学位論文要旨



No 114591
著者(漢字) 島田,千穂
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,チホ
標題(和) 予測生存確率を活用した高齢者保健福祉支援の評価方法に関する研究
標題(洋) Measuring Outcome of Health-Social Services for Elderly Weighted by Predicted Survival Probability
報告番号 114591
報告番号 甲14591
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1511号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅内,拓生
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 金川,克子
 東京大学 助教授 渡邉,知保
内容要旨 はじめに

 公的介護保険導入に伴い、期待される結果の異なる支援間の効果を比較することのできる指標の必要性が高まっている。医療の分野では、支援の結果を評価するための指標に関する研究が進められている。異なる支援間の効果を比較するためには、結果として得られた健康状態の重み付けを行い、一元化された値として評価する必要がある。保健福祉支援の領域への導入にあたり、重み付けに関する課題は、1)重み付けするための項目と、2)重みづけの値の決定、の大きく2つに分けられる。

 評価項目に関する課題については、1)地域で生活する高齢者の状態は身体的、心理的、社会的な要因が相互に関連していること、2)高齢期では、加齢に伴い、身体的、心理社会的な状態、及びその変化の個人差が大きくなること、があげられる。

 次に、重み付けの値の決定に関する課題については、1)多くの重み付けの値は、経済的理論を基にした選好を基準にして計算されていること、2)選好を決定するには複数の方法があり、方法により値が異なること、3)選好の際の基準となる「完全な健康状態」の意味が個人により相違すること、4)加齢に伴い、選好の個人差が大きくなること、があげられる。

 本研究は、重み付けとして予測生存確率の活用を検討することを目的とした。そのためには、1)重み付けの値を計算するために用いる項目が生存に対し、有意な関連をもつこと、2)項目を用いて計算した予測生存確率が、観測された生存確率と逸脱しないこと、3)予測生存確率の値の妥当性を確認すること、の3点が必要である。したがって、本研究は、高齢者に対する保健福祉支援を評価するために活用できる重み付けの値として、予測生存確率を計算するための項目及び統計モデルを開発し、予測生存確率の妥当性を検証することを目的とした。

 <研究1>では、重み付けの値を算出するための項目を作成し、項目を用いた統計モデルの適合性の検討、<研究2>では、妥当性を検討するため外的基準として医療費を取りあげ、算出された予測生存確率と医療費との関連から、予測生存確率の内容的妥当性の確認を行った。

調査対象<研究1>

 1992年に大都市近郊農村T村在住の65歳以上の住民全数752名を対象とし、調査を行った。有効回答数は610名(81.1%)であった。うち9名は追跡期間の5年間に転出したため、分析対象は601名(男性261名、女性340名)となった。601名の年齢別性別の人数分布は、住民全数の分布と比較し、有意差はなかった。そのうち、統計モデルの適合性の検討のための対象者は、必要な項目全てに回答した457名(男性203名、女性254名)であった。457名の年齢別性別の人数分布は、住民全数の分布と比較し、有意差はなかった。さらに、分析から除外された144名と疾患(高血圧、糖尿病、心臓病)の割合、及び死亡率の差を検討したところ、有意差はみられなかった。

<研究2>

 ロジスティック回帰分析の対象者457名のうち、1993年から1996年まで国民健康保険に加入していた238名(男性108名、女性130名)を対象とした。予測生存確率が計算できた対象者のうち、医療費の分析から除外された対象者と分析の対象者との間に、年齢、性別割合、疾患(高血圧、糖尿病、心臓病)の割合に有意差はみられなかった。

調査方法<研究1>

 1992年に自計式質問紙法を実施した。死亡に関するデータは、対象地域自治体の保健センターの集計を利用した。統計モデルの妥当性の検討では、生存を目的変数、年齢、性別、作成した項目を説明変数としたモデルを作り、ロジスティック回帰分析を行った。

 調査の内容は、属性、日常生活動作能力、社会的関わり、身体症状、罹患歴などに関し、質問した。

<研究2>

 医療費を、健康状態を評価するためのデータとして用いた。研究1のデータに加え、自治体の国民健康保険加入者の記録より、1993年から1996年の4年間の医療費に関するデータを利用した。ただし、予測生存確率を計算でき、かつ国民健康保険加入者であり、4年間に死亡した対象者については、死亡した年の医療費の平均値を欠損年に充当した。

結果<研究1>

 死亡率との関連が有意にみられるようカテゴリー化した。社会関連性評価得点、身体症状を組み合わせて11カテゴリーをもつ変数を作成した。移動能力、身の回りの管理(食事、排泄、入浴に関する日常生活動作能力)、視覚、聴覚についてはそれぞれ自立と要介助の2カテゴリー、社会関連性評価得点については15パーセンタイル値(11点)を基準として0-11点と12-18点の2カテゴリーとした。さらに、身体症状に関する項目については、腰痛、膝痛、肩こりなどの自覚症状の有無で2カテゴリーとした。以上の項目について、死亡率及び各カテゴリーの人数を考慮しつつ、11カテゴリーの新たな項目を作成した。11カテゴリー別に5年後の死亡率を確認すると、「移動、身の回りの管理、視聴覚自立・社会関連性評価得点12-18点・身体症状なし」のカテゴリーで6.0%、次いで「身体機能全て自立・社会関連性評価得点12-18点・身体症状あり」のカテゴリーで13.5%であった。死亡率が高い傾向が見られたのは、「移動要介助・社会関連性評価得点0-11点」のカテゴリーで41.4%、「移動自立・身の回りの管理要介助・社会関連性評価得点0-11点」のカテゴリーで40.0%であった。

 最も死亡率の低かった、移動能力、身の回りの管理、視聴覚についてすべて自立し、社会関連性評価得点が12-18点、身体症状なしのカテゴリーを、ロジスティック回帰分析のためのダミー変数の基準カテゴリーとした。新たな変数、及び年齢、性別を説明変数とし、生存を目的変数としたロジスティック回帰モデルを作成し、Hosmer-Lemeshow検定により適合性を検討した。その結果、Hosmer-Lemeshow検定のp値は0.969となり、予測値は観測値から逸脱していないことが示された。

 生存確率のオッズ比は、基準カテゴリーと比較し7カテゴリーが5%水準以下で有意に、他のカテゴリーも15%水準以下となった。作成した項目を用いて生存確率を計算することの適合性が認められた。

<研究2>

 1993年から1996年の合計医療費の中央値は¥1,704,410、外来医療費の中央値は¥1,337,163、入院医療費の中央値は¥0、予測生存確率の中央値は0.884であった。

 統計モデルから計算された生存予測確率と1993年から1996年の合計医療費とのスピアマンの順位相関は、-0.226(p<0.01)、外来医療費との相関係数は-0.165(p<0.05)、入院医療費との相関係数は-0.137(p<0.05)となり、いずれも有意な負の相関が確認された。予測生存確率が高くなればなるほど、翌年から4年間の医療費の合計は低くなることが示され、予測生存確率の値の内容的妥当性が認められた。

考察

 予測生存確率を計算するための評価項目、年齢、性別とともに構成した統計モデルの妥当性が確認され、予測生存確率の値は医療費と逆の相関を示し、その内容的妥当性が示された。

 予測生存確率を算出するために作成された項目は、身体、心理社会的要因を含み、高齢者の生活に関する多様な項目から構成された。項目の各カテゴリーの生存オッズ比の大きさの相違から、これらの項目を組み合わせて評価することの意義が確認された。組み合わせた評価項目は、高齢期における多様性を把握することが可能になり、その意義は大きいと考えられる。

 重み付けの値の決定については、予測生存確率を用いることにより、抵抗感が少なくなることが予想され、さらに、計算時についても、評定者の必要がないなど、利点が多いと思われる。また、生存を1、死亡を0とする計算は明確であり、1や0の意味の個人差はほとんどない。選好には加齢にしたがい、個人差が大きくなるとの報告もあるが、予測生存確率の場合、評価項目に生存に対する影響の個人差を考慮できる項目を含んでおり、その影響が全くないとは言えないまでも、縮小できたと考えられる。最後に、計算方法について、統計モデルの適合度は高く、予測値は観測値と比較し逸脱していないことが示され、その妥当性が確認された。さらに、年齢、性別、及び作成した項目から計算された予測生存確率は、4年間の医療費合計、外来医療費、及び入院医療費のいずれとの間にも有意な負の相関が得られ、予測生存確率が低く計算された者ほど、高い医療費が必要とされている傾向が示された。本研究で計算された予測生存確率は、医療費との有意な相関を示し、値の内容的妥当性が確認された。一方、予測生存確率は、生存期間、対象群の特性等により、その値が変動することが予測され、安定した値が得られるまでには時間が必要と言える。

 本研究の限界として、次の3点があげられる。第一に、本研究の対象者には、地域で生活する痴呆等の認知障害のある者、寝たきりで重度の障害者が含まれていない。第二に、本研究の対象者は、大多数が複合家族である上、経済的にも安定した地域であるなど、対象地域特有の特性をもっており、研究結果には限定性がある点である。第三に、作成したスケールの生存に対する関連は、年齢により相違する可能性があるものの、年齢群別に予測生存確率を計算するにはサンプルサイズが小さい点である。

 臨床への適用については、公平性と効率性のバランスをとることが必要とされ、今後は適用上の条件を検討することが不可欠である。今後の研究において、対象者の満足感、ニーズ適合性に関する専門職の評価等との比較を通じ、臨床への適用可能性を検討することが課題である。

審査要旨

 わが国では、保健福祉サービスの評価はこれまで十分に実施されておらず、その評価指標については発展途上である。本研究は、高齢者に対する保健福祉支援の結果の評価に活用可能な指標の作成につき検討したものである。異なる支援によりもたらされた結果を比較するためには、結果として得られた状態を表わす一次元のスケールが必要となる。多様な側面をもつ状態を、一定の基準に基づいて重み付けすることにより、一次元のスケールで評価することが可能となる。本研究は、重み付けするための基準として予測生存確率を用い、予測生存確率の計算、及び計算された予測生存確率の重み付けとしての妥当性を検証しており、以下の結果が得られている。

 1.身体的要因、及び心理社会的要因を評価し、予測生存確率を計算するためのスケール(Scale for Predicted Survival Probability:SPSP)を作成した。このスケールは移動能力、身の周りの管理、社会関連性、視聴覚、及び身体症状を組み合わせ11カテゴリーとなった。既存研究では、身体的要因と心理社会的要因は相互に関連していること、及び高齢になるほど個人差が拡大することが指摘されているが、作成されたスケールは、高齢者と高齢者をとりまく環境の相互関連を、予測生存確率の計算に反映できるよう工夫された点に特徴がある。また、重み付けの基準を生存(死亡)に設定し、客観的であることから受容されやすい可能性があることがあげられた。

 2.作成されたスケールの、最も死亡率の低いカテゴリーを基準とし、年齢及び性別を同時に投入したロジスティック回帰分析により生存との関連をみると、7カテゴリーの係数が5%水準以下、その他のカテゴリーも15%水準以下であり、作成されたスケールが生存と関連することを示した。

 3.作成されたスケールのカテゴリー、年齢、及び性別を説明変数、生存を目的変数としたロジスティック回帰モデルは、Hosmer-Lemeshow検定によるp値が十分に高く、予測値と観測値との適合性が確認された。さらに、移動能力、身の周りの管理、社会関連性、視聴覚、及び身体症状を単独、または2変数及びその交互作用を説明変数とした全てのモデルと比較すると、作成したスケールのカテゴリーによるモデルのHosmer-Lemeshow検定によるp値が最も高くなっており、スケールのカテゴリーを用いて予測生存確率を計算する有効性が示された。

 4.スケールのカテゴリー、年齢、及び性別で構成されたロジスティック回帰モデルにより計算された予測生存確率の値と、外的基準となる医療費との相関分析から、重み付けの値としての妥当性を検討した。その結果、有意な相関係数が得られ、重み付けするための値として活用する妥当性が示された。

 以上、本論文は、異なる支援の結果を比較するための重み付けの値として、予測生存確率を活用するため、高齢者の状態を評価するスケール、及び予測生存確率を計算する統計モデルを開発した。統計モデルは高い適合性を示し、計算された予測生存確率は外的基準との関連から妥当性が確認された。本研究は、保健福祉支援の評価に、異なる支援の結果の比較を可能とする一元化された評価指標の導入を提言したものである。本研究の結果は、今後一層必要性が増すと予測される、保健福祉支援における評価において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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