本研究は、哺乳類における卵成熟制御機構を明らかにするために、マウスの卵母細胞を用い、卵成熟に関与する主要な因子の発現および、活性制御の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.CDC2キナーゼ活性制御に関与するCDC2のリン酸化を、作成した特異抗体を用い解析し、卵成熟過程におけるリン酸化の変動を検出した。その結果、活性を抑制する15番のタイロシンと、活性化に働く161番のスレオニン(T161)のリン酸化、及びサイクリンBの蛋白量の変化によって、二回の分裂が制御されていることが示された。さらに、減数分裂の一回目と二回目におけるCDC2キナーゼの活性化と不活性化は、それぞれ異なるシステムで活性を増減させていることを明らかとした。 2.CDC2T161リン酸化抗体を用いた解析から、卵成熟過程においてはcdkactivating kinase(CAK)活性が変動することが示された。これまでの研究では、CAK活性は細胞周期を通して変化しないと言われていたが、減数分裂においては卵成熟が再開した後に活性が上昇することが明らかとなった。さらに、CDC2のT161は、サイクリンBと結合する前に、すなわち単体でリン酸化され得ることが示された。 3.卵成熟の再開時には、不活性型のpre-Maturation Promoting Factor(MPF)が活性型MPFになることで、第一次減数分裂を誘起するとされてきた。しかし本研究の結果から、第一減数分裂中期に見られる急激なMPF活性の上昇において、pre-MPFを介さない、単体のCDC2T161のリン酸化とサイクリンBの会合による活性化機構の存在が示された。 4.卵成熟過程におけるMAPKK,MAPKの活性を測定したところ、最大値の半分ほどのMAPKK活性で、MAPKが最大値まで活性化される結果が得られた。このことにより、卵成熟におけるMAPK系の活性の増幅が示された。 5.c-mos遺伝子の転写を解析する目的で、c-mosプロモーターにGFP遺伝子を接続し、トランスジェニックマウスを作成した。このマウスの解析から、卵母細胞におけるc-mos遺伝子の強い発現が確認された。また、トランスジェニックマウスの卵巣の凍結切片を観察したところ、c-mos遺伝子は、発育前の卵においてもすでに転写が認められた。一方卵母細胞以外の細胞においては発現が見られなかった。卵巣以外の組織においても、GFPの発現が低いレベルで認められたが、MOS蛋白は発現していなかった。このマウスの解析結果から、MOS蛋白が発現し機能している組織は、卵母細胞のみであることが明らかとなった。 6.卵成熟の再開を抑制するcAMPが、CDC2キナーゼとMAPキナーゼの活性化を阻害することを示した。さらにこの阻害効果は、卵成熟の再開時にのみ認められ、卵成熟が開始した後は二つのキナーゼ活性に影響しないことが明らかとなった。さらに、cAMPにより未成熟な状態に維持される卵母細胞において、CDC2のリン酸化状態には変化が認められなかったことより、cAMPの作用点はCDC2リン酸化、脱リン酸化酵素の上流に位置すると考えられた。 7.卵成熟の再開時に見られるcAMPの作用がPKAを介した効果であるかを検討したところ、cAMPに反応するPKA活性の上昇は、卵核胞崩壊の前後で有意差が認められなかった。このことより、cAMPの作用は、PKAを介さない経路を取ることが示された。 以上、本研究はマウス卵母細胞において、卵成熟に関与する因子の発現、活性制御を明らかにした。上記の研究結果は、これまで多くの解析がツメガエル卵を材料としてきた卵成熟について、哺乳類卵を用いて解析したものである。新たな知見、仮説が多く示され、胎生という生殖様式をとる哺乳類の卵成熟の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと認められる。 |