学位論文要旨



No 114572
著者(漢字) 田尻,康人
著者(英字)
著者(カナ) タジリ,ヤスヒト
標題(和) 抗リウマチ薬の骨吸収に及ぼす作用に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 114572
報告番号 甲14572
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1492号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 須佐美,隆史
 東京大学 助教授 高取,吉雄
 東京大学 講師 石田,剛
内容要旨 【緒言】

 慢性関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis,RA)は関節滑膜が増殖してパンヌスが形成され、骨の吸収、破壊が進行し関節機能を著しく障害する疾患である。パンヌスが骨へ侵入する最前線には多数の破骨細胞が存在し、RAの関節破壊において重要な役割を担っていると考えられるが、抗リウマチ薬が骨吸収に及ぼす作用については基礎的研究がほとんどなく不明である。本研究の目的はサラゾスルファピリジン(SASP)およびブシラミン(BUC)が骨吸収に及ぼす作用について明らかにすることである。

【方法】

 本研究では、まず、in vitroでの破骨細胞様細胞形成系において、破骨細胞の形成および機能に対する両薬剤の作用を検討した。ついで、組織培養系における骨吸収に及ぼす作用を検討し、最後に、破骨細胞の形成に重要な働きを担っている骨芽細胞における破骨細胞分化誘導因子(Osteoclast Differentiating Factor,ODF)の発現に及ぼす作用、ならびに、骨芽細胞のアルカリフォスファターゼ活性に及ぼす作用について検討した。

1.マウス破骨細胞形成系を用いた破骨細胞形成に及ぼす作用

 ddyマウス脛骨より骨髄細胞を回収し、SASP及びBUC(3〜300g/ml)を含む-MEM培地にて37℃、7日間培養した。培養終了後、酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ(TRAP)染色を行い顕微鏡下に破骨細胞様細胞数を観察し、細胞数を計測した。

2.骨吸収窩アッセイを用いた破骨細胞の骨吸収機能に及ぼす作用

 マウスの頭頂骨より採取した骨芽細胞と骨髄細胞を活性型ビタミンD3およびPGE2の存在下に7〜8日間共存培養し、象牙質切片上へ蒔き、SASPまたはBUC(3〜300g/ml)を含む培地中で48時間培養した。培養終了後、象牙質切片は0.5%トルイジンブルー染色した。吸収窩面積は画像解析用ソフトを用いて解析した。

3.マウス頭頂骨組織培養における骨吸収に及ぼす作用

 妊娠第16日の親ddYマウスに0.025mCiの45Caを皮下注射投与した。7日齢マウスの頭頂骨を採取し、BGJb培地にて24時間前培養した後、SASPまたはBUC(3〜300g/ml)を含む培地に移し48時間培養を継続した。48時間後、頭頂骨を5%TCA溶液に浸し、残存する45Caを溶出させた。培地およびTCA溶液の45Caの放射線量を測定し、45Ca総放射線量に対する2日間の45Ca放射線量を溶出した45Ca量として検討した。

4.骨芽細胞の破骨細胞分化誘導因子(ODF)mRNA発現に及ぼす作用

 骨芽細胞がコンフルエントの状態で培地に活性型ビタミンD3および、SASPまたはBUC(3〜300g/ml)を加えた。さらに48時間後、培地を交換してODFの発現を刺激した。96時間後に細胞からtotal RNAを回収しODFのプライマーおよびコントロールとしてG3PDHのプライマーを用いてRT-PCRを行った。反応は50℃15分、94℃2分の前反応後、94℃30秒、55℃30秒、72℃1分30秒のサイクルをODFは40回、G3PDHは30回行った。PCR産物をアガロースゲルにて電気泳動し、落射式蛍光読取装置を通してコンピューターに取り込み、画像解析ソフトを用いて各バンドの輝度を測定し、解析した。

5.骨芽細胞のアルカリフォスファターゼ(ALP)活性に及ぼす作用

 骨芽細胞を7日間培養後、SASPまたはBUC(3〜300g/ml)を含む培地でさらに7日間培養した。14日後、Tris-HCl bufferを加えソニケーションした後遠心し、上清をアッセイ用のサンプルとしてALP活性を測定した。また、サンプルの蛋白を定量し、蛋白量あたりのALP活性を求め、比較検討した。

【結果】1.破骨細胞形成に及ぼすサラゾスルファピリジン及びブシラミンの作用

 TRAP染色陽性の破骨細胞様細胞数は、SASPでは濃度10g/mlまではコントロールと差は認められなかったが30g/ml以上の濃度では濃度依存性に減少し(図1)、徐々に単核のTRAP陽性細胞の割合が増加した。また、BUCにおいても30g/ml以上の濃度では濃度依存性に減少した(図2)。

図1 破骨細胞形成に及ぼすSASPの作用図2 破骨細胞形成に及ぼすBUCの作用
2.骨吸収窩アッセイに及ぼすサラゾスルファピリジン及びブシラミンの作用

 骨吸収窩の形成は、SASP濃度30g/ml以上では、吸収窩の数の減少と共に吸収窩の形態に変化が見られ、窩が浅くなる傾向を示すとともに、濃度依存性に吸収窩面積は減少した(図3)。BUCでは、濃度3〜100g/mlでは吸収窩の形態はあまり変化せず、吸収窩面積も差は認められなかったが、300g/mlでは有意に減少した(図4)。

図3 吸収窩アッセイに対するSASPの作用図4 吸収窩アッセイに対するBUCの作用
3.骨組織培養におけるサラゾスルファピリジン及びブシラミンの骨吸収に及ぼす作用

 45Ca溶出は、SASP濃度30g/mlおよび300g/mlでは濃度依存性に減少し有意に骨吸収は抑制された(図5)。一方、BUCではいずれの濃度においても骨吸収は抑制されなかった(図6)。

図5 骨吸収アッセイに対するSASPの作用図6 骨吸収アッセイに対するBUCの作用
4.骨芽細胞のODFmRNA発現に及ぼすサラゾスルファピリジン及びブシラミンの作用

 SASP存在下ではODFmRNA発現は抑制され、特に100〜300g/mlでは著しく低下した(図7)。一方、BUC存在下では100g/ml以上で逆に増強された(図8)。

図7 骨芽細胞のODFmRNA発現に及ぼすSASPの作用図8 骨芽細胞のODFmRNA発現に及ぼすBUCの作用
5.骨芽細胞のALP活性に及ぼすサラゾスルファピリジン及びブシラミンの作用

 蛋白あたりのALP活性はSASP濃度3〜300g/mlいずれにおいてもコントロールと差がなく、SASPが骨芽細胞のALP活性に及ぼす影響は認められない。一方、BUCでは濃度3〜300g/mlのいずれにおいてもALP活性は約50%程度に低下していた。

【考案】

 本実験では、SASPおよびBUCは共に30g/ml以上の濃度において破骨細胞様細胞の形成を濃度依存性に抑制することが判明した。破骨細胞の形成には、骨芽細胞あるいは骨髄由来のストローマ細胞の存在が必須であり、ODFはこれらの細胞表面に発現し、単球・マクロファージ系の前駆細胞を認識し、破骨細胞への分化を誘導する因子である。SASPによりODFmRNA発現は抑制されることから、SASPの破骨細胞様細胞形成抑制効果は、少なくとも一部は骨芽細胞のODFmRNA発現の抑制を介するものと考えられた。一方、BUCでは、ODFmRNA発現は増強した。

 従って、BUCによる同様の効果は、単球・マクロファージ系前駆細胞への直接的作用など別の作用機序を介していると考えられた。また、両薬剤の骨芽細胞に対する影響を調べるため、ALP活性を測定したところ、SASPでは骨芽細胞のALP活性に影響はなかったが、BUCでは活性が抑制され何らかの影響を及ぼしていると考えられた。

 SASPまたはBUC存在下に形成された破骨細胞様細胞は、薬剤の濃度が上昇すると細胞数の減少と同時に多核巨細胞の割合が減少し、単核のTRAP陽性細胞の割合が増加した。破骨細胞はその形成過程で単核の破骨細胞の前駆細胞が融合することにより多核の巨細胞が形成される。また、インテグリンの細胞外ドメインが認識するRGD(Arg-Gly-Asp)配列を持つエキスタチンを作用させて、この融合を阻害すると多核巨細胞は減少し、prefusion osteoclastと呼ばれる単核のTRAP陽性細胞が増加することが報告されている。従って、破骨細胞様細胞形成系において観察された単核のTRAP陽性細胞の増加はprefusion osteoclastの増加と考えられ、破骨細胞形成における細胞の融合を両薬剤が阻害している可能性があると考えられる。

 破骨細胞機能に及ぼす作用は、SASPとBUCとでは異なっていた。吸収窩アッセイでは、SASPは10g/ml以上では濃度依存性に破骨細胞の骨吸収機能を抑制したが、BUCでは100g/ml以下ではコントロールと差がなく、300g/mlではじめて減少し、破骨細胞機能に及ぼす作用は小さいと考えられた。また、骨組織培養での45Caを用いた骨吸収アッセイの結果も、吸収窩アッセイの結果とよく一致しており、SASPでは、30g/ml以上の濃度で骨吸収は有意に抑制されたが、BUCでは濃度300g/mlでも骨吸収の抑制は認められなかった。

 臨床で用いられている投与量でのSASP及びBUCの最高血中濃度を勘案すると、SASPは生体内で破骨細胞の形成と機能とを共に抑制することにより、骨吸収を直接抑制する作用があると考えられるが、BUCにはこうした作用はないと考えられた。

【結語】

 サラゾスルファピリジンは、臨床使用濃度において骨芽細胞の破骨細胞分化誘導因子発現抑制、破骨細胞形成の抑制、破骨細胞機能の抑制等の作用を有しており、これらを介して骨吸収を抑制する。これに対しブシラミンは、臨床使用濃度において同様の作用を示さない。

審査要旨

 本研究は、慢性関節リウマチの関節破壊において重要と考えられる骨吸収について、抗リウマチ薬が骨吸収に及ぼす作用を明らかにするため、代表的な抗リウマチ薬であるサラゾスルファピリジン(SASP)およびブシラミン(BUC)を用いて、in vitroでの破骨細胞様細胞形成系における破骨細胞の形成および機能に対する作用、組織培養系における骨吸収に及ぼす作用、破骨細胞の形成に重要な働きを担っている骨芽細胞における破骨細胞分化誘導因子(Osteoclast Differentiating Factor,ODF)の発現に及ぼす作用、骨芽細胞のアルカリフォスファターゼ活性に及ぼす作用について検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.破骨細胞形成におけるTRAP染色陽性の破骨細胞様細胞数は、SASPおよびBUCともに濃度依存性に減少し、両薬剤が破骨細胞様細胞形成を抑制することが示された。

 2.骨吸収窩アッセイでは、SASPは濃度依存性に吸収窩面積が減少し、破骨細胞様細胞の機能抑制作用が示された。BUCでは300g/mlを除いて減少は認められず、機能抑制作用は認められなかった。

 3.45Caを用いたマウス頭頂骨組織培養では、SASPは濃度依存性に45Ca溶出を抑制し、SASPの骨組織培養における骨吸収抑制作用が示された。一方、BUCでは45Ca溶出は抑制されなかった。

 4.活性型ビタミンD3により発現を刺激した骨芽細胞のODFmRNA発現は、SASPにより濃度依存性に抑制され、SASPの破骨細胞様細胞形成抑制作用の少なくとも一部は骨芽細胞のODFmRNA発現抑制を介していることが示された。一方、BUCでは骨芽細胞のODFmRNA発現は逆に増強された。

 5.骨芽細胞の蛋白あたりのALP活性はSASPではコントロールと差がなくSASPが骨芽細胞のALP活性に及ぼす影響は認められなかった。一方、BUCではALP活性は約50%程度に低下していた。

 以上、本論文は種々の実験系を用いて抗リウマチ薬のサラゾスルファピリジンが臨床使用濃度において骨芽細胞の破骨細胞分化誘導因子発現抑制、破骨細胞形成の抑制、破骨細胞機能の抑制等の作用を有しており、これらを介して骨吸収を抑制することを明らかとした。本研究はこれまで基礎的研究が乏しい抗リウマチ薬の骨吸収に関する新知見であり、その臨床的意義も大きく、学位の授与に値するものと考えられる。

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