学位論文要旨



No 114592
著者(漢字) 呉,栽喜
著者(英字)
著者(カナ) オウ,ジェヒ
標題(和) 韓国における育児環境評価スケール開発に関する研究
標題(洋) Development of Assessment for Child Care Environments(ACCE)in Korea
報告番号 114592
報告番号 甲14592
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1512号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 教授 衛藤,隆
 東京大学 助教授 中村,安秀
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 助手 山本,則子
内容要旨 I.緒言

 人間の発達は環境との相互作用の連続であり、最近ではその環境に対する関心と評価の必要性は人間発達に対する生態学的観点の強調により、一層高まっている。近年育児環境の実証的研究がすすむにつれて、乳幼児の家庭養育環境評価の結果は発達検査の結果よりも子どもの認知的発達に関する予測性が高いことが報告されている。これらの研究は、乳幼児期において環境との相互作用が子どもの発達に影響を及ぼすことを裏付けている。従って、子どもと育児者、環境との関わりを発達への配慮を基軸に指標化することは、子どもの育児環境を評価する上で不可欠なことである。

 Caldwell(1967)により開発されたHOME(Home Observation for Measurement of the Environment)は家庭内で提供される刺激の量及び質を面接による家庭訪問(観察)を用いて評価する尺度である。乳幼児用HOMEは6つのサブスケール45項目からなる。しかし、HOMEは訓練されたスタッフが各家庭に訪問し観察により評価され、観察時間は約1時間である。韓国においても子どもの発達と環境との相互作用に着目した研究が1980年代から進められてきたものの乳幼児を対象とする研究はほとんどなされておらず、さらにそれらの研究は海外の評価法を韓国語に紹介・翻訳した段階に止まっている。そこで、本研究では子どもの初期の発達段階に焦点を当て、さらに項目設定においても保健福祉実践の場にて容易に活用できるよう実際の利用可能性も勘案しつつ育児環境評価スケール(Assessment of Child Care Environments Scale、ACCE)開発とともに信頼性と妥当性を検討することを目的とする。「育児環境」の捉え方としては、日常生活における子どもと育児者、環境とのかかわりとし、育児者(家族)や地域社会が日常生活において子どもとどのようにかかわっているか、どのように環境が整備されているかを評価枠組みの基本とする。

II.研究対象と方法

 本調査の対象は、韓国ソウル市及び都心周辺地域(仁川市内)にて保健所の予防接種に訪れた18か月児(男児54.8%、女児45.2%)及びその育児者267組であった。調査の依頼に対し受諾した育児者を対象に面接調査を実施した。

 研究方法は、数段階を経て開発したACCEとともにHOME、子どもの発達評価(韓国版デンバー式発達評価法、KDQ)、さらに育児者と子どもとの相互作用及びコミュニケーションをTEACHING場面にて評価を行うTEACHINGスケール(NCAST)を用いた。ACCEにつき主成分分析による因子分析により内容的妥当性を、HOME、NCAST、KDQとの関連性を相関により基準関連妥当性を検討した。また、確認的因子分析により育児環境評価スケールの構成概念妥当性の検証を行った。さらにCronbachの係数を用いて信頼性を検討した。

 ACCEの開発は3段階に分けて行なった。第1段階として、先行研究や関連文献から1次試案作成(120項目、1996年)後、専門職と育児者の意見を反映し項目選定を行ない60項目に絞り込んだ。第2段階としてソウル市内居住の子ども(18か月〜36か月)及び育児者96組を対象とし予備調査を行い(1996年8月)主成分分析による因子分析の結果から40項目を抽出した。第3段階として第2次調査を実施した。まず、利用可能性を考慮して意味が重複している考えられる2項目を除いた。次に、第2次調査では通過率が80%以上の8項目と30%以下の3項目の11項目、次に、ITC(corrected item-total correlation)値が0.3以下の4項目、また測定内容が一元的な概念を計測していることを裏付けるため主成分分析法による因子分析を行った結果、第1因子の負荷量が高いスコアを表したため、第1因子負荷量の0.3に満たない3項目を削除した。この結果により合計18項目をACCEの項目として採用した。

 ACCEの平均回答時間は約10〜15分である。ACCEの各項目の評価基準は基本的にかかわりの有無とし、かかわり無しを0点、有りを1点とした。かかわりの頻度については第2次調査の該当検査項目の平均値を基準とし、基準に満たないものを0点、基準を満たしたものを1点として加算し、仮にACCE得点とした。

 なお、すべての統計処理は、SPSS7.5J for Windowsにより行った。

III.結果(1)内容的妥当性の検討

 主成分分析による因子分析(斜交回転)を行った結果、固有値の大きさは第1因子から順に4.47、1.63、1.27、1.10となり、この尺度は多因子構造であることが明らかになった。各因子の寄与率は、順に27%、9.1%、7.1%、6.10%であった(表1)。

 第一因子は「発達に配慮したかかわり」、第二因子には「物的かかわり」、第三因子は「認知的・社会的かかわり」、第四因子は「環境整備」と命名した。

(2)基準関連妥当性の検討

 ACCEの基準関連妥当性を検討するため、ACCE(n=267)とHOME(n=108)、NCAST(n=112)、KDQ(n=267)の得点との関連を検討した結果、0.77、0.73、0.36とそれぞれの得点との間に5%水準で有意な関連性のあることが示された。また「父親の学歴」、「母親の学歴」、「性別」の3変数の影響をコントロールしACCEとHOME、NCAST、KDQとの合計得点の偏相関係数を求めた結果、それぞれ0.75、0.71、0.46と、いずれも0.5%水準で統計的に有意な正の相関がみられた。また、各スケールの領域別の関連性を検討した結果、類似領域において有意な相関がみられてた。さらに、母親や父親の学歴と各領域との間にも有意は関連性が認められた(表2)。

(3)確認的因子分析

 確認的因子分析は理論的に立てられたモデルの実際のデータを当てはめ、その適合度を通してモデルの妥当性の検証を行う分析方法である。

 モデルの適合度の指標には、2値、goodness-of-fit-index(GFI)、AGFI(adjusted goodness-of-fit-index)、及びRMSEA(root mean square error of approximation)を用いた。その結果、2値は208.305、GFIは0.932、AGFIは0.899、RMSEAは0.48であった(表3)。これらの統計的仮説検討の結果から4つの因子構造を仮定したモデルは適切であったと判断される。

(4)信頼性の検討

 ACCE18項目全体のCronbachの信頼性係数を求めたところ0.82という値が得られた。また、各々の因子別にみると、発達に配慮したかかわりが0.68、物的かかわり0.65、認知的・社会的かかわりが0.71、環境整備が0.76であった。

IV.考察(1)ACCE開発の意義

 本研究は、乳幼児の発達と育児環境との相互作用に着目した研究が数少ない韓国の乳幼児を対象に開発した点、保健福祉実践の場において容易に活用できるよう利用可能性を考慮された点でその重要性を持つ。ACCE開発の意義は、第一に、子どもの発達に支障をもたらす家庭における環境リスクを簡単、かつ迅速に把握可能な点である。このことは社会的育児支援システムが充分に整備されていない韓国の状況を考慮すると、育児環境関連するリスクの早期発見、早期支援のシステムの展開に導く一つの手段として、重要な意味を持つと言えよう。第二に、質問紙法による評価であるため、実施が容易な点である。「質問紙法」は「面接による家庭訪問」に比し、主たる育児者に記入を依頼するものであり、健診場面において容易に利用できると同時に、「面接による家庭訪問」の実施による人的・物的費用負担が軽減される利点が指摘されている。第三に、育児者の啓発に役立つ可能性が示唆された点である。質問紙法は、啓発的要素を持ち、主たる育児者が育児の重要な要素に気づく機会を与える利点が考えられる。

(2)ACCEの信頼性及び妥当性

 本研究では、通過率の検討、各項目総得点との関連性検討、主成分分析法による因子分析等を用いて開発したACCEに対し、主成分分析による因子分析により内容的妥当性を検討し、発達に配慮したかかわり、認知的・社会的かかわり、物的かかわり、環境整備の4つの因子が確認された。ACCEは、日常生活のなかで育児者、家族、地域社会が子どもにどのようにかかわりを持っているかについて、評価可能な内容で構成されていることが示された。ACCEとHOME得点との関連を検討した結果、ACCEの得点が高いことと育児者と子どもの相互作用や子どもの発達状態の間には有意な正の関連性が認められた。これらの結果から実際家庭内での働きかけの様子をACCEが反映していることが示唆された。また、この結果は先行研究の結果と一致している。その他、ACCE得点と各因子は父親及び母親の学歴の間にも有意な関連性があり、子どもの育児環境が育児者の学歴と関連するという先行研究の結果と一致する結果であった。また、確認的因子分析を行った結果ACCEの構成概念妥当性が検証された。さらに、ACCEの18項目全体のCronbachの係数を求めたところ高い値が得られたことから信頼性が確認された。

 しかし、本論文は研究対象者が限られている点、また開発したACCEの利用可能性が充分に検討されていない点が問題点として指摘できる。

 今後、韓国版育児環境評価スケールを標準化するための課題として、横断的・縦断的調査研究による検討、保健福祉実践の場における育児環境評価スケールの利用可能性の検討等の必要性が示唆された。

表1) 主成分分析による因子分析結果表2) ACCEとHOME、NCATSの各領域の相関表3) ACCEの適合度
審査要旨

 韓国では、子どもの発達と環境との相互作用に関する研究は1980年代から進められてきたものの、乳幼児を対象とする研究は海外の評価法を韓国語に紹介・翻訳した段階に止まっている。本研究では、子どもの初期の発達段階に焦点を当て、保健福祉実践の場で利用可能性を勘案しつつ、韓国版育児環境評価スケール(Assessment of Child Care Environments Scale、ACCE)を開発し、スケールの信頼性と妥当性を検討することを目的とするものであり、下記の結果を得ている。

 1.ACCEの開発は3段階に分けて行なった。第1段階として、先行研究や関連文献から1次試案作成(120項目)後、専門職と育児者の意見を反映し項目選定を行ない60項目に絞り込んだ。第2段階として子ども(18か月〜36か月)及び育児者96組を対象とし予備調査を行い、主成分分析による因子分析の結果から40項目を抽出した。第3段階として、まず、利用可能性を考慮して意味が重複している考えられる2項目を除いた。次に、第2次調査で通過率が80%以上の8項目と30%以下の3項目の合計13項目、さらに、ITC(corrected item-total correlation)値が0.3以下の4項目を除いた。さらに、これらの21項目について主成分分析法による因子分析を行った結果、第1因子の負荷量が高いスコアを表したため、第1因子負荷量が0.3に満たない3項目を削除した。この結果により合計18項目をACCEの項目として採用した。

 2.ACCEの内容的妥当性の検討のため主成分分析による因子分析(斜交回転)を行った結果、固有値の大きさは第1因子から順に4.47、1.63、1.27、1.10となり、この尺度は多因子構造であることが明らかになった。この結果からACCEの内容的妥当性が認められた。なお、4つの因子は発達に配慮したかかわり、認知的・社会的かかわり、物的かかわり、環境整備と命名した。

 3.ACCEの基準関連妥当性を検討するため行った、ACCE、HOME(Home Observation for Measurement of the Environment)、NCAST(Nursing Child Assessment Teaching Scale)、KDQ(Korea Denver Questionnaire)の相関係数は、0.77、0.73、0.36であり、それぞれとの間に有意な関連性が示された。また、父親の学歴、母親の学歴、性別の3変数の影響をコントロールし、偏相関係数を求めた結果、ACCEとHOME、NCAST、KDQの合計得点との間に統計的に有意な正の相関がみられた。また、ACCEの各領域とHOME、NCASTの各領域の関連性を検討した結果、類似領域において有意な相関がみられた。さらに、母親や父親の学歴とACCEの各領域及び総得点との間にも有意は関連が認められた。これらの結果は、先行研究の結果と一致してものでおり、ACCEが家庭内での働きかけを中心とした育児環境を反映していることが示唆された。

 4.ACCEの構造概念妥当性を検討するために確認的因子分析を行った。モデルの適合度の指標には、2値、goodness-of-fit-index(GFI)、AGFI(adjusted goodness-of-fit-index)、及びRMR(root mean square residual),RMSEA(root mean square error of approximation)を用いた。その結果、2値は208.305、GFIは0.932、AGFIは0.899,RMRは0.010,RMSEAは0.48となり、4つの因子構造を仮定したモデルの適合性が認められた。

 5.ACCEの信頼性を検討するためにCronbachの係数を用いて信頼性を求めた。その結果、各々の因子別発達に配慮したかかわりが0.68、物的かかわりが0.65、認知的・社会的かかわりが0.71、環境整備が0.76となり、さらに、ACCE項目全体のCronbachの係数も0.82と高い値であったことから信頼性が認められた。

 以上、韓国における育児環境評価スケール(ACCE Scale)に関する研究において、スケールの内容、基準関連、構成概念妥当性及び信頼性が確認された。本研究は、乳幼児の発達と育児環境との相互作用に着目した研究が数少ない韓国において、信頼性が高く、保健福祉実践の場において容易に活用できるACCE Scaleを開発したことは、この分野の研究の進展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと判断される。

UTokyo Repositoryリンク