学位論文要旨



No 114581
著者(漢字) 三木,明子
著者(英字) Miki,Akiko
著者(カナ) ミキ,アキコ
標題(和) 病院勤務看護婦における職業性ストレスがメンタルヘルス及び事故に及ぼす影響
標題(洋) EFFECTS OF JOB STRESS ON MENTAL HEALTH AND ACCIDENTS IN HOSPITAL NURSES
報告番号 114581
報告番号 甲14581
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1501号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金川,克子
 東京大学 助教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
内容要旨 I.はじめに

 看護婦はストレスが多い職業の一つと言われ、燃え尽き症候群などそのメンタルヘルスに関する研究が数多くなされてきた。しかしながら、どのような職場のストレッサーが看護婦のメンタルヘルスに影響を及ぼすかという研究は少ない。他職種の研究では、高い仕事の要求度、低い仕事のコントロールの場合にストレス反応が生じやすいとする「要求度-コントロール(DC)モデル」及び仕事の要求度がその報酬に比べて過大な場合にストレス反応が生じやすいとする「努力-報酬不均衡(ERI)モデル」が確立され、これらの理論モデルを基に研究や対策活動が行われている。しかし看護婦を対象にこうした職業性ストレスのモデルを応用した研究はほとんどない。本研究では、国際的に標準化された尺度である米国国立職業安全保健研究所(NIOSH)職業性ストレス調査票を用いて、我が国の看護婦において、これらの理論モデル及び看護婦特有の職業性ストレッサーが、抑うつ、職務満足感及び事故とどのように関連しているかを明らかにすることを目的とした。

II.方法1.対象

 関東近郊の4つの一般病院に勤務する看護職合計1,086人に対し、自記式質問紙調査を実施し、977人から調査票を回収した(回収率90.0%)。男性20人を除き、質問項目すべてに回答が得られた看護婦811人(全員女性、平均年齢31.7歳、標準偏差9.7、範囲20-60歳)のデータを解析した。

2.方法

 NIOSH職業性ストレス調査票の尺度の中から、量的労働負荷、コントロール、上司及び同僚の社会的支援、職務満足感を使用した。抑うつはthe Center for Epidemiologic Studies Depression Scale(CES-D)日本語版を用いて測定した。また過去6ヶ月の業務上の事故の有無の回答を求めた。独自開発の尺度によって仕事のやりがい感を仕事の心理的報酬として測定した。また看護婦特有のストレッサーとして人命への責任、患者の死の経験を測定した。これらの独自尺度については、内的整合性による信頼性、因子的妥当性が十分であることを確認した。その他、年齢、性別、婚姻状態、勤務形態、看護経験年数を調査した。

III.結果

 年齢、婚姻状態、勤務形態を共変量とした共分散分析の結果、DCモデルでは、抑うつに対して量的労働負荷の主効果を有意に認めたが、両者の交互作用は有意でなかった。ERIモデルでは、抑うつに対して量的労働負荷及び心理的報酬の主効果が有意だったが、交互作用は有意でなかった。同様に、職務満足感に対して量的労働負荷、仕事のコントロール、心理的報酬が有意な主効果を示したが、これらの交互作用は有意でなかった。

 年齢、婚姻状態、勤務形態を調整した重回帰分析では、抑うつに対して量的労働負荷及び人命への責任が正の、心理的報酬及び上司と同僚の社会的支援が負の有意な相関を示した。職務満足感に対して、量的労働負荷及び患者の死の経験が負の、心理的報酬及び上司の社会的支援が正の有意な相関を示した。多重ロジステック回帰分析では、人命への責任が高いほど有意に事故の経験者が多かった。

IV.考察

 本研究の看護婦の量的労働負荷の得点は、他職種女子に比べて高かった。また専門職である看護婦のコントロールの得点は、他の専門職に比べて低かった。看護婦は他職種に比べて量的労働負荷が高く、専門職の中でコントロールが低いことが特徴と思われた。

 上司の社会的支援が抑うつ及び職務満足感の低下に影響を及ぼしていることが示された。上司と同僚の社会的支援の合計得点を用いた先行研究が比較的多いが、本研究では同僚に比べて上司からの支援が看護婦の抑うつ及び職務満足感により重要と思われた。

 患者の死の経験は職務満足感の低下に関連することが示された。看護婦は、患者の死を自分のミスやケアが原因と感じるなど、患者の死を個人の責任と重く受け止めることがある。さらに患者の死を通して生じる家族からの非難や憤りに対処しなければならないことが職務満足感の低下に影響していると思われる。医療チームとしての総合支援や喪失体験などの教育、看護婦自身の仕事の意義ややりがいを高める対策が現場で必要である。また人命への責任が重いほど、事故を経験する者が多いことが明らかとなった。人命への責任といった質的労働負荷が、心理行動学的ストレス反応に重要な要因と思われた。

 DCモデルの要素のうち、量的労働負荷が抑うつ及び職務満足感に与える影響が大きいことが示された。これは他職種女子では一般に量的労働負荷の影響が小さいことと対照的である。ERIモデルに関しては、量的労働負荷に加えて心理的報酬が抑うつ及び職務満足感に影響を与えていることが明らかとなった。両モデルから予測される要因間の交互作用は明確でなかったが、ERIモデルが看護婦のメンタルヘルスに有用であり、現場での対策に効果的であると思われた。

V.結論

 病院勤務看護婦811名を対象に、職業性ストレスの理論モデルを中心に職業性ストレッサーと抑うつ、職務満足感、事故との関連を検討した結果、DC及びERIモデルの構成要素のうち量的労働負荷、心理的報酬が抑うつ及び職務満足感と関連していた。また上司の社会的支援及び看護婦の職務に特有のストレッサーも抑うつ、職務満足感、事故と関連していた。これらの職業性ストレッサーを軽減することによって、病院勤務看護婦のメンタルヘルスを増進できる可能性が示された。

審査要旨

 本研究は、ストレスが多い職業と言われている看護婦を対象に、理論モデル及び看護婦特有の職業性ストレッサーが、抑うつ、職務満足感、事故とどのように関連しているかを明らかにするため、他職種において確立している「要求度-コントロール(DC)モデル」及び「努力-報酬不均衡(ERI)モデル」を我が国の看護婦に応用してみたものであり、下記の結果を得ている。

 1.本研究の看護婦の量的労働負荷の得点は、他職種女子に比べて高かった。また専門職である看護婦のコントロールの得点は、他の専門職に比べて低かった。看護婦は他職種に比べて量的労働負荷が高く、専門職の中でコントロールが低いことが特徴と思われた。

 2.上司の社会的支援が抑うつ及び職務満足感の低下に影響を及ぼしていることが示された。上司と同僚の社会的支援の合計得点を用いた先行研究が比較的多いが、本研究では同僚に比べて上司からの支援が看護婦の抑うつ及び職務満足感により重要と思われた。

 3.患者の死の経験は職務満足感の低下に関連することが示された。看護婦は、患者の死を自分のミスやケアが原因と感じるなど、患者の死を個人の責任と重く受け止めることがある。さらに患者の死を通して生じる家族からの非難や憤りに対処しなければならないことが職務満足感の低下に影響していると思われる。医療チームとしての総合支援や喪失体験などの教育、看護婦自身の仕事の意義ややりがいを高める対策が現場で必要である。また人命への責任が重いほど、事故を経験する者が多いことが明らかとなった。人命への責任といった質的労働負荷が、心理行動学的ストレス反応に重要な要因と思われた。

 4.DCモデルの要素のうち、量的労働負荷が抑うつ及び職務満足感に与える影響が大きいことが示された。これは他職種女子では一般に量的労働負荷の影響が小さいことと対照的である。ERIモデルに関しては、量的労働負荷に加えて心理的報酬が抑うつ及び職務満足感に影響を与えていることが明らかとなった。両モデルから予測される要因間の交互作用は明確でなかったが、これらのモデルが看護婦のメンタルヘルスに有用であり、現場での対策に効果的であると思われた。

 以上、本論文は病院勤務看護婦を対象に、理論モデルを中心に職業性ストレッサーと抑うつ、職務満足感、事故との関連を検討した結果、DC及びERIモデルが抑うつ及び職務満足感と関連しており、さらに上司の社会的支援及び看護婦の職務に特有のストレッサーも抑うつ、職務満足感、事故と関連していたことを明らかにした。本研究は我が国ではじめて看護婦を対象に職業性ストレスの理論モデルを用いた研究であり、これらの職業性ストレッサーを軽減することによって、病院勤務看護婦のメンタルヘルスを増進できる可能性を示し、現場での看護婦のストレス軽減対策に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54722