学位論文要旨



No 114590
著者(漢字) スビヨノ
著者(英字) SUBIYONO
著者(カナ) スビヨノ
標題(和) インドネシア都市部と農村部における高齢者に対するフォーマルおよびインフォーマルサポート : 中部ジャワ州とバリ州におけるケース・スタディ
標題(洋) Formal and Informal Elderly Support in Urban and Rural Villages in Indonesia : A Case Study in Central Java and Bali Provinces
報告番号 114590
報告番号 甲14590
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1510号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 小林,康毅
 東京大学 助教授 村嶋,幸代
 東京大学 講師 三浦,宏子
内容要旨

 本研究は、インドネシアにおける高齢者に対するフォーマルおよびインフォーマルサポートを、文化的背景のことなる中部ジャワ州(以下、単にジャワと略)およびバリ州(以下、単にバリと略)の、それぞれ、都市部および農村部の、計四地区において調査したものである。本研究の主な目的は、フォーマルおよびインフォーマルサポートの現状を明らかにすること、サポートに関連する要因を調査することにある。さらに、サポートについての地区間の差に関して比較検討すること、高齢者のフォーマルな医療介護に対するニーズを把握することも目的とした。多段層化抽出によって60歳以上の高齢者を四地区で合計792人選び、その地区の実状に通じ方言を解する国家家族計画調整委員会(BKKBN)の現地職員20人が質問紙を用いた面接調査をおこなった。調査は1998年1月10日から2月20日にかけておこなわれた。

 子供からのインフォーマルサポートについては、調査した四地区とも十分であり、多くの高齢者が子供からのサポートに満足していることが分かった。子供サポートスコア(TCI、満点4)の平均は3.10と高かった。都市部と農村部との差について検討したところ、ジャワ、バリのいずれにおいても、農村部の高齢者は都市部の高齢者より子供サポースコアが高かった。TCIを従属変数し、18の要因(性、年齢、婚姻状態、宗教、学歴、前職、就業状態、収入、住宅所有、同居子数、村内の別居子数、村外の別居子数、健康状態、身体活動度、疼痛、役割、社会活動、精神健康度)を説明変数とする重回帰分析の結果、子供数はジャワ農村部およびバリの都市部、農村部において強い関連要因であり、子供数が多いほどサポートスコアが高かった。ジャワ都市部においては、住宅所有がサポート量に関連していた。

 フォーマルサポートについては、年金および保険による社会保障に関して質問した。ジャワ、バリともにフォーマルサポートはほとんどおこなわれておらず、社会保障スコア(TSI、満点2)の平均は0.27と低かった。社会保障スコアを地区ごとに比較すると、ジャワでは都市部の高齢者が農村部の高齢者に比べ高かったが、バリではこのような差は認められなかった。重回帰分析をおこなった結果、前職、収入、宗教、村外の別居子数の四要因がフォーマルサポートと有意に関連していた。四地区において共通してフォーマルサポートと関連がみられたのは、前職であり、年金や保険といった社会保障をえている高齢者の大部分は公務員ないし軍人であった。

 ジャワ、バリいずれにおいても、90%近くの高齢者では健康状態が良好であった。身体活動度スコア(TAI、満点22)の平均は20.46、精神健康度スコア(TMI、満点10)の平均は8.62、役割スコア(TRI、満点6)の平均は5.40で、いずれも高い値を示している。69.2%の高齢者では、社会活動に支障がなかった。

 ジャワにおいては、定期的に健康チェックを受ける者の割合は、都市部が農村部より高い。一方、バリの都市部と農村部においては、この割合に差を認めない。医療施設を利用している高齢者の間では、医療サービスが適切であると考えられており、ほとんどの高齢者が30分以内で医療機関に到着でき、サービスの質が良好であると回答した。また、費用についても、「安い」(30%)ないし「普通」(50%)と評価する者が多く、「高い」と回答した者は少数(19%)であった。

 施設ケア(panti jompo)の利用はいまだ一般的ではなく、社会的に受け入れられるのには時間がかかるものと考えられた。認知度スコア(TKI、満点2)の平均は0.29であり、施設ケアの認知度は低かった。ジャワにおいては、農村部と都市部で認知度に有意差がみられたが、バリでは差がなかった。重回帰分析の結果、婚姻状態、前職、学歴、身体活動度の四要因が認知度に有意に関連していた。施設ケアを利用した者はほとんどおらず、高齢者も子供の世代も、施設ケアは貧困者のみに適切と考えており、施設ケアの利用を恥とするところがあり、高齢者を施設に送ることについての偏見は強いように思われる。

 本研究の結果、インフォーマルサポートは子供に大きく依存しており、年金、保険といった社会保障の形でのフォーマルサポートは現在のところ適切ではないと考えられる。今回、対象としたジャワ、バリにおいては、医療サービスについては利用は少なく、施設ケアも一般的ではない。

 今後の検討課題としては、以下の点があげられる。(1)今回のサポート項目は、金銭、食事、衣類、世話といった四種類の手段的サポートに限られていたので、他の手段的サポートや情緒的サポートについても今後、検討する必要があろう。(2)今回は子供サポートに重点をおいて調査をおこなったが、今後、他の家族やサポートネットワークをつうじたサポートの全体像を明らかにする必要がある。また、現在、公務員や軍人として働いている中年層を対象に社会保障に対する知識、意識、行動を調査する必要がある。(3)今回の調査対象となったジャワ、バリ以外の地域でのサポートの調査あるいは1998年の経済危機の後の状況の変化を検討する再度の調査が必要である。

 インドネシアにおける高齢者問題を解決するためには、家族、地域社会、国の協力が必要である。家族を中心の扶養のあり方を確立し、子供が高齢者に対して、手段的、情緒的サポートを提供できる援助をする必要がある。また、政府は年金、保険システムについてはっきりした政策を確立する必要があり、特に公務員や軍人以外の国民に対する政策が重要と考えられる。高齢者問題にとりくむ私的なあるいは地域を基盤とした種々の団体(宗教関係団体、開発関係団体、村落協同組合)を創設し、高齢者問題へのとりくみに参加をうながすことによって、年金や保険にかわる扶養システムを作っていく必要があろう。施設ケア(panti jompo)に関しては、政府が私的なあるいは地域を基盤とした団体の関与を推進し、これらの団体による施設ケアサービスの提供もすすめていくべきであると考える。

審査要旨

 本論文は、インドネシアにおける高齢者に対するフォーマルおよびインフォーマルサポートを、文化的背景のことなる中部ジャワ州(以下、単にジャワと略)およびバリ州(以下、単にバリと略)の、それぞれ、都市部および農村部の、計四地区において調査したものである。本研究の主な目的は、(1)フォーマルおよびインフォーマルサポートの現状を明らかにすること、(2)サポートに関連する要因を調査すること、(3)サポートについての地区間の差に関して比較検討すること、(4)高齢者のフォーマルな医療介護に対するニーズを把握すること、である。多段層化抽出によって60歳以上の高齢者を四地区で合計792人選び、その地区の実状に通じ方言を解する国家家族計画調整委員会(BKKBN)の現地職員20人が質問紙を用いた面接調査をおこない、以下の結果をえている。

 子供からのインフォーマルサポートについては、調査した四地区とも十分であり、多くの高齢者が子供からのサポートに満足していることが分かった。子供サポートスコア(TCI、満点4)の平均は3.10と高かった。都市部と農村部との差について検討したところ、ジャワ、バリのいずれにおいても、農村部の高齢者は都市部の高齢者より子供サポースコアが高かった。TCIを従属変数とし、18の説明変数(性、年齢、婚姻状態、宗教、学歴、前職、就業状態、収入、住宅所有、同居子数、村内の別居子数、村外の別居子数、健康状態、身体活動度、疼痛、役割、社会活動、精神健康度)による重回帰分析の結果、子供数はジャワ農村部およびバリの都市部、農村部において強い関連要因であった。ジャワ都市部においては、住宅所有がサポート量に関連していた。

 フォーマルサポートについては、年金および保険による社会保障に関して質問した。ジャワ、バリともにフォーマルサポートはほとんどおこなわれておらず、社会保障スコア(TSI、満点2)の平均は0.27と低かった。社会保障スコアを地区ごとに比較すると、ジャワでは都市部の高齢者が農村部に比べ高かったが、バリではこのような差は認められなかった。重回帰分析をおこなった結果、前職、収入、宗教、村外の別居子数の四要因がフォーマルサポートと有意に関連していた。四地区において共通してフォーマルサポートと関連がみられたのは、前職であり、年金や保険といった社会保障をえている高齢者の大部分は公務員ないし軍人であった。

 ジャワ、バリいずれにおいても、90%近くの高齢者では健康状態が良好であった。身体活動度スコア(TAI、満点22)の平均は20.46、精神健康度スコア(TMI、満点10)の平均は8.62、役割スコア(TRI、満点6)の平均は5.40で、いずれも高い値を示している。69.2%の高齢者では、社会活動に支障がなかった。

 ジャワにおいては、定期的に健康チェックを受ける者の割合は、都市部が農村部より高い。一方、バリの都市部と農村部においては、この割合に差を認めない。医療施設を利用している高齢者の間では、医療サービスが適切であると考えられており、ほとんどの高齢者が30分以内で医療機関に到着でき、サービスの質が良好であると回答した。また、費用についても、「安い」(30%)ないし「普通」(50%)と評価する者が多く、「高い」と回答した者は少数(19%)であった。

 施設ケア(panti jompo)の利用はいまだ一般的ではなく、社会的に受け入れられるのには時間がかかるものと考えられた。認知度スコア(TKI、満点2)の平均は0.29であり、施設ケアの認知度は低かった。ジャワにおいては、農村部と都市部で認知度に有意差がみられたが、バリでは差がなかった。重回帰分析の結果、婚姻状態、前職、学歴、身体活動度の四要因が認知度に有意に関連していた。施設ケアを利用した者はほとんどおらず、高齢者も子供の世代も、施設ケアは貧困者のみに適切と考えており、施設ケアの利用についての偏見は強いように思われた。

 本研究の結果、インドネシアでは、インフォーマルサポートは子供に大きく依存しており、年金、保険といった社会保障の形でのフォーマルサポートは現在のところ適切ではないと考えられた。また、今回、対象としたジャワ、バリにおいては、医療サービスの利用は少なく、施設ケアも一般的ではない。将来のインドネシアにおける高齢者問題を解決するためには、(1)家族を中心の扶養のあり方を確立し、政策として、子供が高齢者に対して、手段的、情緒的サポートを提供できる援助をおこなうこと、(2)政府は年金、保険システムに関する政策を確立する必要があり、特に公務員や軍人以外の国民に対する政策が重要であること、(3)高齢者問題にとりくむ私的なあるいは地域を基盤とした種々の団体(宗教関係団体、開発関係団体、村落協同組合)を創設し、高齢者問題へのとりくみに参加をうながすこと、が結論された。

 以上のごとく、本研究は今までほとんど先行研究がない途上国における高齢者問題の現状分析をおこなった点で独創性があり、また、将来のインドネシアの高齢者問題の解決へむけた実際的な提言をおこなうという有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値するものと考えられる。

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