中国では、望まない出産を防ぐ最終手段として中絶が一般的である。また、さまざまな側面において、中絶経験のある女性は、現代社会および健康に対し大きな問題となっているSTD/HIVの感染リスクが高いことが示唆されている。そこで今回、中絶とクラミジアおよび淋病の有病率との関係、中絶とSTD/HIV/AIDSについてのKAP(知識、態度、行動)との関係を調べることを目的として実施した。下記の結果を得ている。 1.中絶経験者のクラミジア有病率(5.9%)は、報告の中国一般女性のそれ(2.5%)より2倍以上高かった。また淋病の有病率は、中絶経験者が1.0%で、報告された中国一般女性の0.1%に比べ高かった。 2.中絶経験者の中で、未婚の女性は、既婚の女性に比べ、STDおよびHIV/AIDS感染の危険性がより高かった。未婚中絶経験者の初回性体験の平均年齢は21.1歳であり、既婚で中絶経験を持つ女性のそれ(23.9歳)より早い(p<0.01)。未婚中絶経験者の性的パートナーの平均数は1.1人で、既婚中絶経験者のそれ(1.0人)より多いことがわかった(p<0.01)。未婚中絶経験者のクラミジア有病率は9.9%であるのに対し、既婚中絶経験者のクラミジア有病率は4.5%である(p<0.01)。未婚中絶経験者は、既婚中絶経験者より教育レベルが低く、性に対しより開放的な意見を持っていた(p<0.01)。 3.中絶を目的としない女性外来患者のHIV/AIDSを含む性病に対する知識、態度、行動を理解するため、過去に中絶を行った経験のある女性と全く中絶を行った事のない女性とに分け比較することにした。この過去に中絶を受けた経験のある女性は全く中絶を受けたことのない女性(never-abortion)より性的に活発であり、性に対してより開放的な考えを持っていた(p<0.05)。また過去に中絶した経験のある女性は初回性交渉においても全く中絶の経験のない人より早く性体験していることが分かった(p<0.05)。そして過去に中絶の経験を持つ女性は、持たない女性より複数の男性と関係を持つ傾向にあることが分かった。更に中絶した事のある女性のほとんどが、コンドームのSTD/AIDS予防の有効性について理解しているにも関わらず、必要な性病に対する予防対策を取っていなかった。その理由としてコンドームの購入や使用に付随する問題が挙げられた。 本研究により以下の2点が明らかになった。第1点は、避妊のみならず、性病やHIV予防という観点からコンドームの普及が必要であり、なお、その際には中国に根強く存在するコンドームに対する社会的慣習や考えを打破する必要があるであろう。第2点は、KAPにより、中絶経験の有無にかかわらず中国人女性は性病やHIV/AIDS予防に関して十分認識しているとは言えない状況であるという点である。とりわけ、未婚女性は既婚女性に比べて、性的に活発であり、クラミジアや淋病などの感染リスクも高いことから、未婚女性を中心に据えた性病やHIV/AIDS予防に関する保健教育プログラムを行う必要があると考えられる。 本研究は上海のみならずその他の中国における性病やHIV/AIDS予防対策を実施する上で必要な基礎的疫学情報を提供しているという点である。さらに、「人工妊娠中絶件数」がクラミジアや淋病のみならず、その他の性病やHIVなどの蔓延状況を推測するうえで有用な指標となり得る可能性を秘めていることが示唆された。本研究は、中絶経験者のKAPと性病および予防対策に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |