本研究は、臨床試験への参加を依頼される患者および臨床試験に参加した患者に対する医療情報の提供方法を提案したものである。乳がんの術後補助化学療法の市販後臨床試験(以下N・SAS-BC試験と略)を対象に、試験への参加を依頼する際の情報提供方法として、患者が試験への参加・不参加を決めるために必要な情報を平易に記述した説明文書が作成され、評価が行なわれた。また、臨床試験に参加した患者に対する情報提供方法として、抗がん剤治療中の自己管理やセルフケアを支援するための情報を記載した小冊子(N・SAS-BCノート)が開発され、評価が行なわれた。 主要な結果は以下の通りである。 1.N・SAS-BC説明文書(初版)は、米国連邦規則やICH-GCPなどの規定を満して作成された。試験を実施する研究者自身が説明に慣れていないことや臨床試験が一般の人になじみがないことなど、日本の状況を考慮にいれ、文書の構成、記述内容、表現を検討し、作成された。 2.説明文書は、臨床試験の説明と試験への参加を依頼する「試験へのご協力のお願い」、試験内容の詳細を説明した「試験の説明」、同意書、および説明を行なう担当医師への注意を書いた「担当医師の皆様へ」から構成されている。また、臨床試験の意義や目的の説明、ランダム割り付けの説明などの詳細が記載された。 3.説明文書(初版)に対する試験実施医師の意見、および臨床試験の進行に伴って得られた副作用に関する情報に基づき、説明文書が改訂された。 4.N・SAS-BC試験の口頭説明を受け、説明文書(改訂版)を手渡された患者13名を対象に、説明内容の理解度、説明文書の読みやすさ、説明文書の有用性、説明方法に対する評価、情報を得ることに対する意識について調査が行われた。その結果、説明内容に対する理解度や利用度は総じて高く、見やすさ読みやすさ、有用度に関しても高い評価が得られた。これらのことから、説明文書は、試験や治療に対する患者の理解を促進し、試験への参加・不参加を決めるために有用であることが確認された。 5.「N・SAS-BCノート」は、米国がん研究所や米国がん学会などが患者向けに提供している情報を参考にし、N・SAS-BCで行なわれる治療に限定した情報を提供する小冊子として作成された。 6.N・SAS-BCノートは、患者が治療中の自己管理を行うための「治療のスケジュール」欄と、抗がん剤と副作用の説明、副作用の対処方法やセルフケアに関する情報など、治療中の生活に役立つ情報を掲載した「情報のページ」欄で構成されている。 7.N・SAS-BCノートを手渡された患者131名を対象に、使用実態と情報の有用性に対する評価、医療情報を得ることに対する意識、意見や要望などが調査された。 8.N・SAS-BCノートは、多くの人が内服薬や体調のチェックに利用しており、自己管理やセルフケアの情報源として活用していた。9割の患者は「治療や治療中の生活の役に立った」と回答し、6割が「医療者と話をするのに役に立った」と回答したことから、N・SAS-BCノートの有用性が確認された。 以上、本論文は臨床試験の対象となる患者に対する情報提供方法、特にインフォームド・コンセントを得る際の説明文書および試験参加者に対して臨床試験独自の小冊子の提供を提案した初めての研究である。提案された方法は、臨床試験を倫理的に行なうために必須であるのみならず、今後の医療における情報提供方法を検討する際に非常に有用なものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 |