本研究は妊娠中の骨代謝回転を更に詳細に分析し、骨吸収の亢進を引き起こす病態生理を明らかにするため、末梢血単球(PBMC)を分離培養する系にて、破骨細胞機能を主として制御している骨吸収性サイトカイン(TNF-,IL-1,IL-1,IL-6)の動態を分析したものであり、下記の結果を得ている。 1.破骨細胞と骨芽細胞の妊娠中の生理活性を分析した結果、破骨細胞及び骨芽細胞活性は妊娠14週頃までは、非妊時に比べて抑制状態にあり、それ以降は両者とも妊娠末期まで上昇しており、妊娠中の骨代謝は2相より成ることが示された。但し、全期間を通じ骨芽細胞機能は破骨細胞機能に比べ40-50%の抑制がみられカップリングした骨代謝回転は行われていなかった。これらの結果から、妊娠中に生理的骨量減少が初期より生じていることが示唆された。 2.PBMCを分離培養し、骨吸収性サイトカインの産生量及び遺伝子発現を分析した結果、非妊時に比べて、TNF-及びIL-1は妊娠の初期より上昇していたが、破骨細胞機能とは一致した推移を示さなかった。それに対し、IL-6は破骨細胞機能の推移に類似して妊娠の後半に上昇し、妊娠中の破骨細胞を主として制御しているサイトカインである可能性が示唆された。これらの結果から、TNF-及びIL-1は産生されるが、IL-6の発現を促進しておらず、TNF-及びIL-1が破骨細胞制御の中心物質であるとするupstream and downstream cytokineという考え方は妊娠中には必ずしも当てはまらないことが示唆された。 3.PBMCにおける各ステロイド受容体の遺伝子発現をみたところ、グルココルチコイド受容体(GR)-が妊娠後期で上昇傾向を示し、GR-に対しドミナントネガティブに作用することでグルココルチコイドのサイトカイン発現抑制作用が相対的に阻止され、サイトカイン、特にIL-6の上昇をみた可能性が示唆された。 4.PBMCのIL-6産生に対するエストロゲンの作用をみたところ、非妊時のPBMCではエストロゲン(10-7-10-5M)添加で40-50%の発現抑制が見られたが、末期のPBMCでは逆にエストロゲンにより容量依存性(10-11-10-4M)にIL-6産生量が約300%にまで上昇した。つまり、妊娠中と非妊時とではPBMCからのサイトカイン発現に対してエストロゲンは全く逆の反応を示した。 5.PBMCのIL-6産生に対するI型コラーゲンの作用をみたところ、妊娠末期のPBMCでは、非妊時のPBMCに比べて約1000倍の低濃度でIL-6発現が亢進し、濃度依存的に約270%にまで上昇した。このコラーゲンに対する妊娠末期PBMCの反応性亢進は、少なくともフィブロネクチン受容体(インテグリン)、V3を介さない可能性が各インテグリンサブユニットの遺伝子発現の分析より示唆された。 以上、本論文はPBMCより産生される骨吸収性サイトカインの分析から、IL-6が妊娠中の破骨細胞制御の中心物質として機能しており、骨吸収が亢進することを新しく示した。妊娠中にIL-6がPBMCより過剰に発現する機序として、1)エストロゲンが、非妊時とは逆にIL-6産生を促進すること、2)I型コラーゲンに対してIL-6産生能が亢進すること、3)GR-の上昇によるグルココルチコイドのIL-6産生抑制の解除があること等を見出した。本研究は、これまで不明であった高エストロゲン状態にある妊娠中の骨吸収亢進機構の解明に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値すると判断した。 |