学位論文要旨



No 114582
著者(漢字) 金,曽任
著者(英字) Kim,Jeung-Im
著者(カナ) キム,ズンイム
標題(和) 腹圧生尿失禁者におけるコンチネンス効力感と骨盤底筋訓練の実践度との関連性に関する研究
標題(洋) Relationships between Continence Self-Efficacy and PFM Exercise Adherence in Patient with Stress Urinary Incontinence
報告番号 114582
報告番号 甲14582
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1502号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 鳥羽,研二
 東京大学 講師 本間,之夫
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 助教授 大嶋,巌
内容要旨 I.はじめに

 腹圧性尿失禁の場合、症状改善の一つの方法として骨盤底筋訓練が知られているが、この訓練の効果には21〜93%まで幅広い差異が存在する。従来の研究は、治療を目的としその結果を報告したものが多く、個人間の効果の差異をもたらす原因に対する究明が乏しいと思われる。この訓練は、改善または治療の効果をもたらすために長期間継続することが要求される。ところが、骨盤底筋訓練を長期間継続するというのは個人の実践度と深くかかわる問題であり、実践度に対する検討も必要であると思われる。本研究は、骨盤底筋訓練の実践度を説明する根拠として、Banduraの自己効力感理論を取り上げ、この訓練と自己効力感との関連性を検討するものである。

 本研究に先立って、尿失禁者固有の自己効力感(以下、コンチネンス効力感と呼ぶ)スケールを作成しその信頼性及び妥当性をすでに報告した。本研究は、コンチネンス効力感のスケール(CSES)を用い、コンチネンス効力感と骨盤底筋訓練の継続性との関連性を検討することを主な目的として、以下の具体的な内容を検討する。

 1)コンチネンス効力感介入法はコンチネンス効力感を高めるのか

 2)コンチネンス効力感が高いほどストレスとうつは低いのか

 3)コンチネンス効力感が高いほど骨盤底筋訓練の実践度も高いのか

II.研究方法1.研究デザイン

 研究デザインは、コンチネンス効力感介入法を実施し、その介入の効果および関連要因の変化が検討できるデザインとして、Prospective Quasi-experimental Intervention Studyを用いた。評価時期は介入群(0,2,8,12週)、コントロールB群(0,12週)であり、バイアスの有無を検討するためコントロールA群(12週)を設けた。

2.対象

 本研究は1998年1月28日から同年9月10日までの間行われ、調査対象は、2カ所の大学病院の尿失禁外来利用者で、来院順にランダムに割り付けした新患の33名:介入群16名、コントロールB群17名と既存の利用者15名(コントロールA群)の48名であり、腹圧性尿失禁と診断し治療方針として骨盤底筋訓練(以下訓練と表記)が必要と判断され、調査に同意した人である。

3.調査内容

 調査項目は以下の通りである。

 ・基本属性:年齢、体重、最終学歴、分娩回数、個人疾病の既往歴、最初の尿失禁の状況および尿失禁への対処

 ・介入プログラムの評価:コンチネンス効力感、訓練実践度、尿失禁症状の改善度

 ・時系列変化をみる属性:コンチネンス効力感、尿失禁によるストレス、うつ症状(以下うつと表記)、尿失禁の状況

 ・アウトカム:コンチネンス効力感、ストレス、うつ、訓練の実践度、QOL

4.介入プログラム

 既存の介入法とコンチネンス効力感介入法(既存の方法に自己効力感を高める介入を加えたもの)である。

5.分析

 基本属性とアウトカムにおける3群間の差の検討はANOVAを、2群間の差はT-testを、群内の介入前後の変化はPaired T-testをし、T検定とF検定を行った。各々の測定用具の信頼性はCronbach Alpha係数で求めた。また、コンチネンス効力感とストレス、うつ、訓練の回数、遂行度との相関はPearson Correlation Analysisを行った。さらに、コンチネンス効力感の予測性検討は単純回帰および多重回帰分析を用いた。

III.結果1.対象者の属性

 全体対象は48名であったが、5名が脱落し(介入群2名とコントロール群3名)12週目には43名になった。脱落した人と残りの人たちの間、属性の差は殆どなかった。対象者は平均年齢53.5歳、平均分娩回数1.9回、教育水準は対象者の75%が高校以上であった。平均体重は56.6kgであり、54.2%がやせ又は普通で45.8%が過体重または肥満であった。対象者の79.2%は1つ以上の他疾患をもっており、尿失禁になった平均期間は6.5年であった。これらの属性に関して群間に統計的な差はなかった。

2.介入の症状改善

 介入についての評価はコンチネンス効力感介入法を受けた介入群と既存の介入法を受けたコントロールA,B群間で検討した。3群とも尿失禁の症状の改善はあるものの、完全に治ったと判断した人は、介入群6名(42.9%)、コントロールA群2名(13.3%)、コントロールB群の2名(14.3%)であった。また、症状の改善が相当あったと答えた人は、介入群3名、コントロールA群の5名、コントロールB群の4名であった。少し良くなったと判断した人を入れると、全体的には介入群の全員、コントロールA群の11名、コントロールB群の10名が症状の改善または治療を報告した。しかし、全然変化がないと答えたのは、コントロールA群4名、コントロールB群3名であり、コントロールB群の1名は症状の悪化を訴えた。

3.介入とコンチネンス効力感及び訓練の実践度

 ベースライン時の群間有意差はみられなかった。また、第12週目のコントロール群間も、ストレス(T=-.69,P=.49)、コンチネンス効力感(T=-.63,P=.54)、うつ(T=-.92,P=.36)、訓練回数(T=-.12,P=.91)、遂行度(T=-.43,P=.67)の変数に有意差がみられなかったので、バイアスの介入はなかったと判断した。既存のものとコンチネンス効力感介入法との間コンチネンス効力感に差があるかをt-testにより検討した結果、有意な差が見られた(T=-3.23,P<0.01)(図1)。また、訓練の回数と遂行度において群間差は有意であった(T=-3.3,P<0.001;T=-2.75,P<0.01)(図2)。

4.コンチネンス効力感と社会心理的変数

 コンチネンス効力感の変化とともにストレスやうつの変化もあるかを検討するため、相関係数を求めた。ベースライン時はコンチネンス効力感との間では有意な相関がみられなかったのが、第12週目の相関では、コンチネンス効力感とストレス(coefficient=-.399,p<0.01)コンチネンス効力感とうつ(coefficient=-.479,P<0.01)の負の相関がみられ、ストレスとうつの間では正の関係がみられた(coefficient=.654,P<0.0001)。

5.コンチネンス効力感と骨盤底筋訓練の実践度

 コンチネンス効力感介入法によりコンチネンス効力感が高くなった結果を踏まえ、コンチネンス効力感が訓練の実践度を予測できるかを検討した結果、効力感と訓練の回数(F=46.8,P<0.0001)、予防行動の遂行度(F=21.1,P<0.0001)と予測性が得られた。

6.時系列変化

 各々の変数の時系列変化を検討した。先ずコントロール群ではベースラインと12週目の間有意差がみられなかった。介入群の場合、第2週目にはコンチネンス効力感(T=3.37,P<0.001),ストレス(T=-2.22,P<0.05),うつ(T=-3.93,P<0.01)であり、効力感は有意に高くなり、ストレスとうつは有意に低くなった。しかし、ストレスはどの時期も有意に下がっているが、効力感とうつは2週目以外では有意な差がみられなかった。また、訓練の実践度も遂行度は8週目に有意な結果がみられ始めたものの(F=7.3 P<0.05)、訓練回数は12週目に有意な結果がみられた(F=11.5,P=0.18)。

IV.考察

 本研究は、コンチネンス効力感を高める介入法と伝統的な介入法の効果を比較し、コンチネンス効力感とストレスやうつとの関係、および骨盤底筋訓練の実践度との関係を把握した。

1.対象者の選定の問題

 研究デザインとしてProspective Quasi-experimental Intervention Studyであり、最初から無作為抽出の面で問題があったが、来院する患者数が少ない現状で、外来訪問の順番による2群分けを適用した。群分けは幸いに基本属性および尿失禁の属性において群間の差がみられなかった。尿失禁者の定義は、今研究が骨盤底筋練を毎日続けるかをみることであったため、月2-3回以上の尿漏れの経験者にしてあるが、問題はないと考えられる。

2.コンチネンス効力感と骨盤底筋訓練の実践度

 12週目のコンチネンス効力感は骨盤底筋訓練の実践度を予測する結果はすべての時期においても予測できるとは言えない。時系列的な変化をみると、2週目には有意な関連がなく、8週目になって関連が目立ち始めたのである。また、8週目は訓練の効果が出始めた時期でもある。これは電話介入から判断でき、介入前後の2回調査では把握できない部分であると考える。今後、コンチネンス効力感の実践度への予測性の測定時期、介入の長期効果などを時系列変化と共に検討する必要がある。それが介入の真の意味を生かす方法につながると思う。

V.結論

 2ヶ所の大学病院の尿失禁外来に通院していた48名を対象にし、コンチネンス効力感と骨盤底筋訓練の遂行度との関連を検討した結果、以下の結論を得た。

 1)コンチネンス効力感介入法はコンチネンス効力感を高める。

 2)コンチネンス効力感が高いほどストレスとうつは低い。

 3)コンチネンス効力感が高いほど骨盤底筋訓練の実践度も高い。

 以上により、CSESは、コンチネンス効力感介入法とともに訓練の継続性及び予防行動の遂行度を把握する妥当なものとして患者教育や指導の現場で使用できると考える。

Fig 1 Changes of Continence Efficacy Pre & P〓〓 InterventionFig 2 Preq〓cacy of Ezer〓he & Adherence at 12th week〓
審査要旨

 本研究は、腹圧性尿失禁者の症状を改善させるための介入である骨盤底筋訓練の実践度を高める方法に注目し、既存の方法に自己効力感を高める方法を加えた「コンチネンス効力感介入法」を考案したものである。既存の方法と比較することにより、コンチネンス効力感と骨盤底筋訓練実践度(骨盤底筋訓練の回数と予防行動の遂行度)との関係を検討し、下記の結果を得ている。

 1.治療方針として骨盤底筋訓練が必要とされた新患33名(介入群16名とコントロール群17名)について、コンチネンス効力感介入法(介入群)と既存の方法(コントロール群B)を提供して、その介入の効果の一つとしてコンチネンス効力感(以下効力感とする)を検討した。脱落者5名を除く28名に対して検討した結果、効力感はコントロール群より介入群の方が有意に高く、「コンチネンス効力感介入法」は効力感を高めることが認められた。

 2.介入による症状の改善度の検討は、既存の方法を受けた利用者15名(コントロール群A)を加え3群間における検討をした。その結果、症状の改善について3群間に有意差があることが認められた。

 3.介入のアウトカムとして骨盤底筋訓練の実践度を検討した結果、介入群の方がコントロール群より実践度が高く、群間に有意差が認められた。

 4.効力感と尿失禁ストレス及びうつの症状との間に関連があるか検討した結果、12週目に効力感と尿失禁ストレス、効力感とうつの間に有意な負の相関があり、効力感を高めることがストレスやうつを低くする可能性が示唆された。

 5.効力感と骨盤底筋訓練の実践度との関係を検討した。先ず効力感と関連し得る年齢、有病期間、他疾患の数はどれも効力感と有意な関連がみられなかった。効力感と骨盤底筋訓練の実践度との関係を分析した結果、効力感が骨盤底筋訓練の実践度の有意な予測変数であると認められた。

 以上の結果により、腹圧性尿失禁者の骨盤底筋訓練の実践度を高める一つの方法として効力感を高める介入が有効であることが示された。

 多くの女性がもつ腹圧性尿失禁の症状の改善は女性の健康維持の重要な課題になっている。症状の改善方法である骨盤底筋訓練の効果は従来から報告されているものの、訓練の効果には差があった。骨盤底筋訓練の実践度を予測する概念として効力感を検証したのは看護学で初めての試みであり、また、電話を利用した「コンチネンス効力感介入法」は、尿失禁者への介入法として簡便であり、一般の看護介入法として応用し得る有用性をも兼ね備えていることから、本論文は学位の授与に値するものと認められる。

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