学位論文要旨



No 114574
著者(漢字) 今野,泰宏
著者(英字)
著者(カナ) コンノ,ヤスヒロ
標題(和) 前部ぶどう膜炎の臨床像と免疫遺伝学的研究
標題(洋)
報告番号 114574
報告番号 甲14574
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1494号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 藤野,雄次郎
 東京大学 助教授 大鹿,哲郎
内容要旨

 Human leukocyte antigen(HLA)は多くの疾患との相関が研究されてきた。HLA-B27と強直性脊椎炎の相関は最も強いことで知られているが、HLA-B27は前部ぶどう膜炎への関与も指摘されており、発症の一端を担っていることは明らかである。強直性脊椎炎とHLA-B27の関係はmolecular mimicry、HLA-B27分子上のポケットと抗原ペプチドとの関係、HLA-B27近傍遺伝子、2-microglobulinの関与等さまざまな観点から研究されてきた。しかしそのいずれもがいまだに立証されてはいない。強直性脊椎炎とHLA-B27との関係がそのまま前部ぶどう膜炎にあてはまるとは限らないものの、HLA-B27との相関がみられることから強直性脊椎炎と疾患感受性もしくは発症機序に相同性がある可能性がある。

 ぶどう膜炎を解剖学的に分類すると、前部ぶどう膜炎、中間部ぶどう膜炎、後部ぶどう膜炎、汎ぶどう膜炎に分けられる。本研究では前部ぶどう膜炎を対象とし、発症への関与が指摘されている強直性脊椎炎、潰瘍性大腸炎とHLA-B27の有無で分類した。本研究では各疾患群における臨床所見の比較、HLA,Transporter associated with antigen processing(TAP)についての免疫遺伝学的解析、およびその両者の相関を検討した。それらの結果をCaucasiansを対象とした報告と比較し、日本人との違いや前部ぶどう膜炎の発症機序を解明することを目的とした。

 前部ぶどう膜炎の臨床所見では性差、発症年齢で前部ぶどう膜炎の各群間で差がみられ、前眼部所見を含めたそれ以外の項目では差はみられなかった。前部ぶどう膜炎の性差は強直性脊椎炎の性差がそのまま現れたと考えられる。しかし発症年齢の違いは発症に関与する背景となる基礎疾患によって影響された可能性が高い。つまり強直性脊椎炎の罹患によってぶどう膜炎の発症しやすい免疫学的背景の変化がが起こっていることが推定される。

 次に前部ぶどう膜炎患者のHLAを遺伝子レベルまでタイピングし、同様の分類で解析した。HLA class IIではHLA-B27との連鎖はみられたものの、前部ぶどう膜炎の発症に関与すると考えられたものはなかった。日本人におけるHLA-B27サブタイプは健常人および強直性脊椎炎患者では約8割がB*2704で、残りの約2割がB*2705であった。しかしHLA-B27関連前部ぶどう膜炎患者では他の群に比べB*2704が少なくB*2705が多くみられた。HLA-B27関連前部ぶどう膜炎では基礎疾患による影響がないことから、前部ぶどう膜炎の発症にHLA-B27サブタイプは非常に重要な意味を持つ可能性がある。CaucasiansにみられるHLA-B27サブタイプは約8割がB*2705で約2割がB*2702であり、HLA-B27関連前部ぶどう膜炎についての報告ではHLA-B27サブタイプの違いはみられなかったと報告されている。しかしそれ以外のHLA-B27サブタイプについて検証しなければ、HLA-B27サブタイプによる前部ぶどう膜炎の疾患感受性の違いは結論が出せない。本研究で日本人前部ぶどう膜炎患者においてB*2704とB*2705による疾患感受性の違いがみられたが、他のサブタイプを持つ人種の前部ぶどう膜炎においてもさらなる研究が望まれる。

 抗原提示に関与するHLA以外の分子としてTAPについて検討した。しかし前部ぶどう膜炎の発症との相関はみられず、これはCaucasiansを対象とした報告と同様であった。HLA-B27陽性者にみられたTAPの頻度はランダムな日本人健常者との間に違いがみられた。HLA-B27とTAP遺伝子にCaucasiansとは違った連鎖があることが示唆された。

 臨床所見とHLAの関係では強直性脊椎炎関連前部ぶどう膜炎の発症年齢とHLA-B27サブタイプについての相関がみられ、強直性脊椎炎の罹患がその頻度に影響している可能性が示唆された。特発性前部ぶどう膜炎において発作回数でHLA-Cw7の頻度差がみられたが、ランダム対照の頻度からその意義は少ないと考えられた。HLA-B27関連AU群において視力低下の有無でTAP2Dに頻度差がみられた。しかし前部ぶどう膜炎の発症とTAPとの関係はみられなかったことから前部ぶどう膜炎においてTAPがなんらかの役割を担っている可能性は小さいと考えられた。

 前部ぶどう膜炎を強直性脊椎炎、HLA-B27との関係を中心に解析した。Caucasiansでは前部ぶどう膜炎や強直性脊椎炎は稀な疾患ではなく、HLA-B27陽性率も10%程度にみられる。日本人ではHLA-B27は非常に稀であり、それに伴って前部ぶどう膜炎や強直性脊椎炎の発症も少ないが、遺伝的に比較的均質な日本人ゆえに明確な相関がみられることも考えられる。前部ぶどう膜炎の免疫遺伝学的背景にはHLA-B27が重要な位置を占め、サブタイプによる違いが示唆された。遺伝子上のHLAの配列を考慮した場合、疾患感受性はその位置関係に対応した結果となったことは特筆すべきことである。HLA-B27はHLAのなかでもっとも注目されてきた抗原であり、今後この抗原の研究を通して疾患の発症機序の解明が進み、眼科臨床医学の分野においても貢献することが期待される。

審査要旨

 本研究は前部ぶどう膜炎を基礎疾患などの発症に関与する因子に基づいたカテゴリーに分類し、各群間における臨床像の違いと疾患感受性因子の違いを明らかにすることを目的とした。前部ぶどう膜炎の発症において重要な役割を演じていると考えられている疾患感受性遺伝子はHuman leukocyte antigen(HLA)-B27が代表である。CaucasiansではHLA-B27陽性率も10%程度にみられるものの、日本人ではHLA-B27は0.8%程度と非常に稀である。それに伴って前部ぶどう膜炎や強直性脊椎炎の発症も少なく、多くの症例のデータをまとめた報告に乏しい。本研究ではHLA領域にコードされるHLA-B27を主体とした抗原提示に関与する蛋白についてDNAレベルで解析し、下記の結果を得ている。

 1.ぶどう膜炎は解剖学的に前部ぶどう膜炎、中間部ぶどう膜炎、後部ぶどう膜炎、汎ぶどう膜炎に分けられる。本研究では前部ぶどう膜炎を対象とし、発症への関与が指摘されている強直性脊椎炎、潰瘍性大腸炎とHLA-B27の有無で分類した。各疾患群における臨床所見を比較したところ、性差、発症年齢について差がみられ、前眼部所見を含めたそれ以外の項目では差はみられなかった。前部ぶどう膜炎の性差は強直性脊椎炎の性差がそのまま現れたと考えられる。しかし発症年齢の違いは発症に関与する背景となる基礎疾患によって影響された可能性が高い。つまり強直性脊椎炎の罹患によってぶどう膜炎の発症しやすい免疫学的背景の変化が起こっていると推定される。

 2.前部ぶどう膜炎患者のHLAを遺伝子レベルまで解析し、同様の分類で頻度の違いを比較した。HLA class IIではHLA-B27との連鎖はみられたものの、前部ぶどう膜炎の発症に関与すると考えられたものはなかった。HLA-B27サブタイプは健常人および強直性脊椎炎患者では約8割がB*2704で、残りの約2割がB*2705であった。しかしHLA-B27関連前部ぶどう膜炎患者では他の群に比べB*2704が少なくB*2705が多くみられた。HLA-B27関連前部ぶどう膜炎では基礎疾患による影響がないことから、前部ぶどう膜炎の発症にHLA-B27サブタイプは非常に重要な意味を持つ可能性がある。Caucasiansを対象としたHLA-B27関連前部ぶどう膜炎ではHLA-B27サブタイプの頻度の違いはみられなかった、と報告されている。しかしCaucasiansにみられるHLA-B27サブタイプは日本人とは異なっている。多くのHLA-B27サブタイプについて検証しなければ、HLA-B27サブタイプによる前部ぶどう膜炎の疾患感受性の違いは結論が出せない。日本人のHLA-B27関連前部ぶどう膜炎患者においてB*2704とB*2705による疾患感受性の違いがみられたが、前部ぶどう膜炎の疾患感受性にHLA-B27サブタイプが影響していることが示唆された。

 3.抗原提示に関与するHLA以外の分子としてTransporter associated with antigen processing(TAP)について検討した。しかしTAP1、TAP2ともに前部ぶどう膜炎の発症との相関はみられず、これはCaucasiansを対象とした報告と同様であった。しかしHLA-B27陽性者にみられたTAPの頻度は日本人健常者との間に違いがみられた。HLA-B27とTAP遺伝子にCaucasiansとは違った連鎖があることが示唆された。

 4.臨床所見とHLAの関係では強直性脊椎炎関連前部ぶどう膜炎の発症年齢とHLA-B27サブタイプについての相関がみられたが、強直性脊椎炎の有無が影響している可能性が高いと思われた。特発性前部ぶどう膜炎において発作回数でHLA-Cw7の頻度差がみられたが、ランダム対照の頻度からその意義は少ないと考えられた。HLA-B27関連AU群において視力低下の有無でTAP2Dに頻度差がみられた。しかし前部ぶどう膜炎の発症とTAPとの関係はみられなかったことから前部ぶどう膜炎においてTAPがなんらかの役割を担っている可能性は小さいと考えられた。

 以上、本論文は前部ぶどう膜炎を臨床像および免疫遺伝学的背景について強直性脊椎炎、HLA-B27との関係を中心に解析した。前部ぶどう膜炎の免疫遺伝学的背景にはHLA-B27が重要な位置を占め、サブタイプによる違いが示唆された。遺伝子上のHLAの配列を考慮した場合、疾患感受性はその位置関係に対応した結果となったことは前部ぶどう膜炎の発症機序の解明に貢献したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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