学位論文要旨



No 114583
著者(漢字) 河野,あゆみ
著者(英字)
著者(カナ) コウノ,アユミ
標題(和) 在宅障害老人における「閉じこもり」と「閉じこめられ」の特徴
標題(洋)
報告番号 114583
報告番号 甲14583
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1503号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 鳥羽,研二
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 講師 山本,則子
内容要旨 I.研究目的

 在宅寝たきり高齢者の発生の原因は、高齢者が家に閉じこもる生活が心身の活動水準の低下を引き起こす「閉じこもり症候群」であるという問題指摘が提唱されている。

 本研究に先立ち、まだ明確ではない閉じこもり現象の定義を明らかにすることを目的に、看護職23人に、ADLが低下あるいは改善したケースについて、半構成的面接を行い、質的分析を実施した。その結果、閉じこもり現象は、行動範囲が屋内に限られ、かつ、生活行動の活動性が低い生活像であり、移動能力によって、「閉じこもり」と「閉じこめられ」とがあることが示された。また、閉じこもり現象は、在宅障害老人に起こる現象とされていた。

 本研究では、在宅障害老人における「閉じこもり」と「閉じこめられ」の身体的特性、心理特性、社会的特性、家族介護環境特性、住居環境特性の特徴を明らかにすることを目的とする。

II.研究方法1.対象と方法

 対象は、石川県輪島市福祉課による高齢者悉皆調査より選定した323人の在宅障害老人と介護者である。平成10年3〜7月に保健婦、看護婦による訪問面接を行った。

2.調査内容

 (1)移動能力:研究者作成による14段階の指標にて、評価した。

 (2)行動範囲:調査日からさかのぼって、一週間のうち、1回も屋外に出なかった者をHousebound、1回以上屋外に出た者をNot-houseboundと操作的に定義した。

 (3)生活行動の活動性:岩崎らによる日常生活行動の質問票を一部使用し、生活行動の実施状況にて、検討した。一週間、どの生活行動も行っていなかった者を不活動型、1種類以上の生活行動を行っていた者を活動型と操作的に定義した。

 (4)身体的特性:ADLはFIM(Functional Independence Measure)の運動項目、上肢機能はリーチテスト、認知能力はMSQ(Mental Status Questionnaire)にて測定した。また、脳卒中発作、過去1年の転倒、入院状況も把握した。

 (5)心理特性:高齢者の抑うつ状態はGDS(Geriatric Depression Scale)、意欲は、質問項目を作成し、測定した。

 (6)社会的特性:social networkはLubbenによるSocial Network Scaleにて、測定した。また、サービス利用状況についても把握した。

 (7)家族介護環境特性:介護者の介護負担感はCCI(Cost of Care Index)にて、測定した。介護者の働きかけは、「起こす働きかけ」「連れ出す働きかけ」「声かけ」、介護力は、「介護体制」「介護判断」について、質問項目を作成し、測定した。

 (8)住居環境特性:住まいの形態、居室の位置、寝具の種類、生活様式、てすりの設置状況を把握した。

3.分析方法

 分析の第一段階では、移動能力にて、歩行不可群、5m歩行群、バス外出可能群に対象者を層別化した。第二段階では、行動範囲にてHouseboundとNot-houseboundとに類型化、第三段階では、生活行動の活動性にて活動型、不活動の生活像に類型化し、各特性を比較検討した。歩行不可群におけるHousebound-不活動型の高齢者を「閉じこめられ」、5m歩行群におけるHousebound-不活動型の高齢者を「閉じこもり」とした。比較検討には、2検定、t検定、一元配置分散分析を用いた。

III.結果1.対象の特徴

 有効回答者321人中、男性122人(38.0%)女性199人(62.0%)であり、平均年齢78.8才、標準偏差7.3であった。痴呆なし・軽度の痴呆の高齢者は206人(64.2%)、FIMの平均得点71.3点であった。移動能力にて、歩行不可群72人(22.4%)、5m歩行群153人(47.7%)、バス外出可能群96人(29.9%)に層別化した。また、321人中、Houseboundは85人(26.5%)、不活動型は129人(40.2%)であった。

2.移動能力による各特性の特徴

 移動能力が低いほど、ADL、上肢機能、認知能力は、有意に低かった。移動能力が低いほど有意に、抑うつ状態が高く、意欲、social networkの得点が低かった。デイサービス・デイケア以外のサービス利用割合は、歩行不可群が高かった。また、移動能力が低いほど、介護者の介護負担感は有意に高く、「起こす働きかけ」は歩行不可群に、「連れ出す働きかけ」は5m歩行群に高く、「声かけ」はバス外出可能群に低かった。

3.移動能力による生活行動の活動性、行動範囲の特徴

 移動能力が低いほど、生活行動の活動性は低かった。移動能力と行動範囲には、有意な関連があり、Houseboundは、歩行不可群72人中に54人(75.0%)、5m歩行群153人中に31人(20.3%)、バス外出可能群は0人(0%)であった。

4.行動範囲と生活行動の活動性からみた生活像の類型化

 「閉じこめられ」、「閉じこもり」を特定するために、生活行動の活動性と行動範囲との関連から生活像の類型化を行った。歩行不可群72人中、「閉じこめられ」(Housebound-不活動型)68.1%、Housebound活動型6.9%、Not-housebound-不活動型19.4%、Not-housebound-活動型5.6%に類型化することができた。5m歩行群153人中、「閉じこもり」(Housebound-不活動型)10.5%、Housebound-活動型9.8%、Not-housebound-不活動型8.1%、Not-housebound-活動型51.6%に類型化することができた。輪島市全高齢者に占める「閉じこめられ」の出現率は0.71%、「閉じこもり」の出現率は0.23%であった。

5.「閉じこもり」と「閉じこめられ」の特徴(1)生活像による各特性の比較

 歩行不可群における生活像間では、移動能力、ADL、上肢機能、認知能力、意欲、デイサービス・デイケア利用、介護負担感、「起こす働きかけ」「連れ出す働きかけ」「声かけ」、「介護判断」に有意差または、有意な関連がみられた。5m歩行群では、脳卒中発作あり、移動能力、ADL、上肢機能、認知能力、意欲、social networkに有意差または、有意な関連がみられた。しかし、家族介護環境特性に特徴は、みられなかった。また、両群とも住居環境特性に特徴はみられなかった。「閉じこもり」、「閉じこめられ」の特徴を把握するために、各生活像間で有意差があった変数について、標準化を行い、比較検討を行った。

(2)「閉じこめられ」の特徴

 「閉じこめられ」の身体機能、意欲、social networkが著しく低かった。「閉じこめられ」は、「起こす働きかけ」が行われていたが、「連れ出す働きかけ」は行われてはいなかった。しかし、介護者の介護負担感は、高くはなかった。

(3)「閉じこもり」の特徴

 「閉じこもり」の身体機能は、他群に比べ、低くはなかった。「閉じこもり」の意欲とsocial networkは、著しく低かった。「閉じこもり」では、介護者の働きかけは、あまり行われていなかったが、介護負担感がわずかに高かった。

IV.考察

 対象者の特徴では、移動能力が低いほど、身体機能、心理社会機能が低く、介護者の働きかけは、よく行われていたが、介護負担感は高かった。これらの結果では、先行研究の知見を確認することができた。

 在宅障害老人の移動能力が低いほど、生活行動の活動性は低く、行動範囲が屋内に限られる傾向があり、バスで外出できるほど高い移動能力を持つ高齢者は、少なくとも1週間に1度は家の外に出ていたことが示された。

 対象地域での「閉じこめられ」の出現率は0.71%、「閉じこもり」の出現率は0.23%であった。歩行不可群中、「閉じこめられ」の出現率は、68.1%と過半数以上を占めていた。5m歩行群中、「閉じこもり」の出現率は、10.1%であり、多数を占めてはいなかった。

 「閉じこめられ」の身体機能、意欲、social networkは、著しく低い特徴が明らかにされた。「閉じこめられ」は「連れ出す働きかけ」やデイサービス・デイケアの利用が少なかったが、介護負担感は低いことが示された。「閉じこめられ」に行動範囲を拡げる援助を行う際には、サービスなどの有効な活用を促し、介護負担感を軽減する必要がある。

 「閉じこもり」の身体機能は低くなく、その機能を活用した行動範囲や生活行動の活動性を維持していないと考えられた。「閉じこもり」は、廃用性の機能低下が起こる危険性も予測され、予防的な観点から地域ケアを提供すべきと考える。また、「閉じこもり」は、意欲やsocial networkが著しく低い特徴が示された。「閉じこもり」には、その意欲やsocial networkを向上させる支援により、行動範囲を拡げたり、生活行動の活動性を高める効果が期待できると考える。

 以上より、在宅障害老人における「閉じこもり」と「閉じこめられ」の特徴を明らかにし、各生活像に応じた支援のあり方について提言することができた。

審査要旨

 本論文は、在宅障害老人における「閉じこもり」と「閉じこめられ」の身体的特性、心理特性、社会的特性、家族介護環境特性、住居環境特性の特徴を明らかにしたものである。本研究に先立ち、看護職23人への半構成的面接を行った結果から、閉じこもり現象は、行動範囲が屋内に限られ、生活行動の活動性が低い生活像であり、移動能力が低い場合を「閉じこめられ」、移動能力が高い場合を「閉じこもり」であることが示唆された。本研究では、地域の悉皆調査から選定した、在宅障害老人321人に質問紙による訪問面接調査を行い、以下の結果を得ている。

 1.対象者を移動能力の程度から、歩行不可群、5m歩行群、バス外出可能群に層別化を行い、各特性を検討した。移動能力が低いほど、ADL、上肢機能、認知能力、意欲、social networkの得点が低く、抑うつ状態が高かった。移動能力が低いほど、介護者の働きかけは行われていたが、介護負担感が高かった。これらの結果から、先行研究の知見を確認することができた。

 2.移動能力が低いほど、生活行動の活動性は低く、行動範囲が屋内に限られる傾向が示された。バス外出可能群にHouseboundの高齢者は、みられなかった。

 3.「閉じこもり」と「閉じこめられ」を特定するために、移動能力ごとに生活行動の活動性と行動範囲との関連から生活像の類型化を行った。歩行不可群の「閉じこめられ」(Housebound-不活動型)の出現率は、68.1%と過半数を占めていたのに対し、5m歩行群の「閉じこもり」(Housebound-不活動型)の出現率は、10.1%と多数を占めるものではないことが明らかにされた。また、対象地域での「閉じこめられ」の出現率は0.71%、「閉じこもり」の出現率は0.23%であることが示された。

 4.「閉じこめられ」の身体機能、意欲、social networkは、著しく低かった。また、「閉じこめられ」は、介護者の「連れ出す働きかけ」やデイサービス、デイケアの利用が少なかった反面、介護負担感は、低い特徴が明らかにされた。

 5.「閉じこもり」は、身体機能は低くなく、その機能を活用した行動範囲や生活行動の活動性を維持していないと考えられた。また、「閉じこもり」は、意欲やsocial networkが著しく低い特徴が明らかにされた。

 以上、本論文では、寝たきり老人の発生過程であると問題指摘されているものの、まだ実証的研究は行われていない閉じこもり現象に着目し、在宅障害老人の「閉じこもり」と「閉じこめられ」の特徴を記述、分析している点に、独創性が認められる。さらに、本論文ではこれらより、在宅障害老人の移動能力、行動範囲、生活行動の活動性を的確に把握し、各生活像に応じた支援のあり方について、提言している。よって、本論文は、寝たきり予防を目指した地域ケアプログラム開発の際に、基礎資料となる有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値するものであると認められる。

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