学位論文要旨



No 114595
著者(漢字) 加藤,大
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,マサル
標題(和) HPLC用低分子型キラル固定相における分離機構の解析
標題(洋)
報告番号 114595
報告番号 甲14595
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第856号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 【序論】

 生体の構成成分や薬物などの生理活性物質の多くは光学活性体であるため、それらの分布や動態を理解するには、光学活性体の高感度かつ高選択的な分析法が必要である。その中でもHPLC-キラル固定相法は、その簡便性などの理由で生体試料中の光学異性体分析に汎用されてきた。4-Fluoro-7-nitro-2,1,3-benzoxadiazole(NBD-F)で蛍光誘導体化したアミノ酸(NBD-アミノ酸:図1)は、アミノプロピルシリカゲルに(S)-N-3,5-dinitrobenzoyl-1-naphthylglycine(CSP1),(S)-N-(3,5-dinitrophenylaminocarbonyl)-valine(CSP2),N-[(R)-1-(-naphthyl)ethylaminocarbonyl]-(S)-tert-leucine(CSP3)を化学結合させたキラル固定相により、良好に光学分割され、生体内D-アミノ酸の定量に利用されている。キラル固定相による光学分割は、溶質が固定相と形成する複合体の安定エネルギーが光学異性体間で異なることで達成される。従って、この複合体構造の解明は、各キラル固定相における光学分割可能な分子構造の解明や分離の改善につながると考えられる。一方、これらのキラル固定相を生体試料中のDL-アミノ酸分析に応用した場合、光学分割されたNBD-アミノ酸のピークが別のNBD-アミノ酸のピークと重なるため、限られたアミノ酸の定量しか出来ないという問題が残されていた。そこで私は、CSP1,2,3によるNBD-アミノ酸の分離機構の解析、ならびにアルキル直鎖を導入したキラル固定相の製作を行い、以下の知見を得た。

図1 NBD-アミノ酸の構造
【実験・結果・考察】1.HPLC用低分子型キラル固定相による光学分割機構の解析

 HPLCを用いて、キラル固定相によるNBD-アミノ酸とその類似構造を有する化合物の分離係数や溶出順を調べ、光学分割に関与するNBD-アミノ酸とキラル固定相の光学活性部位との複合体形成に必要な官能基の解明を行った。その結果、CSP1では、NBD--アミノ酸やそのエステル、アミド体は、D,Lの順に溶出したが、NBD-イミノ酸は溶出順が逆転した。また不斉炭素にカルボニル基が隣接しないNBD-1-メチルプロピルアミンなどは、光学分割されなかった。さらに誘導体化試薬(ABD-F,DNS-Clなど)の構造によって、分離係数が変化し、溶出順の逆転も見られた。一方、NMRの実験より、NBD-L-AlaとCSP1の光学活性部位との間に水素結合が形成され、これはNBD-D-Alaよりも安定であることが明らかとなり、この結果はNBD-L-Alaの方がCSP1に強く保持された結果を支持する。これらの検討より、NBD-アミノ酸のアミノプロトンとカルボニル酸素が、各々CSP1の不斉炭素に隣接したカルボニル酸素とアミドプロトンとの間に水素結合を生じ、NBD-アミノ酸のベンゾフラザン骨格(2,1,3-benzoxadiazole)がCSP1のナフタレン骨格との間に-相互作用を生じることによって、複合体が形成され、NBD-アミノ酸が光学分割されると考えられた。さらにCSP1によって、NBD-イミノ酸のようにアミノプロトンを持たない溶質や、NBD-1-フェニルエチルアミンのようなカルボキシ基を持たない溶質も光学分割された。

 CSP2,3の光学活性部位とNBD-アミノ酸との複合体形成にも、NBD-アミノ酸のアミノプロトン、カルボニル酸素とベンゾフラザン骨格が寄与していた。しかしながらCSP 2では、NBD-イミノ酸もNBD-アミノ酸と同じくD,Lの順に溶出する例(NBD-Pro,-N-methyl-Ala,-N-methyl-Phe)も見られたことから、NBD-アミノ酸のアミノプロトンはNBD-アミノ酸の光学分割に必須ではなく、複合体構造を安定化させていると考えられた。

図2 HPLC用固定相の構造
2.HPLC用低分子型キラル固定相による相互分離機構の解析

 次に、CSP1,2,3によるNBD-アミノ酸の分離の改善には、光学分割のみならずNBD-アミノ酸の相互分離の機構も解析する必要があると考えた。アミノプロピルシリカゲルのみを充填したカラム(APS)によるNBD-アミノ酸の溶出順は、CSP1,2,3によるものと類似していた。従って、CSP1,2,3による相互分離は、主に未修飾のアミノ基によるイオン及び水素結合に起因すると考えた。そこでシリカゲルと光学活性部位との間にアルキル直鎖を導入し、疎水的相互作用を増加させることで、CSP1,2,3の問題点であるNBD-アミノ酸の相互分離が改善されると推測し、鎖長を延長した固定相(APS,APS-6,APS-11)によるNBD-アミノ酸の相互分離を比較した。アルキル鎖長の延長により各NBD-アミノ酸は強く保持され、ピーク同士の溶出間隔が拡がったため、相互分離が改善した。3種の固定相の中で、アルキル鎖長が最長なAPS-11が最もNBD-アミノ酸の相互分離に適していた。

3.アルキル直鎖を導入したキラル固定相の分離特性

 APS-11の末端にCSP1と同一の光学活性部位を修飾したキラル固定相(CSP4)は、移動相に5mMクエン酸メタノール溶液を用いた場合、CSP1と比較して各NBD-アミノ酸をより強く保持し、相互分離に適しており、さらに疎水性の高いアミノ酸の光学分割を改善した。生体試料の分析に汎用されている、水を含む逆相系の移動相を用いた場合、アミノ酸同士はすべて分離されたが、光学分割の分離係数は減少した。

 NBD-アミノ酸以外の溶質の光学分割をCSP4とCSP1で比較した結果、アミノ酸エステル、アミド体、局所麻酔薬であるプリロカインの光学分割が、CSP4によって改善されたことから(図3)、CSP4は疎水性の高い溶質の光学分割に適していると考えられた。

 さらにCSP4の光学活性部位の修飾量を半減させたキラル固定相やその構造を変化させたキラル固定相(CSP5,6)においても、アルキル直鎖導入による、NBD-アミノ酸の相互分離や疎水性の高い溶質の光学分割の改善が見られた。以上のようにアルキル直鎖を導入したキラル固定相は、従来のキラル固定相と比較して溶質を強く保持し、溶質同士の相互分離に適しているのみならず、疎水性の高い溶質の光学分割に適していた。相互分離が改善した理由は、導入したアルキル直鎖による疎水的相互作用が、溶質同士の分離に役立ったためと考えられる。光学分割能の改善には、光学活性部位のフレキシビリティーの上昇や形成する疎水空間の拡大が寄与したと予想している。

図3 CSP1とCSP4におけるNBD-DL-Pheのメチルエステルとアミドのクロマトグラム固定相:a)CSP1,b)CSP4,移動相:水/アセトニトリル/TFA=a)60/40/0.05,b)58/42/0.025,温度:室温,流速:1.0ml/min,検出:励起波長.470nm,検出波長.530nm.
【総括】

 本研究により、CSP1,2,3によるNBD-アミノ酸の光学分割には、2つの水素結合と1つの-相互作用が関与していることが判明した。またキラル固定相の光学分割能は、光学活性部位の構造やシリカゲル表面への修飾量などによって決定されると考えられてきたが、同一の光学活性部位を用いても、シリカゲルと光学活性部位との間にアルキル直鎖を導入することで、相互分離や光学分割能が改善されることを明らかにした。この知見は、同一の光学活性部位を用いたキラル固定相であっても、その光学活性部位が存在する環境を変化させることで、光学分割能が向上することを提示しており、目的物質の光学分割に適したキラル固定相の開発に役立つと考えられる。

【参考文献】1)M.Kato,T.Fukushima,T.Santa,K.Nakashima,R.Nishioka and K.Imai.Preparation and evaluation of new Pirkle type chiral stationary phases with long alkyl chains for the separation of amino acid enantiomers derivatized with NBD-F.Analyst,123,(1998)2877-2882.2)M.Kato,T.Fukushima,T.Santa,H.Homma and K.Imai.Determination of D-amino acids,derivatized with 4-fluoro-7-nitro-2,1,3-benzoxadiazole(NBD-F),in wine samples by high-performance liquid chromatography.Biomed.Chromatogr.,9,(1995)193-194.
審査要旨

 論文表題「HPLC用低分子型キラル固定相における分離機構の解析」

 不斉中心を有する薬物や生体成分の分離定量にはキラル固定相を用いたHPLCが汎用される。しかしキラル固定相の多くはその分離機構が解明されていないのが現状である。本論文は、キラル固定相による蛍光誘導体化アミノ酸(NBD-アミノ酸)を始めとする多くの溶質の分離機構を、HPLCとNMRを用いて光学分割と相互分離の2つの視点から解析し、その結果に基づいて、NBD-アミノ酸の相互分離や疎水性の高い溶質の光学分割に優れたキラル固定相の作製を行ったものである。

(1)HPLC用低分子型キラル固定相による光学分割機構の解析

 HPLC用低分子型キラル固定相の中で、NBD-アミノ酸に対して優れた光学分割能を示す3種類のキラル固定相(アミノプロピルシリカゲルに(S)-N-(3,5-dinitrobenzoyl)-1-naphthylglycine,(S)-N-(3,5-dinitrophenylaminocarbonyl)-valine,N-[(R)-1-(-naphthyl)ethylaminocarbonyl]-(S)-tert-leucineをそれぞれ化学結合させたキラル固定相(CSP1,CSP2,CSP3))について、その光学分割機構をHPLCとNMRを用いて検討した結果、これらのキラル固定相の光学活性部位とNBD-アミノ酸との複合体形成には、NBD-アミノ酸のカルボニル酸素とアミノプロトンによる水素結合、ならびにベンゾフラザン骨格による-相互作用が関与していることが判明した。

(2)HPLC用低分子型キラル固定相による相互分離機構の解析

 一方、これらキラル固定相における溶質同士の相互分離には、固定相の基材部分のアミノプロピル基によるイオン結合や水素結合が関与していることを明らかにした。そこで、新たにアミノプロピルシリカゲルに鎖長の異なったアルキル直鎖を修飾した固定相(APS-6-AmHA,APS-11-AmUA)を作製し、NBD-アミノ酸の相互分離を比較した結果、長いアルキル直鎖(デカン基)を修飾したAPS-11-AmUAが、疎水的相互作用が強くなるためNBD-アミノ酸の相互分離に適していた。

(3)アルキル直鎖を導入したキラル固定相の分離特性

 (2)で述べたAPS-11-AmUAの末端に光学活性部位を導入したキラル固定相(CSP4)を作製し、同一の光学活性部位を有するキラル固定相(CSP1)とその分離能を比較した結果、CSP4はその疎水的相互作用によってCSP1よりもNBD-アミノ酸の相互分離を改善するばかりではなく、疎水性の高い溶質の光学分割能を向上させることが示された。さらに光学活性部位の構造や修飾量を変化させたキラル固定相を作製し、その分離特性を検討した結果、キラル固定相にアルキル直鎖を導入することは、NBD-アミノ酸を始めとする多くの溶質の相互分離や光学分割能の改善に寄与することが判明した。これはキラル固定相の光学活性部位とアミノプロピルシリカゲルとの間に導入したアルキル直鎖が、疎水空間を形成し、その空間に取り込まれる溶質の相互分離および光学分割能を改善するためであると考えられた。これより固定相の分子認識部位の環境を変化させれば、キラル固定相による光学分割能を改善できることが判った。

 以上、本論文では従来の低分子型キラル固定相の分離機構をHPLCならびにNMRを用いて解析し、NBD-アミノ酸や薬物の光学分割には、水素結合や-相互作用が関与していることを明らかにした。この結果に基づき、キラル固定相の光学活性部位とアミノプロピルシリカゲルとの間にアルキル直鎖を導入したキラル固定相を作製し、その有効性ならびに展開性を示した。これらの研究成果は、分子認識に基づいた分離定量法の改善に寄与するものであり、博士(薬学)の学位論文として十分の価値があると認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54079