学位論文要旨



No 114607
著者(漢字) 新垣,知輝
著者(英字)
著者(カナ) シンガキ,トモテル
標題(和) ルテニウムポルフィリン/複素環N-オキシド系に基づいた位置・立体選択的酸化反応系の構築
標題(洋)
報告番号 114607
報告番号 甲14607
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第868号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 助教授 樋口,恒彦
内容要旨 【序論】

 Cytochrome P450は生体内で様々な反応を触媒し、重要な生体内物質の合成及び薬物などの異物の代謝を担っている酵素である。本酵素は炭化水素などの化学的に安定な化合物を穏和な条件下にて効率よく酸化するという特異な反応性を有していることから、現在までにP450類似の反応性を目指した反応系として、各種金属ポルフィリンを用いた化学反応系が開発されている。当教室においても金属ポルフィリンを用いた特徴的な反応系としてRuthenium porphyrin/2,6-dichloropyridine-N-oxide系が開発されている。本反応系は脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素といった不活性な化合物の酸化をも高い触媒回転数で効率よく行うという極めて高い反応性を有していることから、複雑な天然化合物などの多数の反応点を有する化合物の選択的酸化への応用を目的として本反応系の有する位置・立体選択性を詳細に検討し、更に選択性を高めるため基質認識能を持たせた触媒の設計開発を行った。

【ステロイド類を用いた反応選択性の検討】(1)位置選択性の検討

 位置選択性について検討を行うにあたり、同程度の反応性を有した部位を多数持つ化合物としてステロイド類に着目し、本反応系の基質に各種ステロイド類を用いて位置選択性の検討を行った。5-コレスタン-3-オンを基質とした場合、Scheme1に示すように1-4の生成物が得られた。これら化合物のうち2-4は新規化合物であり、NMR、Mass、IRにより構造の決定を行った。また水酸基の立体配置についてはX線結晶構造解析により決定した。その結果本反応系は不斉中心の立体を保持したまま、水酸化反応を行うという知見が得られた。これら新規化合物について生理活性の有無を検討したところ3においてテストステロンレセプターに対する結合阻害活性が見られ、IC50値は293nMであった。このように本反応系は従来の反応系にはない特異な位置選択性を有していることを明らかにした。

Scheme 1 Oxidation of 5-Cholestan-3-one
(2)立体選択性の検討

 代表的な性ホルモンであるアンドロステンジオンやプロゲステロンは酸化を受けることによりエポキシ体を生じる(Scheme2)。通常の化学反応系を用いた場合、-エポキシ体が選択的に得られるが、これらの化合物を本反応系に適用したところ高い選択性が得られた。そこで触媒に様々な置換基を導入し(Fig.1)、選択性に対する触媒の立体的、電子的効果について検討を行った。その結果、オルト位に置換基を有しているオルト位置換型の場合、置換基の種類により選択性が大きく変化するのに対し、オルト位に置換基を有さないパラ位置換型の場合、置換基の種類が変化しても選択性に大きな変化は見られなかった(Table1)。このことより本反応系において立体的な選択性は触媒の置換基のかさ高さに起因することが示唆された。

Scheme 2 Epoxidation of AndrostenedioneFig.1 Structure of meso-Substituted Ruthenium PorphyrinsTable 1 Epoxidation of Androstenedione
【基質認識による位置選択性の制御】

 酵素の高い機能の発現は、高反応性の活性種を生成することに加え、活性種近傍に基質を可逆的に固定できることによるところが大きい。この要素を触媒に組み込むことによって、酸化が行われる位置を精密に制御し、位置選択性を向上させることが可能となる。このような概念に基づき触媒にFig.2に示すような認識部位の導入を行った。認識部位には基質を精密かつ可逆的に固定できること、酸化を受けにくいといった点を考慮し、ウラシルとジアミノピリジンの組み合わせによる水素結合型認識を用いた。また基質として各点の反応性が等価で位置選択性を正しく評価できること、酸化を受けて開裂することで基質より結合能が低下して、生成物阻害を起こしにくくなるよう考慮し、エチレングリコール類の両端にウラシルを導入したものをデザインした。

Fig.2

 まず初めにエチレングリコール部分の長さを変えた一連の化合物群(Fig.3)を合成し、NMRを用い触媒に対する結合能について検討した。その結果、n=2の場合に最も顕著にポルフィリン環の環電流効果が認められた。また環電流効果は基質の中央部分に強く見られたことから、基質の認識部位が二つとも同一のポルフィリンと結合しエチレングリコール部分がポルフィリン上にきていることが明らかとなった。

Fig.3

 このNMRの結果をもとにn=2の場合が基質として最適と考え、これを用いることにした。この基質はFig.4に示すようにAの部位で酸化を受けた場合、酸化的に開裂することによりCU-EG1が得られる。またBで酸化を受けた場合にはCU-EG2が得られる。そこでこれら2種類の酸化生成物を指標に用いて、位置選択性を評価することとした。まず初めに反応条件の検討を行ったところ、30℃でジクロロエタン中にて酸化剤を等量加えた条件で最も反応は進行した。次に認識部位を有さない触媒8-10を合成し、7とこれら触媒とを比較したところ、認識部位を有している触媒7のみで反応の進行が見られた(Table2)。また酸を添加することにより、反応は更に進行し触媒回転数の上昇が見られるとともに、位置選択性の向上も見られた(Table3)。

Fig.4Fig.5 Structure of Ruthenium PorphyrinsTable2Table3
【総括】

 ポルフィリン環上への置換基の導入とそれによる反応選択性の変化の関連した一定の知見を得た。また特に基質-触媒間に水素結合による認識部位を導入することにより、基質を可逆的に固定でき、これにより高い位置選択性を有し、かつ触媒回転を有する酸化反応系の構築に成功した。

【参考文献】T.Shingaki,K.Miura,T.Higuchi,M.Hirobe,and T.Nagano,Chem.Commun.,861(1997)
審査要旨

 本論文は大きく分けて2つの部分から構成されている。

 当教室で開発を行ってきたルテニウムポルフィリン-2,6位置換ピリジン-N-オキシド系は、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素といった不活性な化合物の酸化をも高い触媒回転数で効率よく行う極めて高い反応性を有している。そこで本反応系を複雑な天然化合物などの多数の反応点を有する化合物の選択的酸化への応用することを目的とし、本反応系の有する位置・立体選択性に関する詳細な検討をステロイドを基質として行った研究を前半部分とし、後半としてさらに選択性を高めるため基質認識能を持たせた新規な機能性触媒の設計および開発に関する研究について述べる。

【ステロイド類を用いた反応選択性の検討】(1)位置選択性の検討

 位置選択性について検討を行うにあたり、同程度の反応性を有した部位を多数持つ化合物としてステロイド類に着目し、本反応系の基質に各種ステロイド類を用いて位置選択性の検討を行った。5-コレスタン-3-オンを基質とした場合、Scheme1に示すように1-4の生成物が得られた。これら化合物のうち2-4は新規化合物であった。また水酸基の立体配置についてはX線結晶構造解析により決定した。その結果本反応系は不斉中心の立体を保持したまま、水酸化反応を行うという知見が得られた。これら新規化合物について生理活性の有無を検討したところ3においてテストステロンレセプターに対する結合阻害活性が見られ、IC50値は293nMであった。

 以上より本反応系は従来の反応系にはみられない位置および立体選択性を有していること、および生理活性が期待できる新規オキシステロイドが一段階で容易に得られることを明らかにした。

Scheme 1 Oxidation of 5-Cholestan-3-one
(2)立体選択性の検討

 代表的な性ホルモンであるアンドロステンジオンやプロゲステロンは酸化を受けることによりエポキシ体を生じる(Scheme2)。通常の化学反応系を用いた場合は-エポキシ体が選択的に得られるが、これらの化合物を本反応系に適用したところ高い選択性が得られた。そこで触媒に様々な置換基を導入し、選択性に対する触媒の立体的、電子的効果について検討を行った。その結果、フェニル基オルト位に置換基を有しているオルト位置換型の場合、置換基の種類により選択性が大きく変化するのに対し、オルト位に置換基を有さないパラ位置換型の場合、置換基の種類が変化しても選択性に大きな変化は見られなかった。以上より本反応系において選択性の高さは触媒のオルト位置換基のかさ高さに相関することを明らかにした。

Scheme 2 Epoxidation of Androstenedione
【基質認識による位置選択性の制御】

 酵素の高い機能の発現は、高反応性の活性種を生成することに加え、活性種近傍に基質を可逆的に固定できることによるところが大きい。この要素を触媒に組み込むことによって、酸化が行われる位置を精密に制御し、位置選択性を向上させることが可能となる。このような概念に基づき触媒にFig.2に示すような認識部位の導入を行った。認識部位には基質を精密かつ可逆的に固定できること、酸化を受けにくいといった点を考慮し、ウラシルとジアミノピリジンの組み合わせによる水素結合型認識を用いた。また基質として各点の反応性が等価で位置選択性を正しく評価できること、酸化を受けて開裂することで基質より結合能が低下して、生成物阻害を起こしにくくなるよう考慮し、エチレングリコール類の両端にウラシルを導入したものをデザインした。

Fig.2

 まず初めにエチレングリコール部分の長さを変えた一連の化合物群(Fig.3)を合成し、NMRを用い触媒に対する結合能について検討した。その結果、n=2の場合に最も顕著にポルフィリン環の環電流効果が認められた。また環電流効果は基質の中央部分に強く見られたことから、基質の認識部位が二つとも同一のポルフィリンと結合しエチレングリコール部分がポルフィリン上に位置していることが明らかとなった。

Fig.3

 このNMRの結果をもとにn=2の場合が基質として最適と考え、これを用いることにした。得られる2種類の酸化生成物を指標に用いて位置選択性を評価することとした。認識部位を有さない触媒と反応の位置選択性を比較したところ、認識部位を有している触媒のみで反応の進行が見られた。また酸を添加することにより、反応は更に良好に進行し触媒回転数の上昇が見られるとともに、位置選択性の向上も見られ、50倍の高い選択性を示した。この結果は、本新規触媒系が期待した基質認識を実際に行って反応が進行したことを示すと考えられる。

 以上、本研究はルテニウムポルフィリン系が、多官能性の天然物などの複雑な骨格を選択的に一段階で酸化修飾を行い、新規な生理活性物質の創製に有用な手段となることを明らかにし、また基質-触媒間に水素結合による認識部位を導入して基質を可逆的に固定することにより、高い位置選択性を有しかつ触媒回転する新規酸化反応系の構築に成功した。これは高機能触媒の開発研究に方向性を示した点で評価されるものと思われ、博士(薬学)の授与に値すると判断した。

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