本研究はグラム陽性菌の持つリポテイコ酸(Lipoteichoic acid:LTA)のぶどう膜炎への関与を調べるために、動物実験として家兎におけるLTAのぶどう膜炎惹起能を調べた。さらにヒトのぶどう膜炎、特にベーチェット病での関与について、LTAによる末梢血単核球刺激培養によるサイトカイン産生能の測定および抗LTA抗体価を測定し検討したものであり下記の結果を得ている。 実験1 1.Staphylococcus aureus LTAの硝子体注射により、24〜48時間を炎症のピークとする結膜充血、虹彩血管拡張、縮瞳、前房蛋白と細胞の増加、フィブリン析出がみられ、また、網膜出血、網膜血管拡張、硝子体混濁がみられた。前房フレアー値は24時間で最大となった。炎症の強さは用量依存性であった。Streptococcus sanguisでも同様の所見が得られたが、10gの投与にても、Staphylococcus aureus LTA0.3gで惹起される炎症より弱かった。 2.LTAの全身投与(静脈注射)では、用いた量ではStaphylococcus aureusのみが眼内炎症を起こし、炎症のピークは4時間であった。硝子体注射後24時間の病理標本では、多形核白血球と単球の浸潤が眼内にみられた。 3.この実験から、グラム陽性菌に存在するLTAが家兎に実験的ぶどう膜炎を惹起することが明かとなった。眼内炎症の臨床像および病理像はLPSで惹起されるものと似ていた。LTAの種類により、ぶどう膜炎の惹起能が異なっていたが、LPSと同程度の炎症を起こすためにはStaphylo-coccus aureusでも約100培の用量が必要であり、LPSに比べぶどう膜炎惹起能は弱かった。 実験2 1.活動性のベーチェット病患者の末梢血単核球を無刺激で培養した上清中には有意に高いIL-8活性がみられた。IL-6は非活動性ベーチェット病患者で有意に高い値が得られた。TNF-は差がなかった。 2.活動性ベーチェット病患者の末梢血単核球はStreptococcus sanguisとStreptococcus pyogenes LTA刺激により非活動性および正常人に比べ、IL-8とIL-6産生が有意に上昇していた。LPS刺激により活動性ベーチェット病患者では正常人に比べIL-8は差がなかったが、IL-6産生が有意に高かった。TNF-は差がなかった。 3.本実験から、Streptococcus LTAがベーチェット病患者の炎症反応に関与している可能性が示唆された。 実験3 1.ベーチェット病患者の血清は正常人に比べ、Staphylococcus aureus、Streptococcus sanguis、Streptococcus pyogenesのいずれのLTAに対しても、抗LTA IgA抗体価が有意に高値であり(いずれもP<0.01)、Staphylococcus aureusに対しては、IgG抗体も5%の有意差で高値であった。抗LPS抗体はIgG、IgAとも差がなかった。 2.活動性と非活動性ベーチェット病に分けて検討すると、抗LTA IgA抗体価は活動性ベーチェット病患者で有意に高値であり、両者間では抗LTA IgG抗体価も5%の有意差で活動性ベーチェット病患者のほうが高値であった。 3.急性虹彩毛様体炎患者では、抗Staphylococcus aureus LTA IgA、抗LPS IgGが0.1%の有意差をもって高値であった以外は正常人と差がなかった。また、Vogt-Koyanagi-Harada病患者では抗IgA抗体が正常人より低い値をとった。 4.今回の検討から、ベーチェット病患者では抗LTA抗体が有意に高く、より強く感作されていることが示唆された。また、IgGのみならず抗IgA抗体が高値を示したことは、ベーチェット病と口腔粘膜の病変および常在菌との関連から興味深いものと考えられた。 以上、本論文は1)グラム陽性菌由来のLTAが実験的にぶどう膜炎を惹起すること、2)LTAがベーチェット病に関与している可能性を示した。また、近年、poststreptococcal syndromeのひとつとしてpoststreptococcal uveitisという疾患が提唱されており、その点から、グラム陽性菌がベーチェット病のみならず、他のぶどう膜炎の原因のひとつとなりうる可能性を示した研究と考えられ、学位に値する仕事と考えられる。 |