【金属触媒によるBaeyer-Villiger反応の開発】 Baeyer-Villiger反応は古くから知られている有機合成反応で、非常に重要な反応である。しかしながら、regio-或いはchemoselectivityといった点においては、未だに問題があり、このことを克服する為には新しい反応条件の開発が必要であると考えられる。更に、本反応に有効なルイス酸触媒を見出すことが出来ればenantioselective Baeyer-Villiger反応が可能になると考え、本研究を行った。
まず金属触媒によるBaeyer-Villiger反応の開発を試みた。酸化剤としては、反応後の生成物が主反応に関与せず、また生成するエステルとも反応しないようなもので、更に無水かつ中性条件で行えるbis(trimethylsilyl)peroxide(BTP)を選択した。BTPをBaeyer-Villiger反応に適用した例としては、野崎らのBF3・OEt2、SnCl4、FeCl3をルイス酸として化学量論量利用する方法及び野依らのTMSOTfをルイス酸触媒として利用する方法が現在までに報告されている。これらの反応に注目し、ルイス酸-BTPによるBaeyer-Villiger反応の条件の開発を考えた。まずルイス酸により基質のケトンを活性化させ、続いてルイス酸のカウンターアニオン部分がBTPのシリル基を攻撃すれば、push-pull的な反応機構によって反応が進行することを期待した。更に、ルイス酸触媒反応として開発後に、このルイス酸にキラルリガンドを配位させケトン及びBTPの位置固定が可能になれば、エナンチオ選択的Baeyer-Villiger反応に展開出来るのではないかと予測した。
基質に4-phenylcyclohexanoneを用い、ルイス酸性を有し、かつルイス酸のカウンターアニオン部分がシリル基を攻撃するような組み合わせを有するルイス酸を種々検討したところSnCl4及びGaCl3が、目的とする反応に適していることを見出し、更にSnCl4においてはルイス酸触媒としても有効に働くことが判明した。その一方で、長時間反応を行うと生成したラクトンの開裂や副反応が起きることも明らかになった。このことを改善するため、添加剤の検討を試みた。種々検討を行った結果、モレキュラーシーブ4A(MS4A)及びアミン系のリガンド、特にtrans-(diamino)cyclohexane(DA)存在下反応を行うことにより、良好な結果を得ることに成功した(SchemeI)。
Scheme I.Metal-catalyzed Baeyer-Villiger Reaction USing SnCl4-DA complex 次に、本反応の触媒サイクルの解明を試みた。反応の初段階でSnCl4の活性なSn-ClがBTPのSiを攻撃しTMS-Clを生じ、続いてエステルの生成に伴い不活性なSn-OTMSとなり、これが先に生じたTMS-ClによってTMSOTMSが生成すると共にSn-Clに再生されることによって触媒サイクルが回転していると考えた。この考えを基に、TMS-Clを添加すれば、反応は速やかに進行すると予測され、本反応条件にTMS-Cl(2.0eq)を添加したところ、反応速度は明らかに加速された。以上の結果から本反応のメカニズムはSchemeIIの様に考えられる。
Scheme II.Proposed Mechanism of SnCl4-DA Catalyzed Baeyer-Villiger Reaction 本反応を様々な非対称ケトンに適用したところ、反応はケトンに選択的に進行した。また、regioselectivityも高く、特に5員環ケトン、,不飽和ケトン、アルデヒドにおいては、完璧な選択性で生成物が得られた。また、基質によっては、DAよりもアミノ基をトシル化したN,N’-bistosyl-DA(Ts-DA)に代えることにより、改善される場合があることも分かった(SchemeIII)。1)
Scheme III.Application to Other Substrates 残念ながら本反応の不斉反応への展開には今のところ成功していないが、有機合成反応において非常に有用性のある新しい反応条件を開発出来たと考えている。
【触媒的不斉ヒドロホスフィニル化反応の開発】 炭素-リン結合形成反応は、生理活性を有する或いは不斉配位子と成り得る化合物を合成する上で重要な反応である。この形成反応が不斉反応として、更に触媒反応として開発出来ればより幅広い有用性があると考えられる。アルデヒドやイミンに対するヒドロホスフィニル化反応は古くから知られているが、不斉反応としては最近報告されたA.Gaumontらの不斉補助基を利用する反応のみで、しかもその選択性は満足いくものではない。
一方、当研究室では、既に錯体中心金属に13族元素のアルミニウルやガリウム或いは希土類元素を有し、更にアルカリ金属及び不斉配位子のビナフトールを含む多機能複合金属錯体を創製し、基質によって中心金属やアルカリ金属を微妙に代えることによりアルデヒドやイミンに対する触媒的不斉ヒドロホスホニル化反応に成功している。そこで、触媒的不斉ヒドロホスホニル化反応の更なる展開として、ジフェニルホスフィンオキシドをイミンに直接導入する触媒的不斉ヒドロホスフィニル化反応の開発を試みた。
多機能複合金属錯体を用い、触媒的不斉ヒドロホスホニル化反応と同様の触媒サイクルで進行させることが出来れば、目的とする触媒的不斉ヒドロホスフィニル化反応が達成されると考えた(SchemeIV)。
Scheme IV.The Postulated Reaction Mechanism しかしながら、求核剤となるジフェニルホスフィンオキシドがヒドロホスホニル化反応の場合の亜リン酸ジメチルに比べてより嵩高くなっているので、環状イミンに対する触媒的不斉ヒドロホスホニル化反応で有効であった(R)-YbPB錯体の不斉空間よりも大きくする必要があると考えられる。このことを考慮して、触媒的不斉ヒドロホスホニル化反応の条件を参考に検討を行った。まず初めに中心となる希土類金属について検討したところ、軽希土のプラセオジウム((R)-PrK3tris(naphthoxide)錯体(R)-PrPB)において化学収率及び不斉収率共に良好な結果を得た。このことは軽希土元素の方がイオン半径が大きくなっている為、ランタノイド-ビナフトール結合が長くなり、より広い不斉空間を構築出来たためと考えられる。次に、触媒量、ジフェニルホスフィンオキシドの当量、アルカリ金属及び反応溶媒の検討を行い、触媒的不斉ヒドロホスフィニル化反応の最適条件(触媒(R)-PrPB錯体(3.3mol%),ジフェニルホスフィンオキシド2.0当量,toluene-THF(7:1),50℃,50h)を見出した(SchemeV)。
また、本反応は、他の環状イミンに対しても良好な結果が得られた(SchemeVI)。
Scheme V.Effect of Rare Earth Metal in LnPBScheme VI.Application to other Substrates -アミノホスフィンオキシド1と(S)-1-(1-ナフチル)エチルイソシアネートとから得られるウレア誘導体2をTHFから再結晶することにより、得られた斜方晶のX線結晶構造解析を行った結果、ジフェニルホスフィンオキシドの位の絶対配置はS配置であると決定された(SchemeVII)。
Scheme VII.Determination of Absolute Configuration (R)の多機能不斉錯体を用いたジメチルホスファイトの3-チアゾリンに対する触媒的不斉ヒドロホスホニル化反応で得られる-アミノホスホン酸エステルの絶対配置と同じS配置という結果が得られたことから、他の-アミノホスフィンオキシドの絶対配置も、S配置と予測している。
本反応で得られた生成物を直接ルイス酸を用いる触媒的不斉合成の不斉配位子に利用することを考えた。様々な触媒的不斉反応に適用してみたところ、多点制御型の不斉反応に有効に働くことが判った。最近報告されたM.Willsらのプロリンから誘導されるホスフィンオキシド-アルコールを利用した触媒的不斉還元反応の方法に従って、合成したアミノ-ホスフィンオキシドを不斉配位子として適用したところ僅かではあるが、不斉を誘起することに成功したことから、不斉リガンドとしての可能性が期待される(SchemeVIII)。
Scheme VIII.Application to Catalytic Asymmetric Reduction 以上、多機能複合金属不斉錯体(R)-PrPBを用いることにより、ジフェニルホスフィンオキシドの環状イミンに対する触媒的不斉ヒイドロホスフィニル化反応の開発に初めて成功し、得られたアミノ-ホスフィンオキシドのキラルリガンドとしての有用性を検討した。
また、生成物は抗リュウマチ作用のペニシラミンのホスフィンオキシドアナログとなるので生理活性物質としても期待できる。