審査要旨 | | 本研究は1O2のバイオイメージングを目的とした高感度特異的検出プローブの開発を目的として行われたものである. プローブをデザインするにあたって,以下の条件を満足することを考慮している. 1)1O2と反応して新たな蛍光が生じること,あるいは蛍光波長が変化すること 2)1O2に対して高感度であること 3)1O2に対して特異性を有していること 梅澤は上記のコンセプトに基づいて,Scheme1に示す新規化合物DPAX類をデザインし,合成した.これらの化合物のDiphenylanthracene部は1O2と反応してEndoperoxide体を形成する.梅澤は,1O2によりDPAXがDPAX-EPに変換する反応に基づいて,蛍光強度が著しく増加することを見出した.9,10-Diphenylanthraceneは1O2とkr=1.3x106M-1s-1で反応して,安定なEndoperoxide体を与える事も確かめた.この原理に基づいて,1O2の蛍光プローブが創製できると考え,以下の検討を行った. Scheme 1 DPAX類と1O2との反応 極大吸収波長,モル吸光係数,極大蛍光波長はいずれの誘導体でも,DPAXとDPAX-EPとの間に大きな違いはなかった.しかしながら,蛍光の相対量子収率はEP体となることで,いずれの誘導体でも約100倍の顕著な増大がみられた. Fluorescein類の蛍光は一般に溶媒のpHに強く依存し,酸性条件下では顕著な蛍光の減少が見られる.DPAX類も蛍光団として類似の構造を持つため,同様の減少がみられる可能性がある.DPAX類は生理的条件下での使用を目的としているため,中性付近で安定な蛍光強度を持つことが必要とされる.そこでDPAX-EP類に関して,蛍光のpH依存性を検討した結果,DPAX-1-EPは中性領域で蛍光強度の減少が見られたが,DPAX-2-EP,DPAX-3-EPではpKaのシフトが見られ,中性領域で安定な蛍光強度を示すことが明らかとなった.DPAX-EP類のpKaはそれぞれ6.6(DPAX-1-EP),5.7(DPAX-2-EP),5.3(DPAX-3-EP)となり,当初期待したように,電子吸引性基であるCl及びFの効果が反映された結果が得られた.さらにDPAX-2-EPは,DPAX-EP類の中で最も強い蛍光を示した.以上の結果は,DPAX-2がDPAX類の中で最も優れた1O2検出プローブであり,細胞系への応用が可能であることを示している.次にDPAX-2を用いて実際に1O2を検出することができるかを検討した. その結果,1O2の生成に伴い,励起スペクトル,蛍光スペクトルともに顕著に増大し,DPAX-2が水溶液中で1O2を検出できることが明らかとなった. 3-(4-Methyl-1-naphtyl)propionic Acid(N-1)のEndoperoxide体(EP-1)は,Scheme2に示すように熱依存的に分解して1O2を生成する化合物である(37℃での半減期は約25分).これを用いて,検討した結果,DPAX-2は中性条件下でも1O2を検出できることが明らかになった. Scheme 2 EP-1の反応 また蛍光増加の初速度とEP-1濃度との間に非常によい直線関係が見られ,DPAX-2により1O2を定量的に検出できることが明らかとなった.さらに,低濃度のEP-1の添加実験から,DPAX-2の水中での1O2の検出限界は,約1M/minであることがわかった.この値は,水中での1O2の寿命を考えると,かなりよい数値である.DPAX-2はH2O2,O2-,NOとは反応せず,1O2に特異性を有していることも確認された. 以上,梅澤が開発したDPAX類は,1O2特異的かつ定量的なプローブとして非常に有用である事が明らかとなった.この化合物は蛍光法を検出原理とした初めての1O2検出試薬であり,現存する1O2検出系の中で,特異性と感度および操作性の観点から最も優れている. これらの結果は生命科学研究,特に生体分析化学において価値ある成果であり,博士(薬学)の学位に値するものである. |