学位論文要旨



No 114608
著者(漢字) 山川,貴宏
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカワ,タカヒロ
標題(和) 脳内在性パーキンソニズム防御物質1MeTIQ生合成過程の酸素化学的研究
標題(洋)
報告番号 114608
報告番号 甲14608
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第869号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 海老塚,豊
内容要旨

 当教室ではこれまでに1,2,3,4-tetrahydroisoquinoline(TIQ)骨格を有するTIQ、1MeTIQ(1-methyl-TIQ)をヒト、サル、ネコ、マウス、ラット脳より検出している。これらTIQ類はパーキンソニズムを引き起こす1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine(MPTP)の構造類縁体であることから、パーキンソン病との関連が注目されている。TIQはパーキンソニズムを発症させるが、1MeTIQはパーキンソン病患者の前頭葉および尾状核において有意に減少していることや、1MeTIQの前投与によりMPTP、TIQの引き起こすパーキンソニズムを行動薬理学的に完全抑制することが示されていることから、1MeTIQがパーキンソン病防御に関与している可能性が示唆された。

 1MeTIQは2-フェニルエチルアミン(PEA)と炭素2つをもつ化合物(C2 unit)との閉環縮合により生成すると考えられる。1MeTIQは芳香環に活性置換基を有しないため、その閉環過程には何らかの触媒的な機構の存在が考えられる。また1MeTIQは生体内では(S)体が多く存在していることから1MeTIQの生合成に酵素が関与している可能性が示唆された。1MeTIQ生合成に関与する酵素はパーキンソン病と何らかの関係があるものと思われ非常に興味深い。本研究ではパーキンソニズム防御物質1MeTIQ生合成過程およびそれにかかわる酵素系について検討を行った。

1、PEAとピルビン酸を基質とする1MeTIQ生合成活性に関する検討

 ラット脳ホモジネートを酵素源として、PEAと種々のC2 unitを基質として反応を行ったところ、PEAとピルビン酸から1MeTIQが生成した。熱処理ホモジネートを用いた時や基質のみの場合は1MeTIQは生成せず、1MeTIQは酵素関与で生合成されることが明らかとなった。さらに基質として標識ピルビン酸を用いる活性測定法を確立した。本活性の至適pHは約7.4であり、Mn2+イオンにより活性の増大が認められた。本活性はラット脳mitochondria-synaptosome(P2)画分に認められ、デオキシコール酸ナトリウムにより可溶化された。また本活性は極めて不安定であったが、0.32M sucroseの存在で安定化された。

2、PEAとピルビン酸からの1MeTIQ生成の反応機構

 Scheme 1に予想される反応スキームを示した。PEAとピルビン酸からの1MeTIQ生成には、どのような経路を経由するにせよ脱炭酸および閉環過程が必要である。Table 1に示すようにPEAと[1-14C]ピルビン酸からは酵素的に14CO2が生成し、脱炭酸過程は酵素関与であることが明らかとなった。酵母のpyruvate decarboxylaseを酵素源として反応を行うとCO2は生成したが1MeTIQは生成せず、PEAとピルビン酸の脱炭酸により生じたacetaldehydeから非酵素的に1MeTIQが生成する可能性は否定された。

Scheme 1 Proposed scheme of 1MeTIQ biosynthesis from PEA and pyruvateTable 1 CO2 and 1MeTIQ formation from PEA and pyruvate by various enzyme sources
3、PEAとピルビン酸からの1MeTIQ生合成に関わる脱炭酸酵素および閉環酵素に関する検討

 前節で述べたようにPEAとピルビン酸からの1MeTIQの生合成には脱炭酸酵素および閉環酵素が関与していることが考えられたので、まず脱炭酸酵素について検討を加えた。本活性は主にP2画分に存在していた。P2画分をデオキシコール酸ナトリウムで可溶化した酵素液をゲルろ過HPLCに付し各画分における脱炭酸酵素活性を測定したところ、Fig.1に示すようにfraction 3および4に高い活性が認められた。この脱炭酸酵素画分そのものではPEAとピルビン酸からの1MeTIQ生成活性は認められなかったが、本画分をゲルろ過の他の画分と組み合わせたところ1MeTIQ生合成活性を再現しうる画分が認められた。このことからラット脳mitochondriaには脱炭酸酵素及び閉環酵素が存在していることが確認された。また脱炭酸酵素画分とラット脳または肝cytosol画分を組み合わせて1MeTIQの生成を検討したところ、ラット脳cytosol画分を組み合わせた場合に1MeTIQの生成が認められ(Table 2)、ラット脳cytosolにも閉環酵素が存在していることが明らかとなった。しかしラット肝では1MeTIQの生成が認められず(Table 2)、ラット肝cytosolには閉環酵素は存在しないことが明らかとなった。以上、PEAとピルビン酸からの1MeTIQの生成には脱炭酸酵素の他にも閉環酵素が必要であり、これら2つの酵素はmitochondriaに存在していること、またcytosol中にも閉環酵素が存在していることが明らかとなった。

Fig.1 Separation of PEA-pyruvate decarboxylation activity by gel filtration HPLCTable 2 1MeTIQ formation from PEA and pyruvate by rat cytosolic fractions and/or active fraction of PEA-pyruvate decarboxylation

 そこでラット脳cytosol中に存在する閉環酵素の精製を試みた。陰イオン交換HPLC、ゲルろ過HPLCにより本活性を分離したところ、ラット脳cytosolから比較して約50倍の標品が得られた(Table 3)。本酵素の分子量はSDS-PAGEから約50,000と求められた。

Table 3 Purification table of rat brain cytosolic enzyme(S)responsible for cyclization
4、1MeTIQ生合成系の阻害剤の検索

 1MeTIQはパーキンソニズム防御物質であることから、1MeTIQの生合成阻害によりパーキンソニズムが発症する可能性が考えられる。そこでパーキンソニズム発症物質を含め、種々の化合物によるPEAとピルビン酸からの1MeTIQ生合成に及ぼす影響について調べた。その結果TIQや1-benzyl-TIQといった内在性パーキンソニズム発症物質は弱い阻害作用を有し、外因性パーキンソニズム発症物質であるMPTPやその活性代謝物である1-methyl-4-phenyl pyridinium(MPP+)、内在性であり、また環境中からも摂取されうるパーキンソニズム発症物質-carboline、薬剤性パーキンソニズムを引き起こすhaloperidolは本生合成の阻害作用を有していた(Table 4)。MPP+のIC50値は約10Mであり、MPP+はmitochondria complex Iを阻害するより低濃度で1MeTIQ生合成系を阻害することが明らかとなった。またこれらの物質は脱炭酸酵素の阻害作用はほとんどなく、閉環酵素を阻害していることが示唆された。このように外因性、内在性パーキンソニズム発症物質はパーキンソニズム防御物質である1MeTIQの生合成を阻害することによりパーキンソニズムを発症させている可能性が示唆された。

Table 4 Effect of parkinsonism-inducing compounds on 1MeTIQ biosynthesis
5、Haloperidol投与マウス脳における1MeTIQ生合成活性の変動

 我々はhaloperidolを投与したマウス脳において1MeTIQ含量が1/10に減少することを明らかにしている。そこでhaloperidol投与マウス脳における1MeTIQ生合成活性の変動について調べた。その結果、haloperidol投与マウス脳ミトコンドリア画分において1MeTIQ生合成活性がコントロールの46%に低下し、薬剤性パーキンソニズムにおける1MeTIQ生合成活性の低下が脳内1MeTIQ含量の減少に寄与していることが示唆された(Fig.2)。自然発症パーキンソン病患者脳では1MeTIQ含量が低下していることから、自然発症パーキンソン病患者脳においても1MeTIQ生合成活性の低下が1MeTIQ含量の減少を引き起こしている可能性が考えられる。

Fig.2 1MeTIQ-synthetic Activity in the Brain of Haloperidol-treated Mice
6、まとめ

 以上のように筆者はパーキンソニズム防御物質1MeTIQがPEAとピルビン酸から脱炭酸過程および閉環過程をへて酵素的に生成し、ラット脳mitochondria画分には脱炭酸酵素および閉環酵素が、ラット脳cytosolには閉環酵素が存在していることを明らかにした。さらにラット脳cytosol中の閉環酵素の部分精製を行った。また1MeTIQ生合成は外因性または内在性パーキンソニズム発症物質により阻害されることを示し、これら化合物はパーキンソニズム防御物質である1MeTIQの生合成を阻害することによってもパーキンソン病を発症させている可能性を示唆した。

7、References1)Yamakawa,T.,and Ohta,S.,Biochem.Biophys.Res.Commun.,236,676-681(1997)2)Yamakawa,T.,and Ohta,S.,Neurosci.Lett.,in press
審査要旨

 1,2,3,4-Tetrahydroisoquinoline(TIQ)骨格を有するTIQ、1MeTIQ(1-methyl-TIQ)は脳内に存在し、TIQはパーキンソニズム発症物質、1MeTIQはパーキンソニズム防御物質であることが明らかとなっている。1MeTIQは2-phenylethylamine(PEA)と炭素2つをもつ化合物との閉環縮合により生成すると考えられるが、1MeTIQは生体内では(S)体が多く存在しており1MeTIQ生合成に酵素が関与している可能性が示唆された。本生合成系はパーキンソン病と何らかの関係があると思われるため、本研究ではパーキンソニズム防御物質1MeTIQ生合成過程およびそれにかかわる酵素系について検討を行った。

1、PEAとピルビン酸を基質とする1MeTIO生合成活性に関する検討

 ラット脳ホモジネート中においてPEAとピルビン酸から1MeTIQが生成することを見出した。熱処理ホモジネートを用いた時や基質のみの場合は1MeTIQは生成せず、1MeTIQは酵素関与で生合成されることが明らかとなった。本活性はラット脳P2画分に認められ、デオキシコール酸ナトリウムにより可溶化された。

2、PEAとピルビン酸からの1MeTIQ生合成に関わる脱炭酸酵素および閉環酵素に関する検討

 PEAとピルビン酸からの1MeTIQ生成には脱炭酸および閉環過程が必要である。脱炭酸酵素は主にP2画分に存在しており、可溶化した酵素液をゲルろ過HPLCに付して脱炭酸酵素活性画分を得た。本画分そのものでは1MeTIQ生成活性は認められなかったが、本画分をゲルろ過の他の画分と組み合わせたところ1MeTIQ生合成活性を再現しうる画分が認められ、ラット脳P2画分には脱炭酸酵素及び閉環酵素が存在していることが確認された。また脱炭酸酵素画分とラット脳cytosol画分を組み合わせても1MeTIQの生成が認められ、ラット脳cytosolにも閉環酵素が存在していることが明らかとなった。ラット脳cytosolから本閉環酵素を部分精製し約50倍の標品を得た。

3、1MeTIQ生合成系の阻害剤の検索

 パーキンソニズム防御物質1MeTIQの生合成阻害によりパーキンソニズムが発症する可能性が考えられる。パーキンソニズム発症物質であるMPTPやその活性代謝物MPP+-carboline、haloperidolは本生合成の阻害作用を有し、これら物質はパーキンソニズム防御物質1MeTIQの生合成を阻害することによりパーキンソニズムを発症させている可能性が示唆された。

4、Haloperidol投与マウス脳における1MeTIQ生合成活性の変動

 1MeTIQ含量の低下が報告されているhaloperidol投与マウス脳における1MeTIQ生合成活性の変動について調べたところ、1MeTIQ生合成活性がコントロールの46%に低下し、薬剤性パーキンソニズムにおける1MeTIQ生合成活性の低下が脳内1MeTIQ含量の減少に寄与していることが示唆された。このことは1MeTIQ含量の低下が既に報告されている自然発症パーキンソン病患者脳においても1MeTIQ生合成活性の低下が1MeTIQ含量の減少を引き起こしている可能性を示唆するものと考えられる。

 以上のように防御物質1MeTIQがPEAとピルビン酸から脱炭酸過程および閉環過程をへて酵素的に生成することを明らかにした。また外因性または内在性パーキンソニズム発症物質はパーキンソニズム防御物質である1MeTIQの生合成を阻害することによってもパーキンソン病を発症させている可能性を示唆した。上記パーキンソニズム防御物質1MeTIQ生合成に関する研究は神経化学の分野に重要な知見をもたらし、パーキンソン病の発症防御機構解明に迫るものと考えられ、博士(薬学)の学位に充分値するものと認定した。

UTokyo Repositoryリンク