学位論文要旨



No 114604
著者(漢字) 梅澤,直樹
著者(英字)
著者(カナ) ウメザワ,ナオキ
標題(和) 新規一重項酸素検出蛍光プローブの開発
標題(洋)
報告番号 114604
報告番号 甲14604
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第865号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 【序論】

 一重項酸素(1O2)は、活性酸素種の一種である。1O2は、反応性が高く、特異な反応を行うことから、NOのように生体内で何らかの役割を担っていることが期待される分子であるが、他の活性酸素種とは異なり、その生理的役割はおろかその生体内での生成も明らかになっていない。その大きな理由として、1O2を特異的かつ簡便に検出する方法がないことが挙げられる。私は修士課程において、当教室で開発した1O2特異的な近赤外領域1268nmの発光を検出する装置を用い、種々の1O2産生系で検討を加えてきた1)。その結果、この装置は極めて高い特異性を有するが、感度面が劣ることが明らかとなった。現時点では、生理的条件下で効率よく1O2を検出できる方法は存在しないといえる。そこで私は、1O2の生理的条件下からの検出を目的とした高感度特異的検出プローブの開発を行うこととした。最終的には1O2のイメージングが可能となるプローブの開発を目指している。

【プローブのデザイン】

 1O2検出試薬は現在までに多数開発されてきているが、特異性に問題がある試薬がほとんどであった。十分な特異性を有しているものとして、1O2が1,4付加反応をする縮合芳香環類が挙げられるが、それらはその検出原理として吸光度法を用いている上に、1O2と反応することで消失する吸収を測定しているため、感度が低いという問題点があった。

 そこでこれらを踏まえ、以下の条件を満足する化合物を設計し、合成することを計画した。

 1)感度の高い蛍光法を検出原理とする。2)1O2と反応して、新たな蛍光波長が増大する。3)1O2に対して特異性を有している。

 1O2と反応することで蛍光が変化する化合物は感度が高いだけではなく、将来的にイメージングに適用できる可能性があり、より汎用性が高いと考えられる。

 以上のようなコンセプトのもと、Scheme1に示すような新規化合物DPAX類をデザインした。これは、この化合物のDiphenylanthracene部が1O2と反応してEndoperoxide体となって、共鳴系が短くなることにより、化合物の蛍光に変化が生じることを期待したもので、9,10-Diphenylanthraceneは1O2とkr=1.3x106M-1s-1で反応して、安定なEndoperoxide体を与えることが知られている化合物である。またFluorescein骨格は、水中で高い蛍光量子収率をもち、長波長励起ができることから、この骨格にDiphenylanthraceneを導入することにした。DPAX類が、1O2と反応してDPAX-EP体となれば、何らかの蛍光変化が期待される。

Scheme 1 DPAX類と1O2との反応

 Fluorescein類は酸性条件では顕著な蛍光の減少が見られることが知られている。そこでDPAX-2、DPAX-3では、この化合物のpKaを下げることを目的として、Xantheneの2,7位に電子吸引性基であるCl、Fを導入した。

【DPAX類の物性】

 DPAX-1、DPAX-2ともに同様の合成経路で9工程で合成することに成功した(Scheme2)。またDPAX-EP類は、DPAX類を原料としてH2O2/MoO42-系で1O2を産生させて合成した。これらの化合物の物性をTable1に示す。ここに示した数値は全て0.1M NaOH水溶液中での値である(Cosolventとして、DMSOを最終濃度0.1%用いた)。極大吸収波長、モル吸光係数、極大蛍光波長は、いずれの誘導体でも、DPAXとDPAX-EPとの間に大きな違いはなかった。だが、蛍光の相対量子収率はEP体となることで、いずれの誘導体でも約100倍のなるという顕著な増大がみられた。すなわち、いずれの誘導体でもDPAX自身はほとんど蛍光を持たないが、1O2と反応してEP体となると強い蛍光を有するようになることが明らかとなった。

Scheme 2 DPAX類の合成ルートTable 1 DPAX類のスペクトルデータ

 Fluorescein類の蛍光は一般に溶媒のpHに強く依存し、酸性条件下では顕著な蛍光の減少が見られる。DPAX類も蛍光団として類似の構造を持つため、同様の減少がみられる可能性がある。DPAX類は生理的条件下での使用を目標としているため、中性付近で安定な蛍光強度を持つことが必要とされる。そこでDPAX-EP類に関して、蛍光のpH依存性を検討した(Fig.1)。その結果、DPAX-1-EPは中性領域で蛍光強度の減少が見られたが、DPAX-2-EP、DPAX-3-EPではpKaのシフトが見られ、中性領域で安定な蛍光強度を示すことが明らかとなった。DPAX-EP類のpKaはそれぞれ6.6(DPAX-1-EP)、5.7(DPAX-2-EP)、5.3(DPAX-3-EP)となり、当初期待したように、電子吸引性基であるCl及びFの効果が反映された結果が得られた。さらにDPAX-2-EPは、DPAX-EP類の中で最も強い蛍光を示した。以上の結果は、DPAX-2が、DPAX類の中で最も優れた1O2検出プローブであり、細胞系への応用が可能であることを示している。そこで、DPAX-2を用いて実際に1O2を検出することができるかを検討することとした。

Fig. 1 DPAX-EP類の蛍光のpH依存性
【DPAX類による1O2検出】

 H2O2/MoO42-系は、緩和な条件で多量の1O2を生成することが知られている。そこでまずこの系で1O2が検出できるか否か検討した。この系は塩基性条件下で1O2を生成するため、測定はpH10.5で行った。その結果をFig.2に示す。1O2の生成に伴い、励起スペクトル、蛍光スペクトルともに顕著に増大し、DPAX-2が水溶液中で1O2を検出することが可能であることが明らかとなった。そこで次に、DPAX-2が中性条件下でも1O2を検出して蛍光強度が増大するかを検討した。

Fig. 2 DPAX-2の励起及び蛍光スペクトル変化(H2O2/MoO42-系)

 3-(4-Methyl-1-naphtyl)propionic Acid(N-1)のEndoperoxide体(EP-1)は、Scheme2に示すように熱依存的に分解して1O2を生成する化合物である(37℃での半減期は約25分)。この化合物から生じる1O2をDPAX-2で検出できるか試みた。Fig.3の矢印に示すところで、様々な濃度のEP-1のDMSO溶液を添加した。Fig.3中に示してある濃度は、EP-1の最終濃度である。EP-1添加直後から、EP-1濃度依存的な蛍光の増大が見られた。この結果はDPAX-2が、中性条件下でも1O2を検出できていることを示している。

Scheme 2 EP-1の反応Fig. 3 DPAX-2の蛍光(Ex.505nm,Em.530nm)の経時変化

 次にDPAX-2の定量性を調べる目的で、蛍光増加の初速度と、EP-1濃度との関係を検討した。Fig.4に示すように、EP-1濃度を横軸に、各EP-1濃度での蛍光増加の初速度を縦軸にプロットした。その結果、両者の間に非常によい直線関係が見られ、DPAX-2が1O2を定量的に検出していることが明らかとなった。さらに、低濃度のEP-1の添加実験から、DPAX-2の水中での1O2の検出限界は、約1M/minと算出できた。この値は、水中での1O2の寿命を考えると、かなりよい数値であると思われる。

Fig. 4 EP-1濃度とDPAX-2の蛍光増加初速度との関係

 最後に、同じく活性酸素種であるH2O2、O2、NOに関してDPAX-2が蛍光変化するか検討した。これらは、1O2が生成すると予想される系で共存すると考えられる。その結果、その両者では蛍光の増大は見られず、DPAX-2は1O2に特異性を有していることが確認された。また、HPLCを用いてDPAX-2と1O2の反応を追跡したところ、DPAX-2-EPがこの反応の主生成物であることが明らかとなった。

 DPAX類は、蛍光を検出原理とした長波長励起が可能な化合物である。これは、イメージングに適用しうる基本条件を満たしているといえる。そこで、1O2の生成が示唆されているマクロファージを用いて、1O2のイメージングを試みた。その結果、マクロファージから1O2が生成しているという示唆を得ることができた。だが、この結果はいくつかの問題点を有しており、更なる検討を要する。

【総括】

 今回合成に成功したDPAX類は、1O2特異的かつ定量的なプローブとして用いうることが明らかとなった。この化合物は蛍光法を検出原理とした初めての1O2検出試薬であり、現存する1O2検出系の中で、特異性、感度ともに最も優れた部類に入ると思われる。

【参考文献】1)N.Umezawa,K.Arakane,A.Ryu,S.Mashiko,M.Hirobe and T.Nagano,Arch.Biochem.Biophys.,1997,342,275-281
審査要旨

 本研究は1O2のバイオイメージングを目的とした高感度特異的検出プローブの開発を目的として行われたものである.

 プローブをデザインするにあたって,以下の条件を満足することを考慮している.

 1)1O2と反応して新たな蛍光が生じること,あるいは蛍光波長が変化すること

 2)1O2に対して高感度であること

 3)1O2に対して特異性を有していること

 梅澤は上記のコンセプトに基づいて,Scheme1に示す新規化合物DPAX類をデザインし,合成した.これらの化合物のDiphenylanthracene部は1O2と反応してEndoperoxide体を形成する.梅澤は,1O2によりDPAXがDPAX-EPに変換する反応に基づいて,蛍光強度が著しく増加することを見出した.9,10-Diphenylanthraceneは1O2とkr=1.3x106M-1s-1で反応して,安定なEndoperoxide体を与える事も確かめた.この原理に基づいて,1O2の蛍光プローブが創製できると考え,以下の検討を行った.

Scheme 1 DPAX類と1O2との反応

 極大吸収波長,モル吸光係数,極大蛍光波長はいずれの誘導体でも,DPAXとDPAX-EPとの間に大きな違いはなかった.しかしながら,蛍光の相対量子収率はEP体となることで,いずれの誘導体でも約100倍の顕著な増大がみられた.

 Fluorescein類の蛍光は一般に溶媒のpHに強く依存し,酸性条件下では顕著な蛍光の減少が見られる.DPAX類も蛍光団として類似の構造を持つため,同様の減少がみられる可能性がある.DPAX類は生理的条件下での使用を目的としているため,中性付近で安定な蛍光強度を持つことが必要とされる.そこでDPAX-EP類に関して,蛍光のpH依存性を検討した結果,DPAX-1-EPは中性領域で蛍光強度の減少が見られたが,DPAX-2-EP,DPAX-3-EPではpKaのシフトが見られ,中性領域で安定な蛍光強度を示すことが明らかとなった.DPAX-EP類のpKaはそれぞれ6.6(DPAX-1-EP),5.7(DPAX-2-EP),5.3(DPAX-3-EP)となり,当初期待したように,電子吸引性基であるCl及びFの効果が反映された結果が得られた.さらにDPAX-2-EPは,DPAX-EP類の中で最も強い蛍光を示した.以上の結果は,DPAX-2がDPAX類の中で最も優れた1O2検出プローブであり,細胞系への応用が可能であることを示している.次にDPAX-2を用いて実際に1O2を検出することができるかを検討した.

 その結果,1O2の生成に伴い,励起スペクトル,蛍光スペクトルともに顕著に増大し,DPAX-2が水溶液中で1O2を検出できることが明らかとなった.

 3-(4-Methyl-1-naphtyl)propionic Acid(N-1)のEndoperoxide体(EP-1)は,Scheme2に示すように熱依存的に分解して1O2を生成する化合物である(37℃での半減期は約25分).これを用いて,検討した結果,DPAX-2は中性条件下でも1O2を検出できることが明らかになった.

Scheme 2 EP-1の反応

 また蛍光増加の初速度とEP-1濃度との間に非常によい直線関係が見られ,DPAX-2により1O2を定量的に検出できることが明らかとなった.さらに,低濃度のEP-1の添加実験から,DPAX-2の水中での1O2の検出限界は,約1M/minであることがわかった.この値は,水中での1O2の寿命を考えると,かなりよい数値である.DPAX-2はH2O2,O2-,NOとは反応せず,1O2に特異性を有していることも確認された.

 以上,梅澤が開発したDPAX類は,1O2特異的かつ定量的なプローブとして非常に有用である事が明らかとなった.この化合物は蛍光法を検出原理とした初めての1O2検出試薬であり,現存する1O2検出系の中で,特異性と感度および操作性の観点から最も優れている.

 これらの結果は生命科学研究,特に生体分析化学において価値ある成果であり,博士(薬学)の学位に値するものである.

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