【序論】 癌の血行性転移は、腫瘍原発巣からの腫瘍細胞の離脱、基底膜への浸潤、血管内への遊離、転移標的臓器での脈管内着床、転移標的臓器への遊出及び増殖などの多段階のステップを経て成り立つ。血小板は主に腫瘍の着床あるいは血管外遊出に関与すると考えられており、癌細胞の血小板凝集能と転移能との相関関係が報告されている。血小板凝集は、微小血管内における癌細胞の接着や増殖を促し、癌細胞の転移形成に重要な働きをしていることが示唆されており、種々の血小板凝集阻害剤により、癌の転移が阻害されることが報告されている。 鶴尾らは、マウス大腸癌細胞colon26から、肺転移能に差のあるクローンを樹立した。これらのうち、高転移性クローンNL-17細胞は血小板凝集能が高く、低転移性クローンNL-14細胞は血小板凝集能が低いことから、血小板凝集能と転移能との相関関係が示唆された。しかし、血小板凝集能は高いが増殖能が低いNL-44細胞の転移能が低いことから、血小板凝集能は癌細胞の転移にとって十分条件ではないと考えられた。 NL-17細胞上の血小板凝集を誘導する分子を同定するために、NL-17細胞の膜画分をラットに免疫して得られた抗体8F11は、NL-17細胞による血小板凝集を阻害し、さらにNL-17細胞の肺転移を抑制した。この8F11は、NL-17細胞上の44kDaの糖蛋白(gp44)を認識した。8F11のアフィニティカラムによりgp44が精製され、gp44のみにより血小板凝集が引き起こされることが明らかとなった。 【目的】 血小板凝集因子gp44に対する血小板上のレセプターを同定する。 血小板凝集が癌細胞の肺転移形成において果たす役割を検討する。 【方法】 8F11をラットに免疫し、8F11の抗イディオタイプ抗体(AIP1,4)および血小板凝集抗体(AIP21)を作製する(Fig.1)。それぞれの抗体のcharacterizationを行い、in vivo,in vitroにおいてNL-14,NL-17細胞に与える影響を検討する。 Fig.1【結果】 1.マウス血小板と8F11を共に認識する抗イディオタイプ抗体AIP1,AIP4はIgG2aであった。 2.血小板を認識するが、抗原である8F11とは反応しない抗体AIP21が得られた。サブクラスはIgMであった。 3.AIP1,4により認識される血小板上の同一の分子は約160kDaの分子で、この分子はP-selectinv,5,6,1,3インテグリンとも異なった(Fig.2)。 Fig.2Immunoprecipitation by 1.AIP1 2.AIP4 3.anti-P-selectin 4.NR IgG 4.AIP1,4は濃度依存性に、8F11によるNL-17細胞認識を阻害した。 5.AIP1,4は、単独では血小板凝集を惹起せず、NL-17細胞による血小板凝集を抑制した(Fig.3)。 Fig.3 6.AIP1,4は、ADP依存的血小板凝集に対する阻害効果は示さなかった。 7.AIP4を予めマウスに投与することにより、NL-17細胞の肺転移が抑制された。 8.AIP4のF(ab’)2によっても同様にNL-17細胞の肺転移が抑制された(Fig.4)。 Fig.4 9.血小板凝集抗体AIP21は血小板表面分子を認識し、血小板凝集を誘導した(Fig.5)。 Fig.5 10.AIP21の抗原は血小板、B16F10細胞,KN-3細胞には発現するがthymocyte,splenocyteには発現しなかった。CD9はthymocyte,splenocyteに共に発現し、v,5,6,1,3などのインテグリンはthymocyte,splenocyteの一方には発現していた(Fig.6)。 Fig.6 11.AIP21は血小板を認識すると共にNL-14細胞やNL-17細胞も認識した。 12.AIP21を、血小板凝集能の低いNL-14細胞に予め反応させたところ、NL-14細胞はAIP21濃度依存的に血小板凝集を誘導するようになった(Fig.7)。 Fig.7 13.AIP21で処理したNL-14細胞では、NL-14細胞単独やAPB2で処理したNL-14細胞に比し、明らかな転移結節数の増加が認められた(Fig.8)。 Fig.8【考察】 血小板上のgp44レセプターを同定するために、8F11の抗イディオタイプ抗体AIP1,AIP4を作製した。これら抗体は、8F11と同じサブクラスのnormal rat IgG2aを認識しなかったこと、8F11を同系のSDラットに免疫して得られた抗体であることから考えて8F11のFc部分を認識している可能性は極めて低く、さらにAIP1,AIP4が血小板上の160kDaタンパクを認識し、8F11のNL-17細胞認識の阻害活性及びNL-17細胞依存的血小板凝集に対する阻害活性を有することから、これらは8F11の抗イディオタイプ抗体であると考えられた。 in vitroにおいてAIP1,AIP4はNL17細胞上のgp44と血小板上のgp44レセプター結合が誘導する血小板凝集反応に対しブロッキング活性を有することから、in vivoにおけるNL-17細胞の肺転移に対するこれらの抗体の作用を検討した結果、AIP1,AIP4を前投与したマウスではコントロール群に比し明らかにNL-17細胞の肺転移が抑制され、またAIP4のF(ab’)2の投与によっても同様であった。この結果から、AIP1,AIP4によるNL-17細胞の肺転移抑制効果はgp44/gp44レセプター結合の阻害による血小板凝集の抑制に起因すると考えられた。AIP1,AIP4が認識する約160kDaタンパクをcDNAクローニングにより同定し、その機能解析を進めることは血小板凝集の役割を含め癌細胞の転移機構の解明に有用であると考えられる。 血小板凝集抗体であるAIP21の抗原はCD9、GPIVやIIb,3,1,v,5,6などのインテグリンとは異なるもので、新規の分子と考えられる。AIP21抗体はこの分子を介して血小板を認識し、単独で血小板凝集を引き起こす。また、血小板凝集能の低い低転移クローンNL-14細胞に作用し、血小板凝集能および転移能を誘導する。血小板凝集能とin vivoにおける増殖能がcolon26の肺転移の二大要素であるが、これらの結果よりNL-14細胞とNL-17細胞の転移能の差は血小板凝集能の差に起因すると考えられた。AIP21はマウスの血小板を凝集する抗体としてはこれまでに報告されていないものであり、AIP21が認識する血小板上の分子の解明は今後の課題である。 【まとめ】 1.抗血小板凝集因子(gp44)抗体(8F11)に対する抗体を作製した。 2.作製した抗体AIP1,AIP4は、gp44に対する血小板上のレセプターと考えられる約160kDaの分子を認識することにより、高転移株NL-17細胞による血小板凝集およびNL-17細胞の肺転移を抑制した。 3.AIP21は単独で血小板凝集を起こし、NL-14細胞を認識することにより低転移株NL-14細胞の血小板凝集および肺転移を誘導した。 |