学位論文要旨



No 114602
著者(漢字) 山田,陽一
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヨウイチ
標題(和) 直接的触媒的不斉炭素炭素結合形成反応 : 直接的触媒的不斉アルドール反応の初の成功例
標題(洋)
報告番号 114602
報告番号 甲14602
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第863号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 【Introduction】

 触媒的不斉炭素炭素結合形成反応の開発は、現代有機合成化学の中心的命題のひとつであり、その進展への貢献を筆者の研究主題とした。筆者は、当研究室で開発した多機能複合金属不斉触媒1a,b,c LaLi3tris(binaphthoxide)(LLB)を用いた触媒的不斉ニトロアルドール反応を鍵反応として-blocker(S)-(-)-pindolol(1)および[3’-13C]-(R)-(-)-pindololの触媒的不斉合成を行うことに成功した1d。また、第二世代型LLBとしての超分子触媒LLBII(Scheme 1,Figure 1)の開発に成功し、本反応系を実用的段階への発展を果たした1e。これら触媒を用いることにより、冠動脈疾患検査薬(R)-(-)-arbutamineの触媒的不斉合成1f、さらにタンデム分子間分子内触媒的不斉ニトロアルドール反応1g(Scheme 1)が可能であることが協同実験者によって明らかとなった。

図表Scheme1.LLB vs LLB II for Catalytic Asymmetric Nitroaidol Reaction Figure1.X-ray Structure of SmLl3tris(binaphthoxide)(left) and Proposed Structure of Second Generation LLB (LLB II)(right)

 このような前段階を踏まえ、筆者は、触媒的不斉合成において解決されるべき重要命題でありながら成功例の無かった、アルデヒドと非修飾ケトンとの直接的触媒的不斉アルドール反応の開発を検討することとした。

【First Direct Catalytic Asymmetric Aldol Reactions】

 アルドール反応は有機合成化学上最も重要な反応の一つであり、生理活性物質の合成に数多く利用されている。本反応を触媒的不斉合成へ展開した例は数多くあるものの、これらは全て向山タイプの反応であり、ケトン、エステル等価体であるエノールシリルエーテル、ケテンシリルアセタールを基質に用いることが不可避であった。それに対し、アルデヒドとケトンとの直接的触媒的不斉アルドール反応の成功例は無かった2。ニトロアルドール反応の基質であるニトロアルカン(pKa=ca.17(in DMSO))の活性プロトンに比べ、ケトン(pKa=ca.25-28(in DMSO))の活性プロトンの酸性度はかなり低い。したがって、弱塩基性である当研究室で開発した多機能複合金属不斉触媒によるケトンからのエノラートの生成は困難が予想された。

 しかしながら驚いたことに、触媒的不斉ニトロアルドール反応に有効であったLLB・monohydrate(20 mol%)存在下、ピバルアルデヒド(2)とアセトフェノン(3)(5mol eq)との反応を88時間、-20℃で行ったところ、収率43%で目的のアルドール体4が生成し、不斉収率も89%eeとまずまずの結果であった(Table1,entry1)。水を添加しないLLBはより高い触媒活性を示し、収率76%、88%eeで4が生成した(entry2)。本反応の反応性はケトンの当量に依存することが判った(entries 3,4)。

Table 1.Direct Catalytic Asymmetric Aldol Reactions Promoted by(R)-LLB

 上記の結果を得たことから、Table2に示したように様々なアルデヒド、ケトンを用いた反応の検討を行った。本触媒は、三級アルデヒド(entries 1,2,6-8)のみならず二級アルデヒド(entries 3,4)にも適用可能である。ケトンとしても、芳香族ケトンに限らず、通常溶媒としても用いられる安価なアセトン、2-ブタノンにも適用可能である(entries6-8)。特に、2-ブタノンを用いた場合は、メチル基でのみ反応が進行し、94%eeで成績体を得ることに成功した3a

Table 2.Direct Catalytic Asymmetric Aldol Reactions of Several Substrates

 本反応の開発の実現の鍵は、弱塩基性であるLLBのランタンがルイス酸として働き、リチウムナフトキシドがブレンステッド塩基として働く多機能複合金属不斉触媒であることに起因しているものと思われる(Scheme 2;LA=La,M=Li)。このことを考察するために、本反応においてLLBとほぼ同様な有効性を示すPrLi3tris(binaphthoxide)錯体(PrLB)を用いた1H-NMR実験を行った。1H-NMRにおいて、PrLB存在下2のホルミル水素が高磁場シフトしたことから、アルデヒドが錯体中の希土類元素(La,Pr)に配位することが示され、LLBにおいても希土類元素がルイス酸として働いていることが示唆された。一方、LLB存在下、3からエノラートの生成は1H-NMRにおいては確認されなかった。したがって、LLB触媒下のアルドール反応では、リチウムナフトキシドによるケトンの脱プロトン化で生成するリチウムエノラートの濃度はごく僅かである。ランタンに配位して活性化されたアルデヒドが錯体内のエノラートの近傍に位置することによって初めて、目的の反応が進行するといえる。すなわち、直接的触媒的不斉アルドール反応は、LLBが有する二種の金属の協調的な機能と多点認識による反応場制御によって実現することのできた反応である。

Scheme 2.Catalytic Cycle of Direct Catalytic Asymmetric Aldol Reactions

 最近、協同実験者により改良された新しい第二世代型LLB(LLB-KOH--H2O catalyst)によって、本反応が実用性を兼ね備えつつある3b

【Direct Catalytic Asymmetric Aldol Reactions Promoted by First Asymmetric Barium Catalyst】

 以上のように、筆者は、アルデヒドと非修飾ケトンとの直接的触媒的不斉アルドール反応の開発に初めて成功した。上記反応は学術的に興味深い4ものの、実用性の観点でいくつかの問題点を有していた。そこで筆者は、本反応系改善のために、機能性の向上した高活性な新たな触媒の創製を計画した。そこで注目したのはバリウムナフトキシドである。第2族アルカリ土類金属バリウムは、強塩基性金属であるとともに、位選択的アリル化反応にも使用されており、この反応において、ケトンがバリウムに配位して反応が進行すると提唱されている5。即ち、この反応においてバリウムはルイス酸として機能し得ることを示唆している。筆者は、バリウムナフトキシドがルイス酸性とブレンステッド塩基性を兼備した高活性な触媒になることを期待した。以下に、初の光学活性バリウム触媒を用いた、直接的触媒的不斉アルドール反応の開発について述べていく6

 種々検討の結果、バリウム源としてBa(O-i-Pr)2、不斉配位子として(R)-2-hydroxy-2’-methoxy-1,1’-binaphthyl(BINOL-Me)を2.5mol eq用いて、DME中にて調製された触媒(BaB-Mと表記)が本反応に有効であることを見出した(Table3)。BaB-Mを5mol%、2mol eqの3存在下、-20℃で反応を行い、様々なアルデヒドを用いても50-70%eeとまずまずの選択性、かつ良好な化学収率でアルドール成績体が得られることを見出した。特筆すべき点としては、Entry7のように、一級アルデヒドにおいて、不斉収率は満足できるものではないものの、アルデヒド同士の自己縮合体の生成なく、4時間で収率84%で成績体を得ることが可能となったことである。

Table 3.Direct Catalytic Asymmetric Aldol Reactions Promoted by(R)-BaB-M.

 さらに、本反応系は、水の存在、非存在に拘わらず、同様の結果を与えることも判った。

 BaB-Mの触媒構造についての検討を行ったところ、Figure2に示すように、主要構造として単核の錯体、および二核の錯体を含んでいることが、レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(LDI-TOFMS)、NMR、反応の検討から推定された。

 本反応におけるProposed Mechanismは、Scheme2におけるルイス酸とブレンステッド塩基の両機能をバリウムナフトキシドが果たしているものであると推定している。つまり、BaB-Mにおいては、ルイス酸性とブレンステッド塩基性がバリウムナフトキシド上に融合し、両機能が兼備された多機能単一金属触媒となっているものと思われる。アルデヒド存在下、BaB-MのLDI-TOFMSの測定を行うと、Figure3に示すようなBaB-Mのフラグメントとアルデヒドとの複合体と同定可能と思われるピークを検出する事ができた。このことは、バリウムがブレンステッド塩基としてだけでなくルイス酸としても機能していることを示唆している。

図表Figure 2.Proposed Structure of BaB-M Figure 3.Complexation of BaB-M & an Aldehyde
【Conclusion】

 以上のように筆者は、アルデヒドと非修飾ケトンとの直接的触媒的不斉アルドール反応の開発を、複合金属不斉触媒LLBを用いることで世界で初めて成功した。さらに初の光学活性バリウム触媒BaB-Mを創製し、本反応の反応性を向上することができたとともに、基質として一級アルデヒドを含めた様々なアルデヒドを用いることが可能となった。この反応系は、まだまだ発展段階であり、現在、アルデヒドをエステルとの反応、ジアステレオかつエナンチオ選択的な反応の検討を行っている。

【References】1)a)Sasai,H.;Suzuki,T.;Arai,S.;Arai,T.;Shibasaki,M.J.Am.Chem.Soc.1992,114,4418;b)review;Shibasaki,M.;Sasai,H.;Arai,T.Angew.Chem.Ed.Int.Engl.1997,36,1237;c)総説;柴崎正勝、飯田剛彦、山田陽一、有機合成化学協会誌、1998,56,344;d)Sasai,H.;Yamada,Y.M.A.;Suzuki,T.;Shibasaki,M.Tetrahedron 1994,50,12313;e)Arai,T.;Yamada.Y.M.A.;Yamamoto.N.;Sasai,H.;Shibasaki,M.Chem.Eur.J.1996,2,1345;f)Takaoka,E.;Yoshikawa,N.;Yamada,Y.M.A.;Sasai,H.;Shibasaki,M.Heterocycles 1997,46,157;g)Sasai,H.;Hiroi,M.;Yamada,Y.M.A.;Shibasaki,M.Tetrahedron Lett.1997,38,6031;2)直接的反応の試みとして;M.Nakagawa.H.Nakao,K.-I.Watanabe,Chem.Lett.,1985,391;3)a)Yamada,Y.M.A.;Yoshikawa,N.;Sasai,H.;Shibasaki,M.Angew.Chem.Ed.Int.Engl.1997,36,1871;b)Yoshikawa,N.;Yamada,Y.M.A.;Das,J.;Sasai,H.;Shibasaki,M.submitted;4)a)CHEMICAL & ENGINEERING NEWS,September 8(1997),p.30;b)Chemistry & Industry,October20(1997),p.837;c)日経産業新聞1997年3月31日5)Yanagisawa,A.;Yamada,Y.;Yamamoto,H.Synlett 1997,1090;6)Yamada,Y.M.A.;Shibasaki.M.Tetrahedron.Lett.1998,39,5561;
審査要旨

 アルドール反応は有機合成化学上最も重要な反応の一つであり、生理活性物質の合成に数多く利用されている。本反応を触媒的不斉合成へ展開した例は数多くあるものの、これらは全て向山タイプの反応であり、ケトン、エステル等価体であるエノールシリルエーテル、ケテンシリルアセタールを基質に用いることが不可避であった。それに対し、アルデヒドとケトンとの直接的触媒的不斉アルドール反応の成功例は無かった。ニトロアルドール反応の基質であるニトロアルカン(pKa=ca.17(in DMSO))の活性プロトンに比べ、ケトン(pKa=ca.25-28(in DMSO))の活性プロトンの酸性度はかなり低い。したがって、弱塩基性である柴崎研究室で開発した多機能複合金属不斉触媒によるケトンからのエノラートの生成は困難が予想された。

 しかしながら山田陽一は本反応に挑戦し、触媒的不斉ニトロアルドール反応に有効であったLLB・monohydrate(20mol%)存在下、ピバルアルデヒド(1)とアセトフェノン(2)(5mol eq)との反応を88時間、-20℃で行ったところ、収率43%で目的のアルドール体3が生成し、不斉収率も89%eeとまずまずの結果であった(Table1,entry1)。水を添加しないLLBはより高い触媒活性を示し、収率76%、88%eeで3が生成した(entry2)。又、本反応の反応性はケトンの当量に依存することが判った(entries3,4)。

Table 1.Direct Catalytic Asymmetric Aldol Reactions Promoted by (R)-LLB

 上記の結果を得たことから、Table2に示したように様々なアルデヒド、ケトンを用いた反応の検討を行った。本触媒は、三級アルデヒド(entries1,2,6-8)のみならず二級アルデヒド(entries3,4)にも適用可能である。ケトンとしても、芳香族ケトンに限らず、通常溶媒としても用いられる安価なアセトン、2-ブタノンにも適用可能である(entries6-8)。特に、2-ブタノンを用いた場合は、メチル基でのみ反応が進行し、94%eeで成績体を得ることに成功した。

Table 2.Direct Catalytic Asymmetric Aldol Reactions of Several Substrates

 以上のように、山田陽一は、アルデヒドと非修飾ケトンとの直接的触媒的不斉アルドール反応の開発に初めて成功した。上記反応は学術的に興味深いものの、実用性の観点でいくつかの問題点を有していた。そこで山田陽一は、本反応系改善のために、機能性の向上した高活性な新たな触媒の創製を計画した。そこで注目したのはバリウムナフトキシドである。第2族アルカリ土類金属バリウムは、強塩基性金属であるとともに、位選択的アリル化反応にも使用されており、この反応において、ケトンがバリウムに配位して反応が進行すると提唱されている。即ち、この反応においてバリウムはルイス酸として機能し得ることを示唆している。山田陽一は、バリウムナフトキシドがルイス酸性とブレンステッド塩基性を兼備した高活性な触媒になることを期待した。以下に、初の光学活性バリウム触媒を用いた、直接的触媒的不斉アルドール反応の開発について述べる。

 種々検討の結果、バリウム源としてBa(O-i-Pr)2、不斉配位子として(R)-2-hydroxy-2’-methoxy-1,1’-binaphthyl(BINOL-Me)を2.5mol eq用いて、DME中にて調製された触媒(BaB-Mと表記)が本反応に有効であることを見出した(Table3)。BaB-Mを5mol%、2mol eqの2存在下、-20℃で反応を行い、様々なアルデヒドを用いても50-70%eeとまずまずの選択性、かつ良好な化学収率でアルドール成績体が得られることを見出した。特筆すべき点としては、Entry7のように、一級アルデヒドにおいて、不斉収率は満足できるものではないものの、アルデヒド同士の自己縮合体の生成なく、4時間で収率84%で成績体を得ることが可能となったことである。

Table 3.Direct Catalytic Asymmetric Aldol Reactions Promoted by(R)-BaB-M.

 さらに、本反応系は、水の存在、非存在に拘わらず、同様の結果を与えることも判った。又、BaB-Mの触媒構造についての検討も行った。

 以上のように、山田陽一はケトンとアルデヒドを直接的に用いる触媒的不斉アルドール反応に世界で初めて成功した。いまだ様々な問題点は残されているものの、科学の一分野で新しい道を切り開いたことは、高く評価でき、博士(薬学)として十分な研究内容であると判断した。

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