チオールを求核剤とする触媒的不斉マイケル反応に関しては、これまでに高い選択性を実現した反応がわずかながら報告されているものの、利用できる基質に制限がある等の問題点があり、合成的に有用なレベルには達していないのが現状である。そこで江守英太は上記問題点を解決するとともに、多機能複合金属不斉錯体による触媒的不斉マイケル反応における基質の適用性の向上を目指し、本研究に着手した。 チオールとして4-tert-ブチルチオフェノール(2a)を用い、シクロヘキセノン(1a)との反応において種々条件検討を行った。その結果、LSBをトルエン中で用いた場合に60%ee程度の不斉収率で成績体3aが得られることを見いだした。トルエン溶媒では不斉収率の再現性に問題があったものの、少量のTHFを添加することで、不斉収率が格段に向上するとともに、再現性よく成績体を得ることができるようになった。 最適条件下、種々の基質を用いて反応を行った結果をTable1に示す。まず、シクロヘキセノン(1a)と種々のチオールとの反応を検討した。酸性度が比較的高いチオフェノール(2b)ではチオールとLSB中のビナフトールとの配位子交換が起こっているためか、不斉収率の低下が見られた。一方、ベンジルメルカプタン(2c)では90%eeと高い不斉収率で成績体3cを得ることができた。続いてベンジルメルカプタン(2c)と種々のエノンとの反応を検討した。シクロペンテノン(1b)では56%eeの不斉収率にとどまったが、シクロヘプテノン(1c)や3-メチルシクロヘキセノン(1d)では、比較的高い不斉収率で成績体が得られた。 Table 1.Catalytic Asymmetric Michael Additions of Thiols to Enones Promoted by LSB さらに江守英太は、LSBによるチオールの触媒的不斉マイケル反応において想定している中間体に着目し、酸性プロトンを不斉プロトン源として利用することができれば、触媒的不斉プロトン化反応への展開が可能になるのではないかと考えた。なお、チオールのマイケル付加における触媒的不斉プロトン化反応に関しては、これまでに実用的レベルでの報告例がない(最高54%ee)。 メタクリル酸エチル(7)と4-tert-ブチルチオフェノール(2a)との反応において、LSB(20mol%)を塩化メチレン中で用いることで、成績体8が82%eeと高い不斉収率で得られることを見いだした(化学収率50%)。しかしながら、種々の条件検討にもかかわらず、化学収率の改善は見られなかった。そこで、より反応性が高いと期待されるメタクリル酸チオエステル(9a)を基質に用いたところ、-78℃、2hで反応が速やかに進行し、化学収率93%、不斉収率90%で成績体10aを得ることに成功した。触媒量を10mol%に減じても、ほぼ同様の結果を与え、さらに錯体中心金属をサマリウムに変えたSmSBを用いることで、不斉収率が93%eeに向上した。グラムスケール(9a:1.3g)の実験では、触媒量を2mol%に減じても、不斉収率88%eeと満足な結果で成績体10aを得ることができた。 最良の結果を与えたSmSBを用いて、種々の置換アクリル酸チオエステル(9b-d)と2aとの反応を行ったところ、いずれの場合においても高い不斉収率を与え、本反応における基質の一般性の高さが示された(Table2)。 Table 2.Catalytic Asymmetric Protonations in Michael Additions of Thiols to ,-Unsaturated carbonyl Compoundsa 最後に江守英太は、チオールの触媒的不斉マイケル反応のさらなる新展開として、本反応を利用する5-methylbicyclo[3.3.0]oct-1-ene-3,6-dione(11)の速度論的光学分割を計画した。11は制癌作用を有するポリシクロペンタノイド系天然物coriolin等の合成における重要中間体である。11の光学活性体を得る方法として、分子内不斉Wittig反応、パン酵母を用いる不斉還元によるアプローチが既に報告されているが、分子触媒によるアプローチはこれまでに報告例がなく、検討の余地を残している。 種々検討を行った結果、ALBに、配位子である(R)体のビナフトールのほかアキラルなアルコールあるいはフェノールを反応系内に添加することで不斉収率の向上が見られ、とくに4-メトキシフェノールをALBに対して1.2当量添加した場合に、12および(-)-11がそれぞれ78%ee、77%eeと最良の不斉収率で得られた。なお、12はスルホキシドを経て(+)-11へと変換され、ここに11の両エナンチオマーを約80%eeで得ることに成功した。 Scheme 1.Catalytic Kinetic Resolution of 5-Methylbicyclo[3.3.0]oct-1-ene-3,6-dione 以上、江守英太の研究は、今後の医薬さらには生物活性物質の合成で有用な知見を与えたと考えられ、博士(薬学)に十分相当すると判断した。 |