学位論文要旨



No 114585
著者(漢字) 吉田,富
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ユタカ
標題(和) 新規増殖抑制遺伝子ファミリー、Tobファミリー、の機能解析
標題(洋) Characterization of Tob family of antiproliferative gene products
報告番号 114585
報告番号 甲14585
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1505号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 福岡,秀興
内容要旨

 TobはBTG1,PC3/TIS21/BTG2と共に新しい細胞増殖抑制ファミリーを形成することが知られている。これらの遺伝子をNIH3T3細胞に強制発現させると、細胞増殖を抑制することが明らかとなっている。また、PC3/TIS21/BTG2はDNA損傷時にp53によってその発現が誘導される。さらに、PC3/TIS21/BTG2遺伝子欠損ES細胞では、DNA損傷時における細胞周期停止及びアポトーシスに異常を生じることが報告されている。しかしながら、これらTobファミリー蛋白質の細胞増殖抑制の分子メカニズムは不明である。そこで、私はTobファミリーについて、以下の2つの研究を行った。(1)Tobのマウス個体における機能を明らかにするために、tob遺伝子欠損マウスを作製し、機能解析を行った。(2)Tobファミリーをさらに理解するために、新規のtob関連遺伝子をRT-PCR法を用いて同定し、その解析を行った。

第1章tob遺伝子欠損マウスにおける骨量増加

 初めに、ヒトtob cDNAをプローブとして、マウスのゲノムライブラリーをスクリーニングし、マウスtobのゲノム領域を得た。次に、そのゲノム領域を用いて、ターゲティングベクターを作製し、tob遺伝子欠損マウスを作製した。tob遺伝子欠損マウスは、見かけ上は正常であったが、生後30週において、骨量の増加が認められた。生後40週においては、tob遺伝子欠損マウスの大腿骨の骨密度は正常マウスの1.5培に増加していた。次に骨組織における、tob mRNAの発現をin situ hybridizationによって調べた結果、tobは胎生18.5日の骨組織において、骨芽細胞、破骨細胞などが、存在する中央部分にのみ発現していた。さらに、Northern blot解析により、tobは破骨細胞には発現していないが、骨芽細胞には発現していることを見い出した。次に、骨芽細胞でのTobの機能を明らかにするために、骨髄細胞を培養し、アルカリホスファターゼ陽性細胞を観察したところ、tob遺伝子欠損マウスではアルカリホスファターゼ陽性細胞のコロニー数の増加が認められ、骨髄中の骨芽系細胞が増加している可能性が示唆された。さらに、骨髄細胞を培養し、破骨細胞の分化を検討したところ、Tob遺伝子欠損マウス由来の骨髄細胞培養において、骨吸収因子によって誘導される酒石酸抵抗性酸ホスファターゼ(TRAP)陽性細胞数の増加が認められた。そこで、骨量の増加の機序を明らかにするために、カルセインによる二重標識を行い、骨形成の進行状態を観察した。この結果、骨吸収面、破骨細胞面において有意差はなかった。これに対して、骨芽細胞面はtob欠損マウスにおいて有意な増加が認められた。さらに、in vitroでの実験と同様に、骨芽細胞数を示す骨芽細胞面においても、有意な増加が認められた。以上の結果から、tob遺伝子欠損マウスにおいて、骨芽細胞の増加に伴い、骨量が増加していると考えられる。

第2章神経上皮細胞に発現の高い新規tob関連遺伝子ANAの解析

 Tobファミリーをさらに理解するために、新規のtob関連遺伝子をRT-PCR法を用いて探索した。その結果、新規のtob関連遺伝子、ANAを同定した。ヒト組織において、ANA mRNAは精巣、卵巣、肺などで、高い発現が認められた。次に、ANAが、Tob、BTG1、PC3/TIS21/BTG2と同様に、NIH3T3細胞に強制発現させると、細胞増殖を抑制するかどうかを、マイクロインジェクションの実験系を用いて検討した。その結果、ANAは細胞周期のG1期からS期への進行を阻害し、ANAも増殖抑制遺伝子であることが確認された。また、ANAはヒト染色体上において、21q11.2-q21.2にマップされた。この領域は肺癌などで、しばしば欠損がみられるため、それらの癌へのANAの関与も考えられた。次に、マウス胎生期におけるANA mRNAの発現をNorthern blotを用いて解析したところ、ANAは胎生12.5日の脳で発現が高く、胎生14.5日になると発現が減少することを見い出した。さらに、ANA mRNAの発現を詳細に解析するため、in situ hybridizationを行ったところ、ANAは胎生10.5〜14.0日では、脳及び脊髄において、神経前駆細胞の存在するventricular zoneで高い発現が認められた。これらの結果から、ANAは神経分化における、細胞周期停止、運命決定などに関与していること考えられた。さらに、ANAは胎生14日において、ventricular zone以外では、メッケル軟骨などの様々な軟骨細胞で高い発現が認められ、軟骨細胞の分化においてもANAが機能していると考えられた。以上の結果から、ANAは新規の増殖抑制遺伝子であり、神経分化及び軟骨分化などで、細胞周期停止などに機能していることが予想された。

審査要旨

 本研究は新規増殖抑制遺伝子群であるTobファミリーの機能を明らかにするために、tob遺伝子欠損マウスの作製と解析、及びtob関連遺伝子ANAの同定と機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ヒトtob cDNAをプローブとして、マウスのゲノムライブラリーをスクリーニングし、マウスtobのゲノム領域を得た。次に、そのゲノム領域を用いて、ターゲティングベクターを作製し、tob遺伝子欠損マウスを作製した。tob遺伝子欠損マウスは、見かけ上は正常であったが、生後30週齢において、骨量が増加していることが示された。

 2.骨組織における、tob mRNAの発現をin situ hybridizationによって調べた結果、tobは胎生18.5日の骨組織において、骨芽細胞、破骨細胞などが、存在する中央部分にのみ発現していることが示された。さらに、Northern blot解析により、tobは破骨細胞には発現していないが、骨芽細胞には発現していることが示された。

 3.骨芽細胞でのTobの機能を明らかにするために、骨髄細胞を培養し、アルカリホスファターゼ陽性細胞を観察したところ、tob遺伝子欠損マウスではアルカリホスファターゼ陽性細胞のコロニー数の増加が認められ、骨髄中の骨芽系細胞が増加している可能性が示された。さらに、骨髄細胞を培養し、破骨細胞の分化を検討したところ、tob遺伝子欠損マウス由来の骨髄細胞培養において、骨吸収因子によって誘導される酒石酸抵抗性酸ホスファターゼ(TRAP)陽性細胞数が増加していることが示された。

 4.骨量の増加の機序を明らかにするために、カルセインによおる二重標識を行い、骨形成の進行状態を観察した結果、tob遺伝子欠損マウスにおいて骨形成速度が上昇していることが示された。また、骨吸収面、破骨細胞面において有意差はなかったが骨芽細胞面はtob欠損マウスにおいて有意な増加が認められた。さらに、in vitroでの実験と同様に、骨芽細胞数を示す骨芽細胞面においても、有意な増加が認められた。

 5.Tobファミリーをさらに理解するために、新規のtob関連遺伝子をRT-PCR法を用いて探索した結果、新規のtob関連遺伝子、ANAを同定した。ヒト組織において、ANA mRNAは精巣、卵巣、肺などで、高く発現していることを示した。

 6.ANAが、Tob、BTG1、PC3/TIS21/BTG2と同様に、NIH3T3細胞に強制発現させると、細胞増殖を抑制するかどうかを、マイクロインジェクションの実験系を用いて検討した結果、ANAは細胞周期のG1期からS期への進行を阻害し、ANAも増殖抑制遺伝子であることが示された。また、ANAはヒト染色体上において、21q11.2-q21.2にマップされた。この領域は肺癌などで、しばしば欠損がみられるため、それらの癌へのANAの関与も示された。

 7.マウス胎生期におけるANA mRNAの発現をNorthern blotを用いて解析したところ、ANAは胎生12.5日の脳で発現が高く、胎生14.5日になると発現が減少することが示された。さらに、ANA mRNAの発現を詳細に解析するため、in situ hybridizationを行ったところ、ANAは胎生10.5〜14.0日では、脳及び脊髄において、神経前駆細胞の存在するventicular zoneで高く発現することが示され

 以上、本研究はtob遺伝子欠損マウスにおいて、骨芽細胞の増加に伴い、骨量が増加することを明らかにした。さらに、新規のtob関連遺伝子、ANAを同定し、ANAが細胞周期のG1期からS期への進行を阻害することを示した。本論文はこれまで未知に等しかった、Tobファミリーの増殖抑制の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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