No | 114570 | |
著者(漢字) | 坂田,康彰 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカタ,ヤスアキ | |
標題(和) | HLAを指標とした口唇・口蓋裂における遺伝的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 114570 | |
報告番号 | 甲14570 | |
学位授与日 | 1999.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1490号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | われわれ日本人を含むアジア人は、欧米人あるいはアフリカ人に比べ口唇、口蓋裂(cleft lip and/or cleft palate,CL and/or CP)の発症率は高く、各民族集団間でその発症率は異なっている。一卵性双生児の一致率は100%ではなく、その遺伝様式は単純なメンデルの法則には従っていないことなどを考慮すると、口唇・口蓋裂はさまざまな環境要因と複数の遺伝要因とが互いに関与し発症するいわゆる多因子遺伝疾患としてとらえるべきである。 主要組織適合複合体(Major Histcompatibility Complex,以下MHCと略す)と口唇、口蓋裂との関係について、いくつかの動物実験系において報告がなされている。マウスを使った実験では、コーチゾン誘発性口蓋裂の感受性はマウスのMHCであるH-2に関連しているということが示された。また、H-2ハプロタイプの違いにより口蓋のコーチゾンレセプターの発現レベルに差があり、それがコーチゾン誘発性口蓋裂の感受性に影響を与えているとする報告などもあった。 口唇、口蓋裂とヒトのMHCであるヒト白血球抗原(Human Leukocyte Antigen,以下HLAと略す)との関係については、過去にいくつかの論争があった。口唇、口蓋裂を含む顎顔面奇形多発家系において混合リンパ球培養反応(mixed lymphocyte culture,MLC)が抑制されていることが報告され、このことは、HLA領域に顎顔面奇形を誘発する因子が存在することを示唆するものである。また、欧米人の口蓋裂患者とHLA-A2とのあいだに関連がみられたと報告され、さらに欧米人およびメキシコ系アメリカ人の口唇口蓋裂患者において、HLA-A24が増加していたとも報告されている。われわれ日本人においては、HLA-Cw7と口唇裂および口蓋裂患者との関連や、男性口蓋裂患者とHLA-A24やHLA-B52などとの関連が示唆されている。また、男性口唇口蓋裂患者においては、HLA-A33が減少していたとの報告もある。しかしながら、これらすべての関連はやや信頼性に乏しく、corrected P値(Pc)の段階ではもはや有意性が見られなかった。 本研究において、口唇・口蓋裂とHLAとの関連を明らかにするため、日本人口唇・口蓋裂患者に対してHLA class I領域ではHLA-B遺伝子を、また、class II領域ではHLA-DRB1およびHLA-DPB1遺伝子を塩基配列レベルでのDNAタイピングを行った。このような高精度の解析はこれまでに例がなく、これにより口唇・口蓋裂といくつかのHLAアリールとの間に強い関連をみいだすことができた。 対象は、東京大学医学部附属病院口腔外科に来院した日本人非血縁非症候群口唇・口蓋裂(Cleft Lip with or without Cleft Palate,CL/P)患者46例(男性23例、女性23例)で、そのうち45例が口唇口蓋裂(Cleft Lip and Palate,CLP)で、1例が口唇裂(Cleft Lip,CL)であった。患者あるいはその家族からインフォームドコンセントを得たうえで、患者本人から約10mlの全血を採取しゲノムDNAの抽出を行った。また、すでに報告のある東京地域在住の健常日本人116人におけるHLA class Iおよびclass II遺伝子解析の結果をコントロールデータとして用いた。 HLA-Bは多形性に富む部位が2つのエクソン(エクソン2、エクソン3)に分かれているため、PCR-SSOP(sequence-specific oligonucleotide probing)法、およびPCR-SSCP(single-strand conformation polymorphism)法を用い、HLA-DRB1はPCR-MPH(microtiter plate hybridization)法、さらにHLA-DPB1はPCR-PHFA(preferential homoduplex formation assay)法をそれぞれ用いてタイピングを行った。 患者集団におけるHLA-B、HLA-DRB1およびHLA-DPB1遺伝子のそれぞれのアリールの陽性率とコントロールにおける陽性率とを、カイ2剰検定あるいはフィッシャーの直接確率計算法により比較検討しP値を求めた。さらに、それぞれの遺伝子座で観察されたアリールの数をP値に剰じて、corrected P値(Pc)を求めた。また、それぞれのHLAアリールと口唇・口蓋裂との関連の強さを評価するために、Odds Ratio(OR)を計算した。 HLA-B*1501がコントロール群に比べ患者集団で頻度がたかかった。ただし、Pc値では有意水準には達しなかった(30.4%vs.12.1%、OR=2.52、p=0.004、pc=0.09)。同様にHLA-B*5101もコントロール群に比べ患者集団に有意に増加していた(41.3%vs.12.9%、OR=3.19、p=0.0002、pc=0.004)。興味深いことに、HLA-B*4403はコントロール群では最も高い陽性率を示しているのに対し、患者集団では全く観察されなかった(0%vs.21.6%、p=0.0002、pc=0.004)。 HLA-DRB1の解析では、DRB1*0802が、Pc値ではわずかに有意にならなかったが、患者集団において頻度が高かった(21.7%vs.6.0%、OR=3.60、p=0.003、pc=0.08)。一方、DRB1*1302は患者集団で全く観察されず、強い負の関連を示した(0%vs.20.7%、p=0.0003、pc=0.007)。 HLA-DPB1の解析では、陽性率で有意差の認められるアリールは存在しなかった。 男性患者集団においては、HLA-B*5101の陽性率がコントロール群に比べ有意に増加していた(47.8%vs.12.9%、OR=3.70、p<0.0001、pc<0.002)。一方、HLA-B*1501の陽性率は男性患者集団において、有為な増加を示さなかった。しかしながら、女性患者集団においては、HLA-B*1501の陽性率がコントロール群に比べ有意に増加していた(43.5%vs.12.1%、OR=3.60、p=0.0003、pc=0.005)のに対し、HLA-B*5101の陽性率は女性患者集団において、有為な増加を示さなかった。さらに、HLA-DRB1*0802の陽性率の増加は、女性患者集団にのみ観察され(26.1%vs.6.0%,OR=4.32,pc=0.044)、男性患者集団では有意な差は認められなかった。HLA-DPB1の各アリールの陽性率については患者集団を男女別にわけても、コントロール群と比べ有為な差が得られたアリールは存在しなかった。 HLA-B*4403とHLA-DRB1*1302のそれぞれが、患者集団において全く見られなかった。HLA-B*4403とHLA-B*1302は日本人においては、典型的なハプロタイプを形成することが知られている。それゆえ患者集団における2つのアリールの完全な欠損は、このハプロタイプ上に、口唇・口蓋裂発症に対する抵抗性遺伝子が存在することを示唆するものである。また、HLA-B*5101とHLA-DRB1*0802の組み合わせが女性患者集団において増加傾向にあり、高いodds ratioを示した(13.0%vs.1.7%,OR=7.57,p=0.03)。HLA-B*5101とHLA-DRB1*0802もまた我々日本人においてハプロタイプを形成すると報告されており、これは、このハプロタイプ上に、口唇・口蓋裂発症に対して、何らかの促進的な因子が存在することを示唆するものである。女性患者集団のHLA-B*5101とHLA-DRB1*0802の組み合わせのORはそれぞれのアリール単独でのORの和に近く、これらのアリールの相互作用は相加的であり相乗効果は認められなかった。 class I領域におけるHLA-B*1501およびHLA-B*5101と口唇・口蓋裂との有意な関連は、本研究による新しい知見である。しかしながら、おそらく最も興味深い知見は、HLA-B*4403とHLA-DRB1*1302が患者集団で全く見られなかったことであると思われる。 近年、マイクロサテライトマーカーを使った実験において口唇・口蓋裂と6p23領域の関連が見い出された。本研究の結果は、この研究の結果を強く支持すると同時に、HLA遺伝子あるいはその近傍の遺伝子と口唇・口蓋裂との関連を強く示唆するものである。さらに、今回の結果は、HLA-A33抗原が患者集団で減少していたという報告にも合致する。これは、われわれ日本人においてHLA-A33抗原はそのほとんどがHLA-A*3303によってコードされており、このHLA-A*3303と、本研究で全く観察されなかったHLA-B*4403およびHLA-DRB1*1302は、典型的なハプロタイプを構成することが知られているからである。 なぜ、口唇・口蓋裂のような非免疫性の疾患の発症に、MHC領域の遺伝子が関与しているのだろうか。まず、男女間で口唇・口蓋裂に対する感受性の違いがあるということを考慮すると、ひとつの可能性として考えられることは、本研究で示唆されたような男女間でのHLAアリールの関連の違いが、胎児のホルモン環境に影響を与え、それが感受性の違いを引き起こしているのではないかということがあげられる。この仮説から考えられる最も有力な候補遺伝子は、21ハイドロキシレースをコードするCYP21である。この遺伝子は、HLA class I領域とHLA class II領域の間に位置するHLA class III領域にあり、HLA遺伝子多型と連鎖不平衡の状態にある可能性がある。CYP21は、その塩基置換により胎児の性ステロイドの産生に影響を与え、先天的な副腎過形成を引き起こすことが知られている。マウスを使った実験では、マウスにおけるH-2複合体の違いによるコルチコステロイド誘発性口蓋裂に対する感受性の差は、胎児期におけるグルココルチコイドレセプターの質的あるいは量的な違いによるものではないと報告された。さらに、H-2複合体の違いによるコルチコステロイド誘発性口蓋裂に対する感受性の差は、胎児期の母体におけるコルチコステロイドの血中濃度に関連しており、その意味で、21ハイドロキシレースをコードする遺伝子の多型がこれに関与する可能性を示唆された。それゆえ、もし、マウスの母体における21ハイドロキシレース多型に関連してコルチコステロイドの血中濃度に個体差が生じ、それが口蓋裂の感受性に関与しているならば、ヒトにおいても、CYP21多型が口蓋裂の感受性に関与する可能性が考えられる。HLA-DPB1遺伝子座の約170Kbほど動原体則に位置し、レチノインXレセプター・ベータをコードしているRXR-betaもまた候補遺伝子として考えられる。これは、妊娠中のマウスをレチノイン酸処理すると、その胎児の顎顔面領域に重度の奇形が起こることが知られており、このためRXR-betaが顎顔面の発生に関与していることが考えられるからである。しかしながら、本研究においてRXR-betaの近傍に位置するHLA-DPB1遺伝子の関連分析では、HLA-DPB1*0401の僅かな減少傾向を認めるにとどまった。 最後に、顎顔面領域の奇形発症にHLA遺伝子自身が関与する可能性について考察する。HLA遺伝子産物として、HLA-class I抗原があるが、これが細胞表面でキラーT細胞に抗原提示し、これを認識したキラーT細胞がその細胞のアポトーシスを引き起こすといったメカニズムがある。このような、いわば細胞間認識のシステムの誤作動が顎顔面の奇形を誘発している可能性はないだろうか。つまり、あるHLAハプロタイプでは胎児期の顎顔面領域の発育段階で不必要なアポトーシスを起こしやすい状態をつくり、組織の実質的な欠損が生じた結果、口唇・口蓋裂のような奇形が起こり得るのではないかと推察される。 1)口唇・口蓋患者に対しHLA遺伝子の多型解析を行った。 2)男性患者集団では、HLA-B*5101が顕著に増加していた。 3)女性患者集団では、HLA-B*1501が顕著に増加しており、またHLA-DRB1*0802も増加傾向にあった。 4)2)および3)の結果からHLA-B*5101、HLA-B*1501およびHLA-DRB1*0802もしくは、これらのアリールと連鎖不平衡にある遺伝因子が口唇・口蓋裂発症に対して促進的に関与していることが示唆された。 5)全患者集団において、HLA-B*4403およびHLA-DRB1*1302が全く観察されなかったことから、HLA-B*4403およびHLA-DRB1*1302もしくは、これらのアリールと連鎖不平衡にある遺伝因子が口唇・口蓋裂発症に対して、抑制的に関与していることが示唆された。 6)HLA-DPB1の解析では、有意差を得られるアリールはなかった。 | |
審査要旨 | 本研究は口唇・口蓋裂とHLAとの関連を明らかにするため、日本人口唇・口蓋裂患者に対して、HLA class I領域ではHLA-B遺伝子を、また、class II領域ではHLA-DRB1およびHLA-DPB1遺伝子を塩基配列レベルでのDNAタイピングを試みたものである。このような高精度の解析はこれまでに例がなく、これにより口唇・口蓋裂といくつかのHLAアリールとの間に強い関連をみいだすことができ、下記の結果を得ている。 1.男性患者集団において、HLA-B*5101が顕著に増加していた。 2.女性患者集団において、HLA-B*1501が顕著に増加しており、またHLA-DRB1*0802も増加傾向にあった。 3.1.および2.の結果からHLA-B*5101、HLA-B*1501およびHLA-DRB1*0802もしくは、これらのアリールと連鎖不平衡にある遺伝因子が口唇・口蓋裂発症に対して、促進的に関与していることが示唆された。 4.全患者集団において、HLA-B*4403およびHLA-DRB1*1302が全く観察されなかったことから、HLA-B*4403およびHLA-DRB1*1302もしくは、これらのアリールと連鎖不平衡にある遺伝因子が口唇・口蓋裂発症に対して、抑制的に関与していることが示唆された。 5.HLA-DPB1の解析では、有意差を得られるアリールはなかった。 以上、本論文は口唇・口蓋裂において、HLAを指標とした塩基配列レベルでの解析から、口唇・口蓋裂発症に関与する遺伝要因の存在を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、口唇・口蓋裂発症に関与する遺伝要因の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54721 |