であった。さらに組織学的には、p53欠損マウスでは胸腺リンパ腫が過半数を占めるのに対して、IRF-1,p53両欠損マウスでは全身性リンパ腫、血管肉腫、精巣奇形腫など種々の肉腫もしばしば認められ、神経節神経芽腫なども認められた。

 2.免疫学的異常による影響について(発生工学的アプローチ)

 IRF-1欠損マウスでは、ナチュラルキラー(NK)細胞が消失していることが知られている。NK細胞は腫瘍免疫に重要な役割を果たしており、この効果がp53欠損マウスでの腫瘍発生の表現型を強調している可能性も残されている。受精卵凝集法により作製したIRF-1,p53両欠損←→p53欠損キメラマウスを用いれば、免疫系などの環境をそろえて、体を構成するIRF-1,p53両欠損細胞とp53欠損細胞のどちらがより癌化しやすいかを検討することが可能である。この方法で作製したマウスでは、2種類の細胞が各臓器でキメラの状態となっていたが、発生した腫瘍の遺伝子型の検索では、IRF-1,p53両欠損の腫瘍の方がp53欠損の腫瘍よりも数が多かった。従って、p53欠損細胞に比べて、IRF-1,p53両欠損細胞はそれ自身でより癌化しやすい性質を獲得していることが示された。

 3.IRF-1,p53欠損細胞が示す種々の異常

 次に細胞レベルでは、IRF-1,p53が両方欠損することで、以下のような癌化につながる異常が生じていることが見出された。

 3-1.遺伝子変異率の上昇

 遺伝子の変異率を、ウワバイン耐性コロニー数によって野生型、IRF-1欠損、p53欠損、およびIRF-1,p53両欠損EFで検討した。シスプラチン処理をおこなった場合、野生型、IRF-1欠損EFではコロニーの出現をみないが、p53欠損EFでは、105細胞あたり平均4.8個のウワバイン耐性コロニーが出現した。これに対してIRF-1,p53両欠損EFでは、コロニー数は平均20.2個に増加していた。MNNGで処理した場合、野生型、IRF-1欠損EFではコロニーは出現せず、p53欠損EFでは、105細胞あたり平均0.3個、IRF-1,p53両欠損EFでは平均15.8個のウワバイン耐性コロニーが出現した。

 3-2.細胞増殖の異常

 脾臓リンパ球、およびEFの増殖について検討を行った。脾臓リンパ球をコンカナバリンAで刺激した場合、野生型とp53欠損リンパ球では同程度の増殖能を示したが、IRF-1欠損リンパ球では、刺激後1週間にわたって増殖の亢進が持続していた。さらにIRF-1,p53を両方欠損したリンパ球はより亢進した増殖能を示した。一方、EFでは、野生型とIRF-1欠損EFの増殖曲線はほぼ同様のパターンを示した。これに対して、p53欠損EFは、より速やかな増殖をしめし、細胞飽和密度も上昇していた。さらにIRF-1,p53両欠損EFは、対数増殖期での増殖速度はp53欠損EFと同程度であるが、最終的な細胞飽和密度は、p53欠損EFに比してさらに上昇していた。

 4.転写因子IRF-1,p53の共通の標的の検索

 3.で示された結果をふまえ、このような細胞レベルでの異常を引き起こす因子がIRF-1,p53の共通の標的である可能性があると考え、DNA修復や細胞周期を制御する因子の発現を検討した。

 まずシスプラチンによる変異率の上昇からは、IRF-1,p53両欠損細胞におけるヌクレオチド除去修復の不全が示唆されるので、これに関与する既知の因子の発現を各遺伝子型のEFで比較したが、特に発現に差のあるものはなかった。またMNNGによる変異率の上昇からは、O6-メチルグアニンDNAメチルトランスフェラーゼ(MGMT)、あるいはメチルプリンDNAグリコシラーゼ(MPG)などの塩基除去修復の機能不全が示唆されるので、これらの遺伝子発現を各遺伝子型のEFで比較した。MPGは各EFで同程度に発現しており、一方、MGMTの発現、誘導はp53に依存するが、IRF-1欠損による影響は認められなかった。

 細胞増殖の亢進からは、細胞周期を調節する因子の発現異常が疑われた。そこで各サイクリンD,E、Rb、cdk2,4,6およびサイクリン依存性キナーゼ抑制因子p16INK4a、p19INK4d、p19ARF、p27などの発現を各遺伝子型のEFで検討したが、IRF-1の欠損に伴って、特に発現量に差が生じているものはなかった。

考察、結論

 1.マウスの生存率の解析および病理組織学的な検討の結果から、IRF-1,p53両欠損マウスでは、p53欠損マウスに比べて、腫瘍の発生時期、発生数とも促進されており、組織型も多種類に及んでいることが明らかとなった。

 2.IRF-1,p53両欠損←→p53欠損キメラマウスでの腫瘍の遺伝子型を検索するという方法により、純粋にIRF-1,p53両欠損細胞そのものが、p53欠損細胞に比べてより癌化しやすい性質を獲得していることが示された。これは個体レベルでの腫瘍発生の促進が、細胞レベルでの腫瘍化能の上昇に基づくことを示唆している。

 3.IRF-1,p53両欠損は、個体での腫瘍発生の促進、細胞レベルでの遺伝子変異率の著明な上昇、異常な細胞増殖などの性質をもたらすが、着目すべきことに、これらはIRF-1あるいはp53欠損単独の効果の単なる足し合わせでは説明ができない。従って、IRF-1とp53はin vivo、in vitro両方で腫瘍の抑制に関して協調的に機能することが示唆される。その共通の標的分子については明らかではないが、IRF-1による癌抑制は、現在までに知られているp53あるいはp16依存性経路などとは異なった経路によって行われていることが推論される。

審査要旨

 本研究は、インターフェロン系の転写調節因子として同定されたIRF-1の癌抑制機能を解析するため、ヒト胃癌のDNAサンプルでのIRF-1遺伝子の解析と、IRF-1,p53両遺伝子欠損マウスを用いて、細胞および個体レベルでのIRF-1の機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.第1部の、ヒト癌サンプルでの解析では、IRF-1 locusでのLOHが認められた分化型胃癌9例のうち1例で、腫瘍DNAに特異的な、コドン8のATGからTTGへの点突然変異(アミノ酸でメチオニンからロイシンへの変異)を同定した。野生型IRF-1と変異型IRF-1の発現ベクターを構築し、IRF-1の結合部位を含むプローモーターを上流に持つルシフェラーゼ遺伝子(p-125luc)をレポーター遺伝子としたトランスフェクション実験を行った結果、変異型IRF-1の転写活性化能は野生型IRF-1に比べて著明に低下していた。さらに野生型と変異型IRF-1をレトロウイルスによってNIH 3T3細胞に発現させ細胞周期を解析した結果、変異型IRF-1による細胞増殖の抑制効果は野生型の約50%に減弱していることが明らかとなった。従って、同定されたIRF-1遺伝子の変異がこの症例での胃癌の発生、進展に関与している可能性が示された。

 2.第2部のIRF-1,p53両遺伝子欠損マウスを用いた解析では、まず、野生型マウスで腫瘍の自然発生はなく、IRF-1欠損マウスでも2%にしか腫瘍(悪性線維性組織球腫が特徴的)が認められなかった。これに対して、p53欠損マウスの56%に腫瘍の発生が認められ、IRF-1,p53両欠損マウスでは96%が腫瘍により死亡した。IRF-1,p53両欠損マウスにおける腫瘍発生の促進は、p53欠損マウスに比べて1個体に複数の腫瘍が発生する頻度が7倍に上昇すること、腫瘍の組織型が多種類にわたる(全身性リンパ腫、血管肉腫新規、精巣奇形腫など種々の肉腫の出現頻度の上昇、神経節神経芽腫などの新規の腫瘍の出現)という特徴があることが明らかとなった。

 一方で、IRF-1欠損マウスにナチュラルキラー(NK)細胞の消失をはじめとする種々の免疫学的異常が報告されている。そこで、これらの異常によってp53欠損マウスでの表現型が強調されて腫瘍発生が促進されている可能性を考慮して、受精卵凝集法によりIRF-1,p53両欠損←→p53欠損キメラマウスを作製し、免疫系などの環境をそろえた条件下で、体を構成するIRF-1,p53両欠損細胞とp53欠損細胞のどちらがより癌化しやすいかを検討した。その結果、IRF-1,p53両欠損の腫瘍の方がp53欠損の腫瘍よりも数が多かった。以上から、p53欠損細胞に比べて、IRF-1,p53両欠損細胞はそれ自身でより癌化しやすい性質を獲得していることが示された。

 さらに、IRF-1,p53両遺伝子の欠損によって、細胞にどのような異常が引き起こされるかを検討し、シスプラチン、MNNG処理による遺伝子変異率の上昇がIRF-1,p53両欠損EF(胎児線維芽細胞)で特に顕著になっていること、さらに細胞飽和密度が、p53欠損EFに比べて1.3倍に上昇していたことが明らかとなった。これらの異常から、分子レベルではDNA修復(ヌクレオチド除去修復、塩基除去修復、O6-メチルグアニンDNAメチルトランスフェラーゼ(MGMT)による直接的な修復)および細胞周期の制御のさらなる異常がIRF-1,p53両欠損細胞で生じていることが考えられた。しかしながら、これらの修復に関わる因子およびp16INK4a/サイクリンD/Rb依存性経路に関わる分子などの発現を各遺伝子型のEFで比較したが、IRF-1の欠損により変化するものはなかった。

 これまで細胞を用いた実験で、IRF-1が癌抑制因子として機能することが推測されていた。本論文の第1部では、ヒト癌では骨髄異形成症候群や白血病などでしか知られていなかったIRF-1の異常に関して、消化器癌(分化型胃癌)ではじめて点突然変異を見い出し、その癌の発生、進展に関わる可能性について検討した。また、本論文の第2部では、p53欠損とIRF-1,p53両欠損との個体レベル、細胞レベルでの比較検討により、IRF-1が新たにDNA修復に関与することや、p53およびp16INK4a/サイクリンD/Rb依存性経路とは異なる新たな細胞増殖の制御機構を担っていることが示唆されただけでなく、IRF-1が免疫異常とは独立した側面で、p53など他の重要な癌抑制遺伝子と協調して腫瘍の抑制に働き、IRF-1が欠損することは腫瘍の発生時期や頻度、種類、および予後を大きく左右する可能性があることが明らかとなった。本研究ではこれまで解明されていなかった生体でのIRF-1の癌抑制機能を明らかにしたものであり、今後の癌研究の発展に大きく貢献するものと考えられる。従って、学位の授与に十分値するものと考えられる。

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