成熟した好中球の寿命は白血球の中で最も短く、通常は約1〜2日でアポトーシスを起こす。アポトーシスを起こした好中球は肝のクッパー細胞や近傍のマクロファージに貪食処理される。一方、感染や炎症の場において好中球は細菌や異物の処理過程で最初の防御線となり、感染制御に重要な役割を果たす。従来はこの炎症初期の好中球機能が、外科侵襲の領域では特に注目されていた。これに対し、炎症や感染の経過における好中球の運命、すなわちアポトーシスやネクローシスによる好中球の死滅と外科侵襲病態の関連については、殆ど注目されていなかった。 しかし、ごく最近になって炎症の消退や遷延、好中球機能の亢進、さらには好中球による重要臓器障害の発生に、好中球の細胞死、特にアポトーシスやネクローシスが関与するとの仮説が提唱されるようになった。すなわち、炎症部位では好中球は炎症性サイトカインやエンドトキシンなどにより活性化され、アポトーシスが抑制されて、好中球は寿命を延長し機能を高める。一方、炎症消退期には炎症性サイトカインや抗炎症性サイトカインの関与により好中球のアポトーシスが誘導される。そして、アポトーシスを起こした好中球は、細胞膜が維持されたままマクロファージに貪食処理されるため細胞傷害性メディエーターの放出が起こらず炎症は消退する。一方、好中球がネクローシスに陥ると活性酸素や蛋白分解酵素などの細胞傷害性メディエーターが多量に放出され、局所や肺など重要臓器の細胞が強く傷害され、しかも炎症が遷延すると考えられる。しかし、このような好中球の細胞死と全身や局所の炎症の消退と遷延、好中球機能の増強、重要臓器障害発生との関連について、手術や敗血症、外傷などの外科侵襲で検討した報告は殆どない。そこで、本研究は、外科侵襲での炎症、感染における生体防御、炎症遷延化、臓器障害に関与する好中球の細胞死、とくにアポトーシスとネクローシスの病態を臨床的、実験的に検討し、その意義を明らかにすることを第一の目的とした。さらに外科侵襲での感染症や炎症の増悪、遷延化の防止、臓器障害発症の抑制をめざして、この外科侵襲時の好中球細胞死を修飾する対策を明らかにすることを、第二の目的とした。このために以下の検討を行い、次のような結果を得た。 1、周術期患者の局所・全身における好中球細胞死と好中球機能の検討では、 (1)外科手術患者11例を対象に、末梢血は術前、術後第1、3、7日目の早朝に、腹腔ドレーン排液は術後1、2、3日目に採取した。それぞれの分離好中球を用いてフローサイトメトリーによる好中球細胞死と光学顕微鏡による好中球細胞死形態を測定した。電気泳動法によるDNA断片化も測定した。また、好中球機能の評価として活性酸素産生能とCD16(IgG FcレセプターIII)発現能、TNFレセプター(TNFR:p55,p75)発現能をも測定した。 (2)その結果、1)末梢血の好中球のアポトーシスはフローサイトメトリー、光顕ともに術後1日目から術後3日目において抑制され、術後7日目には回復すること、2)腹腔ドレーン排液中の好中球アポトーシスも術後1日目では極めて抑制され、その後に回復すること、3)術後の局所の好中球アポトーシスが抑制されているほど、好中球の活性酸素産生能が亢進していること、4)これらの末梢血および局所の好中球のアポトーシスの抑制は手術侵襲と相関すること、5)腹腔局所の術後早期の好中球のアポトーシスにサイトカイン、特にTNF-、IL-6、IL-10濃度が関与する可能性があること、などが示唆された。 (3)これらの成績から、外科手術患者では、術後の経過とともに、ドレーン排液中と末梢血の好中球のアポトーシスが誘導され、好中球機能も正常化し、炎症所見も消退する。そして、この術後の好中球アポトーシスにサイトカインが関与する可能性が示唆された。このような侵襲時における好中球アポトーシスをめぐる現象は、生体の防御にとって合目的であると考えられる。 2、サイトカインの好中球細胞死への影響の検討では、 (1)健常成人(n=8)の分離好中球を用い、in vitroで各種の濃度の炎症性サイトカイン(TNF-、IL-1、IL-6、IL-8、GM-CSF)および抗炎症性サイトカイン(IL-10)とこの好中球を混合培養し、フローサイトメトリーによる好中球細胞死と光学顕微鏡による好中球細胞死形態を測定した。 (2)その結果、1)低濃度のTNF-は単独培養に比べ好中球アポトーシスを抑制、高濃度では逆に誘導を促進すること、2)IL-1、IL-6およびGM-CSFは好中球のアポトーシスを抑制すること、3)IL-8とIL-10は好中球アポトーシス誘導に有意な影響を与えないこと、4)IL-10はIL-6による好中球アポトーシス抑制効果を減弱すること、などが明らかとなった。 (3)これらの成績から、侵襲時の好中球のアポトーシス誘導や抑制には、このようなサイトカインが関与していることが示唆された。このin vitroの検討で得られたIL-6の好中球アポトーシスの抑制作用は、術後患者での早期の好中球アポトーシス抑制とサイトカインの関連を支持するものであった。 3、細菌の好中球細胞死への影響の検討では、 (1)健常成人(n=10)の分離好中球を用い、in vitroで好中球:E.coli=1:0、100:1、10:1、1:10、および好中球:beat-killed E.coli=1:10の各種の比率で、細菌と好中球を混合培養した。フローサイトメトリーによる好中球細胞死と光学顕微鏡による好中球細胞死形態を測定した。電気泳動法によるDNA断片化も測定した。また、好中球機能の評価として活性酸素産生能とCD16(IgG FcレセプターIII)発現能を測定した。さらに培養上清のTNF-、IL-1、およびIL-6濃度も測定した。 (2)その結果、1)好中球は細菌量が少ない場合はアポトーシス優位で、細菌数が多い場合はネクローシスの形態で細胞が死ぬこと、2)その際のアポトーシス抑制には、TNF-、IL-1、IL-6などの炎症性サイトカインが関与すること、3)細菌の混合比率が高いほど、活性酸素産生能は増強され、CD16発現能は低下すること、などが明らかとなった。 (3)この成績から、細菌数がごく少ないと好中球のアポトーシスは抑制され、好中球の寿命が延びその感染防御能が増強すること、逆に細菌数が多いと好中球はネクローシスで死滅して多量の細胞傷害性メディエーターを放出し、これが組織傷害や全身性炎症反応の助長につながること、が示唆された。 4、抗生剤の好中球細胞死への影響の検討では、 (1)健常成人(n=12)の分離好中球をin vitroで、細菌からエンドトキシンや、好中球から炎症性サイトカインを多量に放出させるフィラメント化殺菌性-ラクタム系抗生剤(ABPC、CEZ、CPZ、LMOX)とエンドトキシンやサイトカインの放出が少量である球状殺菌性抗生剤IPM、エンドトキシンを吸着するPL-B、さらにE.coliと3者で混合培養した。さらに各種抗生剤でE.coliを前処理した培養上清と好中球の2者の混合培養も行った。そして、フローサイトメトリーによる好中球細胞死と光学顕微鏡による好中球細胞死形態を測定した。また培養上清のTNF-、IL-1、およびIL-6濃度、エンドトキシン濃度も測定した。 (2)その結果、1)球状殺菌する抗生剤は好中球のアポトーシスを誘導し、ネクローシスを防止するが、フィラメント化殺菌する-ラクタム系抗生剤は好中球のネクローシスを増加させること、2)球状殺菌する抗生剤によるE.coliからのエンドトキシン遊離と好中球からの炎症性サイトカイン放出は、フィラメント化殺菌する-ラクタム系抗生剤に比べて少ないこと、などが明らかとなった。 (3)この成績から、抗生剤の種類によって細菌による好中球の細胞死の病態が異なるため、重症感染症での抗生剤選択にはこのような好中球細胞死をも考慮する必要がある。 5、成長ホルモン(GH)の好中球細胞死と好中球機能への影響の検討では、 (1)健常成人(n=8)の全血を、in vitroでIL-6やGM-CSFなどの炎症性サイトカインと同じレセプターファミリーに属するGHで3時間前処理した。その後12時間に渡り、フローサイトメトリーによる好中球細胞死と光学顕微鏡による好中球細胞死形態を測定した。電気泳動法によるDNA断片化も測定した。さらに好中球の活性酸素産生能とCD16(IgG FcレセプターIII)発現能、Fas発現能を測定した。 (2)その結果、1)成長ホルモンは健康成人の末梢血好中球のアポトーシスを抑制すること、2)成長ホルモンは好中球の活性酸素産生能も増強すること、3)成長ホルモンはFas発現を抑制すること、などが明らかとなった。 (3)この成績から、成長ホルモンの好中球アポトーシス抑制や活性酸素産生能増強などの作用は、このホルモンの蛋白同化作用とともに、外科侵襲生体にとって有用と考えられる。 以上の臨床的、実験的検討をまとめると、外科侵襲での好中球の細胞死、とくにアポトーシスとネクローシスは、炎症や感染における生体防御、炎症遷延化に関与することが示唆された。そして、この外科侵襲時の好中球細胞死を修飾する球状殺菌性抗生剤や成長ホルモンは、この機序を介して外科侵襲での感染症や炎症の増悪、遷延化の防止に役立つと考えられる。 |