学位論文要旨



No 114577
著者(漢字) 陳,軍
著者(英字)
著者(カナ) チェン,ジェン
標題(和) ぶどう膜炎におけるリポテイコ酸の関与
標題(洋) Studies of Lipoteichoic Acid on Uveitis
報告番号 114577
報告番号 甲14577
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1497号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 大鹿,哲郎
 東京大学 講師 沼賀,二郎
 東京大学 講師 菊池,かな子
内容要旨 研究目的

 ベーチェット病、サルコイドーシス、原田病などで代表される内因性ぶどう膜炎は、その原因が不明であり、細菌、ウイルス、自己免疫など様々な要因が考えられている。ぶどう膜炎の原因のひとつとして、細菌の関与が想定されているが、グラム陰性菌の持つリポポリサッカリドの他にはぶどう膜炎との関係を強く疑わせる細菌成分はなかった。リポテイコ酸(Lipoteichoic acid:LTA)はグラム陽性菌の細胞表層に存在するリポ蛋白であり、様々な生物活性を有する。本研究ではLTAのぶどう膜炎への関与を調べるために、動物実験として家兎におけるLTAのぶどう膜炎惹起能を調べた。さらにヒトのぶどう膜炎、特にベーチェット病での関与について、LTAによる末梢血単核球刺激培養によるサイトカイン産生能の測定および抗LTA抗体価を測定し検討した。

方法

 実験1.LTAによる家兎ぶどう膜炎.有色家兎(ダッチラビット、体重2.0-2.5Kg)を用いた。LTAはStaphylo-coccus aureusおよびStreptococcus sanguisから抽出したものを用いた。塩酸クロルプロマジンと塩酸ケタミンの2:1混合液の筋注により家兎を全身麻酔した後にLTAを投与した。投与方法は以下の2種類を用いた。1)硝子体注射:生理食塩水にて濃度を調整(0.1-10g/10L)したStaph塩水にて濃度を調整(0.25または2.5mg/mL)したStaphylococcus aureusあるいはStreptococcus sanguis LTAを耳静脈内に1ml/kgの量を注射した。対照として生理食塩水を1ml/kg注射した。LTA注射後、経時的に細隙灯顕微鏡を用いて前眼部の観察を行い、また、前房フレアー値の測定をLaser flare cell meter(FC-1000、興和)を用いて行った。さらに、LTAの硝子体注射24時間後に、前房水を採取し、前房水蛋白濃度および細胞数を測定した。また、LTAの硝子体注射では24時間後、静脈注射では4時間後に、過量のペントバルビタールを静脈注射して殺し、眼球を摘出し病理学的検討を行なった。

 実験2.ベーチェット病患者末梢血単核球のLTA刺激によるサイトカイン産性能.ベーチェット病患者38例について、末梢血単核球を分離し、Streptococcus sanguisあるいはStreptococcus pyogenesLTAの存在下で24時間培養し、培養上清中のサイトカイン量を測定した。患者対照として、サルコイドーシス9例、健常成人25例を用いた。培養刺激物質の対照としてLPSを用い、サイトカインとしてIL-8、IL-6およびTNF-をELISA法を用いて測定した。

 実験3.ベーチェット病患者の抗LTA抗体価.ベーチェット病患者30例について、血清の抗LTA抗体価を測定した。対照として、急性虹彩毛様体炎16例、Vogt-Koyanagi-Harada病患者8例、健常成人25例の血清を用い比較した。Staphylococcus aureus、Streptococcus sanguisまたはStreptococcus pyogenesのLTAを抗原としてELISA法にて測定した。抗原の対照としてLPSを用いた。

結果

 実験1.Staphylococcus aureus LTAの硝子体注射により、24〜48時間をピークとする結膜充血、虹彩血管拡張、縮瞳、前房蛋白と細胞の増加、フィブリン析出がみられ、また、網膜出血、網膜血管拡張、硝子体混濁がみられた。前房フレアー値は24時間で最大となった。炎症の強さは用量依存性であった。Streptococcus sanguisでも同様の所見が得られたが、10gの投与にても、Staphylococcus aureus LTA0.3gで惹起される炎症より弱かった。LTAの全身投与(静脈注射)では、用いたdoseではStaphylococcus aureusのみが眼内炎症を起こし、炎症のピークは4時間であった。硝子体注射後24時間の病理標本では、多形核白血球と単球の浸潤が眼内にみられた。

 実験2.活動性のベーチェット病患者の末梢血単核球を無刺激で培養した上清中には有意に高いIL-8活性がみられた。IL-6は非活動性ベーチェット病患者で有意に高い値が得られた。TNF-は差がなかった。活動性ベーチェット病患者の末梢血単核球はStreptococcus sanguisとStreptococcus pyogenes LTA刺激により非活動性および正常人に比べ、IL-6,IL-8産生が有意に上昇していたが、LPS刺激では差がなかった。活動性ベーチェット病患者ではいずれの刺激でも正常人に比べIL-6産生が有意に高かった。TNF-は差がなかった。

 実験3.ベーチェット病患者の血清は正常人に比べ、Staphylococcus aureus、Streptococcus sanguis、pyogenesのいずれのLTAに対しても、抗LTA IgA抗体価が有意に高値であり(いずれもP<0.01)、Staphylococcus aureusに対しては、IgG抗体も5%の有意差で高値であった。また、活動性と非活動性ベーチェット病に分けて検討すると、抗LTA IgA抗体価は活動性ベーチェット病患者で有意に高値であり、両者間では抗LTA IgG抗体価も5%の有意差で活動性ベーチェット病患者で高値であった。抗LPS抗体はIgG、IgAとも差がなかった。急性虹彩毛様体炎患者では、抗Staphylococcus aureus LTA IgAが0.1%の有意差をもって高値であった他は正常人と差がなかった。また、Vogt-Koyanagi-Harada病患者では抗IgA抗体で正常人より低い値を取った。

考按

 今回の実験から、グラム陽性菌に存在するLTAが家兎に実験的ぶどう膜炎を惹起することが明かとなった。眼内炎症の臨床像および病理像からLTAにより惹起されるぶどう膜炎はLPSで惹起されるものと似ていた。LTAの種類により、ぶどう膜炎の惹起能が異なっていたが、LPSと同程度の炎症を起こすためにはStaphylo-coccus aureusでも約100培の用量が必要であり、LPSに比べぶどう膜炎惹起能は弱かった。今回、ベーチェット病患者の末梢血単核球をStreptococcus sanguisとStreptococcus pyogenes LTAで刺激したところ、活動性ベーチェット病患者ではIL-8産生が正常人に比べ有意に高いことが明かとなった。LPS刺激ではベーチェット病患者と正常人の間で、末梢血単核球のIL-8産生能に有意差は認められなかったことから、Streptococcus LTAがベーチェット病患者の炎症反応に関与している可能性を示唆するものと考えられる。また、ベーチェット病患者では抗LTA抗体IgAが有意に高値であることが示された。ベーチェット病患者では、これまでもStreptococcusに対する抗体価の上昇が報告されているが、今回の検討で、IgGのみならず抗IgA抗体が高値を示したことは、ベーチェット病と口腔粘膜の病変および常在菌との関連から興味深いものと考えられた。一方、LPSに対しては、IL-8産性能も抗体価も相関が弱かった。今回の結果からベーチェット病とLTAとの関与が推測された。また、近年、poststreptococcal syndromeのひとつとしてpoststreptococcal uveitisという疾患が提唱されており、グラム陽性菌は、ベーチェット病のみならず、ぶどう膜炎の原因のひとつとして考えられてよいと思われた。

審査要旨

 本研究はグラム陽性菌の持つリポテイコ酸(Lipoteichoic acid:LTA)のぶどう膜炎への関与を調べるために、動物実験として家兎におけるLTAのぶどう膜炎惹起能を調べた。さらにヒトのぶどう膜炎、特にベーチェット病での関与について、LTAによる末梢血単核球刺激培養によるサイトカイン産生能の測定および抗LTA抗体価を測定し検討したものであり下記の結果を得ている。

実験1

 1.Staphylococcus aureus LTAの硝子体注射により、24〜48時間を炎症のピークとする結膜充血、虹彩血管拡張、縮瞳、前房蛋白と細胞の増加、フィブリン析出がみられ、また、網膜出血、網膜血管拡張、硝子体混濁がみられた。前房フレアー値は24時間で最大となった。炎症の強さは用量依存性であった。Streptococcus sanguisでも同様の所見が得られたが、10gの投与にても、Staphylococcus aureus LTA0.3gで惹起される炎症より弱かった。

 2.LTAの全身投与(静脈注射)では、用いた量ではStaphylococcus aureusのみが眼内炎症を起こし、炎症のピークは4時間であった。硝子体注射後24時間の病理標本では、多形核白血球と単球の浸潤が眼内にみられた。

 3.この実験から、グラム陽性菌に存在するLTAが家兎に実験的ぶどう膜炎を惹起することが明かとなった。眼内炎症の臨床像および病理像はLPSで惹起されるものと似ていた。LTAの種類により、ぶどう膜炎の惹起能が異なっていたが、LPSと同程度の炎症を起こすためにはStaphylo-coccus aureusでも約100培の用量が必要であり、LPSに比べぶどう膜炎惹起能は弱かった。

実験2

 1.活動性のベーチェット病患者の末梢血単核球を無刺激で培養した上清中には有意に高いIL-8活性がみられた。IL-6は非活動性ベーチェット病患者で有意に高い値が得られた。TNF-は差がなかった。

 2.活動性ベーチェット病患者の末梢血単核球はStreptococcus sanguisとStreptococcus pyogenes LTA刺激により非活動性および正常人に比べ、IL-8とIL-6産生が有意に上昇していた。LPS刺激により活動性ベーチェット病患者では正常人に比べIL-8は差がなかったが、IL-6産生が有意に高かった。TNF-は差がなかった。

 3.本実験から、Streptococcus LTAがベーチェット病患者の炎症反応に関与している可能性が示唆された。

実験3

 1.ベーチェット病患者の血清は正常人に比べ、Staphylococcus aureus、Streptococcus sanguis、Streptococcus pyogenesのいずれのLTAに対しても、抗LTA IgA抗体価が有意に高値であり(いずれもP<0.01)、Staphylococcus aureusに対しては、IgG抗体も5%の有意差で高値であった。抗LPS抗体はIgG、IgAとも差がなかった。

 2.活動性と非活動性ベーチェット病に分けて検討すると、抗LTA IgA抗体価は活動性ベーチェット病患者で有意に高値であり、両者間では抗LTA IgG抗体価も5%の有意差で活動性ベーチェット病患者のほうが高値であった。

 3.急性虹彩毛様体炎患者では、抗Staphylococcus aureus LTA IgA、抗LPS IgGが0.1%の有意差をもって高値であった以外は正常人と差がなかった。また、Vogt-Koyanagi-Harada病患者では抗IgA抗体が正常人より低い値をとった。

 4.今回の検討から、ベーチェット病患者では抗LTA抗体が有意に高く、より強く感作されていることが示唆された。また、IgGのみならず抗IgA抗体が高値を示したことは、ベーチェット病と口腔粘膜の病変および常在菌との関連から興味深いものと考えられた。

 以上、本論文は1)グラム陽性菌由来のLTAが実験的にぶどう膜炎を惹起すること、2)LTAがベーチェット病に関与している可能性を示した。また、近年、poststreptococcal syndromeのひとつとしてpoststreptococcal uveitisという疾患が提唱されており、その点から、グラム陽性菌がベーチェット病のみならず、他のぶどう膜炎の原因のひとつとなりうる可能性を示した研究と考えられ、学位に値する仕事と考えられる。

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