学位論文要旨



No 114606
著者(漢字) 小林,義久
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヨシヒサ
標題(和) インドロカルバゾールK252aの全合成
標題(洋)
報告番号 114606
報告番号 甲14606
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第867号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
内容要旨

 K252a(1)は、協和発酵工業で見いだされたインドロカルバゾール骨格を有するアルカロイドである1)(Figure1)。生理活性としてはstaurosporine(2)とともに強力なプロテインキナーゼC阻害作用を有する。

Figure 1.

 K252a(1)は、アグリコン部の2つのインドール窒素原子が糖部分と環状のグリコシドを形成している。そして、合成上の最大の問題点は、それらのグリコシル結合の生成における、アグリコン部のラクタムと糖部分の位置異性の制御である。実際、Woodら2)、Danishefskyら3)によりそれぞれ1、2 の全合成が達成されたが、いずれもこの問題の克服には至っていない。

Scheme 1 Novel Tin-mediated Indole Synthesis

 位置異性体の副生を伴うことなくK252aを合成するには、2つのグリコシル結合を段階的かつ位置選択的に形成させる必要がある。この要求を満たす合成手法として、当研究室において開発されたインドール合成法1)(Scheme1)が有効であると考えた。本手法によれば、容易に入手可能なイソニトリルAからラジカル反応で窒素原子が無保護の状態の2-スタニルインドールBを与える。そしてBを酸、ヨウ素で処理するとそれぞれインドールC、Eを、ハロゲン化物とパラジウム触媒によるカップリングでインドールDを、Aよりone-potで合成可能である。

Scheme 2 Regioselective Synthesis of the N-Protected K252a-Aglycon Moiety

 まず、アグリコン部である、一方の窒素のみを位置選択的に保護したインドロカルバゾール8の合成を行った(Scheme 2)。8は2位にあらかじめ保護基を導入したインドールを、3位に後にラクタム部となる置換基を有する2,3-二置換インドール6より誘導可能と考え、先のDを得る方法を用い6を合成した。イソニトリル3からスタニルラジカルを用いるインドール合成法により4を系中で得て、それをone-potで、窒素原子を保護した2-ブロモインドール5とのStilleカップリングを行い6を得た。6のインドールの窒素原子をBoc基で保護した後、Dieckmann縮合により7を得た。7をトリフルオロ酢酸で処理し脱Boc化後そのまま環化、脱水反応が起こり位置選択的に保護基を導入したK252aアグリコン部8を得た5)。しかしながら、8に対する糖部分の導入はきわめて困難であったため合成計画を変更し、あらかじめ糖部分を導入した後にインドロカルバゾールの構築を行うことにした。

Scheme 3 Total Synthesis of(+)-K252a-1

 このため、さらに効率的で汎用性の高いインドロカルバゾール骨格の構築法を開発した。2-ブロモインドール酢酸アリルエステル9とリボシルクロリド10とのグリコシル化反応は立体選択的に進行し11が得られた(Scheme3)。トリプタミンとの縮合によりアミドを得、続くDDQ酸化は位置選択的に進行し、さらにインドールとアミドの窒素原子のアセチル化により活性化された中間体12を得た。モレキュラーシーブスと触媒量のDBUで閉環脱水反応が容易に進行し13を得た。続く閉環反応は可視光(自然太陽光またはハロゲンランプ)による光反応と脱HBr反応でほぼ定量的に進行し重要鍵中間体であるインドロカルバソール14をアノマー位の異性化を伴うことなく得た。これを一級アルコールの選択的ヨウ素化を経て、フェニルセレニドへと変換した後、MCPBAによる酸化後のセレノキシド脱離により15とした。

 第二の鍵反応である環状グリコシル化反応について種々検討したところ、ヨウ化カリウム-ヨウ素を用いる方法が最も良い収率で16を与えた(Scheme4)。続いて脱ヨウ素化を行い、脱アセチル化および酸化によりケトン17を得た。17の青酸-ピリジンによるシアノヒドリン形成は完全に立体選択的に起こり、18を得た。

Scheme 4 Total Synthesis of(+)-K252a-2

 塩酸-ギ酸によりニトリルをアミドとしたのちアルカリ加水分解、カルボン酸をジアゾメタンでメチルエステルとして(+)-K252aを得、天然物と各種スペクトルデータが完全に一致した。こうして、3-インドール酢酸を原料として23段階、通算収率10%で、インドロカルバゾール骨格を介しての環状グリコシド構造の立体化学と上部ラクタムとの位置異性を完全に制御した(+)-K252aの全合成を完了した。

謝辞

 貴重な(+)-K252aの天然サンプルならびに各種スペクトルデータを御供与いただきました協和発酵工業医薬総合研究所の村形力、鈴木文夫両博士に感謝いたします。

文献(1) Kase,H.;Iwahashi,K.;Matsuda,Y.J.Antibiot.1986,39,1059.(2) Wood,J.L.;Stoltz,B.M.;Dietrich,H.-J.J.Am.Chem.Soc.1995,117,10413.(3) Link,J.T.;Raghavan,S.;Gallant,M.;Danishefsky,S.J.;Chou,T.C.;Ballas,L.M.J.Am.Chem.Soc.1996,118,2825.(4) Fukuyama,T.;Chen,X.;Peng,G.J.Am.Chem.Soc.1994,116,3127.(5) Kobayashi,Y.;Fukuyama,T.J.Heterocyclic Chem.1998,35,1043.
審査要旨

 K252a(1)は、staurosporine(2)に代表されるインドロカルバゾール骨格を有するアルカロイドのひとつで、特徴的な環状のグリコシド構造を有することや、極めて強力なプロテインキナーゼC阻害作用を有することから、各方面から注目を集めている。

図1

 これまでに世界中の有機合成化学者が合成研究を展開してきたが、環状グリコシドの位置異性の制御が合成上の最大の問題点であり、この点を解決した全合成はK252a、スタウロスポリンの何れの場合も達成されていない。小林はインドロカルバゾール環の二つの窒素原子を区別し、確実に位置異性を制御した光学活性(+)-K252aの全合成を計画し実行に移した。

 市販のインドール酢酸から容易に得られる2-ブロモインドール酢酸アリルエステル(3)と、2-デオキシリボースから容易に得られる結晶性のリボシルクロリド(4)とのグリコシル化は立体選択的に進行し、高収率でヌクレオシド(5)が得られた(図2)。アリルエステルの脱保護、トリプタミンとの縮合反応等を経て得られたビスインドール体(6)はDBUを用いた緩和な条件下で環化脱水反応が進行し、求める環化体(7)を与えた。小林はこの環化体(7)が室温で可視光によって環化、臭化水素脱離してほぼ定量的に重要鍵中間体であるインドロカルバゾール(8)を、アノマー位の異性化を伴うことなく与えることを見出した。この鍵中間体(8)から五段階で得られる第二のグリコシル化中間体(9)の酸化的環化反応は困難を極めたが、小林はヨウ化カリウム-ヨウ素-DBUを用いた巧妙な環化条件を確立し環化体(10)の収率を飛躍的に高めることに成功した。環化体(10)はその後八段階を経て天然物と完全に同一の(+)-K252aに変換された。以上、小林は市販のインドール酢酸を原料として23段階、通算収率10%という高収率で、位置異性を完全に制御した(+)-K252aの立体選択的全合成に成功した。

図2

 小林義久は医薬化学的に非常に興味深いインドロカルバゾールK252aの効率的全合成の成功により、広汎な類縁体合成への道を開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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