学位論文要旨



No 114567
著者(漢字) 藤井,真
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,シン
標題(和) CEAmRNAを用いた胃癌腹膜播種再発の予測
標題(洋)
報告番号 114567
報告番号 甲14567
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1487号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 講師 川邊,隆夫
 東京大学 講師 瀬戸,泰之
内容要旨

 進行胃癌の多くは切除術が施行されても数年以内に腹膜播種再発、肝転移、リンパ節再発などにより不幸な転帰をとる。その原因としては手術時にすでに臨床的・理学的に検知されないミクロレベルでの癌細胞が存在することが考えられる。これらの微小転移を可能な限り早い段階で検知することは今後の進行癌の治療戦略において重要である。腹腔内微小転移の検出については、腹腔内洗浄液の細胞診が1970年代後半より各施設で施行されているが検出感度が低いことが重大な問題である。近年、Reverse transcriptase-polymerase chain reaction(RT-PCR)法によりごく少数の癌細胞の存在を検出することが可能となった。本研究では腹腔内洗浄液中のCEAmRNAを標的としたRT-PCR法により腹腔内の遊離胃癌細胞を検出し,腹膜播種再発・予後との関連を検討した。また細胞診による方法、CEAなど癌関連抗原の蛋白による方法についても腹膜播種再発との関連をあわせて比較検討した。

【対象】

 :東京大学医学部附属病院第一外科にて1995年5月より1998年2月の期間に開腹手術を受けた74名の胃癌患者を対象とした。観察期間は6-39か月で平均21.5か月であった。5種のヒト胃癌細胞株(MKN1,MKN28,MKN45,MKN74,KATOIII)を予備実験に用いた。

【実験1】

 目的と方法:免疫組織染色法により原発巣のCEA産生を検索した。

 結果:74例中71例(96%)でCEA産生がみられた。

【実験2】

 目的と方法:5種のヒト胃癌細胞株のCEAmRNA発現を調べ、さらにMKN45・MKN74細胞株を用いこの手法の検出感度を調べた。また正常腹腔内洗浄液中に存在する腹膜中皮細胞、顆粒球、リンパ球のCEAmRNAの発現を調べた。細胞株は細胞数106個に調整した。さらにMKN45・MKN74株については10倍単位で希釈をし、106、105、104、103、102、101、100、0個に調整した。また腹膜中皮細胞、顆粒球、リンパ球もそれぞれ106個に調整した。ISOGEN-LS RNA extraction buffer(Nippon Gene)を用いmRNAを抽出し、さらにReady To Go T-primed First-Strand Kit(Pharmacia Biotech)を用いcDNAを合成した。CEAに特異的なプライマーA,B,Cを作製しnested PCRを行った。131bpのバンドが視認されたものを陽性とした。

 結果:5種のヒト胃癌細胞株はすべてCEAmRNA陽性であった。また希釈系列ではMKN45株で101個、MKN74株で102個の細胞数でbandが確認された(図1)。腹膜中皮細胞、顆粒球、リンパ球ではCEAmRNAの発現はみられなかった。

図1細胞株による希釈実験
【実験3】

 目的:ダイレクトシークエンス法により今回のRT-PCR法により得られた131bpのbandがCEAの塩基配列を持つことを確認する。

 方法:MKN45細胞株のcDNAを鋳型として前記のプライマーA,Bを用いPCRを行った。PCR産物の精製後、非対称PCRをプライマー量比50:1で行った。一本鎖DNA増幅を確認し、SUPRECTM-02(Takara)を用いPCR産物を精製した。Chain-termination法により塩基配列を決定した。

 結果:ダイレクトシークエンスで得られた塩基配列はGeneBankより得られたCEAの塩基配列と同一であることが確認された。

【実験4】

 目的と方法:腹腔内洗浄液中のCEAmRNAにより腹腔内遊離癌細胞を検出し、腹膜播種再発・予後との関連を検索する。74例の胃癌患者のうち免疫組織染色で原発巣のCEA蛋白発現が確認された71例を対象とした。また対照として良性疾患5例(腹部大動脈瘤2例、潰瘍性大腸炎2例、クローン病1例)の腹腔内洗浄液中CEAmRNA発現も検討した。

 開腹直後に生理食塩水200mlをダグラス窩に注入し、その回収液を遠心後洗浄した。ISOGEN-LSを加えた後、実験2と同様の手順でCEAmRNAを抽出、cDNAを合成し、nested PCR行った。131bpのバンドがみられたものを陽性と判定した。生存率はカプラン-マイヤー法を用いて計算し、差の検定はログランク検定を用いた。

 結果:良性疾患5例はいずれもCEAmRNA陰性であった。CEA産生胃癌71例のうち28例(39%)でCEAmRNA陽性であった。陽性例はいずれも深達度ss以上であった。Stage,リンパ節転移、リンパ管侵襲、静脈侵襲とも関連がみられた。CEAmRNA陽性であった28例のうち開腹時肉眼的に腹膜播種が確認されなかった15例中9例が現在までに術後約1年で腹膜播種再発をした(平均観察期間11.5か月)。CEAmRNA陰性であった43例は現在まで1例も腹膜播種再発をしていない(表1)。開腹時肉眼的に腹膜播種が確認されず深達度ss以上の症例においてCEAmRNA陽性例は陰性例に比較し有意に生存率が低かった(p=0.0019)(図2)。

表1 CEAmRNA・細胞診と腹膜播種の関係図2 CEAmRNAと生存率曲線
【実験5】

 目的:腹腔内洗浄液の細胞診により、腹膜播種再発を予測しうるか検索する。

 方法:実験4と同様に検体を採取しPapanicolaou染色及びGiemsa染色により細胞診をおこなった。class lを陰性、class Vを陽性とした。細胞診の結果をCEAmRNA法と比較した。

 結果:71例のうち15例(21%)で細胞診陽性であった。陽性例はいずれも深達度ss以上であった。開腹時肉眼的に腹膜播種が確認されずその後腹膜播種再発した症例は9例あった。そのいずれもがCEAmRNA陽性であったのに対し細胞診では2例のみ陽性であった(表1)。細胞診陰性でCEAmRNA陽性であった症例は13例ありそのうち7例が腹膜播種再発した(表2)。開腹時肉眼的に腹膜播種が確認されなかった症例の腹膜播種再発を予測する手段としての感度、特異度、正確性はCEAmRNA法がそれぞれ100.0%、87.8%、89.7%、細胞診が22.2%、95.9%、84.5%であった(表3)。

表2 CEAmRNAと細胞診の関連表3 CEAmRNAと細胞診での腹膜播種を予測する手段としての感度・特異度・正確性の比較
【実験6】

 目的:胃癌に関連した腫瘍関連抗原CEA,CA19-9,CA125の腹腔内洗浄液中の蛋白濃度を測定し腹膜播種との関連を検索する。

 方法:開腹直後に生理食塩水200mlをダグラス窩に注入。その回収液中のCEA,CA19-9,CA125蛋白濃度をRIA法で測定した。CEAはセントリフローにて遠心濃縮した後、総蛋白量との比を用いた。

 結果:CEA蛋白は開腹時腹膜播種の見られた2例、及び腹膜播種再発した1例において顕著に上昇していたが全体としては腹膜播種再発を予測する因子とはなり得なかった。CA19-9,CA125については深達度・組織型などの臨床病理学的因子とまったく関連が見られなかった。腹膜播種、腹膜播種再発とも関連が見られなかった。

【考察】

 本研究ではCEAmRNAを標的としたRT-PCR法により腹腔内遊離胃癌細胞を検出し腹膜播種再発の予測が可能ではないかと考えた。ただしCEAにはCEA gene familyと呼ばれる多くの同種の遺伝子があり一部は顆粒球等でも発現しているため、偽陽性の結果を生み出しかねない。したがって今回それを避けるためにCEA特異的に増幅するようにデザインされたプライマーをPCRに用いた。

 今回、CEAmRNA陽性となった症例は28例あり、そのうち13例は開腹時すでに肉眼で腹膜播種が確認された。残り15例のうち9例は術後約1年で腹膜播種再発をした。残り6例のうち肝転移により死亡した1例を除いた5例は、術後約6か月から2年の期間観察しているが腹膜播種再発は見られていない。これには4通りの解釈ができる。1)観察期間が十分でない症例については今後腹膜播種再発が認められる可能性があること、あるいは既に腹腔内に癌細胞が増殖しているが臨床的に明らかになっていない可能性があること、2)腹腔内に存在する遊離癌細胞が必ずしも腹膜播種を形成するとは限らないこと、すなわち腹膜に接着し腫瘍を形成しなければならず、接着因子など複数の因子の関与が必要で、CEAmRNA陽性と腹膜播種形成が必ずしも直結しないこと、3)術後の化学療法により腹腔内の癌細胞が死滅した可能性があること、4)RT-PCR法においては避けて通れない異物の汚染・混入の可能性があることである。

 腹膜播種再発した9例のCEAmRNAは全例陽性だったのに対し、細胞診は2例のみ陽性でその感度に大きな差があった。腹膜播種再発を予測する手段としての細胞診の感度は22.2%とCEAmRNA法の100%に比較し著明に低かった。。

 またCEA蛋白については、これにより腹膜播種を予測することはできないと考えられた。他の腫瘍関連抗原CA19-9,CA125についても臨床病理学的因子とは関連がなく術後腹膜播種再発を予測する手段としては有効ではなかった。

 今後の臨床応用についてであるが、今回検体採取からCEAmRNAの有無を判定するまでに要する時間は約6-7時間である。それに対し細胞診は1時間以内に結果が判明する。細胞診陽性例はいずれもCEAmRNA陽性であったことも考えあわせ、まずは細胞診を施行し細胞診陰性例に対してのみCEAmRNAを測定する。今研究では細胞診陰性と診断された56例中13例(23%)がCEAmRNA陽性であった。細胞診陽性例およびCEAmRNA陽性例は腹膜播種再発の危険が高い群として手術方針・化学療法などを決定すべきである。細胞診陰性でさらにCEAmRNA陰性であった症例については腹膜播種再発の可能性は非常に低いと考えられ術後のサーベイランスの間隔をより長くすることが可能である

【まとめ】

 腹腔内洗浄液中のCEAmRNAを標的としたRT-PCR法により腹腔内の遊離胃癌細胞が検出でき腹膜播種が予測しうる。細胞診と比較すると腹膜播種を予測する手段として感度が著明に高かった。腫瘍関連抗原(CEA,CA19-9,CA125)は蛋白レベルの測定では腹膜播種とは関連が見られなかった。

審査要旨

 胃癌では根治術が施行されても数年以内に腹膜播種再発を来すことが少なくない。その原因として手術時に既に腹腔内に微小な腹膜転移が存在することが考えられている。その微小転移を検出する手段としてこれまで腹腔内洗浄液中の細胞診・CEA蛋白の測定が報告されてきた。しかしいずれも検出感度が低いのが問題である。本研究ではCEAmRNAを標的としたRT-PCR法により微小転移の検出を試み腹膜播種再発との関連を調べ、さらに前述の2種の方法についてもし、下記の結果を得ている。

1.〈細胞株での検出感度〉

 ヒト胃癌細胞を用いた希釈実験によりCEAmRNA法では癌細胞101-102個で検出可能であった。

2.〈正常腹腔内に存在する細胞のCEAmRNA発現〉

 正常腹腔内に存在する腹膜中皮細胞・リンパ球・顆粒球はCEAmRNAを発現していないことが確認された。

2.〈腹膜播種再発との関連〉

 胃癌71例中28例(39%)でCEAmRNA陽性であった。陽性28例中開腹時肉眼的に腹膜播種が確認されなかった15例中9例が術後約1年で腹膜播種再発をした(平均観察期間11.5か月)。CEAmRNA陰性であった43例は1例も腹膜播種再発していない。開腹時に腹膜播種再発が確認されず深達度ss以上の症例においてCEAmRNA陽性例は陰性例に比較し有意に生存率が低かった(p=0.0019)。

3.〈細胞診との比較〉

 胃癌71例中15例(21%)で細胞診陽性であった。腹膜播種再発した症例は9例あった。そのいずれもがCEAmRNA陽性であったのに対し細胞診では2例のみ陽性であった。細胞診陰性でCEAmRNA陽性であった症例は13例ありそのうち7例が腹膜播種再発した。腹膜播種再発を予測する手段としての感度・特異度・正確性はCEAmRNA法がそれぞれ100%・87.8%・89.8%、細胞診が22.2%・95.9%・84.5%であった。

4.〈CEA蛋白について〉

 腹腔内洗浄液中のCEA蛋白濃度は腹膜播種・腹膜播種再発との関連はみられなかった。

 以上本論文は、腹腔内洗浄液中のCEAmRNAにより腹腔内微小転移を検出し腹膜播種再発を予測することが可能であること、さらに細胞診による方法よりも感度の点で優れていることを明らかにした。これは臨床面で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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