学位論文要旨



No 114578
著者(漢字) 徐,弘
著者(英字)
著者(カナ) シゥ,ホン
標題(和) 靴の補正項目が足に及ぼす影響 : 床反力と足底圧の区間的、時間的分布の評価
標題(洋)
報告番号 114578
報告番号 甲14578
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1498号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 講師 宇川,義一
 東京大学 講師 室伏,利久
 東京大学 講師 大西,五三男
内容要旨 背景:

 整形外科領域において靴型装具(矯正靴)による歩行機能の改善および快適さの追求は、近年益々その重要性が認められるようになっている。靴型装具の主たる目的は:(1)機能的な歩行を助けるため足の異常アライメントを矯正し、(2)立位および歩行時における足底への荷重分布の異常を修正することにある。靴型装具は各種疾患における機能障害、疼痛ならびに変形に対する保存療法の手段として大きな意義をもつ。事前に靴型装具の効果を予測出来るならば、それは、医師と患者の双方にとって有用なことである。従来、靴型装具の歩行に及ぼす影響の分析がなされてきたが、ヒールとソールの形状に注目した文献はごく少ない。今回、立位と歩行時における床反力と足底の荷重分布を計測して、ヒール(後足部要素)とソール(前足部要素)の特性について分析した。

目的:

 各種ヒールとソールが選択できる試歩行靴を装着し、立位と歩行時における静的(空間的)及び動的(時間的)特性を明らかにすること。

材料と方法:(1)測定機器:

 実験1:一歩型床反力計(Kistler社製)を使用した。靴を履いて歩行して得られたデータは動作解析ソフトにて、靴底における作用点の軌跡を求めた。同時に、床反力計上に固定したコピー用紙に靴型を記録した。

 実験2:リアルタイム式足底圧分布計測システム(T&T MEDICAL社製)を使用した。本装置の特長は、靴の中に設置するインソール64か所にセンサーを内蔵し、荷重センサーからの出力は、腰部に装着する携帯ユニットに収録・解析された。この動的足底圧計測方法により、床反力とは異なる靴と足の間の足底圧変化を観察できた。

(2)対象

 下肢に機能障害、変形を認めない健常足を有する成人男性10名、女性10名。

 実験1:年齢範囲は29〜48歳。左右側のデータを分析した。

 実験2:年齢範囲は28〜38歳。全例右利きであったので、右足のデータのみを分析した。

(3)試歩行靴

 使用した試歩行靴のヒール、バーはスチレンゴム(SBR)という材質で製作し、素材の弾性率は100-300kgf/mm2であった。標準型、トーマス型(内側延長)、逆トーマス型(外側延長)の3種類のヒールとロッカーバー(中足骨頭部)のソールの取り付けを可能にしたものである。ヒールとロッカーバーはマジックテープにより靴底に自由に取り付けられる。

 試歩行靴のサイズは、男性用26.5cm、女性用23.5cmで、標準型のヒールの長さは男性用7.5cm、女性用6.5cm、トーマス型および逆トーマス型のヒールは内外側にそって更に足先へ男性用3.8cm、女性用3.4cm延長されている。

(4)測定方法

 実験1:実験条件は6種類に分けた:ヒールのみ、ロッカーバーなしで、1)標準型ヒール2)トーマス型ヒール3)逆トーマス型ヒールついで、ヒールとロッカーバー(MP関節の後方1cmに取り付け)を同時に付け、4)標準型ヒール+バー5)トーマス型ヒール+バー6)逆トーマス型ヒール+バー。

 60×40cmの一歩型床反力計を中央に設置した7.5mの歩行路上を使用した。各対象者はメトロノーム(歩行率100steps/min)に合わせて歩き、5歩目に測定する足が床反力計に乗るようにした。上記の実験条件1),2),3),4),5),6)の順番で、右足5回、左足5回の歩行を行い、左右で測定した。データはPEAK5動作解析ソフトにて、サンプリング周波数120Hzで取り込み、床反力の代表ベクトルの作用点軌跡を描出した。同時に記録した靴型と合わせ、踵部と第2趾を結ぶ足軸と基に、作用点軌跡との間の面積(E)を測定した。この面積の大きさは体重心に向かう床反力作用点のぶれに関係がある。即ち、面積が大きくなると、歩行時、立脚相での足底における床反力作用点の軌跡は外側に移動する。反対に、面積が小さくなると、立脚相での足底における床反力作用点の軌跡は内側に移動する。この面積Eの変化を評価し、歩行時のヒールの違いによる靴底における作用点軌跡の影響を検討した。

 実験2:実験条件はやはり6種類に分けた:まず、ヒールのみで、ロッカーバーなし:1)標準型ヒール2)トーマス型ヒール3)逆トーマス型ヒール、それから、標準型ヒールとロッカーバーを同時につけ:4)標準型ヒール、ロッカーバーはMP関節直下に取り付け5)標準型ヒール、ロッカーバーはMP関節の後方1cmに取り付け6)標準型ヒール、ロッカーバーはMP関節の前方1cmに取り付け。

 今回の実験で、ヒールの効果(後足部要素)を知るため、1),2),3)を設定した。また、ロッカーバーの取り付け位置による効果(前足部要素)を知るため、4),5),6)を設定した。データをとる際の順番も、1),2),3),4),5),6)の実験条件で、着靴時の自由立位時(静的状態)と歩行時(動的状態)の足底圧をとった。被験者に試歩行靴にあったサイズの足底圧測定用のインソールを挿入した。立位時(重心の置き方の指示なし)、開脚度は5cm幅で、10秒間測定した。歩行時、20mの歩行路上で、歩行率1分105歩、メトロノームにあわせ、15歩の足底圧データをとった。

 立位時の足底圧の変化を知るために、足部を後足部、中足部、前足部にわけ、さらに足軸方向に2分割し、合計6つの領域における足底圧を観察した。一方、歩行時のデータから、足軸方向にて内・外側を2分し、踵接地からつま先離地まで、この内・外部分における足底圧の時間変化を観察した。

(5)統計方法

 統計処理には、各群間の比較にはANOVA検定を用いて、有意水準5%で検定を行った。

結果:1.実験1の結果

 作用点の軌跡(面積E):

 結果からトーマス型ヒールで、標準型ヒールより作用点軌跡が外側へ移動する人数は、20人の中に8人(右足)、9人(左足)であった。バーがついている時、トーマス型ヒールで標準型ヒールより作用点軌跡が外側へ移動する人数は、20人の中に13人(右足)、14人(左足)であった。

 一方、逆トーマス型ヒールで、標準型ヒールより作用点軌跡が内側へ移動する人数は、20人中に15人(右足)、15人(左足)であった。バーがついている時、逆トーマス型ヒールで、標準型ヒールより作用点軌跡が内側へ移動する人数は、20人の中に14人(右足)、14人(左足)であった。統計上で、女性の左足のバーがついてる時のデータだけに有意差が認められた。

2.実験2の結果 a. 静的状態(立位)での結果:

 我々は、一足毎に6箇所の合計平均圧力を判定した。標準型ヒール型の場合、前足部内側に片脚荷重全体の14.3±3.5%(男性)、11.2±2.3%(女性)、外側に24.4±3.2%(男性)、11.8±3.2%(女性)。足中部の内側に片脚荷重全体の4.9±1.7%(男性)、7.3±1.9%(女性)、外側に15.0±3.1%(男性)、11.5±2.2%(女性)。後足部内側に片脚荷重全体の21.3±2.8%(男性)、27.0±3.0%(女性)、外側に19.1±3.5%(男性)、31.3±3.4%(女性)の値を得た。ヒールをトーマス型に変更した場合、標準型ヒールに比べて、前足部内側圧と後足部外側圧が減少し(P<0.01)、前足部外側圧と後足部内側圧が上昇する傾向を示した(P<0.05)。また、逆トーマス型ヒールの場合、標準型ヒールに比べて、前足部外側圧と後足部内側圧が減少し(P<0.05)、中足部外側圧が上昇した(P<0.05)。一方、標準型ヒールを付けている時に、バーがMP関節直下に取り付けられると、標準型ヒールに比べて(バーなし)、前足部内側圧と後足部内側圧が減少し(P<0.05)、前足部外側圧と足中部外側圧が上昇した(P<0.05)。バーがMP関節の後方1cmのところに移動すると、前足部内側圧と中足部内側圧が減少し(P<0.05)、後足部内側圧と後足部外側圧が増加した(P<0.05)。また、バーがMP関節の前方1cmのところに移動すると、中足部内側圧と中足部外側圧が減少し(P<0.05)、前足部外側圧と後足部外側圧が上昇した(P<0.05)。

b. 動的状態

 トーマス型ヒールでは、標準型ヒールに比べ、踵接地からつま先離地まで、足底圧の足部外側から足部内側への荷重移行時期が遅くなり(P<0.01)、つまり、外側での荷重時間が延長した。逆トーマス型ヒールでは、標準型ヒールに比べ、動的効果の有意差がなかった。しかし、トーマス型ヒールより、移行時期が早まる傾向があった。一方、バーをMP関節直下に取り付けると、標準型ヒール(バーなし)に比べ、足部外側から足部内側への荷重移行時期が早まり、外側での荷重時間を短縮する傾向があったが、有意差がなかった。バーをMP関節の後方1cmあるいは前方1cmに取り付けると、同じくバーなしに比べ、移行時期が遅くなった(P<0.01)。

考察:1.実験1についての考察

 実験1の結果からみると、違う形のヒールにより、靴底の作用点軌跡も変化した、しかし、統計上の有意差があまりみられない原因は:a.床反力における内外成分の大きな個人差、b.一定歩調の確保がなかなか難しかった、C.個人の歩き方、癖などの影響、が考えられた。

2.実験2についての考察

 a.静的:ヒールの形とソールの位置が違うにつれ、足底の各部分圧の分配が変化する。今回の立位結果から見ると、前足部内側の圧を減少したい時、トーマス型ヒールとロッカーバーを併用するとよい。したがって前足部内側に潰瘍、胼胝などがある患者には参考になろう。

 b.動的:踵と前足部足底の形を変えると、足部外側から足部内側への荷重移行時期を変化させることがわかった。即ち、時間と共に、足底の圧力中心を変化させることができると考えられる。このことから症例に応じ、病変部を避けて、足外側を中心に荷重を受け持たせたり、内側を中心に荷重させたりすることが可能になると思われる。例えば、足部潰瘍の患者で踏み返し時の前足部に過度の圧が集中する時には、再発予防として靴底にロッカーバーをつけ加える。

まとめ:

 1)靴型装具の補正項目として、3種類のヒールとソールを交換できる試歩行靴を用いて、各正常成人男性10名、女性10名を対象に、ヒールの形の違い(標準型ヒール、トーマス型ヒール、逆トーマス型ヒール)とロッカーバーの位置の違い(MP関節直下、MP関節後方1cm、MP関節の前方1cm)で、靴底における床反力作用点軌跡の変化と足底における足底圧分布に変化について検討した。

 静止立位時、足底における圧力が空間的に変わった。即ち、ヒールの形が変わると、足底の各部分における圧力が再分配された。また歩行時に、足底における圧力の内・外側分布も時間的にかわった。即ち、異なる形の靴底で、足底にかかる圧力が再分配された。

 3)運動力学的手法である床反力と足底圧分布の計測により、靴型装具の効果の客観的評価が可能となった。また、靴型装具の処方の際に、補正項目選択の参考に利用できる可能性も開けた。

審査要旨

 本研究は整形外科領域において靴型装具(矯正靴)のヒール(後足部要素)とソール(前足部要素)の特性について分析した。各種ヒールとソールが選択できる試歩行靴を装着し、立位と歩行時における静的(空間的)及び動的(時間的)特性を明らかにすることであり、下記の結果を得ている。

 1.靴型装具の補正項目として、3種類のヒールとソールを交換できる試歩行靴を用いて、各正常成人男性10名、女性10名を対象に、ヒールの形の違い(標準型ヒール、トーマス型ヒール、逆トーマス型ヒール)とロッカーバーの位置の違い(MP関節直下、MP関節後方1cm、MP関節の前方1cm)で、靴底における床反力作用点軌跡の変化と足底における足底圧分布に変化について検討した。

 2.静的状態(立位)での結果:ヒールの形状(後足部の靴底の違い)とバーの位置(前足部の靴底の違い)変化により、静止立位時、足底における圧力が空間的にかわった。即ち、ヒールの形が変わると、足底の各部分における圧力が再分配された。ヒールをトーマス型に変更した場合、標準型ヒールに比べて、前足部内側圧と後足部外側圧が減少し(P<0.01)、前足部外側圧と後足部内側圧が上昇する傾向を示した(P<0.05)。また、逆トーマス型ヒールの場合、標準型ヒールに比べて、前足部外側圧と後足部内側圧が減少し(P<0.05)、中足部外側圧が上昇した(P<0.05)。一方、標準型ヒールを付けている時に、バーがMP関節直下に取り付けられると、標準型ヒールに比べて(バーなし)、前足部内側圧と後足部内側圧が減少し(P<0.05)、前足部外側圧と足中部外側圧が上昇した(P<0.05)。バーがMP関節の後方1cmのところに移動すると、前足部内側圧と中足部内側圧が減少し(P<0.05)、後足部内側圧と後足部外側圧が増加した(P<0.05)。また、バーがMP関節の前方1cmのところに移動すると、中足部内側圧と中足部外側圧が減少し(P<0.05)、前足部外側圧と後足部外側圧が上昇した(P<0.05)。今回の立位結果から見ると、前足部内側の圧を減少したい時、トーマス型ヒールとロッカーバーを併用するとよい。したがって前足部内側に潰瘍、胼胝などがある患者には参考になろう。

 3.動的状態(歩行)での結果:また歩行時に、足底における圧力の内・外側分布も時間的に変わった。即ち、異なる形の靴底で、足底にかかる圧力が再分配された。トーマス型ヒールでは、標準型ヒールに比べ、踵接地からつま先離地まで、足底圧の足部外側から足部内側への荷重移行時期が遅くなり(P<0.01)、つまり、外側での荷重時間が延長した。逆トーマス型ヒールでは、標準型ヒールに比べ、動的効果の有意差がなかった。しかし、トーマス型ヒールより、移行時期が早まる傾向があった。一方、バーをMP関節直下に取り付けると、標準型ヒール(バーなし)に比べ、足部外側から足部内側への荷重移行時期が早まり、外側での荷重時間を短縮する傾向があったが、有意差がなかった。バーをMP関節の後方1cmあるいは前方1cmに取り付けると、同じくバーなしに比べ、移行時期が遅くなった(P<0.01)。このことから症例に応じ、病変部を避けて、足外側を中心に荷重を受け持たせたり、内側を中心に荷重させたりすることが可能になると思われる。例えば、足部潰瘍の患者で踏み返し時の前足部に過度の圧が集中する時には、再発予防として靴底にロッカーバーをつけ加える。

 4.運動力学的手法である床反力と足底圧分布の計測により、靴型装具の効果の客観的評価が可能となった。また、靴型装具の処方の際に、補正項目選択の参考に利用できる可能性も開けた。

 以上、本論文は靴型装具の補正項目として、ヒール(後足部要素)とソール(前足部要素)の特性について分析したもので、ヒールの形の違い(標準型ヒール、トーマス型ヒール、逆トーマス型ヒール)とロッカーバーの位置の違い(MP関節直下、MP関節後方1cm、MP関節の前方1cm)で、靴底における床反力作用点軌跡の変化と足底における足底圧分布(空間的、時間的)の変化を明らかにした。本研究はこれまでヒールとソールの形状に注目したものはごく少ないのが現状で、靴型装具の補正項目が足に及ぼす影響:床反力と足底圧の区間的、時間的分布の評価に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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